2022年1月

1/31・月

 再び冬型の晴れ。新聞小説「また会う日まで」は本日終了。主人公もお亡くなりに。海兵同期だったと言う戦史研究家Мさん死亡の経緯も分からず。実際にああいう事件があったのだね。成城署の管内。作中でも登場していた「キヌタ文庫」に聞き込みに行きたいと思った。

さてさて昼の弁当を探しに行こうと思った。すると近所の駐車場の奥まったところにシルバーカーが放置されている。検分するとスーパーのポイントカードがあった。近くのおばあさん=吾人の同級生の御母堂のものと判明。早速届けに行った。二日前から行方不明だったそう。パクられて物色されたのだな。それにしても此の方も腰の具合がとても悪そう。三十年くらい前まではタバコ屋さんだったっけ。何回か遊びに入った。返礼品として煎餅を貰う。みんな年を取ったよ。晩は数日来の残り物。こうして吾人史上最大の健康問題が浮上した月が終わった。どうなる来月、どうする再来月。

 

 

今月の備忘録

一、栃木のサファリパークで人身事故。トラに噛まれた飼育員は重傷だと。余りに杜撰な安全管理。此の種の事故は後を絶たず。どうなっているの。(多分)儲かってないからかな。公営動物園ではあんまり聞かないもの。二、東急は大幅値上げ。正式に申請だと。まさか本当にするとは思わなかった。てっきり観測気球だと思っていた。田園都市線(の新玉川線区間)など上りも下りも一日中混んでいるのに。座れたことなど滅多にないのに。新運賃は渋谷まで二駅3.3キロで何と180円ですよ。山手線より高くなる。定期券が売れなくなったら直ぐに値上げ。殿様商売だね。300メートル手前で降ろして貰いたい。そもそも長年の大混雑が勝手に解消して来たのだから喜ぶべきだろう。設備投資の必要もなくなるのだから、値下げしてもいいくらい。三、TBSの朝のワイド番組も今春終了。色色あって嫌になって仕舞ったらしい。AМラジオはもっと気楽でいいのに。ヒロシおじさんやくにまるおじさん、大竹のおじさんなんかを参考にして。四、西友セゾングループと縁切りだと。カード使用で5パーセントオフの日も終了。近所の西友も改装すればするほど買う物がなくなるし、深沢のDIY店も無くなるし、どうなって仕舞うのでしょう。五、大阪の放火テロ事件では容疑者(死亡)は、相当前から色色と計画していたそう。非常扉や消火栓に細工までしてあったと。其れなりに社会経験もあったのだろう。中年男性の殺意は恐ろしい。何処かで誰かが何かに気付いていれば・・・。職務質問とか。残念です。六、マスク美人という言い方はあるけど、其の逆はないな。口若しくは口唇はあんまり美に寄与しないみたい。アフリカか何処かのとある部族は食べるところは決して他人には見せないと聞いたことがある。何でも肛門と同じ扱いなのだと。まあ消化器の入り口と出口だから同じような物なのかも。七、東日本は駅の時計を順次廃止するのだと。そんな馬鹿な。

 

今月の訃報欄

一、飯田橋のえぞ松。昨年末に正式に閉店したと。ああ。あのホイコーロー、どうなるの。誰か事業継承して。二、千歳船橋の八兆も閉じたらしい。三、職場から一番近い居酒屋も閉店。二十年続いたかな。以前はよく行ったのだけど。コロナ前から客が減っていた。ママさんも嘗ては人気があったのだけど。協力金=退職金であった。

一、立ち飲みSのママのパパ。享年九十と少し。Sは元元鮨屋だった。パパさんの引退に伴い立ち飲み屋になったのであんまり会ったことはなかった。

 

 

1/30・日

 朝方は少し晴れた。少少歩く。すると柿の坂の目当ての店は酒類は出しませんと。あらま。駒沢をぐるっと回って環七沿いの古いそば屋に入る。初めての店。メニューも多いし、安くていい店だと思った。日本酒二と鶏せいろ。当てに頼んだ板わさ(550円)は相当大盛り。而も相当辛い。付属のわさび漬けとともに残して仕舞う。調味料等で調整出来ないものは注意が必要だと思った。兎に角、減塩。1.25以来、何もかもが変わったのです(塩味は舌が拒絶するようになった)。約一万歩。

午後は漫然とす。晩は豚のしゃぶしゃぶ的適当鍋。勿論、ポン酢は極少量。食中にはBSの「空旅中国・李白編」。中中よかった。それにしてもかの国は広くて古い。あの超大国を理解した上での外交交渉をしないといけないと思った。夜更けは「銀河鉄道」第81話。スリーナイン号は無事に惑星ヘビーメルダーを出発。一瞬他の列車数本が映ったが、説明は一切なし。トレーダー星と並ぶ大ターミナルなのに。玩具会社がスポンサーを降りたのがつくづく残念。

 

 

1/29・土

 概ね曇り。昼からまあまあ晴れた。少し表に出る。家人の昼にはちょっと高めのから揚げ弁当。吾人はスーパーのミニ丼。減食=減塩である。午後は漫然とテレビ視聴。リアルタイム、録画あわせて旅番組や飲み歩き番組。もう一度こんな生活が出来るのだろうか。晩はスーパーの鰆を塩焼きに。勿論うす塩仕立て。よく噛めば味が出て来る。酒さえ飲めればね。都内は1.7万人。先週比二倍程度。此の辺がピークかな。沖縄は三割減だと。

 

 

1/28・金

 濃厚接触者の待機期間を七日に短縮。五日でもいいね。都内のコロナ病棟の使用率は五割程度。却って一般病棟の方が足りないそう。デルタ株を想定していたからそうなる。オミクロンは別物として考えないと。家人に三回目の接種券が届く。一応予約したが、一番早くて四週間後。其の頃には終わっているよな。ちなみに予約パスワードは失念した。まさか三回も打つとはね。

 大体晴れ。午後出社。久久の金曜授業であるが、元元此の日は大した生徒がいない。するとついついパソコン、スマホに手が伸びて仕舞う。もう検索するのは止めようと思った。九時過ぎの退社。家にあるもので適当晩酌。こうしてがっくりとうな垂れる吾人に対して、家人は案外明るい。もっと大変な病気でなくて良かったとも。そんなものかしらん。

 

 

1/27・木

 朝からまあまあ晴れる。昼は家人のオムライス。但し塩分控えめ。尤も此の所の食欲は三割減だから摂取塩分量は五割減だな。午後出社。すると小学生低学年のコロナ感染が複数人。あの年代は全員ワクチン未接種。一気に来たね。其れでも学級閉鎖等はやらないらしい。九時過ぎの退社。入浴後、家人の用意したもので中量飲酒。此の二日間で一円も使わず。(窓口負担分の)医療費を貯めないと。

センター試験カンニング事件で容疑者が出頭。スマホで撮影、ネットで見つけた学生に解答を送信させたらしい。それにしても、「家庭教師としての実力を測りたい」とロハで解かせられた東大生も何だか可哀そう。所謂学歴インフレだね。全国の感染者は八万人に到達。そろそろピークアウトすると言われているが、デルタ株の時のようには減らないだろう。今から考えて見ると、あれは(ウイルスの自然崩壊などではなく)ワクチンの成果だった。鳳大卒のポンコツ総理の成果でもあった。

 

 

1/26・水

 昨夜から小雨。久久にのおしめり。昼には少し晴れた。それにしても昨日の診断は予想しうる最悪に近い部類だった。家に居ても気が晴れず。テレビを見てもコロナコロナコロナ、スマホを手にすると腎臓と結石と色色と検索して仕舞う(ジャストミートな症例はなかった)。気を紛らわそうと午後早めの出社。せめて職務に精励しようと思った。無社長にも病状を申告。腎臓って二つあるんだと驚いていた・・・、そんな馬鹿な。金三万円受け取る。

中三生には入学試験は四週間後には終わっていますとはっぱをかける。同時に吾人は五週間後であると思い返す。詰まり、始終頭を離れることがない。当然だよね。九時まで勤務。其のまま帰宅。家人が用意したもので軽い晩酌。それにしても、何時から左の腎臓は閉塞状態だったのだろうか、そもそも何でそんなところに石が(普通は落ちて来るだろうに)・・・、疑問は尽きない。全国では七万人が陽性に。無症状、低症状、ほったらかしの人を入れると実際には此の数倍かな。生徒も一人休んでいた。濃厚接触者だそう。

 

 

1/25・火

 オミクロンは首から上、詰まり耳鼻科の領域なのだと。喉と鼻、大抵の熱は一晩で下がる。市販薬の範疇である。昭和の頃ならば、今年は風邪が多いねぐらいで片が付いたかもしれない。陽性者は六万人超。そろそろ最初に罹った人たちが復帰してくる。どんどん働いて貰いましょう。

 不退転の決意で再び内科に参る。吾人よりかなり若い専門医によるエコー診断。膀胱等に問題は無し。ただ左の腎臓に異状が認められるという。直ちに紹介状が発券される。其の封書を手に指定された大病院に徒歩移動。其処は自衛隊病院であった。早速、泌尿器科へ。腹部レントゲン撮影、採血採尿の後、医官による診察。再びエコーを当てる。すると巨大な結石があり、すっかり流れを阻害していると。更にCT撮影。分析すると左の腎臓はほぼ機能していないそう。右の腎臓のお蔭で数値等に異常は無いのだそう。右が頑張っていたんだね。術式によって取り除くことは出来るが(年齢によってはほったらかしという策もある)、其れで左の腎臓が回復するかどうかは確約出来ないと。そうなれば愈愈片腎である。正しく、そんな馬鹿な!の大連続である。暫し考えた、一応手術をしようと。あっという間に日取りも決まる。となると入院は来月末。尿道からカテーテルを入れるのだそう。やはり、恐ろしい結果になった。どうなるのでしょう。吾人は。

 くたくたになって帰宅。二時前。一軒目が三千円。二軒目が九千円。お金が足りなくなってATМで下ろしたよ。大病院に付き添いでは入ったことがあったが、吾人の要件で行くのは人生初。初CT、そして(ほぼ)初入院、初手術へ。非日常と言う点では大病院もテーマパークも同じだろうけど、人生の後半には大病院だな。朝抜きだが、食欲は無し。水を多めに取るようにとのことだが、かといって手術まで取り立ててすることもない。あの吾人より少し若い医官に賭けるのみである。

やはり二年間の放置が拙かったな。そう思って、クレアチニンの値を振り返ると八年前から変化はなかった。くよくよしても始まらない。信濃屋で刺身を購入。早めの入浴の後、飲み始めた。個個のパーツは丈夫な筈である。石が出来るのは事故のようなものかな。兎に角、あと四十年、此の日記を書き続けること。そして後学の人たちの史料にすること。此れが吾人の目標である。食後にシロが入って来る。あんたの腎臓は大丈夫そうだな。九時就寝。こうして衝撃的な一日が終わった。それにしても病というものは全く思わぬ方向から攻めて来るものである。

注・・大体1.0前後。元元ちょっと高かった。そもそも変人=片腎だったのかもしれない。

 

 

1/24・月

 アナウンサーも芸能人も続続陽性若しくは濃厚接触者に。特に後者は切りがないな。そんな中、二重にマスクをして掛かりつけの内科医へ。実は一昨日の昼に血尿を出して仕舞ったのである。此の件は二重にショックで=①実は二年も前から尿潜血を指摘されていて漫然と放置して仕舞ったこと、②吾人も愈愈癌年齢に突入して仕舞ったこと、一昨日から青菜に塩であった。簡易な尿検査でもかなりの出血が認められるという。取り敢えずの止血剤(トラネキサム酸)が処方され、最も早い超音波検査を予約する。どうなる吾人。もうまな板の鯉である。診察料と薬代で二千円。ちなみに院内は空いていたが、発熱外来の予約の電話がひっきりなしに。通常診察の後にやられているよう。昼は富久美の弁当。午後も漫然とす。晩は残り物で酒一合。

 マンボウは続続拡大。今まで頑張って来た関西もごっそり入る。残っているのは東北と四国くらい。保育所は続続閉園。兎に角、今がピーク。皆で協力して、何とか凌ぐしかありません。

 

 

1/23・日

 未明はかなりの宿酔。昼前には収まる。少し散歩に出た。休業の居酒屋も散見。すると246のところに真新しい花束が。東京の朝刊に出ていた。昨日の早朝に車に撥ねられたそう。合掌。昼は家人のうどん。晩は鍋物。中瓶半分。区は抗原検査キットを配り始めたが、あっという間に品切れに。もう検査は無理のよう。

 

 

1/22・土

 未明に日向灘地震。最大震度五強。京王大学の成人イベントが大規模クラスターになったと報道される。夜通し開催の参加料が2.5万円というのが驚く。参加していたのは内進生だろう。新棟西側を点検。清掃時に入れていた温水便座の電源をオフ。ちなみに累積発電量は4946キロ。四週間で161キロと言う決算。冬場の太陽だしね。入居は来月末だと。

 夜飲めないのならば昼に飲めばいいじゃないということで須々木さんに誘われた。行きつけと言うそば店に参る。佑子さんと村田さんも同席。店と言うより親戚のおじさんの家のようなところ。他におじさんたちもいた。刺身など色色と出して貰う。一応換気とマスク会食に気を付けたけど、結局だらし無くなって仕舞う。ちょっと拙かった。更に一軒。Bに行く頃には意識が朦朧する。九時には帰宅。直ぐに就寝。都内は一万人超。全国では五万人。

 

 

1/21・金

 抗原検査キットは早くも品切れに。また若い人は具合が悪くなっても医療機関に来ないで下さいと。そりゃそうだ。寒い中、何時間も待って診察を受けても、出て来る薬はメジコンかポンタールか、トラネキサム酸くらい。家で浅田飴でもなめて寝ていた方が増しだね。ちなみに若いとは五十歳未満だと。吾人も若者です。一方オミ会長は人流抑制しないでも大丈夫だと。混んだ店だけは遠慮しろと。都知事は相変わらずのステイホーム。ドウスレバイイの。朝から通帳記帳を二行。今日からマンボウ。仕事終わりに飲めないのでは勤労意欲も減退す。本日欠勤。昼はかつ丼。晩はあるものを食べた。

 

 

1/20・木

 フクイチによる被爆甲状腺癌になったと若い人が東電を提訴。一方、県の専門家会議は過剰検査によって微細なものまで見つけて仕舞ったのだと主張。どっちなのでしょう。またまたウクライナ情勢で世界が緊迫。NATOの東方拡大にロシアは怒っていると伝えられるけど、そもそもNATOが拡大するのはロシアが恐ろしいからで、ロシアが変わらないことには拡大も収まらないということになります。ロシアにも平和憲法を持って行きたいね。ナチスの陸軍に国土を蹂躙されたトラウマがあると言われているけど、大体ロシアを攻める国などある訳がないでしょう。

 晴れたけど大寒。大朝粥の後、二度寝、三度寝。午後出社。退社後はBで最後の晩餐。折角なので挨拶がてら須々木さんと佑子さんとでBの本店に回航する。すると佑子さんの大嫌いなセクハラ国王がいらっしゃる。佑子さんは怒って途中退場。(善い行いをしようと)普段とは違う行動をした結果が此れではねと、須々木さんは反省の弁。吾人も全く同意でございます。十一時過ぎの帰宅。以後緑のたぬき。引き続き特捜最前線。映画「太陽を盗んだ男」の原型は第29話と30話にあるのだね。おまけに第318話「不発弾の身代金」ともそっくり。こんなに同じような話を作って大丈夫だったのだろうか。長閑な時代だったな。

 

 

1/19・水

 やや曇り。晴れない分だけ寒い。午後出社。一週間ぶり。周辺の小中学校でも学級閉鎖が出始める。高校は全面リモート授業だと。入試が近いからね。退社後はBへ。マンボウ開始二日前。全員集合の感。東京マンボウではアルコール提供は出来るそうだが九時閉店となる。暫くは会えません。吾人は更にバーIへ。何故か妙齢女性と井満さんがいた。更に三杯。帰宅は十二時過ぎ。以後全身入浴。全部で五千円。

 都内は七千人。全国では四万人。最早検査が追い付かないのだと。三週間で実に百倍になったよ。全国の重症者は300人に。じわりじわりと上昇。第五波は二千人だった。

 

 

1/18・火

 ピリッとした冬晴れに。こんな日は高尾山に行くといいと思った。流石にちょっと手前の深大寺に行こう。調布行きのバスに乗り込むも、何だか面倒臭くなり、途中下車。狛江の少し先の「銚子丸」に入る。何だか改装されたらしく、既に回転寿司ではなくなっていた(レーンもない)。オーダーは全てタッチパネル。給仕にはロボット(のようなもの)を使うよう。一応名物の玉子焼きは作っていたけど、目の前で魚を捌くこともない。何だかなあ、どうにも改装の方向性が間違っているような・・・。此れもコロナの影響だな。序でに言うと魚もなかった。此れは先日の津波の影響だろう。日本酒三、凡そ三千円。

さてさて出鱈目に歩こうと思った。バス通りを右折すると日活の撮影所。もう多摩川である。土手を歩く。東京の西住まいだとやっぱり此の川だね。手っ取り早く山より川である。和泉多摩川まで歩き、小田急線と世田谷線で帰宅。三時前。何だか食べ足りないのでラーメンを自作。晩はおでんの残りに手羽を焼いた。大阪と東京で五千人超の陽性者。全国では三万人。大丈夫、普段の年のインフルエンザと同じ程度です。ちなみにインフルはほぼゼロだそう。

 

 

1/17・月

 気の早い識者は沖縄は既にピークアウトしたと。感染状況も何とかなりそうとのこと。確かに依然として重症者は少ない。高齢者(施設)も大丈夫そう。幾ら何でも欧米のようにはならないだろう。今度こそ2009年の新型インフルエンザのようになって貰いたいね。なおトンガとは連絡が取れないのだと。海底ケーブル損傷の為。アマチュア無線とか船舶無線とかで何とかならないのかね。

 新棟西側の電気代を支払いに行く。凡そ一週間で568円。何だか高いな。其の内振込用紙発行手数料が220円だと。郵便局で払ったら更に110円取られた。そんな馬鹿な。リハビリがてら早昼として「よりみち」のかき揚げそば(400円)。祐天寺に回航してナンカ堂でトレーナー上下(1590円)。家人には富久美の弁当(550円)。午後は散髪(1100円)。八百屋に一便。続いてシロの点滴。実に三週間開いた。幸い元気です。更にスーパーへ一便。晩は家人のおでん他。一都三県、またマンボウ要請だと。十一時までやって貰えれば問題ありません。

 

 

1/16・日

 太平洋側に広くうねりのようなものが押し寄せる。今回は火山の噴火に伴う空振が津波を引き起こしたそう。大きな噴火だったらしい。火山灰も来るかね。昨日よりかは確実に気分がいい。言語化も数値化もされないような違和感、倦怠感も収まった。昼はスーパーの弁当。旨くもないし不味くも無し。当分またこんな生活である。午後は漫然とす。でも何だかやっぱり気分優れず。晩は適当豆乳鍋。冷凍鶏肉使用。大河ドラマは中世初期へ。数年周期。例によって清盛だの、頼朝だのが出て来る。相変わらずの英雄豪傑史観=マンネリズムですよ。偶には親鸞上人とか西行法師、鴨長明なんかをやって貰えないものかね。もう少し歴史を下の方から見ないと。基本的には今日も自室で特捜最前線。併し、みんな煙草を吸う吸う。演出方法なのかな。画面から臭ってきそうなくらい。タバコ税、もっと早く上げておくべきだったよ。

 センター試験には「よだかの星」にまつわる評論文が出たそう。まあね、生きることは食べることだから仕様がないですよ。常人は断食星には成れません。ただなるべく血の通ったものを食べようとは思う次第でありますけど。せめて巨大な食品産業に依らないものをね。

 

 

1/15・土

 朝から抗原検査キットを買いに行くも、近所のドラックストアには見当たらず。何しろ区内に無料の検査場等はなし。また医療機関に行って逆に移されたり、突然妖精になって大騒ぎされるのも嫌である。千円ぐらいのものが売っていると聞いたからである。いや併し、店員に聞くのも憚られると思った。すると後から入ってきた人が聞いてくれた。当店にはありませんと。其のまま他県ナンバーの車で走り去って行った。あらまと言うより他は無し。テンバイヤーかしらん。

 本日から旧センター試験。全国的な大流行前に辛うじて間に合った感じかな。本郷会場では切りつけ事件。あくまでもセンター試験なので、日本で一番難しい大学を受ける訳ではないのね。とんだとばっちりである。容疑者は愛知の高二生だと。受験勉強が嫌になったのだと。それでいて医師志望だと。何をやっているのだろう。こんな事件ばかり。早昼としてコンビニの付け麵。汁が甘くて不味いこと夥しい。でも当分外食は無理だな。リハビリがてらに周囲の片づけとゴミ拾い。午後に更に数軒探しに行ったけど、店頭にあったのは1980円の物だけ。生憎予算オーバーである。節節は痛いが、多分寝過ぎの影響。熱は無し。晩は千代田鮨。ずっと特捜最前線を見ていたら、夜中に津波警報。トンガのフンガ火山噴火の影響だと。今年もろくなことが無い。

 

 

1/14・金

 朝には概ね回復す。資源ゴミの片づけ以外は引き続き自室に籠る。喉が少し変。咳無し、熱も無し。昏昏と寝られるということはやはり何処か具合が悪いのだろう。簡易な抗原検査は自宅で出来るらしいが、流石に買っておかなかった。晩は冷凍鰻を丼に。日本酒半合。北風強し。

都内は四千人、全国では二万人。量的には第五波のピークに迫るものの内容は相当違う。併し結局重症者は増えるだろう。如何せん、分母が大き過ぎる。月末にはまた救護所が必要になるな。北の国は連続して火遊び。スイマセン、後にしてくれませんか。いまオミクロンで忙しいので。

 

 

1/13・木

 ラグビーの試合も宝塚の公演も続続中止。陽性者続発の為。世田谷ボロ市は元元中止。ポイント故障で東北新幹線が半日止まる。移動する人も少ないだろうけど。例年正月輸送明けの此の時期に故障が頻発する気がする。

 朝粥。昼はスーパーのとんかつを丼に。吾人のポイントも故障して本日欠勤。そもそも何だか調子が悪い。鼻汁少少。倦怠感あり。熱は無し。節節に微痛。喉が変。尿も濃い。此れがオミクロンなのだろうか。そう言えば昨日も何かが変だった。午後は蟄居す。午睡の後、適当な物で晩酌。以後自室のパソコンで特捜最前線。暖房も点ける。居間のテレビで見るのとはかなり印象が違う。それにしても、特捜最前線は十年ちょっとで500話。毎週毎週よく作ったね。一方、「相棒」は二十年で400話近く。シーズン方式はなかなかの発明だった。都内は三千人。愈愈マンボウやキンセンも視野に入って来るが、そもそもの効果が疑わしい。みんな家で治すしかないな。

 

 

1/12・水

 オミクロン株は咳よりも喉が痛くなるそう(詰まり単なる上気道炎)。となるとトラネキサム酸だな。あれもあんまり効いた気がしないけど。ちなみに第三類の市販薬になっています。逆に考えれば、効く薬と言うのは、ステロイド系の塗り薬、鼻水の時の抗ヒスタミン薬、呼吸困難になった時の気管支拡張剤。ロキソニンも鎮痛効果があった気がする。兎に角、備えられるものは備えなくては。結局、風邪は自分の免疫で治すものだけど。

 朝には晴れた。また暫く冬型に。午後出社。九時退社。其のままBへ。皆さんいらしたけど、何だか雰囲気が暗い。本日都内は二千人超。全国では一万二千人。気温も低いしね。早早に退散した。1820円。芥田先生から年賀状が届く。体調はいいが、書けない病に陥っていると。早く春が来ないかね。

 

 

1/11・火

 朝は雨模様。一般的には今日から三学期。昨日は成人式。ちょっとタイミングが悪いな。上野動物園などの都立の施設は休館に。何度目だろう。ワクチンの大規模集団接種にまた医官と看護官を使うのだと。自衛隊病院は最後の切り札として温存した方がいいと思うけどね。第一、既に旧式化したワクチンである。大して効かない。どうにも国のコロナ対策もまたまた変な方向に行き始めたよ。

確定申告は準備完了。昼は「餃子の王将」のチャーハン他。すると後から入って来た初老男性は餃子を三個注文す。147円。追加がないとしたら理論上の最低金額だね。どうしたのだろう。肝心のチャーハンは油過多。しっとり系が好きだけど、油ペッタリとしっとりとでは似て非なるものである。午後はまた雨。晩は冷凍牛肉ですき焼きにした。

 

 

1/10・月

 オミクロン株、一週間で実に十倍になったと。なお空港検疫(=抗原検査)で引っかかった人の多くが無症状で、風邪症状があるのはニ三割に過ぎないのだと。此れが実態だね。なお米軍関係者に漸く外出禁止令。遅いな。

 久久に暖かい朝。氷雪は全て溶けた。オミクロンが怖い恐いと言いつつ、家人は鎌倉の伯母さんのところへ。吾人は豚せいろを自作。曇っているので昼は寒い。午後は映画「とんかつDJアゲ太郎」。まずい、またとんかつが食べたくなる。ところでクラブってところは楽しいのかね。一度も行ったことがありません。其の後は文化放送。「サキドリ」は三月終了なのだそう。デイキャッチなき後よく聞いていた。少なくとも月曜と火曜はまあまあ良かったのに。夕方家人帰宅。晩は崎陽軒。甥(=吾人の従妹)の真人さんとも会ったそう。退院から二か月。まだまだヘナヘナの状態だったと。何しろ難しい病気だったからなあ。

 沖縄は800人、都内も900人。やや落ち着いて来る。みんな検査に行かなくなったのだな。吾人ならば具合が悪くなっても自主隔離して、残薬と市販薬で何とかします。詰まり単なる風邪。感染爆発するかどうか、今週次第だな。

 

 

1/9・日

 欧州各国では自宅待機者が多すぎて、最早社会システムが維持出来ないという。今後は一部緩和するのだと。まあね、インフルエンザも熱が下がって三日経てば出られた筈。オミクロン株もそんなものだろう。先月の売電量が分かる。東側が124キロ、西側が97キロ。5300円。昨年よりちょっと伸びた。

 今日も晴れた。割と暖かい。二日続けての朝粥の後、再びゴルフクラブを手に立ち上がる。数百回。只管打氷。奥さんも水を撒いてくれた。さてさて重労働の後はとんかつ御膳。環七の「フライ亭」へ。中瓶とカキフライを追加。店内は混雑していたけど割と直ぐに出て来た。ちなみに後から入って来た若者は御飯少な目を注文。諸君、労働が足りないね。もっと体を動かないと。2400円。なお新棟西側は近所の食堂居酒屋さんに決まる。小学生の男の子が二人。気さくな一家である。雰囲気が少し変わるかな。

午後は特捜最前線。第143話「殺人伝言板・それぞれのクリスマス」。大都会老若男女の群像劇。それぞれはそれぞれの幸せを求めている筈なのにやっぱり事件が起きて仕舞うという不条理劇。ちょっと切ないね。家人が此処数日ろくなものを食べていないというので、晩は肉を一枚一枚焼いた。

 

 

1/8・土

 朝から砕氷作業。鍬のようなもので叩くが、大して効果がない。ああつくづく失敗した。熊手なんかでなく、もっとちゃんとした道具もあったのに。戦力の出し惜しみがこういう結果を招いた。朝粥休憩。するとお向かいはお孫さんも動員したよう。吾人も加勢する。水を撒いてくれたので、今度はゴルフクラブで只管叩く。亡父の遺した何番アイアンかで数百回ショットした。半分ぐらいはどうにか壊した。

少し遅れて出社。本日講習最終日。八時までずっと授業。途中コンビニ弁当。中三にはオミクロン株はどうなるか分からないので併願推薦は必ず取っておくようにと忠言する。早速Bに参る。土曜だけど田岡さんきょうだい、須々木さん、村田さん、佑子さんと勢揃い。暇なので早上がりした従業員の大塚さんも加わる。自然とこうなるのが嬉しいね。それにしてもまた飲めなくなるのかしらん。二千円ちょっと。帰宅は十一時。湯船入浴。今週はよく働いた。ひと月ぐらい休みたいね。

 

 

1/7・金

 朝から快晴。但し道路はカチンコチン。猫水も結氷。今期二度目。シロも上って来なかった。各地は大渋滞。新棟西側の清掃も延期に。運悪くお昼に出社。月波君が又来るというので、素麺居酒屋でもてなす。続いてBへ。須々木さんらと初顔合わせ。更に日高屋にも。帰宅は十一時。全部で五千円くらい。するとやっぱり拙宅前だけカチンコチンに。お向かいの建物が巨大過ぎるのだね。やはり昨夜の内にもっとやっておくべきだった。今回は四年ぶりの積雪だった。数年も経つと雪掻きの手順も忘れて仕舞う。

 

 

1/6・木

 シロに何度も起こされ朝から眠い。昼前から雪が降り始める。其の後出社。小四の国語他。五時に退社。急いで戻る。碑文谷の魚屋と中華屋に寄る。何故かきびなごの刺身しかなかった。ぽっぽや号のようになりながらのろのろ自転車帰宅。直ちに除雪活動。予報より降るね。数センチ程度。今回は熊手で何とかなった。七時までには止む。東電は緊急融通。十時就寝。

 沖縄は980人。相当数は米兵から移された模様。都内も700人。広島と山口にもマンボウだと。此れは岩国だな。何で基地から出したの。成田や羽田での血の滲むような検疫もあんまり意味がなかった。敗戦国は辛いね。週明けから学校が始まる。クラスターになるな。受験生が可哀想。

 

 

1/5・水

 沖縄は早くもマンボウの検討だと。オミクロン=即入院も改めるとのこと。そりゃあそうだ。運が良ければ軽いインフルエンザ程度で済む筈です。冬型強し。お昼に出社。今日から冬の講習後半戦。取り立ててどういうことも無し。また此の無社長と一年かと思うと既にうんざりである。八時退社。其のままBへ。併し、沖縄は600人、都内は390人だと。幾ら従来とは検査の基準対象が異なるとは言え、結局愈愈「あれ」である。会った人は村田さんと田岡さん。奥の方はまあまあ混んでいた。あと二週間ぐらいかな。こうして飲めるのは。二杯で終了。1250円。帰宅後、緑のたぬきとレトルト赤飯。

 

 

1/4・火

 さてさて吾人も御用始め。国税庁のホームページが開いたので、早速不動産収支内訳書の作成。まずは三人分。決められた数字を打ち込んでプリントするだけだがたっぷり二時間。二度ずつ確認の後、直ちに従妹の優子さんに送付。やれやれ半日税務署長である。揚げ物がちょっとずつ乗った弁当が食べたくなったが該当店無し。結局オリジン弁当。今年も昼食難です。

 午後は吾人の内訳書と確定申告書の作成。あら不思議、最後のエンターキーを押すと、還付金が発生することになる。納税額は半減した。詰まり予定納税した分を下回った。そもそも昨年の税率は二割だった模様。昨年が多すぎたんだ。今年は10%である。それに税額と控除の関係も分かっていなかった(実際には前の所得区分を超えた分に新たな税率が掛かる)。半日署長は返上したい。不動産所得が減った上に、国民健康保険料を物凄く払ったからこうなるのだな。あれは実質税金だもの。相続や建て増し等が発生するとどうしても乱高下する。一昨年の所得が二倍になると、納税額は四倍に。すると昨年の個人事業税は三倍、国保料は二倍。そして所得が一割減ると、課税所得は三割減り、納税額は一気に半分になった。次第に北風強まる。晩は残り物。西安は完全ロックダウンだと。

 

 

1/3・月

 月曜だけど三が日。蒲鉾で朝酒。餅は飽きたのでおにぎり屋に買いに行く。駅伝見物会は今年も中止。なお家人は86回目の誕生日だと。何時の間にそんなに年を取ったのだろう。かくいう吾人も数度目の年男となる。光陰、新幹線の如し。絶望するね。須美伯母が来たので洋の段を解凍。昼ワイン。吾人も洋菓子を買いに行った。晩は中瓶一本のみ。もう飲めません。米軍基地から漏れ出て来た沖縄は早くも三桁に到達。東京も100人を突破。一週間で二倍の見当。愈愈である。

 

 

1/2・日

 曇って寒い。全国的に火災多し。何を燃やしているのだろう。寒冷地を除いて暖房はエアコンが一番である。とは言うものの、此れだけ寒いとガスファンヒーターも多用。また加湿器を幾ら動かしても湿度は40パーセント以上にならず。

 適当な物で朝酒。晴れて来たので散歩に出た。神社仏閣を二軒。ぐるっと回って近所の大きな公園へ。すると小学校低学年くらいの坊やが自販機を蹴って殴っている。其れもかなり執拗に。衆人環視の中、ちょっと異様な光景である。まるで刑事ドラマの冒頭シーンのような。近付いたお年寄りは罵倒されていた。地域課員を呼ぼうかと思ったところで怒りも収まったよう。色色と物は持っていたから(ボール、スケートボード、ヘルメット、恐らく自転車も)、貧困ではなさそう。孤独なのだな。再び狸。ふらふらで気の毒だけど、北扉の下を厳重に塞いだ。晩も残り物で中量飲酒。締めはピザトースト。今年も二日が過ぎた。

 

 

1/1・土

 朝から快晴。和の段を解凍。鮭を焼いた物が入っていた。此れは関東仕様なのかしらん。早速年賀状の返事を書く。今年は十枚。続いて確定申告の準備。基礎データの収集整理は完了。あとはイータックスに打ち込むだけのところまで仕上げた。ぼんやりと室内、室外作業(ゴミ拾いと狸の警戒)をしていたらすっかり冷える。晴れても外は5度、拙室は昼でも10度と少し。寒い筈である。慌てて適当鍋を作って酒を飲んだ。