3月8日・木曜

朝から繁華街の一軒一軒に挨拶をし、返事のあった食堂で麦酒を飲んだ。建物自体が何だか傾いだ感じの古い食堂であるが、麦酒を飲んで此方の平衡感覚も早早にずらして仕舞えばどうと云う事は無い。常連客の話しの中心は矢張り昨夜の火事である。呉呉も犯人と間違われるといけないので早目に店を出た。毎度のことながら安宿と飲み屋を転転とす。これは丸で逃亡者のすることである。
食堂をやっとの思いで脱出して、佐世保中央駅から松浦線に乗る。立派な駅名だが、駅は目立たない所にある。矢印に従って歩いて行ったら、飲食店の奥のプレハブの倉庫か何かと思った貧相な所が駅であった。松浦線は経営が立ち行かなくなったので別会社になった線である。新会社はお客を増やそうと矢鱈と駅を作った。ここも乱造駅の一つである。駅が多いから列車に乗ってもすうーと走って、又直ぐに止まる。バスだと思えば別に不思議な事は無い。一両の列車なので列を仕立ててはいないが、席は其れなりに埋まっている。でも乗り降りは稀である。新松浦線は駅を沢山作って増発した結果、乗客は大部増えた。併し最近はまたお客が減って滔滔帳簿は赤い色になって仕舞ったという。沿線の過疎化が広がり乗客減少に歯止めが掛からない。車社会は今も昔も相変わらずだから、人口減少が辛いという。人口減は何れ全国に波及する。だから此処がもう一つの最前線である。
一応平戸口で下車す。長年の経験からして、この何何口という駅名は信用が置けない。つまり何何と書くには遠いものだから、何何の入口と云う駅名を仕立て上げたことになる。平戸へは橋が掛かったので、バスに乗る必要がある。平戸の入口の平戸口桟橋のバス乗り場まで結構歩いた。詰まり、駅は平戸口の更に入口である。本来は平戸口口と云うべきである。そうすれば、平戸口口駅は日本最西端な上にお喋りが多い駅として更に有名になって繁盛すること請け合いである。
平戸は何処に行くにも坂の上がり下がりが必要で、関東平野の平らな土地に慣れた足には益益辛い。教会とお寺が並び立つ辺りが観光の目玉であるらしいが、別に中華料理屋の隣に西洋料理屋を建てても理屈に合わない事は無い。一度に色色とお参りできて便利である。一層足腰をがくがくさせて平戸から戻った。平戸口のバス駅から平戸口の鉄道駅までの登りも辛かった。再び一両の列車に乗り、ぼんやりしている内に伊万里に着いた。今日はここで御仕舞とした。
伊万里でも魚を食った。何遍も食べて分かったが、魚が旨いのは確かだが、そもそもは刺し身につける醤油が旨いのである。旨い魚なら拙い醤油をつけても旨い筈である。旨い魚に合う関東の薄い醤油が欲しくなった。