終電の一時間前に…

都心のターミナル駅は、いつものように混んでいた。JR線の一つは人身事故によって遅れていた。駅員をわざわざ呼びとめた背広姿の酔客は、何か言葉を交わしたかと思うと、彼を口汚く罵って去っていった。
僕は、路上に横たわるホームレスの視線と、アルコール性の吐しゃ物を避けながら、乗り換えを急いだ。
郊外へむかう私鉄電車は、意外にもすいていた。
目の前の勤め人は、頭皮の剥離物を背中にいっぱいつけながら、黙々と新型の携帯電話をつついていた。
だが、何か考えるのはもうやめようと思った。それはその不健康そうな勤め人の、唯一の楽しみなのかもしれないから。
右に立つ少女は、日焼けした肌を大きく露出させながら、レタスが一枚入ったハンバーガーを頬張っていた。
だが、何か考えるのはもうやめようと思った。それはその痩せた少女の、唯一のカロリー源なのかもしれないから。
ただ、僕は静かに決意した。その夜も酔ってかなり苦しかったけれど、せめて今夜だけは、家につくまでのあと三十分、背筋を正し、ぴんと前をむいて帰ろうと…。