風邪に吹かれて

 齢八十になる父親の、風邪を引いたときの口ぐせは、「誰にうつされたかなぁ…」である。元来父は心配性で痛がりなので、37度も熱が出れば朝から布団を敷いて「うーんうーん」と唸り始める次第である。微熱の原因はその辺の菌やウイルスに感染したという類ですらなく、内在的なちょっとした体調変化にすぎないと家人は思うのだが、なかなかどうして、父の嘆きは、病というものはそもそもどこから来るのかという根源的な問いを含んでいる。
 いわゆる「風邪をこじらせて」死ぬ人は年間数千人もいるそうだ。風邪は万病の元には違いないが、その風邪が新型のインフルエンザとなると、人々の警戒心も激増する。ましてパンデミックなどという新語を聞かされると、一層である。だが、父の「犯人探し」と同様、新型ウイルスの起源と伝播経路をたどる旅は難航しつつある。
 そうなると、病の源の追究とその予防は、かえって生活習慣病の類の方が簡単かもしれない。ある種の生活習慣が、ある種の病を招くのは、より明白であるからだ。
 とはいうものの、病=自己責任という図式が出来てしまうのも怖い。病の起源をたどることが、実は様々な差別や偏見を生む可能性があるからだ。
病は天下のまわりものと言っては、公衆衛生の労を無視するから暴言になるかなぁ…。では、天からのまわりものと言っては、どうかな?  そもそも人がどのような身体を持ち、どんな病にかかるかは、「無知のヴェール」(ロールズ)に閉ざされているというわけですから。そして科学の力でこのヴェールを引きはがしすぎると、社会的には良くない傾向を生みますからね。