10年後の君に残せるもの

 この仕事をしていると、一体何を教えるべきなのか、時に迷いが生じます。むろん、塾の使命というか存在意義は、成績を上げることに尽きるわけなのですが、まあ苦労して指導し、勉強させ、多少学力がアップしたところで、この子たちの人生の一体何が開けるのか…と、疑問に思うわけです。
 何人もの卒業生を出してきました。なかには、有名大学にいったものもいます。でも、この国の既卒採用も新卒採用も、非常によくない状況が続いています。特に、高校や専門学校あるいは下位とされる大学を出た子のかなりの部分が、まともな企業の就職までたどり着けずに、スーパーや居酒屋といったサービス業の非正規雇用に従事しています。またひきこもり状態の子もいます。運良く正社員になったとしても、多くはいわゆる大量採用・大量退職のブラック企業ばかりで、あべこべ、退職への相談を受ける次第です。
 長い人生、勉強と仕事だけでないことも確かなのですが、やはりきちんと仕事をしてこそ生活の基盤が成り立つというものです。これから日本経済はますます縮小すると思います。普通に働いて、普通に生活することが、ますます難しくなると思います。この状況下で、多少学力をアップさせ多少上位の学校に進学したところで、大半の子には、なんの恩恵もメリットもないのです…。
 いわば「出口」が絶望的な以上、私も指導に一貫性が持てないというか、自信を保つことができないのです。私は、そんな不安や疑問を封印して、がむしゃらに子どもを鍛えられるほど能動的なニヒリストではありませんから…。
 それでも、努力して点数が上がったとか、あのときいろいろと教えてもらってよかった…などという声があると、私としてもうれしいわけで、何かしらこの子の心に残るものをつくることができたと、多少は胸を張ることができます。
 経済や社会の失速という大きな時代の流れには抗いようがありませんが、こうしたささやかな喜びを胸に、また教えていこうと思うわけです。