懐かしい貼り紙をみて

 懐かしい貼り紙を見た。スト予告の貼り紙である。その小さな紙は近所を走る路線バスの乗車口に、あの独特な赤い文字で一枚だけ斜めに貼ってあった。大半の乗客はそれに気付きもしないだろう。のちの経過によればストが決行されたとの情報はなかった。
 ストという言葉に初めて出会ったのはいつだったか。かなり小さかったころ、父が「明日のストはどうなった?」などと、母としきりに心配していたのを覚えている。子ども心に、「スト」という簡単な二文字が日常生活を大いに混乱させるものだなと感銘を受けたような気がする。
それから30年はたった…かな。いつの間にかストライキはなくなり、交通機関は実にスムースに、そしてシームレスに動くようになった。「人身事故」を除いては。
人身事故は多くの乗客を予告なしに混乱に陥れる。いわば時間のテロである。しかも自分の命を犠牲にした…。ストがなくなり「テロ」が増える。そこに何らかの補助線を引くことはかなり容易なことであろう。