沖縄が問う主権のあり方

〈米軍基地が普天間にあろうと、辺野古に移転しようと、どうなろうとしても、所詮沖縄の問題であるし、(本土の)我々には関係のないことである〉という理不尽な問いかけに、私たちはどのように答えるべきであろうか???
まず、沖縄の痛みは、某政権与党の痛みであり、ひいては日本全体の痛みである。日本国に住む者の総意として、県外はもちろん、そもそも国外へ移転すべきである、という反論が思い浮かぶ。
 だが、実はどちらの立場も日本という主権国家の存在を前提としている点では、それほどの隔たりはない。前者が日本国の安定のためには、一部地域が犠牲になるのは仕方がないという説をとり、後者は沖縄の痛みを国民全体で分け合おうとするかの、違いである。
 一方今日は、地域「主権」が唱えられる時代でもある。沖縄に主権があれば、どうなるか? 沖縄県の人口約140万人より少ない主権国家は世界にはたくさん存在する。もちろん、沖縄県民の多くは「県外」(というより彼らの主権の及ぶ〈圏外〉)への移転を希望するであろう。(いわゆる沖縄独立論)
でも、この主権を分割(つまり独立)するという問題意識は、さらなる主権の分割をも可能にする。つまり、いざ独立するとなっても、那覇市沖縄市・名護市あるいは宮古島石垣島までを含めた沖縄の利害が一致するとは限らない。
現に、世界では主権をより大きな単位で運用させようという試み(EUなど)と、従来の主権国家から独立させようという運動(東ティモールチベットなど)が混在している。そもそも主権の及ぶ範囲は自明ではない。主権論はある意味でキリがないのである。
だから私としては、ある地域に圧倒的な不利益を招くような施設(基地・ダム・原発・ゴミ処理場等々)は、なるべく少なくするように努力すべきであると言うより仕方がない。そこに住む人々が一国家からの独立を考えなければならないほどの迷惑施設が存在しなければ、国家の名において、それらを押し付けることも、また押し付けられることもなくなるからだ。
それにそもそも冷戦終結後もなお、あれだけの巨大な施設が必要なのであろうか?? ダムや道路や空港でさえ、もうやめようと言っているというのに・・・。