飲んだのち帰る。時によろめき、地面に顔を打つ。20代にはこういうことはなかった。ここ数年激増した酒量に反比例する形で運動能力が減退しているのだろうか。
倒れてはいけないと反射的に手も足も出ているのだろうが、手も足もいつも追いつかない。意識としては角度にしてほんの数度、多くても15度ばかりよろめいたはずなのに、大地の方はお目こぼしなく、一気に90度近く移動して私の顔を打つのである。むろん極めて緩慢な倒れ方なのでたいした怪我をするわけでもない。
私には怪我の経験はない。病のそれもない。だからすこし転んだ程度なのに結構痛い。だからその度に事故は防がなくてはならないと思う。大きな事故ならもっと痛いだろうとも思う。
そして恐らくもっとも痛いのは戦争であろう。戦争の体験談などは、幼少のころから何度も聞いてきたが、それがある種のリアリティーを持つようになったのはわりと最近、つまり酔って転ぶようになってからである。
生きながら焼かれ、あるいは体を爆風でバラバラにされたら、どれだけ痛いことであろうか。むろん「想像できないような」痛みだろうが、それがどれほどの痛みであるのか、ほんの少しではあるが見当がつくようになったのである。
事故は防がなくてはならないし、そして何よりも戦争はこの世から無くさなくてはならない。30を過ぎ痛みを知るようになった私の新たな決意である。