2022年3月

3/31・木

 ワクチンプラス発熱以来、左耳が不調。何か塞がった感じがする。此れも副反応かな。不快。ろくなものでなかった。概ね晴れ。お昼に出社。小五、小六、中二の順。明日から新年度。通常テキストも発注す。八時退社。須々木さん佑子さんとで何時ものBから久久に日高屋へ移動。十時半退店。すると冷たい大雨。復路自転車運休。既にバスもない。色色と三軒目を探そうと思ったが、バーIは満席の模様。中華立ち飲みも混んでいた。かくなる上はタクシーで帰った。落ち着いた初老のドライバーさんがもてなしてくれた。1780円。今月は三回もタクシー帰宅。百鬼園先生みたいだと思った。入浴後、蕎麦の残り。こうして手術に始まり副反応に終わった三月が終わった。

注・・内田百閒。日本郵船嘱託。無給の務めだったけど、実に度度タクシーで通勤している。

 

 

3/30・水

 今日で退院から四週間。血尿は消えたが、排尿痛と下半身の疼痛は完全には収まらず。当初の半分の半分くらい。そんな朝から保険金の請求書作り。割と簡素な造り。添付する中央病院の領収書をよくよく見ると個室は二日の利用となっていた。ちょっと得をした。一方食べてもない食事代が請求されているような・・・。まあ、いいか。

さてさて続いて渋谷に参る。久久に須美伯母が来るというので昼餐をしたいと。本来なら仕出しでも取るのだが、生憎仕出し屋がない。其れにそもそも三つでは注文出来ない。勢い込んで「のれん街」に参るも開店は十一時だと。そんな馬鹿な。「フードショー」にスイッチ。なだ万の折詰と蔭山楼の中華総菜を無事購入。併し此の二つのフードモール、何が違うのだろう。出ている店も大体同じである。帰りはバスにした。西口に移動。閉店した東横店は上から切り取られたように無くなっていた。まるで豆腐のようにすっぱりと。其の後ろには数十階建てのスクエア何とかがすっきりと見える。最近空中庭園から人が落ちたそう。高い建物は危ないよ。急いで世田谷に帰った。昼酒、小剪定の後、午睡。夕方前、近所の「サミット」に。鰤の鎌焼きと天婦羅盛り合わせ。どちらも数百円。さっぱりしたくて蕎麦を茹でた。概ね晴れ時時曇る。

 何とか停戦交渉が纏まりそうな気配が出て来る。ウクライナの中立化、詰まりNATOへの非加盟化と引き換えに、露軍は引くよう。こんなところだろうな。それにしても、こんなことを決める為に多くの犠牲が。つくづく戦争とはどうにも仕様がない=政治の失敗。そもそもNATOに行って欲しくないのならば、ロシアは色色とお土産(=インフラ投資とか)を出せば良かったのである。一方、オミクロンには再加速の兆候。もうどうでもいいです。春ですよ。

 

 

3/29・火

 朝から曇って花冷え。植木屋さんが来て、先日の残りの作業。庭木の消毒と、家人の希望で目隠し用の木=常盤万作を植える。序でに家作の方にも一本。さっぱりとした常緑樹。但し名前不詳。あとは外灯の補修。何度やってもカバーが外れる。三脚脚立で上り、アルミテープで巻き付けて貰った。二時間ほどで終了す。

さてさて食堂の弁当を食べてお昼に出社。大した生徒がいる訳でもないし、殆ど金にもならないが、少し働こうと思った。何しろ此の所は働かないおじさん状態であった。働けないおじさんになって仕舞ってはちょっと困る。小五の国語から中二の英語まで。空いた時間は職場の整理整頓、教材選定、分別廃棄。すると何だか夕方には眠たくなる。普段なら、午睡して、そろそろ飲み始める時間でもあるなあ。八時過ぎの退社。其のままBへ。須々木さんと村田さん。働くおじさんたちである。所謂ブレインワーカーであるが(建築士と編集者)、朝から動いて、夜まで飲めるのが凄いね。他には高瀬さん(此の人は既に退職者)。1950円。当初混んでいたBだが九時を過ぎるとあっという間に人が居なくなる。帰宅は十時半過ぎ。入浴後、カップ麺。腕の痛みは概ね収まる。此の点に関してはP社と大差なし。

注・・ネットで検索すると「シマトネリコ」というらしい。島の戸練り粉。乾燥させた樹皮を溶いて戸口の潤滑剤として使ったのだと。万物には意味があるのだと感心した。

 

 

3/28・月

 大体晴れ。今日から春の講習。一応昼前に出社。と言っても生徒少なく、しかも外出等で欠席多し。ぼんやりと六時前まで勤務。Bで二杯ほど一人で飲んで御仕舞。1390円。碑文谷の「味の郷」で中華総菜。主として家人に食べさせた。帰り掛けにマスクを外したら、途端にくしゃみ。花粉症もピーク。夜はひんやりす。此の処、狸は一匹しか見ない。また新たな野良猫が現れる。十時就寝。

 

 

3/27・日

 未明には解熱。ほぼ二十四時間の発熱。実にインフルエンザ並みの苦しさだった。風邪に似た感染症のワクチンの副反応でほぼ一日インフルになるなど、コメディだと思った。吾人の3/26を返して欲しい。あの会場で受けていた数百人の人人、大丈夫なのかしらん。

 朝から冷凍焼きそばと(期限の来た)防災食の豚汁。前者は旨いが、後者は不味い。味覚は正常。概ね晴れ。リハビリがてらゴミ拾いを三周。公園の桜も満開。上を向いて歩きたいところだが、こうなるとゴミも増えるのだよね。昼はワタミ系ののり弁当(430円)。御飯は大盛りで旨い。若い人向き。色色と買い物をしたら何か疲れた。午睡す。中日は東京ドームで三連敗、と書きかけたところで逆転勝ち。新監督の初勝利となった。早めの入浴の後、スーパーの真鯛の切り身を酒蒸しにした。

 露軍はキエフへの進軍を諦め、東部への攻撃を強化しているそう。ウクライナは此のタイミングで引くべきであろう。停戦のチャンスである。東部二州の割譲はやむを得ない。

 

 

3/26・土

 日付が変わる頃からあちこちが痛む。腕と体の節節。発熱の兆候。朝方37.2度。やっぱり出た。此れじゃあ、みんな受けたがらないよな。もっといいワクチンは無いのでしょうか。三度目だよ。以後、倦怠感酷し。起き上がれず。昼は家人のお粥など。完全な病人である。欠陥ワクチンだな。受けて損した。午後は37.8度を記録。一日全損。そんな馬鹿な。そもそもワクチンにはメリットとデメリットがあるが、オミクロンに関しては逆転している印象。晩は家人の野菜の煮つけなど。アルコール少少。早く三回目を受けましょうなどという政府広報=在庫一掃セールなどを信じて損した。

西日本は春の嵐。関東も曇って、南風強し。時折ざあっと降った。小樽余市間もバス転換だと。そんな馬鹿な。ニッカウヰスキーの見学も出来なくなる。飲んだ後にバスではね。

 

 

3/25・金

 まあまあ晴れる。さてさて三度目のワクチン接種へ参る。接種日は近かったが、場所はちょっと離れた区民センターへ。通常は自転車の距離だけど、電車に乗った。少し早めに着くも、流れ作業でどんどん打ってくれた。М社のワクチン。量は半分だそう。世田谷通りまで戻って、「燈灯亭」であっさりラーメン。ついうっかり叉焼そば(980円)にしたけど、ビールがないと肉類を持て余す。再び世田谷線で帰った。巷間、PPМ(ファイザーファイザー・モデルナ)の順に打つと副反応が酷いと言われているが、どうなるのでしょうか。

午後は安静にす。午睡の後、新しい魚屋で買い出し。聞けば、少し先の居酒屋が出した店なのだそう。成程ね。近所の大学では卒業式。少しは飲めるかな。それにしても一人で歩いている学生さんもいる。ちょっと可哀想。続いて保険外交員の訪問。保険金の請求には、診療報酬明細書のコピーの提出等で済むそう。なお簡易保険の方は入院期間が短すぎて給付対象ではなかった。あくまでも簡易だからね。刺身盛で明るい内から飲み始めた。他に簡単鋤焼きなど。プロ野球が開幕。マスク掛けだけど満員に入れている。リバウンドがあるなあ。オミクロンは後期型に入れ替わっているそう。早めに納盃して百円の缶コーヒーを飲んだ。

 

 

3/24・木

常磐線が復旧。再び「ひたち」で仙台まで行くことに。野良の襲撃多し。断眠酷し。朝から快晴。午後自転車出社。実に四週間ぶりの自転車通勤。年度末最後なので調整後ごと多し。講習のスケジュールを手直しす。九時過ぎの退社。其のままBへ。愈愈一昨日から通常営業である。須々木さん、佑子さんとは二か月ぶりに会った。三杯飲んで1700円。会話も弾むとそんなに飲まない。帰宅は十一時半。やっぱり真夜中みたいな雰囲気。以後入浴。熟睡。

 ウクライナは長期戦になるかもしれないと。早く停戦しないと大変なことに。徹底抗戦はまともな政治の成すことではない。激戦の末に日本軍を追い出した国民党政府がどうなったのか。思い出して欲しい。

 

 

3/23・水

 昨夜は何とか節電が間に合い、停電等は回避。揚水発電所の水が残ったそう。やれやれである。朝は晴れるも雲が多い。こうなると太陽光発電が捗らない。今日も逼迫警報。朝は鍋の残りうどん。一応、三回目のワクチン予約を取る。М社しかないみたい。明後日の予定。

 試運転がてら昼の弁当を探しに行く。結局ピーコックの中華弁当。続いてグレの予防注射。疥癬狸用の薬も処方して貰う。液状。でっかいビーカーから出してアンプルに移し替える。すると此れがイベルメクチンだと。一発1100円で二匹分購入。餌にかけて食べさせよと。大抵一回で効くそうである。流石ノーベル賞薬だね。でもコロナにはどうなったんだっけ。夕方前、早速来た。早速投与。でも此れは双子のどっち? 

さてさていいことをした後は腹が減る。三丁目の肉屋で串カツを購入。直ちに飲み始めた。六時になるとウクライナの大統領が出て来て国会演説。但し本会議場ではなかった。変な部屋での中継。何だかなあ。何と最後には昭子さんが出て来る。あんた、まだいたんだ。要約するとウクライナでゴルフをしたいそう。なんせ平たい国だから面白いコースはないと思うけどね。十時就寝。夜半から小雨。肥薩線の見積もりが出て来る。200億円余。半分は橋の復旧費。河川改修の予算から出せないものかね。只見線も直るというのに。

注・・昼には解除された。 注・・第四波の時、イベルメクチンが効くとされた。

 

 

3/22・火

 新幹線は郡山までは動く。全線開通はひと月掛かるらしい。災難続きだね。未明から冷たい雨。猫と排尿で何回か起こされたけど、朝までよく寝られた。買い物は一便。昼は食堂の弁当。こういう時こそ買いに行かないとね。鰆の西京焼き他。600円×2。公共放送では電力需給逼迫警報との画面表示がずっと出ている。併し逼迫が「ひっ迫」なので逼迫感は今一つ。午後は白いものも落ちて来る。すると愈愈電気が足りないらしい。最後の綱は揚水発電だと。

エアコンの設定は二十度。ガスファンヒーターを併用。下のテレビも消したかったが、家人にはそれだけは止めてくれと懇願された(録画した中韓の歴史ドラマを見たいそう)。もう此れ以上節電出来ません。夕方には止んだ。薄暗い室内で、カセットガスを燃やして鶏野菜みそ鍋。大体やね、拙宅の6から15ワット程度のLED電灯を幾らか消したところで、大した効果は無し(50ワット程度)。電気ストーブやオイルヒーターを茫茫と使っている人に対しての節電要請をして欲しいと思った。暖房は新型のエアコンを使って下さいと。入浴の後、十時就寝。

 ウクライナと言う国は元元ばらばらだったのだが、2014年にクリミアを取られて以来、ナショナリズムが高まった。西側からの援蒋ルートもあり、ウクライナ軍は著しく強化されていたのだと。また今回の侵攻を受けて、肝心の東部の二州もロシアから離反の動きがあるという。マリウポイの惨状を見たからね。

 

 

3/21・月

 曇り勝ち。今年の春分の日はちょっと早めで本日となる。という訳で小平霊園まで。行きは素直に西武線経由。早速周りを清掃し簡単にお参りす。腎臓の件も報告をしておいた。亡父さん、頼みますよと。併しまだ十時半である。店が開いていない。適当な西武バスで武蔵小金井に出た。色色と見回ったけど該当店もあるようでない。其のまま中央線に。混んだ吉祥寺をスルーすると、次は下北沢かな。但し今日は休日なので其処から先のバスがない。残念ながらちょっと疼痛が。自信がないので下高井戸にスイッチ。幸い此処には坂本という優れた大衆食堂がある筈。迷わず飛び込むと、「お酒の提供はしません」と。そんな馬鹿な。どうりで店内は閑古鳥。お年寄りが座椅子で寝ています。今更引き返すことも出来ず、もやしそばを食べて出た。700円。あれやこれやと考えた打つ手と打つ手が全損した感じ。足取り重く、世田谷線では座らせて貰いました。帰宅は一時半。1.2万歩。

午後は晴れた。それにしても何処の駅も電車も人で溢れていた。此れでどうして減便や値上げが必要なのでしょうか。東急ストアーの刺身と総菜プラス千代田寿司で明るい内から飲み始めた。するとまた双子の狸。憐れなので裏の公園に猫餌をばら撒いた。本当はイベルメクチンが効くそうなのだけど。追い出すばかりでは政策型思考とは言えない。今度獣医に相談するかなあ。先日の地震で幾つかの火力が停止。明日は冷えるというので東電は節電を緊急要請。今回に限らず、電熱系の暖房器具と白熱灯と蛍光管を規制しましょうよ。九時就寝。

注・・そんな蔓延等防止措置は本日で完全解除。

 

 

3/20・日

 朝には晴れる。まずゴミ拾い。すると三周目で全壊したゴミ袋を発見。烏により一袋が二百片に分裂す。四周して片付けたよ。酷いものである。昼前になったので、目黒の「朝日屋」に参る。開店と同時に入った。小瓶一、小天婦羅、燗酒といったところで急に混んでくる。店内は四卓しかない。カツ丼セットを掻き込んで出た。2150円。酒飲みが占有してはいけません。本当は落ち着いた昼下がりの方がいいのだけどね。何しろ家に居ると、早晩酌、早寝、すると早起きに。腹も減ります。出来れば朝の十時から開けて貰いたい。一丁目の和菓子屋で牡丹餅。家人にはコンビニ弁当。一万歩は行ったかと。尿道の疼痛収まらず。急いで食べたら胃もたれす。

するとまたまた狸が。何時の間にか猫小屋に入られていた。直ちに当該小屋は閉鎖。寝具類は廃棄。地上にあったから入られたよう。残りは高所の小屋だから大丈夫だろう。更に一匹いた。どうも兄弟で行動しているよう。子狸だな。全裸状態で可哀そうなのだけど追い払うより手がない。それにしても真昼に入られるとはね。油断も隙もない。枝垂れ桃が開花。桜もそろそろ。以後曇って肌寒い。其の後も再三再四寄ってくる。竹帚で突いて追い出すしかなかった。晩は残り物で軽く。萎びた白菜とベーコンのコンソメスープや冷凍パスタなど。
 さてさて九時から芥田先生を交えて、第二回のオンラインゼミナール。今回は若手研究者の木俣氏も加わって貰った。なお先生は最近再入院したそう。声がちょっと変だったが、喋っているうちに聴き易くなった。吾人も近況報告。腎臓は二つあるから大丈夫だと激励される。嘗ての学生も老いを迎えて仕舞いました。本ゼミは十一時前で終了。以後、月波君、坪上君、鷺乃間君と暫し雑談。十二時終了。ワイハイは新しくしたので前回より通信状態は良くなったが、時時カクカクした。直ぐに就寝。

注・・興味深かった点として、最近の大学生は高校生化しているという指摘が。詰まり一限が苦でなくなり、あべこべに五限を避けるようになったと。可笑しな世の中になりましたよ。吾人らの時代では二限でもちょっと苦しかったものです。大体早起きしたくないから大学生になったのでしょう。此れもコロナが明ければ変わるかな。

 

 

3/19・土

 朝には晴れた。前回から二年経ったので松の剪定。朝から二人体制。高所作業なので吾人の出番は無し。なお植木屋さんは糖尿らしい。牡丹餅でも買って出そうかと思ったけどやっぱり止めた。毒だからね。極めてぼうぼうなので、午後まで掛かる。簡単なものでお茶出しす。結局四時までの一日仕事となった。松の経費は別格だね。昼は料理おばさんの麻婆丼(600円)。夕方から小雨。すると雷まで鳴って大雨となる。晩は新魚屋の五点盛り。他に牛と豚を一枚ずつ焼いて食べた。締めはチャーハンを自作。少し動くとちょっと赤いような。

 マリウポイは大変なことになる。シリア内戦の再来となる。あの時、国際社会がもっとロシアを止めていれば・・・。今までに、幾つかのチャンスはあったのだろう。残念です。ロシアの兵隊は、其れが原発の施設かどうかも分からないまま砲撃を加えて来たと共同通信が伝えている。農奴階級のままの無知蒙昧ぶり。あの国は19世紀の帝政時代そのままである。

 

 

3/18・金

 ロシア軍は将官クラスも含めて既に数千人が死亡したと。此の命の軽さ。此れもロシアだよな。悲しいことです。朝方は資源ゴミの整理。カップ麺を食べると何だか具合が急に悪くなる。前夜の酒が抜けていなかったよう。昼過ぎまで寝たり起きたり。昨夜から時時小雨。以後本降り。二日続けて目黒経由で出社。講習の予定を立てた。今年の生徒も一段と少ない。どうなるのでしょう、大貧学院は。八時前に中座してBで二杯。1390円。職場に戻り、ホームページの更新作業。何か月もやっていなかった。九時退社。11系統と32系統の合わせ技で帰宅。今日はバスに三回乗ったから、実は一日券の方が安かった。入浴後、コンビニのミニ冷やし中華など。

 一昨日の地震は二度あったそう。新幹線は一度目の揺れで非常ブレーキが掛かり、止まりかけたところで二度目の地震で脱線したのだと。行き成り二度目の方が来なくて佳かった。新幹線も減速した方がいいね。遅くなった分は安くすればいい。あるいはビュッフェか何かでお酒を飲ませ、お客の時間感覚を麻痺させるというのも一つの方策である。南相馬等では断水。広い意味での3.11の余震なのだそう。災害列島です。

 

 

3/17・木

 猫による断眠酷し。彼らも起こされたよう。昨夜は最終のやまびこが脱線。新幹線の脱線は中越地震以来二度目となる。施設の損壊も多い。那須以北は当分運休。在来線は動いたというからまた新幹線リレー号である。震源は福島沖、深さ60キロ、マグニチュードは7.4だと。昨年十月の地震より酷い。

大体晴れる。午後出社。やっぱりバスにした。空いていたので其のまま目黒まで。久久に電車に乗る。九時過ぎまで勤務。何となく無社長と職場飲み。ロング缶三本。十一時過ぎまで。ついついバーIを覗く。偶偶ОGのОさんもいた。更に一時間と少し。すると何と店主は今度結婚するのだと。確か二度目。還暦前にして。お目出度いね。五千円置いて帰る。当然タクシー。1780円。一時前に帰着。

 

 

3/16・水

 九州では座席の一部を撤去した車両が走っているらしい(813系改)。すっかり座れなくなったと西日本新聞が伝えている。少ない車両に詰め込む方針。せめてロングシートを付けるだろうに。幾ら経営が良くないとは言え、本末転倒もいい所だよな。全国的に耳を疑うような事態が進行している。残念です。

 朝は曇り。久久に総菜パンが食べたくなり、三宿の世田パンまで。ちょっと買って1100円。収入が増えないと、みんな主食用パンしか買わなくなるな。政府は年金受給者に一律五千円配ると言うが。少し出ただけでくしゃみ酷し。小麦も蕎麦も値上がりだって。今年は国内の作付けを増やして欲しい。小中高男子の将来成りたいものは、会社員だと。そんな馬鹿な。

さてさて退院から丁度二週間。一応今日まで自宅療養期間とした。なお三日間入院したので、幾らかの保険金が出る筈なのだが、面倒臭くてやる気ゼロ。誰か代わってくれないかな。保険代理店は? 一月の電気使用量517キロ。1.5万円余。となると自給率は五割程度。寒かったよな。続いて空室だった西側の支払い。此方は16キロで1700円。大半が基本料金。他はゴミの分別。北東の物件の引っ越しゴミ。皿やワイハイや充電器が混在。うちの物じゃないのだけどなあ。早めの入浴の後、最近出来た魚屋の刺身盛りで飲み始めた。鮮魚店の開業は珍しい。五点盛り千円。薄造りの上品な感じ。若い人がやっていたが、出身は料理屋かもしれない。今夜も野良猫と疥癬狸が出る。すると首相も出て来た。ガソリン税を下げる下げないが問題となる。もうね、そもそもガソリンカーはやめましょうよ。此れを機に。一時的な補助金や減税より恒久的なエコカーに。せめてハイブリッド車に。どかっと買い替えを援助してもいいから。大型車も替えましょう。

ぼんやり寝ていると大地震が。東北で六強。都内は四。二度目の方が揺れた。P波とS波が離れていたのかね。変な地震。直ちに緊急点検。ガスの停止は202のみ。どうも此処だけ弱い。

 

 

3/15・火

 朝方は曇る。蔦の剪定を少し。さてさてちょっとした物を打ちたいのだが、生憎拙宅には真面な金槌が無かった(みんな頭が取れて壊れて仕舞った)。中里の店に買いに行く。一番軽装の物を勧められる。638円。ネイルハンマーと言うらしい。早速外れて残った画鋲の茎の部分を打って埋め込んだ。それにしても日日の生活を円滑かつ快適に保守管理運営するにはどれだけの品物が必要なのだろうかと思った。工具道具類で200、食器や調理器具200、家具家電100、衣類100、各種消耗品100、食品嗜好品を加えたら恐らく数千アイテムに上ると思った。避難するということは其の全てを(一時的にしろ)失うことになる。徐徐に晴れる。すると猫は日陰に避難。昼は食堂の弁当。今日はホッケと豚のからし焼き。夕方前、お隣の車庫証明に署名捺印。返礼品として虎屋の羊羹と明治屋の果物受け取る。晩は厚揚げ麻婆など。あの苦悶の大手術から二週間が経った。本日の血尿無し。併し排尿痛はまだある。

 今回の件で一番困っているのはドイツだと。何しろ沢山エネルギーを買っているからね。気前よく買っていたのは戦後賠償の意味もあったのだろうけど。それにしてもプは何処で間違えたのだろうか。ウクライナの民が歓迎するとでも思っていたらしい。そんな馬鹿な。此処に来て、都合のいい情報しか上げなかったとかで諜報機関の幹部を更迭したというニュースが流れて来た。「スターリンは、目前に迫ったドイツの侵攻から眼をそむけ」「不愉快な事実を突きつけられたにもかかわらず、起こってほしくないことは起こらないとする倒錯した信仰のとりことなった」(『独ソ戦』)。それにしても、攻められるのに対して攻めるのではより一層慎重な判断が求められる筈なのだが。

 

 

3/14・月

未明は南風。朝方に通り雨。以後晴れる。お向かいの物件に来ていた内装屋と収集車が駐車位置を巡って口論となる。何故か前者が後者に対して難癖を付けていた。ドウシテ。すると警察官が。後者が110番通報したみたい。初夏のような気持ちのいい朝なのに。全く不要なトラブルです。続いて北西方向のマンションを取り壊すそうで、境界確認の立ち合い。図面通りに建っていたので何の問題もなく終了。築五十年かな。幼少期からある建物がまた一つなくなります。

さてさて自転車も運転再開。まずシロの点滴と予防注射。獣医殿にも退院の報告。男の尿道カテーテルはそんなに痛いのかと同情される。まあ男女で一番構造が違う部分だよな。8580円。昼は蕎麦を茹でた。午後は夏日近くとなる。するとやっぱり微妙に色が。自転車は駄目かな。眼が痒いので早めのシャワー入浴。晩はスーパーの天然鯛を塩焼きにした。陽が暮れるとそれなりに寒い。まだ地面が冷たいのだろう。

 ウクライナ側は抵抗を諦めず。最早、大祖国戦争の様相。一方キエフは包囲された模様。また南部の都市マリウポイは住民ごと破壊されたとも。組織的な都市攻撃は独ソ戦の悲劇である。ナチの蛮行を何で繰り返すのか。またロシア上空が飛行出来ないことから、ノルウェーの生サーモンも欠品。近海物を食べましょう。そういえば特殊な造影剤もヨーロッパから取り寄せていると言っていた。此れは代替出来ないな。

注・・どうもゴミ袋が車に当たったとかで内装屋が一方的に怒っていた模様。可燃ゴミの日だよ。傷など付く訳ないのになあ。異常な人格である。

 

 

3/13・日

未明の猫の喧嘩多し。但し相手は現認出来ず。やや曇るも暖かい。ゴミ拾いは三周。朝は期限切れの袋入りラーメン。粉使用は三分の一。さてさて月波君と客乃間君を呼び出して、吾人の退院祝いとしての昼餐会。以前入った「華星」に陣取る。客乃間君とは二年ぶり。ずっと在宅勤務なのだそう。其れはそれでちょっと辛いね。二時間ほど集中飲食。最後にパイチューを少しだけ。三人分で1.7万円。何かちょっと高かった。其の後周囲を散策して本日終了。家人には千代田寿司、吾人はコンビニ弁当で続けて夕飯。歩いたからかな、朝夕に若干の色付き。なお、此の国のロシア通は伝統的にロシアに甘いと客乃間君。2014年のクリミア併合の段階からもっと経済制裁を掛けておくべきだった。宥和策は拙かった。臥薪消灯は続く。

 

 

3/12・土

 ロシア政府は、出て行った外国企業は国有化すると脅して来る。併し自ら運用する能力があるとも思えず。そもそもがないから、外国資本が入ったのでしょうが。また今回の件で一番驚いているのは中国かも知れない。第一に台湾は遠いし、国際社会が返り血を顧みずにメードインチャイナを拒否すれば、中国経済は数日で崩壊する。それにしても台湾も日本も島でよかった。大国に陸で接するという恐怖は、なかなか島国の住民には分からない。増して、島から大陸へ逆侵攻するなど、正気の沙汰ではなかった。本当に申し訳ない。

 やっぱり未明には戻る。朝から晴れて春本番。昼は地元の大型回転寿司へ。ビール一、日本酒二、寿司九皿。3960円。続いて東急ストアーへ。家人用の弁当を調達。何時も買う厚揚げは恐らく一割程度値上がりしていた。こんなこと(=スタグフレーション)で怯んではいけない。消費を爆発せねばならない。二枚購入する。夕方散髪。シャワー入浴。残り物等で晩酌。夜も暖房なし。本日の血尿無し。やや疼痛。梅はもう散り始める。飲酒後、細細とした整理片づけ。電池とか食べ物とか。期限切れの食品が次次と出て来る。なお空いた駐車場には隣りのおうちが入ることに。赤ちゃんがいるとクルマが必要なよう。近隣値引きせねばならないね。

 

 

3/11・金

 未明には元の色に戻る。あの日と同じ金曜日。同じような晴れ。政府主催の追悼式はもうやらないのだそう。少し暖かい。午後出社。今日までバスにした。すると動いたからかな、やっぱり色が着く。講習テキストを発注。そろそろ新年度の準備もせねばならない。職務に精励す。八時過ぎに中座してちょっとだけBへ。村田さんがいたので近況報告。一杯だけさっと飲んで戻る。九時過ぎの正式退社。タコ焼きを買って、タクシーで帰った(1540円)。当たり前だが、タクシーは自転車よりも速い。十二時前就寝。

都内の感染は一万人前後。少しは減って来た感じ。マンボウもあと少しで解除の見込みだと。吾人の所にも三回目の接種券が来ている。最近は六か月後で打てるそう。検索するとМ社のワクチンはふんだんに余りが出ている。でももう此れ以上、体に穴は開けたくないね。ところで今朝の新聞に十三歳の数学少年のことが出ていた。五歳で二次方程式が解けたと。凄い才能があるね。現在大学教員の指導を受けていると。但し小四から自宅学習、昨秋からインターナショナルスクールをオンライン履修なのだそう。当然大学は海外へ。孟母三遷。こういう子は日本の学校では決して伸ばせないのが悲しいです。

 

 

3/10・木

 昨夜までに血尿は止まった。排尿痛は半分くらいに。痛みを数値化するのは難しいけど、日薬が効いて来たな。朝は晴れ。以後少し曇る。午後出社。今日も06系統プラス徒歩。二週ぶりに授業す。立尿三回。ちょっと赤いような気がした。九時過ぎの退社。併し次の11系統は三十分後。開いている店も無し。漫然とバス停で過ごす。つくづく吾人は不幸だと思った。何故なら何処にも飲みにも行けないから。終バスの一本前は大体の席が埋まるなど案外乗っていた。みんな通勤客。みんな不幸だな。環七で32系統に乗り換え。乗って帰ると丁度三十分。其れでも自転車より三十分遅く着いた。直ぐに入浴。ウクライナでは何百万人も避難し、恐らく風呂にも入れない。吾人はまだ幸福だと思った。以後鰻丼など。やっぱり赤い。ロゼと言うより暁色。一時前就寝。

 キハ283は183や281より早く引退。車体剛性が不足していたらしい。つくづく歳の順とは限らないと思った。お隣の国の新大統領が決まる。元検事総長だと。此れはアメリカの副大統領にも言えることだけど、風紀委員長が生徒会長をやっても大丈夫なのかね。スイマセン、職業差別です。ましてスパイなぞ。

 

 

3/9・水

 朝から晴れた。ステントの違和感が取れたのか、左側もすっきりす。排尿痛も血尿も少しずつは収まっている。いい傾向である。二月の売電量、西側が199キロ、東は118キロ。7600円。昼はスーパーのとんかつ弁当(540円)。晩は同鮪の鎌焼きなど。

 民間地域への攻撃が続く。ワザとなのか、そもそもの兵士の練度と武器の精度が低い為なのかは今一つはっきりせず。外国資本も相次いでロシアから撤退。マクドナルドも閉めるのだそう。消費生活は三十年前に戻ることに。行列して固いパンでも食べればいいさ。一方、プは退くくらいなら世界を破滅させるかもしれないと。原発も抑えられている。そんな噂も最早否定出来ない状況になって来ている。なお世界の危機だというのに、此の国の首相は依然として言語明瞭意志不明。

注・・単なる爆弾を使っていると米側は見ているよう。もう精密誘導弾がなくなったのだそう。元元は冷蔵庫も・・・。

 

 

3/8・火

 朝から時雨模様。さてさて術後一週間経ったので、再び中央病院へ。採血採尿の後、主治医の診察。血尿疼痛等はどうにもならないらしい。座薬を処方しますかとも言われたが、お断り申し上げた。此処は我慢である。クレアチニンの値はやや低下。悪い傾向ではないが、誤差の範囲内かも知れないと。なお正式な腎機能検査は来月半ばに行うと。海外製の特殊な造影剤を使うらしい。其の結果次第で今後の治療方針を決めるので、尿管ステントは暫くそのまま。何とも宙ぶらりんである。ちなみに石の成分は尿酸とは関係ないのだとも。そもそも原因物質のシュウ酸ってなんですか。何にも思い当たる食品類はありません。水分が足りなかったのかな。なお結石で腎機能を失うのはかなりのレアケースだと言われた。吾人は本当に不幸である。取り敢えず、今月は此処まで。やるべきことはやった。あとは左腎の回復力に賭けるのみである。本日の自己負担分760円支払う。構内で即売していたパンを購入。行って帰って二時間であった。

 小雨も止んだ。昼は地元の回転寿司へ。日本酒二、皿は三。1605円。家人にはてんやの天丼。買い物は八百屋に一便。以後漫然とす。晩は貰い物の生ハムと一昨日の鰆を焼く。前者が余ったので吾人がパスタに仕立てた。ワイン半本。九時半就寝。

 ロシアでは衛星放送やインターネットも順次遮断。また避難民の退避ルート=人道回廊は、ロシア側にしか通じていないのだと。そんな馬鹿な。一方、ウクライナ政府の亡命計画も進んでいるとも。捲土重来も一つの手である。兎に角、此れ以上民間人が犠牲になり、都市が壊されるのを見たくない(そもそも軍人さんだって元は一市民である)。どの道、此処まで手を血に染めたプ政権は長くないのである。

 

 

3/7・月

 冬型の晴れ。午後臨時で出社。自転車は自信がないので、06系統プラスゆっくり徒歩。無社長に病状を報告し二時間ほど事務処理を行う。職場のトイレで初めての立尿。色は少し収まったが、排尿痛は其のまま。而も相当滴下す。座ってやらないと駄目だな。早速床磨き。四時には退社。帰りは11系統。碑文谷で降りて、北浜と味の郷で晩菜を購入。また歩いて帰る。往復で八千歩弱。九時就寝。以後ニ三時間おきに排尿、そして同量の水分を摂取。

 

 

3/6・日

 プ氏の頭の中には、ソ連は勿論ロシア帝国の復活があるのだそう。日本のどんな右派でも其処まで考えないよ。そんな狂人を大統領として持て囃し、増長させて仕舞った。ロシア国民は勿論、国際社会にも責任はあるなあ。

未明に寝汗。特段熱っぽさは感じなかったが、何処か炎症があるのだろうか。朝から晴れ。やや寒の戻り。抗生剤は昨日で終了。ゴミ拾いは二周。昼前に目黒寄りの「更科」へ。ノンアルの小瓶と鶏南蛮と蕎麦豆腐(1890円)。家人にはスーパーの弁当。排尿痛もロゼ尿も依然変化なし。退院後の栞によると一二週間続きますとも。あらま。午後は少し曇ったが、また晴れた。夕方前買い物へ。母方の久弥おじいさんの命日。遺影に酒を供える。丁度三十年前。大学入試であたふたしていた時期であった。晩は魚孝の刺身と適当鍋。吾人四十云回目の誕生日でもある。すると六時の番組には筑波大の先生が出て来た。大体此の人の言った通りに事態は進行していると思った。ただ語り口が軽すぎる。人の生死に関わることですよ。もう少し何とかして欲しい。夜は冷えた。

 

 

3/5・土

 昨晩から軟便止まらず。どうしても抗生剤をのむと硬くなるか柔らかくなる。今日も晴れ。どうにも頻繁に尿意を覚えるのは、尿道の付近の疼痛を尿意と錯覚しているよう。少し膀胱を満たそうと、環七のファミレスまで徒歩で行き、ノンアルビールを一缶。何とか行って帰れた。徐徐に航続距離を伸ばさなくては。そう言えば、其の昔、「ザ・ガマン」という酷い番組があったことを思い出した。

午後は南風強し。春一番のよう。花粉も飛ぶ。只管自宅療養す。晩は買い置きの豚肉を一枚いちまい焼いて食べた。中瓶一、日本酒と白ワイン少少で顔が真っ赤に。まだまだ本調子には程遠い。尿は依然としてロゼ色。へこむなあ。何だか寒む気がするので九時就寝。

注・・そもそもアルコール類が売ってなかった。

 

 

3/4・金

 やや曇る。色は変わらず。ピリッとした痛みも変わらず。なかなか元に戻らない。便通は回復した。午前中は隣地に無断侵入して猫糞の片づけ。マンションの裏手に丁度いい砂利場がある。猫の越境行為は止められない。昼晩の買い出しに信濃屋へ。自転車はやめて歩いて行ったが、却って内臓に響く感じ。まだまだ術後である。晩は初鰹の刺身と鶏を焼く。

 停戦合意は局地的なものに留まる。民間人退避の為だと。徹底的になるな。併し仮にウクライナを併合したとしても復興には巨額の費用が掛かるし、経済制裁でロシア経済は今後相当痛む。そもそも失われた人命は決して戻らない。戦争は何ももたらさらない。

 

 

3/3・木

 さてさて弥生三月、吾人の誕生月である。気分良くいきたいね。朝方は抗生剤を一錠。入院中の血圧は概ね130の85であった。プロが測ったのだから間違いない。肩や腰が痛い。動かせなかった逆筋肉痛だな。左の腰には張り。此れはステントのよう。通常二週間程度で取り出すらしい。また痛いのかな。

まずは方方の片づけから。続いて祐天寺の本屋で『JR時刻表』。何にも明るい内容がない。どんどんみどりの窓口がなくなる。駅員はいるのだろうけど寂しい限りである。また渋谷から二子に至るバスも駒沢大学で系統分断。あの246の何処で折り返すのだろう。近所の06系統も随分減った。昼は食堂の弁当。鮭と豚の生姜焼き(600×2)。入居さんだからと言う点もあるが、手作りだし、素直に旨い。食欲も回復中。するとやや濃い色が。午後は安静にす。本来ならば本日退院日だもの。晩は家人の用意したもので軽く飲んだ。夜首相が出て来て、省エネを推奨しろと。此れから春だけどね。だから普段から昼間の電気くらい太陽で作らないと。九時就寝。

 ロシア兵は、訳も分からないまま前線に投入されているらしい。あの国の軍隊は何時も同じである。併し意地でもキエフに迫るよう。おびただしい犠牲者が。狂っているな。東京他多くの都道府県でマンボウは再延長。心身ともに堪える。

 

 

3/2・水

 朝は常食が出たが、そもそも食べられる状況に無い。何しろ下半身丸出しで、血まみれカテーテルですよ。こんな状況でごはんですよと言われてもね。全量残し。続いて主治医の回診。出血も少ないので一日早く退院の運びとなる。来週に通院し、更に其の一二か月後に腎臓の検査だと。回復していればいいが、そうでない場合は・・・。考えたくないね。そして、各種管の取り外し。尿道は悉く痛かった。暫く血尿と痛みは続くとのこと。一旦個室に戻り休憩す。其の後、外来患者に交じって採血とレントゲン撮影。万事、此れで御仕舞である。退院後は、取り立てて禁忌事項もないのだと。アルコールも可だそう。あれだけ吾人を拘束しておいて、病院とは無責任だと思った。

 軽い挨拶の後、下の会計に参る。約15万円。半分は個室代だったが、まともに使ったのは前半だけ。勿体なかったな。こうして月曜に家を出て、帰ってくるまで凡そ48時間。主なイベントと痛みは後半に集中したのであった。ふわふわした感じで徒歩で帰宅。梅は満開。シャワー入浴。家人のお粥で絶食解除。流石に食欲は無し。腰に違和感があるのはステントのよう。内視鏡が這いずり回った跡がピリピリと痛む。尿道の先も沁みるね。声もガラガラ。こうして吾人初の入院と手術は大変な犠牲を出して終了した。

 午後は自宅で療養。飲めよ増やせよと言われたが、飲んだからには出さねばならぬ。ホースを少し持ち上げると痛みが和らいだ。以後頻尿。快気祝いとはならないが、少し気分を変えようと、明るい内から缶ビールを開けた。御猪口に入れて少しずつ。つまみは冷凍食品。続いて白ワインを少し。案外葡萄酒は石を作らないらしい。それにしても、好きな時に好きな物を食べられて、好きな時にトイレに行ける。此れ以上の幸せはないな。但しロゼ色の尿で現実に引き戻される。夜は野良と狸。一雨あり。

 ウクライナでは惨劇が続く。尿管結石どころの話で無し。痛ましい。一方オミクロンは、一進一退、いや二増三減くらい。全国でお亡くなりになった人は二万四千だと。春になって来たけど、此れだけマスクをしていても移るのだから、気候要因には期待出来ないな。

 

 

3/1・火

 朝から絶食だと。かといって午前中はすることも無し。麻酔科の医師や手術担当看護師の顔合わせ等。続いて点滴孔をあける。太い針が刺さる。痛いね。其のまま待機。予定していた外来が終わったそうなので主治医が迎えに来る。十二時半、下の手術室に徒歩移動。早速寝かされ、色色と管を繋がれる。其のまま失神。気が付いたら二時間経っていた。ベッドのまま、ナースセンター脇の観察室に。尿道にはカテーテル、腕には点滴、口には酸素マスク、胸には心電図等。身動き一つ出来ず。下半身の痛みは次第に小さくなったが、手足をばたつかせる以上のことが出来ないのが辛い。

時折、看護師による検温と血圧測定。寝ても覚めても一時間ちょっとしか経っていない。悶絶の苦しみ。インフルエンザでの高熱か、最悪クラスの宿酔に匹敵する苦悩は翌朝まで続いた。生きていくことは辛いことである。おじさん、おばさんになれば、青年期の煩悶等からは解放されて楽には成るが、此の手の物理的な苦しみが襲って来るのである。隣りのベッドにはちょっと若い人が居たようだが、朝には居なくなっていた。

注・・術中術後に便意を催さないために浣腸までされた。悲しいことです。

 

2022年2月

2/28・月

 愈愈入院の日。朝の十時に中央病院へ向かう。取り敢えず個室に入る。B個室、一日25000円(税別)。取り立ててどうと言うことなし。続いてPCR検査を受ける。鼻から入れる本格的なもの。結果が出るまで、部屋から出ないで欲しいと。其のまま部屋食。御飯とシチュー。他に何もすることは無し。夕方結果が出る。禁足令は解除。かといって、下の売店でT字帯を買うのみ。其のまま部屋で漫然とす。他は足の付け根から採血したのみ。

鰤の照り焼き等の晩食の後、寝られないけど就寝す。ちなみに此の病院は性格上、病棟の半分はそもそも使われていないよう。大部屋も半分程度の埋まり具合。まばらに高齢者がいる程度。あくまでも最後の砦なのであろう。看護師さんも学校を出たてでみんな若い。中高年の苦しみが分かりようもない年齢であるなあ。

注・・陽性だった場合はコロナ病棟に転送され、手術は延期になると言われた。またコロナ禍ゆえ、手術中の付き添いも不要と言われた。仮に出て来てくれと言っても、86の家人しかいないのが悲しいです。

 

 

2/27・日

 今日も晴れ。少し歩いた先の公園脇の自販機は大変なことに。周囲を整理し、ゴミ袋を入れ替える(どの回収箱の底にも予備の袋が入っているらしい)。団地には大勢住んでいる筈なのだが、こういうことをする人は誰もいない。三周した直後は134の92。少し経つと125の87。昼は家人の焼きそば。南風が入り、大変暖かい。漸く立春だね。梅も一気に。花粉も来た感じ。

食べたいものも思い浮かばず。あり合わせの物と人で(入院前)最後の晩餐。中瓶一、日本酒一合。飲酒後入浴。下をよく洗った。それにしても三十年前の丁度今頃は大学受験で明日をも知れない日日であった。あれから三十年、別の意味で同じような状況になった。更に三十年後は・・・。

 ウクライナ軍は徹底抗戦だと。西側の新型武器も入っている。あのドイツもミサイルを供与すると。プ氏が狙った対ウ一撃論は早くも破綻した模様。犠牲が多くなるな。ウクライナ側は民間人だけで既に200人だと。

 

 

2/26・土

 ロシアとウクライナは交渉に入るよう。和平と言うより、城下の盟。双方、どれくらいの方がお亡くなりになったのか。本当に酷いことである。国による抗体サンプル検査によると、昨年十二月の段階で自然感染率は都内で3パーセント弱だったと。其の後にオミクロンが来たから、現在では其の数倍、15パーセントくらいにはなっているな。となるとざっと200万人、都民の七人にひとりと言う推定結果になる。此れは公式確認者の約二倍。其れでも集団免疫と言う水準ではないな。まだまだ罹る。(大して効かない)ワクチンも打たなくてはね。ちなみに大貧学院生徒の陽性経験率は既に二割近くとなっている。

 朝から晴れ。ゴミ拾いと考え事の後は125と87。続いてシロの点滴。獣医殿にも激励される。百円均一の店で下に伸びるハンガーを購入。腰の伸びない家人には必需品。昨日くらいからぼつぼつと入院時の持ち物を集める。目薬と鼻薬、各種衣類。本は何を持って行こうか。大量の同意書類を除けば、基本的には旅行時のそれと変わらない。それでもやっぱり楽しくはない。

昼は料理おばさんの弁当。ちなみに土曜日に決まった献立はなく、アラカルト料理が並ぶ。吾人はパスタ、家人にはカレー丼(計1100円)。こういうのも楽しい。強い日差しと弱い風に春を感じる。東電のサイトを覗くと、昼前の太陽光発電1400万キロワット弱。賄い率は四割。原子力化石燃料も要らない国に成りたいです。そもそもロシアが此れだけ伸し上がって来たのは、資源高のお蔭である。元元は冷蔵庫も作れない国なのです(映画「ドリーム」の科白から)。

午後もゴミ拾い。中毒性があるな、此の行為。鉄道塵取り数杯分を集めた。ちなみに缶とペットは隣りの自販機の回収箱へ。可燃類は再利用したゴミ袋に収納。吾人の持ち出しはゼロ円です。生憎中毒者は少ないよう。晩は昨日買った和牛小間切れで肉豆腐。新コンロで作る。脂身が多かったせいか煮ている内に肉は半分なくなった。こうなるとうんと煮詰めて豆腐とうどんに味を移す。すき焼きと肉豆腐は似て非なる料理である。低量飲酒。

此の所の都内の感染者は一万人と少し。やや落ち着いて来たが、沖縄は再び増加中だと。一方、ウクライナ軍は頑強に抵抗。ロシア国内でも反戦の動きが。独裁者はいっそクーデタで失脚なんてこともあるかもしれない。

 

 

2/25・金

 今日も晴れ。まず資源ゴミの整理。びんや缶は袋から出して区のコンテナに直に入れなくてはならない。毎回数袋を整理回収す。114の76。此れは一発録り。十五年物のカセットコンロが危ない感じなので、マルエツの二階に買いに行く。此の所、二日に一度の割で稼働していた。災害時にも使える重要物資である。3058円。旧型も納戸で待機させる。買い物は他に二便。晩は信濃屋の総菜など。副反応はなかった模様。

 露軍はキエフに迫っているそう。現政権を完全に転覆させ、ウクライナを衛星国家にして仕舞う見込み。其処までするかね。そもそも、どうしてこんなことになったのでしょう。ミンクス合意は?

 

 

2/24・木

 朝方は曇る。朝から家人は三度目のワクチン接種へ。131の85。但し数回目の記録。次第に晴れる。寒いのは今日までだと。本当に春が待ち遠しい。関東南部でもそう思う。こんなに冬が辛いのは初めてだね。昼は食堂の弁当。午後出社。入院前の最終日である。各種事務手続きを早めにこなす。小学生の姉妹も復帰。何れも発熱は一日程度だったそう。より下の妹から移されたらしい。一方小四には授業見学あり。世の中は動き始めています。金十万円受け取る。見舞い金込みだな。一応無社長にも配慮が見られた。九時過ぎまで授業。其のまま帰宅。以後数日分の残り物で晩酌。土曜日から飲み始めた一升瓶がなくなった。他にワインが二本程度。となると推定酒量は一日三合以上。飲み過ぎかね。夜は冷えた。腕の痛み以外、家人に特段の異状は無し。

 現地時間の夜明けとともにミサイル攻撃。防空システムを制圧。東部には陸軍も入った模様。幾ら何でもウクライナの全土を攻めたりはしないであろう。二州の割譲程度で済めばね。

 

 

2/23・水

 今月二回目の旗日。感染抑制には効果があるかもしれない。兎に角、会社や学校に行かないことが肝心。今日も冬晴れ。128の88。昼の弁当、何も思い浮かばず。冷凍チャーハン。午後は再びゴミ拾いに。近くのバス通り周辺。取れるとれる。可燃だけで45リットルの半分強。それにしても、ゴミまみれの古いアパートとかもある。どんな人が住んでいるのだろう。そもそも管理者は何をしているのでしょう。三回出動して約一時間。近所に関しては無目的な散歩よりもゴミ拾いの方がすっきりすね。

他に買い物を数便。入院用のサンダルも準備(110円)。商店街を歩くと、接骨院のようなところで都による無料検査を受けられるそう。従業員が表で宣伝しているが、誰も足を止めない。世田谷は既にこんな感じです。早めの入浴の後、晩は豚鍋。厚切りの肉を割と豪快に煮て食べた。他に鰤焼き。やっぱり色色と動いた方が調子がいい。

 

 

2/22・火

 冬型の晴れ。新千歳は全便欠航。こういう時だろうな、北海道新幹線が役に立つのは。121の87。昼はピーコックの中華弁当。晩食用として鰯の刺身。此の店はまだ店内調理をしているよう。魚も少しあった。ちなみに此のひと月でラーメンや漬物の消費量は激減した。食べたいとも思わなくなるから不思議である。陽が暮れたら、おでんの残りなど。竹輪麩と牛筋を追加した。

 愈愈露軍が動き始めたよう。ウクライナの邦人には最終退避勧告。併し今更飛行機など怖くて乗れないね。マ航空機の件もあったし。あの辺は数年前から紛争地帯。既に数千人がお亡くなりになっているとの報告も。ブラッドランドである。何の話題にも成らないまま予算案は衆議院を通過。此のままだと今夏の参議院選で野党は溶けてなくなるな。あっという間に2.2万人。一日300人ペースだと。

 

 

2/21・月

 朝から晴れた。日本海側や北日本はまたまた大変なことに。梅も漸く開花。遅くなった。128の79。朝の内に祐天寺で『蓬莱島余談』。昼は近所のチキン南蛮弁当。陽が出てもやっぱり寒い。廊下や浴室は冷え冷えのまま。身も心も硬いね。

午後の買い物の後、裏の公園に財布が落ちていたことを思い出した。但し中身はポイントカードが三枚だけ。現金を抜かれて捨てられたのか、買い替えて捨てたのか。どちらにしても迷惑な話である。一応四丁目の交番に届ける。相談員のおじさんもちょっと面倒臭そうだった。兎に角、足を使わないとね。併し近所を幾ら歩いても大したマイルにならない。やっぱり電車に乗って何処かに行かないと。晩は鱈のバター焼きと丸善のおでん。味が濃いのでネタを追加。厚揚げ、長葱、茹で卵、小松菜。おでんとは自由な食べ物である。

 

 

2/20・日

 明け方まで雨。結構降った。高い湿度でコロナが収まって欲しい。ゴミ拾いは駅方面に拡大運転。酒盛りでもしたのだな、あっという間に空き缶類が塵取り二杯。ちなみに此の大型の塵取りは「鉄道塵取り」と言うらしい。道具にはそれぞれちゃんとした名前があるものだと感心した。続いて124の84。此れは一度で出た。朝の内に碑文谷へ。恭文堂で『物価とは何か』。昼食としてスシロー。最近持ち帰り専用店が増えている。配送品を並べるのみで店内調理は無いよう。最近買収した京樽に作らせているみたい。ネタはペラペラ。安いからね。

少し動かなくてはと、午後も買い物を数便。結局夕方まで小雨が降ったり止んだり。北風強まる。晩は鍋の残りに豪州牛を焼いた。中量飲酒。すると体の節節の不調が取れた感じ。百薬=アルコール依存症かな。マスク掛けのままに五輪が閉幕。愈愈侵攻だな。ロシア系住民の保護を名目として。

 

 

2/19・土

 九時までほぼぐっすり。朝から曇る。120の85。但し三回目の記録。ろくなものを食べていないというので近所のスーパーへ参る。駅弁小会。家人には「松栄軒」の九州巡り旅弁当(1280円)。吾人は鳥栖のかしわめし(750円)。夕方から雨。晩は牡蠣の寄せ鍋。日本酒がないので近所の古い店で購入。家人はしばしばビール券を購入しているが、酒を買うのは久久(数十年ぶりかも知れない)。高清水の純米辛口を一升瓶で。おじいさんが喜んでくれた。幸い製造は昨秋だった。偶には行かないとね。

 夜は旅番組をリアルタイム視聴。温泉に入りながら、ロゴ入りタオルを集めるという企画。最近は無地のものが多いそう。記念と宣伝になるのにね。ちなみに現在の浴室タオルには「サンフラワー」と書いてある。2016年の九州旅行のものだな。もう一度乗りたいな。

 

 

2/18・金

 都内の陽性確認者は1.7万人程度で高止まり。お亡くなりになった人はあっという間に2.1万人を突破。オミクロンⅡ型も観測される。こりゃあ、四月まで収まらないな。朝から快晴。北風強し。すると「くにまるジャパン」も終了だと。九時台の解説コーナーは良かったのに。此方の(佐藤)マサルさんの出演もあと一回。文化放送も大改編である。なお、ウクライナ問題は東部の二州を独立自治区にしないと解決は難しいと。あそこはほぼロシアだからね。つくづく民族問題と言うのは難しい。細かく見て行けば、町内の一軒一軒ごとに国境線を引き直さなくてはならなくなる。だから煽ったりしてはいけないのです。昼前に128の96。

午後出社。中三は本日最終授業。兎に角、グッドラック。また小林先生(五十代)と佐藤先生(三十代)にもかくかくしかじかで入院しますと伝えた。吾人にもグッドラック。九時過ぎの退社。碑文谷に寄るも既に何も売っていない。結局「まいばすけっと」の小鍋など。野菜が足りない。白菜がないのでレタスを追加。やっぱり女子カーリングを見る。日瑞の準決勝。辛くも勝利。ラストショット、吾人なら手が震えるね。大したものだと思った。今週はよく働いた。一時就寝。

 

 

2/17・木

 連日の死亡者は二百人超。肺炎より発熱等による全身衰弱が多いよう。大阪では高齢者施設でのクラスターも多発。痛ましい。四時半にシロに起こされる。仕事の後だから割と深い眠りだった。最近は十二時間寝ていてもスッキリしなかった。晴れた朝の内に確定申告。踊り場のようなところで提出。割と空いていた。確定申告は春の季語だろう。早く春が来て欲しい。続いて拙宅の地震保険を支払う。五年分で13万余。前回より三割の値上がり。

 昼はラーメンライス。生めんを茹でたがタレは半分、御飯に漬物は無し。午後遅めの出社。更に中学生一人と其の小学生の従妹二人の陽性を確認。計五人となる。十時前の帰宅。まず周囲の資源ゴミの整理。二軒隣りからは紙おむつの空き箱が。息子さんに第一子が誕生したと聞いていた。お目出度い初荷だね。入浴後、家人の作ったもので中量晩酌。すると四国のキミおばさん(=二年前に色色と世話した人)のお姉さんが亡くなったと。享年九十五。ずっと自宅介護だったそう。大変だったな。幼少の頃に会ったことはあるかな、兎に角合掌。

チャンネルを変えると女子フィギュアスケート。四位になったロシアの女の子が泣き崩れていた。心肺能力を上げる薬を盛られたらしい。まだ十五だよ。酷いことをするよな。そう言えば、前回金を取って、どういう訳だか秋田犬を贈られた女の子はどうなったのだろう。メスなのにマサルという名前にしたという以外、続報がないね。まだ十九な筈。つくづく、あの国は・・・。以下自粛。夜は冷えた。「町中華」の番組を眺めて、一時就寝。

注・・応援団として北京には来ていたそうです。

 

 

2/16・水

 朝から晴れた。129の89。午後出社。オミクロンの子も復帰。明日は屋形船遠足だと。峠は越えたよう。以後漫然と講義して帰る。帰宅は九時半。粗末なものを食べて十二時前就寝。

 

 

2/15・火

 沖縄県は連日数百人程度。近くマンボウも解除の見込みだと。人口は東京の丁度一割だから目安と励みになります。薄曇り。あの悪夢のような日から三週間。再び中央病院に参り、手術前の検査等。採血採尿、レントゲンは胸と腹部を縦横二枚ずつ、更に心電図まで。続いて医師の診察。というよりかは、入院前のオリエンテーション。どうにも結石があるのは腎臓ではなく其の下の尿管だったらしい(勘違いしていた)。石は一回で砕けない可能性があるが、ステントを入れるので流れは確実に回復する。併しやっぱり腎臓が動くかは確約出来ないと。そうですか。改めて落胆す。すると腎臓が元元一つの人も大勢いて、石や腫瘍や食事や事故に注意すれば右の腎臓だけで十分大丈夫ですよと。あんまり慰めになっていないな。

続いて看護師さんによるレクチャー。二週間前からの検温と一週間前からの禁酒を指導される(後者は無理)。またくれぐれもコロナに気を付けて欲しいと。最後に医事課で入院の申し込み。期間は四日。グリーン車を希望したが、コロナの問題で事前予約は不可。当日に空きがあれば取れるかもしれないと。あらま。会計は5750円。出て帰るまでちょうど三時間。帰宅は一時前。やっぱり帰り道は重たかった。二年前からサインはあった。漫然と見過ごして仕舞った。返す返すも左の腎臓よ、すまなかった。

 午後はやや晴れた。漫然とす。検査疲れだな。血圧は116の76。晩は家人が買って来たオリジン総菜など。弁当のおかずと同じなので味が濃い。するとまたあの疥癬の狸が。脱毛は全身に及んでいたが、猫が吐いたものを食べて逃げて行った。二か月ぶりの訪問。もう来ないで欲しい。本当はあんたも入院させた方がいいのだけどなあ。十二月の電気使用量424キロ、一月のガスは37立米だと。合計で1.8万円も。何れも前年同月から僅かに減少させたが、冬場の電気はやっぱり大赤字だね(自家供給率五割程度)。ガスに関してはどうにもしようもない。みんな二酸化炭素になって流出す。お金の一部は海外に。そして投機筋やプ氏の懐に。残念です。

 

 

2/14・月

 朝には止む。結局雪は一粒も降らず。125の88。少し表に出たけど、弱い陽が出たのみ。震えて帰る。今年は本当に寒い。昼はオオゼキののり弁当(410円)。ハラハラしたくないのでスポーツ中継等は一切見ず。午後の血圧、111の67。素晴らしい。晩は数日来の残り物に加え、鰆の塩焼きと鯛の柵どり。後者は猫と分けた。飲酒後は113の73。

 

 

2/13・日

 朝からどん曇り。まずは周辺清掃でひと歩き。吸い殻を百本近く拾った。すると126の84。良好である。味が濃くて食べられない小肌漬けは烏に供す。早めの買い物。昼前から雨。またまた雪になるとも。こうなると遠くへは行けない。拙宅から二番目に近いそば屋に入る。何とアルコールは提供しませんと。そういうことは外に貼っておいて欲しかった。元元此方はつまみ類も少ないから、純そば屋に近い感じ。大して旨くない鍋焼きうどん食べて帰る。1100円。

早めの入浴の後、飲み歩き番組の録画視聴から。続いて「笑点」「激論クロスファイヤー」という何時ものコース。筑波大の先生が出て来て、愈愈ウクライナが危ないと。もう間も無くだと。ホンマかいな。晩はグラム500円の交雑牛を使って、肉豆腐以上すき焼き未満。同じような毎日だが、満足しています。愛おしいほどの日日。都内は連日一万人ちょっと。やや減って来たな。

 

 

2/12・土

 新潟の煎餅工場で火災。死者多数。祝日の真夜中でも操業していたよう。そんなに沢山煎餅が売れているとも思えず(同社の製品は拙宅にもあったけど)。高い機械を償却する為だとしたら少し悲しい。深夜勤務は最低限にしたいものです。

まあまあの晴れ。昼前に野沢の東急ストアーへ。「まい泉」のとんかつ弁当があった(810円)。作り立てでなくてもまあまあ旨い。塩分は2.5グラムだと。案外少ない。漬物は残す。食後の血圧120の80。午後は自転車でリアル書店を回る。中目黒で『暁の宇品』と『向田邦子ベストエッセイ』。ところで近所の都営団地はどんどん建て替わっているが、店舗の類は入れないよう。前からあった自転車屋さんが移設されたのみ。コミュニティーにはお店が不可欠なのになあ。出来れば毎日通える食料品店か食堂の類が。住居棟だけが連なる姿はちょっと殺伐としている。晩は家人の厚揚げ麻婆など。

 

 

2/11・金

 幸いにして旗日だった。朝から晴れてみんな溶けてゆく。元元大して降らなかった上に(所謂降るふる詐欺)、先月とは陽の力が違うね。130の87。塞ぎ込んでばかりでは往けない。昼は表に出た。緑道をかなり下って「朝日屋」という蕎麦屋に入る。相当な店である。石油ストーブに古い扇風機。窓枠は木製。店内の液晶テレビと直管式LEDと下らないアクリル板を撤去すれば、吾人が生まれた頃の昭和其の物。先日の環七の「大菊」と言い、駅から離れた住宅地区には古くて飲めるそば屋が点在していると思った(町中華より残っている)。日本酒と焼酎を一ずつ、穴子の天ぷらと豚せいろで2300円。汁は残す。併し後から入ったおじさんはきしめん、職人さんたちはカレーうどん、パパと坊やはかつ丼。そばを食べていたのは吾人だけだった。家人にはスーパーの弁当。ゴミ拾いと合わせて一万歩程度。

 午後は漫然とす。早めの入浴。身も心も温めようと思った。すると124の74。晩は家人の炒め物など。203の入居者決まる。但し家賃はマイナス三千円。ちなみに入居理由にはその他の所に丸がしてあって、同棲解消だと。そんなことまで書かなくて結構です。一方101は来月末に退去の予定。此の人は八年いた。今時としては長い部類である。此方は恐らく御結婚かと。女性が出入りしていた。資源高と需要爆発でアメリカは大変な物価高だと。前者は世界的なものだが、後者はちょっと羨ましい。

 

 

2/10・木

 未明から小雨。猫には昼用の懐炉を増配。昼前の血圧130の87。午後からは白いものになる。気力がなくなり、本日欠勤。何もする気がしないが、せめて鍋物の用意だけはしようと思った。適当野菜と豚肉でキムチ鍋。電気もLNGも足りないそう。ブタンを茫茫燃やして暖を取る。此れも輸入だけどね。除雪は夜更けに竹ぼうきで掃いた程度で済んだ。

犠牲者はあっという間に二万人に。みんな高齢者。折角、ワクチンによってデルタ株を免れた命なのに。施設で蔓延する様子は昨春のアルファ株に近い。結局命日が半年移動しただけである。明らかに政治の失敗。水際対策でどうにかなると思っていたらしい。

 

 

2/9・水

 昨日一日で150人もお亡くなりに。三回目接種が遅れたからな。医療崩壊が近づいているとも。そろそろ減って貰わないと拙いことになるな。芸能界は少し落ち着いて来た印象だけど。あの業界が一番検査している筈。

 終日晴れ。今朝も129の88だった。昼まで寝たり起きたり。午後出社。中三社会の他は愚にもつかない指導をする。ちなみに小学生の女の子は母子で罹患。当該学院、オミクロン株としては二人目となった。九時過ぎの退社。帰宅後レンチンおつまみなど。コンビニの豚の角煮は不味くて食べられず。塀の上に置いておく。明朝、烏が食すだろう。

 都内は1.8万人。先週の同曜日より少し減った。取り敢えずの一喜。一方、明日は雪が降ると大騒ぎ。全国ニュースでやっている。そりゃまあ、東京には人が沢山住んでいるから。知人友人、家族親戚、本社本店の知り合いが住む地方の人も心配なのだろうけど。

 

 

2/8・火

 129の88。午前中は曇り。昼は「笑口房」のチャーハン弁当など。隣りの本屋で『月の下のカウンター』。五本木の「ますもと」で〆張鶴純米吟醸(1650円)。偶にはリアル酒店もいいと思った。此の所は日本酒も生協の宅配だったので。ところで、〆て張った鶴って、どういうことなのでしょう。しめ縄で鶴を折ったとか? 想像出来ません。

午後は良く晴れた。先月の売電量、東側が94キロ、空室の西側は182キロ。6624円。昨年掛かった医療費のお知らせが来る。十割負担で5.5万円だと。ちなみに納めた保険料は60万円だから、営業係数で言うと10以下。超優良路線だね。但し今年は激増します。申し訳ない。年齢が増せばこういうことになるなあ。健康ボーナスからオーナスの年齢になりました。以後漫然とす。半病人のようになってはいけないと、夕方前に肴を買いに行く。駅前の東急で鮪とぼらの刺身。家人の(養殖)鰤焼きと合わせた。すると四国に帰った親戚のおじさんの明細も来ていた(何故か家人宛てに)。五か月の入院費(十割分として)が300万円だって! 一日二万円。高級旅館並み。

 

 

2/7・月

 家庭医と言うものは経験がものをいうから、患者より年上の方が望ましい。自分より若い医師に生活習慣についてああだこうだ言われてもそもそもの説得力がないからね。でも患者も歳をとるから、そういう状態を保つことは益益難しくなる。いっそ、年増のふりをした方がいいかもしれない。

 今日も晴れ。128の91。朝の内にオーケーストアに行き、一口和菓子を大量購入。何れも保存の効くもの。嗜好品でもあり非常食でもある。併しこういう商品は大抵長野県南部、飯田辺りで作っている。なんか縁を感じる。続いてシロの点滴。体重は4.7キロに増加。此方の腎臓は大丈夫そう。序でに吾人の腎臓についても報告す。大した手術じゃないから心配するなと言われる。腎臓はもう一つあるでしようとも。そんなものかしらん。自衛隊(病院)の御飯は旨いとも言われた。みんな一度や二度は大病しているのだね。兎に角、吾人だけが青くなっています。

早昼として近所の油淋鶏弁当。続いて中里の金物屋に赴き、竹ぼうきと12Lバケツを購入(計1600円)。前者は細かい砂利を掃くのに、後者は水撒きに使用。今までは8Lのバケツしかなかった。輸送力大幅アップである。ちなみにおじいさんの道具屋は長期休業中。午後は漫然とす。夕方からは旅番組と飲み歩き番組を流す。適当鍋他で中量飲酒。酔っている時だけが真面でいられる。此の狂った世界でね。

焦ったK首相は一日100万回打つように指示。出鱈目に打っても仕様がない。兎に角、高齢者施設優先で。併しМ社の方はみんな打ちたがらず。マンボウは来月まで延長へ。

 

 

2/6・日

 132の89。大体毎朝こんな感じ。今日も晴れた。寒い。今朝の新聞に著者が出て来て、「また会う日まで」は大体史実に即しているが、Мという人物だけは架空で、時代を俯瞰する役目を担わせたのだと。登場が早すぎたので、あっさり亡くなって貰ったのだそう。そういうことでしたか。モデルは半藤氏や加藤陽子氏だそう。てっきりヤンウェンリーかと思った。やっぱり曇る。寒気が強力なよう。ああ太陽光発電が。エアコンも点けっぱなし。ロシアがウクライナに攻め込むと、LNG供給が大変なことになる。日本の取り分を西欧諸国に融通出来ないか、アメリカから打診があったそう。出来る訳ないよね。

昼は食堂の弁当。此方の一家が愈愈月末から入ることになった。買いに行きがてらのちょっとした打ち合わせ。なお引っ越しは自前でやるそう。鍵を早めに渡すよう、不動産屋に連絡す。また礼金は無しにした。もう新築ではないので。午後は漫然とす。晩食は碑文谷に買いに行く。「北浜」の刺身と「味の郷」の中華総菜。計1780円。家人の里芋の煮つけと合わせた。ちなみに飲酒後に測ると132の68だった。下が下がるよう。北のJRは札幌周辺の大半が運休に。除雪が追い付かないのだと。快速エアポートも動かないという。ドル箱線なのにね。

注・・ちょっとだけ融通することになった。

 

 

2/5・土

 冬型の晴れ。血圧132の88。此れもゴミ拾い=動いた後。そもそも起きたらまず測るという習慣がない。何だか曇った昼になった。月波君を呼び出したので昼餐会。ちょっと高そうな蕎麦居酒屋に入る。落ち着いた小上がりにて、かくかくしかじかで入院することになった。万が一のことがあったら、あとは万事宜しく頼むと伝えた。お任せくださいと聞いてくれた。何しろ全身麻酔である。其のまま起きないということもあり得ない話ではない。残された家人と猫が心配である。

いや併し、此の店は本当に高い。日本酒一合800円から、鰯の梅肉揚げ二巻800円、小さな穴子の白焼き1200円。神楽坂の価格だね。結局蕎麦まで到達出来ず。大慌てで「ほていや」へ退避。鮪のぶつから仕切り直し。蕎麦まで食べて三時前には解散した。二軒で1.4万円。酔った勢いで苺を買って帰る。ついつい四個も買ったので一つは床屋に分けた。午睡の後、晩は既製のおでんなど。久久の六合超(推定)。そう言えば、パチンコ店にも寄った。トイレを借りたお礼に千円ほどスロットをやろうしたがやり方が分からない。大半のメダルを遺棄して帰った。異常行動である。

 

 

2/4・金

 朝の血圧135の95。下が高い。既に資源ゴミの整理=ちょっと動いた後だった。概ね曇り。植木に水を、烏に餌(パンの耳や仏壇の下がり御飯)を供給す。以前から猫餌を漁りに来ていたが、最近は堂堂と強請りに来る。決まった二羽だが大きさが少し違うから親子かね。投げた物を其のままキャッチ。慣れて来た。昼には薄日。午後出社。取り立ててどうと言うこともない。ちょっと早めに退社。と言っても既に何処も閉店時刻。其のまま帰宅。入浴後、コンビニ食材など。すると、また北京でまた五輪。雪も降らない土地なのに。五輪と聞くと拒絶反応が出る。あの悪夢のような東京五輪から半年も経っていない。十二時就寝。

注・・家人は勝手にカー君と名付けている。生憎吾人には見分けがつきません。

 

 

2/3・木

 朝の血圧134の88、ちなみに昨日は薬を飲まなかった。ただ血圧が下がるというヒバツサプリメントは飲まされています。また、暫くすると114の80。血圧も二十四時間測らなくてはなあ。薄曇り。昼はレトルトカレー。午後出社。面談や講習の日程なども早めに決定。入院に備える。何処にも行けないので無社長と職場で飲む。どういう訳だかОBのエミリちゃんも同席。あんたまだ未成年だよね。久久に夜の情報交換をして帰った。帰宅は十二時。更に家飲みと猫飲み。二時前就寝。

函館山線も大半の区間がバス転換となる。二十年前に泊まった「駅の宿・比羅夫」も残念だね。ホームで食べたバーベキューも、列車が通ればこその格別の味であった。全国の陽性者は一日十万人。お亡くなりになった人は一万九千人に達した。

 

 

2/2・水

 今日も晴れ。朝の血圧126の80と良好。薬の成果かな。家に居ても午前午後と漫然とす。ついつい横になって仕舞う。寝た切りおじさんである。午後出社。かと言って大してすることもない。入試も終わりつつあるので大量の学校パンフレット類の処分に取り掛かる。誰の手にも渡らずに何の役にも立たなかった書類類。立派な冊子。勿体ないね。一方の無社長は御母堂の具合が悪いらしい。新潟の介護施設に入っている。年齢は九十以上な筈。色色あるな。

九時の退社。其のまま帰宅。昼の残りのオリジン総菜と四国から送って貰ったじゃこ天など。塩分などは気にせずに少しは食べようと思った。何しろ二キロ近くも減った。都内の陽性者は二万人超。全国では九万人。実際は此の数倍だろう。此処に来て死亡者も増え始めるが、本当にコロナの影響かどうかまでは分からない。近近キンセンだな。

 

 

2/1・火

 終日晴れ。朝二番で掛かりつけ医に参り、先日の報告。序でに色色と質問す。腎臓は一つでも大丈夫な人は大丈夫だと。結石の原因は何とも言えないと(粉砕後の成分分析で分かるそう)。現地点での腎機能に取り立てて問題はないので塩分制限等は必要ないが、血圧は低い方がいいと。試しに測って見ると152もある。早速降圧剤が処方される。冬の間だけでも飲んだ方がいいらしい。こうして国民の医療費がどんどん増大す。眼科の定期診察も入れて二千円ちょっと。続いて調剤薬局へ。目薬四本プラス降圧剤で3510円。大半が目の薬。後者は二週間分で数百円程度の計算。此処でも色色と聞いて貰った。腎臓の良し悪しは殆ど生まれつきだと奥さんの方の薬剤師は述べた。続いて、お医者さんは最悪のことしか言いませんからと励まして貰えた。

 昼はスーパーのミニ回鍋肉丼のみ。塩分0.9グラム。庭がカラカラなので風呂の残り湯を散水。午後は領収書の整理と確定申告書の完成。例によって控除証明書が多くてA4二枚でも貼り切れず。もう少しコンパクトにならないものかね。それにしても、来年は医療費控除も発生するな。つくづく残念です。以後漫然とし、テレビは見ず。少しは精を出そうと晩はマルエツの牛肉を焼いて食べた。

其れでも七時のニュースは見ようと思った。木暮課長のお兄さんが亡くなったそう。例によって自宅前からのよくある(意味のない)中継。するとリニア反対と言うゼッケンをつけたおばさんがばっちり映った。さりげなく右から来てひらりと正面を向いた。全部で一秒半くらい。見事だね。詰まらない一日が少し彩られた。そうそう、あの辺(田園調布)の地下も通るのである。

 

 

2022年1月

1/31・月

 再び冬型の晴れ。新聞小説「また会う日まで」は本日終了。主人公もお亡くなりに。海兵同期だったと言う戦史研究家Мさん死亡の経緯も分からず。実際にああいう事件があったのだね。成城署の管内。作中でも登場していた「キヌタ文庫」に聞き込みに行きたいと思った。

さてさて昼の弁当を探しに行こうと思った。すると近所の駐車場の奥まったところにシルバーカーが放置されている。検分するとスーパーのポイントカードがあった。近くのおばあさん=吾人の同級生の御母堂のものと判明。早速届けに行った。二日前から行方不明だったそう。パクられて物色されたのだな。それにしても此の方も腰の具合がとても悪そう。三十年くらい前まではタバコ屋さんだったっけ。何回か遊びに入った。返礼品として煎餅を貰う。みんな年を取ったよ。晩は数日来の残り物。こうして吾人史上最大の健康問題が浮上した月が終わった。どうなる来月、どうする再来月。

 

 

今月の備忘録

一、栃木のサファリパークで人身事故。トラに噛まれた飼育員は重傷だと。余りに杜撰な安全管理。此の種の事故は後を絶たず。どうなっているの。(多分)儲かってないからかな。公営動物園ではあんまり聞かないもの。二、東急は大幅値上げ。正式に申請だと。まさか本当にするとは思わなかった。てっきり観測気球だと思っていた。田園都市線(の新玉川線区間)など上りも下りも一日中混んでいるのに。座れたことなど滅多にないのに。新運賃は渋谷まで二駅3.3キロで何と180円ですよ。山手線より高くなる。定期券が売れなくなったら直ぐに値上げ。殿様商売だね。300メートル手前で降ろして貰いたい。そもそも長年の大混雑が勝手に解消して来たのだから喜ぶべきだろう。設備投資の必要もなくなるのだから、値下げしてもいいくらい。三、TBSの朝のワイド番組も今春終了。色色あって嫌になって仕舞ったらしい。AМラジオはもっと気楽でいいのに。ヒロシおじさんやくにまるおじさん、大竹のおじさんなんかを参考にして。四、西友セゾングループと縁切りだと。カード使用で5パーセントオフの日も終了。近所の西友も改装すればするほど買う物がなくなるし、深沢のDIY店も無くなるし、どうなって仕舞うのでしょう。五、大阪の放火テロ事件では容疑者(死亡)は、相当前から色色と計画していたそう。非常扉や消火栓に細工までしてあったと。其れなりに社会経験もあったのだろう。中年男性の殺意は恐ろしい。何処かで誰かが何かに気付いていれば・・・。職務質問とか。残念です。六、マスク美人という言い方はあるけど、其の逆はないな。口若しくは口唇はあんまり美に寄与しないみたい。アフリカか何処かのとある部族は食べるところは決して他人には見せないと聞いたことがある。何でも肛門と同じ扱いなのだと。まあ消化器の入り口と出口だから同じような物なのかも。七、東日本は駅の時計を順次廃止するのだと。そんな馬鹿な。

 

今月の訃報欄

一、飯田橋のえぞ松。昨年末に正式に閉店したと。ああ。あのホイコーロー、どうなるの。誰か事業継承して。二、千歳船橋の八兆も閉じたらしい。三、職場から一番近い居酒屋も閉店。二十年続いたかな。以前はよく行ったのだけど。コロナ前から客が減っていた。ママさんも嘗ては人気があったのだけど。協力金=退職金であった。

一、立ち飲みSのママのパパ。享年九十と少し。Sは元元鮨屋だった。パパさんの引退に伴い立ち飲み屋になったのであんまり会ったことはなかった。

 

 

1/30・日

 朝方は少し晴れた。少少歩く。すると柿の坂の目当ての店は酒類は出しませんと。あらま。駒沢をぐるっと回って環七沿いの古いそば屋に入る。初めての店。メニューも多いし、安くていい店だと思った。日本酒二と鶏せいろ。当てに頼んだ板わさ(550円)は相当大盛り。而も相当辛い。付属のわさび漬けとともに残して仕舞う。調味料等で調整出来ないものは注意が必要だと思った。兎に角、減塩。1.25以来、何もかもが変わったのです(塩味は舌が拒絶するようになった)。約一万歩。

午後は漫然とす。晩は豚のしゃぶしゃぶ的適当鍋。勿論、ポン酢は極少量。食中にはBSの「空旅中国・李白編」。中中よかった。それにしてもかの国は広くて古い。あの超大国を理解した上での外交交渉をしないといけないと思った。夜更けは「銀河鉄道」第81話。スリーナイン号は無事に惑星ヘビーメルダーを出発。一瞬他の列車数本が映ったが、説明は一切なし。トレーダー星と並ぶ大ターミナルなのに。玩具会社がスポンサーを降りたのがつくづく残念。

 

 

1/29・土

 概ね曇り。昼からまあまあ晴れた。少し表に出る。家人の昼にはちょっと高めのから揚げ弁当。吾人はスーパーのミニ丼。減食=減塩である。午後は漫然とテレビ視聴。リアルタイム、録画あわせて旅番組や飲み歩き番組。もう一度こんな生活が出来るのだろうか。晩はスーパーの鰆を塩焼きに。勿論うす塩仕立て。よく噛めば味が出て来る。酒さえ飲めればね。都内は1.7万人。先週比二倍程度。此の辺がピークかな。沖縄は三割減だと。

 

 

1/28・金

 濃厚接触者の待機期間を七日に短縮。五日でもいいね。都内のコロナ病棟の使用率は五割程度。却って一般病棟の方が足りないそう。デルタ株を想定していたからそうなる。オミクロンは別物として考えないと。家人に三回目の接種券が届く。一応予約したが、一番早くて四週間後。其の頃には終わっているよな。ちなみに予約パスワードは失念した。まさか三回も打つとはね。

 大体晴れ。午後出社。久久の金曜授業であるが、元元此の日は大した生徒がいない。するとついついパソコン、スマホに手が伸びて仕舞う。もう検索するのは止めようと思った。九時過ぎの退社。家にあるもので適当晩酌。こうしてがっくりとうな垂れる吾人に対して、家人は案外明るい。もっと大変な病気でなくて良かったとも。そんなものかしらん。

 

 

1/27・木

 朝からまあまあ晴れる。昼は家人のオムライス。但し塩分控えめ。尤も此の所の食欲は三割減だから摂取塩分量は五割減だな。午後出社。すると小学生低学年のコロナ感染が複数人。あの年代は全員ワクチン未接種。一気に来たね。其れでも学級閉鎖等はやらないらしい。九時過ぎの退社。入浴後、家人の用意したもので中量飲酒。此の二日間で一円も使わず。(窓口負担分の)医療費を貯めないと。

センター試験カンニング事件で容疑者が出頭。スマホで撮影、ネットで見つけた学生に解答を送信させたらしい。それにしても、「家庭教師としての実力を測りたい」とロハで解かせられた東大生も何だか可哀そう。所謂学歴インフレだね。全国の感染者は八万人に到達。そろそろピークアウトすると言われているが、デルタ株の時のようには減らないだろう。今から考えて見ると、あれは(ウイルスの自然崩壊などではなく)ワクチンの成果だった。鳳大卒のポンコツ総理の成果でもあった。

 

 

1/26・水

 昨夜から小雨。久久にのおしめり。昼には少し晴れた。それにしても昨日の診断は予想しうる最悪に近い部類だった。家に居ても気が晴れず。テレビを見てもコロナコロナコロナ、スマホを手にすると腎臓と結石と色色と検索して仕舞う(ジャストミートな症例はなかった)。気を紛らわそうと午後早めの出社。せめて職務に精励しようと思った。無社長にも病状を申告。腎臓って二つあるんだと驚いていた・・・、そんな馬鹿な。金三万円受け取る。

中三生には入学試験は四週間後には終わっていますとはっぱをかける。同時に吾人は五週間後であると思い返す。詰まり、始終頭を離れることがない。当然だよね。九時まで勤務。其のまま帰宅。家人が用意したもので軽い晩酌。それにしても、何時から左の腎臓は閉塞状態だったのだろうか、そもそも何でそんなところに石が(普通は落ちて来るだろうに)・・・、疑問は尽きない。全国では七万人が陽性に。無症状、低症状、ほったらかしの人を入れると実際には此の数倍かな。生徒も一人休んでいた。濃厚接触者だそう。

 

 

1/25・火

 オミクロンは首から上、詰まり耳鼻科の領域なのだと。喉と鼻、大抵の熱は一晩で下がる。市販薬の範疇である。昭和の頃ならば、今年は風邪が多いねぐらいで片が付いたかもしれない。陽性者は六万人超。そろそろ最初に罹った人たちが復帰してくる。どんどん働いて貰いましょう。

 不退転の決意で再び内科に参る。吾人よりかなり若い専門医によるエコー診断。膀胱等に問題は無し。ただ左の腎臓に異状が認められるという。直ちに紹介状が発券される。其の封書を手に指定された大病院に徒歩移動。其処は自衛隊病院であった。早速、泌尿器科へ。腹部レントゲン撮影、採血採尿の後、医官による診察。再びエコーを当てる。すると巨大な結石があり、すっかり流れを阻害していると。更にCT撮影。分析すると左の腎臓はほぼ機能していないそう。右の腎臓のお蔭で数値等に異常は無いのだそう。右が頑張っていたんだね。術式によって取り除くことは出来るが(年齢によってはほったらかしという策もある)、其れで左の腎臓が回復するかどうかは確約出来ないと。そうなれば愈愈片腎である。正しく、そんな馬鹿な!の大連続である。暫し考えた、一応手術をしようと。あっという間に日取りも決まる。となると入院は来月末。尿道からカテーテルを入れるのだそう。やはり、恐ろしい結果になった。どうなるのでしょう。吾人は。

 くたくたになって帰宅。二時前。一軒目が三千円。二軒目が九千円。お金が足りなくなってATМで下ろしたよ。大病院に付き添いでは入ったことがあったが、吾人の要件で行くのは人生初。初CT、そして(ほぼ)初入院、初手術へ。非日常と言う点では大病院もテーマパークも同じだろうけど、人生の後半には大病院だな。朝抜きだが、食欲は無し。水を多めに取るようにとのことだが、かといって手術まで取り立ててすることもない。あの吾人より少し若い医官に賭けるのみである。

やはり二年間の放置が拙かったな。そう思って、クレアチニンの値を振り返ると八年前から変化はなかった。くよくよしても始まらない。信濃屋で刺身を購入。早めの入浴の後、飲み始めた。個個のパーツは丈夫な筈である。石が出来るのは事故のようなものかな。兎に角、あと四十年、此の日記を書き続けること。そして後学の人たちの史料にすること。此れが吾人の目標である。食後にシロが入って来る。あんたの腎臓は大丈夫そうだな。九時就寝。こうして衝撃的な一日が終わった。それにしても病というものは全く思わぬ方向から攻めて来るものである。

注・・大体1.0前後。元元ちょっと高かった。そもそも変人=片腎だったのかもしれない。

 

 

1/24・月

 アナウンサーも芸能人も続続陽性若しくは濃厚接触者に。特に後者は切りがないな。そんな中、二重にマスクをして掛かりつけの内科医へ。実は一昨日の昼に血尿を出して仕舞ったのである。此の件は二重にショックで=①実は二年も前から尿潜血を指摘されていて漫然と放置して仕舞ったこと、②吾人も愈愈癌年齢に突入して仕舞ったこと、一昨日から青菜に塩であった。簡易な尿検査でもかなりの出血が認められるという。取り敢えずの止血剤(トラネキサム酸)が処方され、最も早い超音波検査を予約する。どうなる吾人。もうまな板の鯉である。診察料と薬代で二千円。ちなみに院内は空いていたが、発熱外来の予約の電話がひっきりなしに。通常診察の後にやられているよう。昼は富久美の弁当。午後も漫然とす。晩は残り物で酒一合。

 マンボウは続続拡大。今まで頑張って来た関西もごっそり入る。残っているのは東北と四国くらい。保育所は続続閉園。兎に角、今がピーク。皆で協力して、何とか凌ぐしかありません。

 

 

1/23・日

 未明はかなりの宿酔。昼前には収まる。少し散歩に出た。休業の居酒屋も散見。すると246のところに真新しい花束が。東京の朝刊に出ていた。昨日の早朝に車に撥ねられたそう。合掌。昼は家人のうどん。晩は鍋物。中瓶半分。区は抗原検査キットを配り始めたが、あっという間に品切れに。もう検査は無理のよう。

 

 

1/22・土

 未明に日向灘地震。最大震度五強。京王大学の成人イベントが大規模クラスターになったと報道される。夜通し開催の参加料が2.5万円というのが驚く。参加していたのは内進生だろう。新棟西側を点検。清掃時に入れていた温水便座の電源をオフ。ちなみに累積発電量は4946キロ。四週間で161キロと言う決算。冬場の太陽だしね。入居は来月末だと。

 夜飲めないのならば昼に飲めばいいじゃないということで須々木さんに誘われた。行きつけと言うそば店に参る。佑子さんと村田さんも同席。店と言うより親戚のおじさんの家のようなところ。他におじさんたちもいた。刺身など色色と出して貰う。一応換気とマスク会食に気を付けたけど、結局だらし無くなって仕舞う。ちょっと拙かった。更に一軒。Bに行く頃には意識が朦朧する。九時には帰宅。直ぐに就寝。都内は一万人超。全国では五万人。

 

 

1/21・金

 抗原検査キットは早くも品切れに。また若い人は具合が悪くなっても医療機関に来ないで下さいと。そりゃそうだ。寒い中、何時間も待って診察を受けても、出て来る薬はメジコンかポンタールか、トラネキサム酸くらい。家で浅田飴でもなめて寝ていた方が増しだね。ちなみに若いとは五十歳未満だと。吾人も若者です。一方オミ会長は人流抑制しないでも大丈夫だと。混んだ店だけは遠慮しろと。都知事は相変わらずのステイホーム。ドウスレバイイの。朝から通帳記帳を二行。今日からマンボウ。仕事終わりに飲めないのでは勤労意欲も減退す。本日欠勤。昼はかつ丼。晩はあるものを食べた。

 

 

1/20・木

 フクイチによる被爆甲状腺癌になったと若い人が東電を提訴。一方、県の専門家会議は過剰検査によって微細なものまで見つけて仕舞ったのだと主張。どっちなのでしょう。またまたウクライナ情勢で世界が緊迫。NATOの東方拡大にロシアは怒っていると伝えられるけど、そもそもNATOが拡大するのはロシアが恐ろしいからで、ロシアが変わらないことには拡大も収まらないということになります。ロシアにも平和憲法を持って行きたいね。ナチスの陸軍に国土を蹂躙されたトラウマがあると言われているけど、大体ロシアを攻める国などある訳がないでしょう。

 晴れたけど大寒。大朝粥の後、二度寝、三度寝。午後出社。退社後はBで最後の晩餐。折角なので挨拶がてら須々木さんと佑子さんとでBの本店に回航する。すると佑子さんの大嫌いなセクハラ国王がいらっしゃる。佑子さんは怒って途中退場。(善い行いをしようと)普段とは違う行動をした結果が此れではねと、須々木さんは反省の弁。吾人も全く同意でございます。十一時過ぎの帰宅。以後緑のたぬき。引き続き特捜最前線。映画「太陽を盗んだ男」の原型は第29話と30話にあるのだね。おまけに第318話「不発弾の身代金」ともそっくり。こんなに同じような話を作って大丈夫だったのだろうか。長閑な時代だったな。

 

 

1/19・水

 やや曇り。晴れない分だけ寒い。午後出社。一週間ぶり。周辺の小中学校でも学級閉鎖が出始める。高校は全面リモート授業だと。入試が近いからね。退社後はBへ。マンボウ開始二日前。全員集合の感。東京マンボウではアルコール提供は出来るそうだが九時閉店となる。暫くは会えません。吾人は更にバーIへ。何故か妙齢女性と井満さんがいた。更に三杯。帰宅は十二時過ぎ。以後全身入浴。全部で五千円。

 都内は七千人。全国では四万人。最早検査が追い付かないのだと。三週間で実に百倍になったよ。全国の重症者は300人に。じわりじわりと上昇。第五波は二千人だった。

 

 

1/18・火

 ピリッとした冬晴れに。こんな日は高尾山に行くといいと思った。流石にちょっと手前の深大寺に行こう。調布行きのバスに乗り込むも、何だか面倒臭くなり、途中下車。狛江の少し先の「銚子丸」に入る。何だか改装されたらしく、既に回転寿司ではなくなっていた(レーンもない)。オーダーは全てタッチパネル。給仕にはロボット(のようなもの)を使うよう。一応名物の玉子焼きは作っていたけど、目の前で魚を捌くこともない。何だかなあ、どうにも改装の方向性が間違っているような・・・。此れもコロナの影響だな。序でに言うと魚もなかった。此れは先日の津波の影響だろう。日本酒三、凡そ三千円。

さてさて出鱈目に歩こうと思った。バス通りを右折すると日活の撮影所。もう多摩川である。土手を歩く。東京の西住まいだとやっぱり此の川だね。手っ取り早く山より川である。和泉多摩川まで歩き、小田急線と世田谷線で帰宅。三時前。何だか食べ足りないのでラーメンを自作。晩はおでんの残りに手羽を焼いた。大阪と東京で五千人超の陽性者。全国では三万人。大丈夫、普段の年のインフルエンザと同じ程度です。ちなみにインフルはほぼゼロだそう。

 

 

1/17・月

 気の早い識者は沖縄は既にピークアウトしたと。感染状況も何とかなりそうとのこと。確かに依然として重症者は少ない。高齢者(施設)も大丈夫そう。幾ら何でも欧米のようにはならないだろう。今度こそ2009年の新型インフルエンザのようになって貰いたいね。なおトンガとは連絡が取れないのだと。海底ケーブル損傷の為。アマチュア無線とか船舶無線とかで何とかならないのかね。

 新棟西側の電気代を支払いに行く。凡そ一週間で568円。何だか高いな。其の内振込用紙発行手数料が220円だと。郵便局で払ったら更に110円取られた。そんな馬鹿な。リハビリがてら早昼として「よりみち」のかき揚げそば(400円)。祐天寺に回航してナンカ堂でトレーナー上下(1590円)。家人には富久美の弁当(550円)。午後は散髪(1100円)。八百屋に一便。続いてシロの点滴。実に三週間開いた。幸い元気です。更にスーパーへ一便。晩は家人のおでん他。一都三県、またマンボウ要請だと。十一時までやって貰えれば問題ありません。

 

 

1/16・日

 太平洋側に広くうねりのようなものが押し寄せる。今回は火山の噴火に伴う空振が津波を引き起こしたそう。大きな噴火だったらしい。火山灰も来るかね。昨日よりかは確実に気分がいい。言語化も数値化もされないような違和感、倦怠感も収まった。昼はスーパーの弁当。旨くもないし不味くも無し。当分またこんな生活である。午後は漫然とす。でも何だかやっぱり気分優れず。晩は適当豆乳鍋。冷凍鶏肉使用。大河ドラマは中世初期へ。数年周期。例によって清盛だの、頼朝だのが出て来る。相変わらずの英雄豪傑史観=マンネリズムですよ。偶には親鸞上人とか西行法師、鴨長明なんかをやって貰えないものかね。もう少し歴史を下の方から見ないと。基本的には今日も自室で特捜最前線。併し、みんな煙草を吸う吸う。演出方法なのかな。画面から臭ってきそうなくらい。タバコ税、もっと早く上げておくべきだったよ。

 センター試験には「よだかの星」にまつわる評論文が出たそう。まあね、生きることは食べることだから仕様がないですよ。常人は断食星には成れません。ただなるべく血の通ったものを食べようとは思う次第でありますけど。せめて巨大な食品産業に依らないものをね。

 

 

1/15・土

 朝から抗原検査キットを買いに行くも、近所のドラックストアには見当たらず。何しろ区内に無料の検査場等はなし。また医療機関に行って逆に移されたり、突然妖精になって大騒ぎされるのも嫌である。千円ぐらいのものが売っていると聞いたからである。いや併し、店員に聞くのも憚られると思った。すると後から入ってきた人が聞いてくれた。当店にはありませんと。其のまま他県ナンバーの車で走り去って行った。あらまと言うより他は無し。テンバイヤーかしらん。

 本日から旧センター試験。全国的な大流行前に辛うじて間に合った感じかな。本郷会場では切りつけ事件。あくまでもセンター試験なので、日本で一番難しい大学を受ける訳ではないのね。とんだとばっちりである。容疑者は愛知の高二生だと。受験勉強が嫌になったのだと。それでいて医師志望だと。何をやっているのだろう。こんな事件ばかり。早昼としてコンビニの付け麵。汁が甘くて不味いこと夥しい。でも当分外食は無理だな。リハビリがてらに周囲の片づけとゴミ拾い。午後に更に数軒探しに行ったけど、店頭にあったのは1980円の物だけ。生憎予算オーバーである。節節は痛いが、多分寝過ぎの影響。熱は無し。晩は千代田鮨。ずっと特捜最前線を見ていたら、夜中に津波警報。トンガのフンガ火山噴火の影響だと。今年もろくなことが無い。

 

 

1/14・金

 朝には概ね回復す。資源ゴミの片づけ以外は引き続き自室に籠る。喉が少し変。咳無し、熱も無し。昏昏と寝られるということはやはり何処か具合が悪いのだろう。簡易な抗原検査は自宅で出来るらしいが、流石に買っておかなかった。晩は冷凍鰻を丼に。日本酒半合。北風強し。

都内は四千人、全国では二万人。量的には第五波のピークに迫るものの内容は相当違う。併し結局重症者は増えるだろう。如何せん、分母が大き過ぎる。月末にはまた救護所が必要になるな。北の国は連続して火遊び。スイマセン、後にしてくれませんか。いまオミクロンで忙しいので。

 

 

1/13・木

 ラグビーの試合も宝塚の公演も続続中止。陽性者続発の為。世田谷ボロ市は元元中止。ポイント故障で東北新幹線が半日止まる。移動する人も少ないだろうけど。例年正月輸送明けの此の時期に故障が頻発する気がする。

 朝粥。昼はスーパーのとんかつを丼に。吾人のポイントも故障して本日欠勤。そもそも何だか調子が悪い。鼻汁少少。倦怠感あり。熱は無し。節節に微痛。喉が変。尿も濃い。此れがオミクロンなのだろうか。そう言えば昨日も何かが変だった。午後は蟄居す。午睡の後、適当な物で晩酌。以後自室のパソコンで特捜最前線。暖房も点ける。居間のテレビで見るのとはかなり印象が違う。それにしても、特捜最前線は十年ちょっとで500話。毎週毎週よく作ったね。一方、「相棒」は二十年で400話近く。シーズン方式はなかなかの発明だった。都内は三千人。愈愈マンボウやキンセンも視野に入って来るが、そもそもの効果が疑わしい。みんな家で治すしかないな。

 

 

1/12・水

 オミクロン株は咳よりも喉が痛くなるそう(詰まり単なる上気道炎)。となるとトラネキサム酸だな。あれもあんまり効いた気がしないけど。ちなみに第三類の市販薬になっています。逆に考えれば、効く薬と言うのは、ステロイド系の塗り薬、鼻水の時の抗ヒスタミン薬、呼吸困難になった時の気管支拡張剤。ロキソニンも鎮痛効果があった気がする。兎に角、備えられるものは備えなくては。結局、風邪は自分の免疫で治すものだけど。

 朝には晴れた。また暫く冬型に。午後出社。九時退社。其のままBへ。皆さんいらしたけど、何だか雰囲気が暗い。本日都内は二千人超。全国では一万二千人。気温も低いしね。早早に退散した。1820円。芥田先生から年賀状が届く。体調はいいが、書けない病に陥っていると。早く春が来ないかね。

 

 

1/11・火

 朝は雨模様。一般的には今日から三学期。昨日は成人式。ちょっとタイミングが悪いな。上野動物園などの都立の施設は休館に。何度目だろう。ワクチンの大規模集団接種にまた医官と看護官を使うのだと。自衛隊病院は最後の切り札として温存した方がいいと思うけどね。第一、既に旧式化したワクチンである。大して効かない。どうにも国のコロナ対策もまたまた変な方向に行き始めたよ。

確定申告は準備完了。昼は「餃子の王将」のチャーハン他。すると後から入って来た初老男性は餃子を三個注文す。147円。追加がないとしたら理論上の最低金額だね。どうしたのだろう。肝心のチャーハンは油過多。しっとり系が好きだけど、油ペッタリとしっとりとでは似て非なるものである。午後はまた雨。晩は冷凍牛肉ですき焼きにした。

 

 

1/10・月

 オミクロン株、一週間で実に十倍になったと。なお空港検疫(=抗原検査)で引っかかった人の多くが無症状で、風邪症状があるのはニ三割に過ぎないのだと。此れが実態だね。なお米軍関係者に漸く外出禁止令。遅いな。

 久久に暖かい朝。氷雪は全て溶けた。オミクロンが怖い恐いと言いつつ、家人は鎌倉の伯母さんのところへ。吾人は豚せいろを自作。曇っているので昼は寒い。午後は映画「とんかつDJアゲ太郎」。まずい、またとんかつが食べたくなる。ところでクラブってところは楽しいのかね。一度も行ったことがありません。其の後は文化放送。「サキドリ」は三月終了なのだそう。デイキャッチなき後よく聞いていた。少なくとも月曜と火曜はまあまあ良かったのに。夕方家人帰宅。晩は崎陽軒。甥(=吾人の従妹)の真人さんとも会ったそう。退院から二か月。まだまだヘナヘナの状態だったと。何しろ難しい病気だったからなあ。

 沖縄は800人、都内も900人。やや落ち着いて来る。みんな検査に行かなくなったのだな。吾人ならば具合が悪くなっても自主隔離して、残薬と市販薬で何とかします。詰まり単なる風邪。感染爆発するかどうか、今週次第だな。

 

 

1/9・日

 欧州各国では自宅待機者が多すぎて、最早社会システムが維持出来ないという。今後は一部緩和するのだと。まあね、インフルエンザも熱が下がって三日経てば出られた筈。オミクロン株もそんなものだろう。先月の売電量が分かる。東側が124キロ、西側が97キロ。5300円。昨年よりちょっと伸びた。

 今日も晴れた。割と暖かい。二日続けての朝粥の後、再びゴルフクラブを手に立ち上がる。数百回。只管打氷。奥さんも水を撒いてくれた。さてさて重労働の後はとんかつ御膳。環七の「フライ亭」へ。中瓶とカキフライを追加。店内は混雑していたけど割と直ぐに出て来た。ちなみに後から入って来た若者は御飯少な目を注文。諸君、労働が足りないね。もっと体を動かないと。2400円。なお新棟西側は近所の食堂居酒屋さんに決まる。小学生の男の子が二人。気さくな一家である。雰囲気が少し変わるかな。

午後は特捜最前線。第143話「殺人伝言板・それぞれのクリスマス」。大都会老若男女の群像劇。それぞれはそれぞれの幸せを求めている筈なのにやっぱり事件が起きて仕舞うという不条理劇。ちょっと切ないね。家人が此処数日ろくなものを食べていないというので、晩は肉を一枚一枚焼いた。

 

 

1/8・土

 朝から砕氷作業。鍬のようなもので叩くが、大して効果がない。ああつくづく失敗した。熊手なんかでなく、もっとちゃんとした道具もあったのに。戦力の出し惜しみがこういう結果を招いた。朝粥休憩。するとお向かいはお孫さんも動員したよう。吾人も加勢する。水を撒いてくれたので、今度はゴルフクラブで只管叩く。亡父の遺した何番アイアンかで数百回ショットした。半分ぐらいはどうにか壊した。

少し遅れて出社。本日講習最終日。八時までずっと授業。途中コンビニ弁当。中三にはオミクロン株はどうなるか分からないので併願推薦は必ず取っておくようにと忠言する。早速Bに参る。土曜だけど田岡さんきょうだい、須々木さん、村田さん、佑子さんと勢揃い。暇なので早上がりした従業員の大塚さんも加わる。自然とこうなるのが嬉しいね。それにしてもまた飲めなくなるのかしらん。二千円ちょっと。帰宅は十一時。湯船入浴。今週はよく働いた。ひと月ぐらい休みたいね。

 

 

1/7・金

 朝から快晴。但し道路はカチンコチン。猫水も結氷。今期二度目。シロも上って来なかった。各地は大渋滞。新棟西側の清掃も延期に。運悪くお昼に出社。月波君が又来るというので、素麺居酒屋でもてなす。続いてBへ。須々木さんらと初顔合わせ。更に日高屋にも。帰宅は十一時。全部で五千円くらい。するとやっぱり拙宅前だけカチンコチンに。お向かいの建物が巨大過ぎるのだね。やはり昨夜の内にもっとやっておくべきだった。今回は四年ぶりの積雪だった。数年も経つと雪掻きの手順も忘れて仕舞う。

 

 

1/6・木

 シロに何度も起こされ朝から眠い。昼前から雪が降り始める。其の後出社。小四の国語他。五時に退社。急いで戻る。碑文谷の魚屋と中華屋に寄る。何故かきびなごの刺身しかなかった。ぽっぽや号のようになりながらのろのろ自転車帰宅。直ちに除雪活動。予報より降るね。数センチ程度。今回は熊手で何とかなった。七時までには止む。東電は緊急融通。十時就寝。

 沖縄は980人。相当数は米兵から移された模様。都内も700人。広島と山口にもマンボウだと。此れは岩国だな。何で基地から出したの。成田や羽田での血の滲むような検疫もあんまり意味がなかった。敗戦国は辛いね。週明けから学校が始まる。クラスターになるな。受験生が可哀想。

 

 

1/5・水

 沖縄は早くもマンボウの検討だと。オミクロン=即入院も改めるとのこと。そりゃあそうだ。運が良ければ軽いインフルエンザ程度で済む筈です。冬型強し。お昼に出社。今日から冬の講習後半戦。取り立ててどういうことも無し。また此の無社長と一年かと思うと既にうんざりである。八時退社。其のままBへ。併し、沖縄は600人、都内は390人だと。幾ら従来とは検査の基準対象が異なるとは言え、結局愈愈「あれ」である。会った人は村田さんと田岡さん。奥の方はまあまあ混んでいた。あと二週間ぐらいかな。こうして飲めるのは。二杯で終了。1250円。帰宅後、緑のたぬきとレトルト赤飯。

 

 

1/4・火

 さてさて吾人も御用始め。国税庁のホームページが開いたので、早速不動産収支内訳書の作成。まずは三人分。決められた数字を打ち込んでプリントするだけだがたっぷり二時間。二度ずつ確認の後、直ちに従妹の優子さんに送付。やれやれ半日税務署長である。揚げ物がちょっとずつ乗った弁当が食べたくなったが該当店無し。結局オリジン弁当。今年も昼食難です。

 午後は吾人の内訳書と確定申告書の作成。あら不思議、最後のエンターキーを押すと、還付金が発生することになる。納税額は半減した。詰まり予定納税した分を下回った。そもそも昨年の税率は二割だった模様。昨年が多すぎたんだ。今年は10%である。それに税額と控除の関係も分かっていなかった(実際には前の所得区分を超えた分に新たな税率が掛かる)。半日署長は返上したい。不動産所得が減った上に、国民健康保険料を物凄く払ったからこうなるのだな。あれは実質税金だもの。相続や建て増し等が発生するとどうしても乱高下する。一昨年の所得が二倍になると、納税額は四倍に。すると昨年の個人事業税は三倍、国保料は二倍。そして所得が一割減ると、課税所得は三割減り、納税額は一気に半分になった。次第に北風強まる。晩は残り物。西安は完全ロックダウンだと。

 

 

1/3・月

 月曜だけど三が日。蒲鉾で朝酒。餅は飽きたのでおにぎり屋に買いに行く。駅伝見物会は今年も中止。なお家人は86回目の誕生日だと。何時の間にそんなに年を取ったのだろう。かくいう吾人も数度目の年男となる。光陰、新幹線の如し。絶望するね。須美伯母が来たので洋の段を解凍。昼ワイン。吾人も洋菓子を買いに行った。晩は中瓶一本のみ。もう飲めません。米軍基地から漏れ出て来た沖縄は早くも三桁に到達。東京も100人を突破。一週間で二倍の見当。愈愈である。

 

 

1/2・日

 曇って寒い。全国的に火災多し。何を燃やしているのだろう。寒冷地を除いて暖房はエアコンが一番である。とは言うものの、此れだけ寒いとガスファンヒーターも多用。また加湿器を幾ら動かしても湿度は40パーセント以上にならず。

 適当な物で朝酒。晴れて来たので散歩に出た。神社仏閣を二軒。ぐるっと回って近所の大きな公園へ。すると小学校低学年くらいの坊やが自販機を蹴って殴っている。其れもかなり執拗に。衆人環視の中、ちょっと異様な光景である。まるで刑事ドラマの冒頭シーンのような。近付いたお年寄りは罵倒されていた。地域課員を呼ぼうかと思ったところで怒りも収まったよう。色色と物は持っていたから(ボール、スケートボード、ヘルメット、恐らく自転車も)、貧困ではなさそう。孤独なのだな。再び狸。ふらふらで気の毒だけど、北扉の下を厳重に塞いだ。晩も残り物で中量飲酒。締めはピザトースト。今年も二日が過ぎた。

 

 

1/1・土

 朝から快晴。和の段を解凍。鮭を焼いた物が入っていた。此れは関東仕様なのかしらん。早速年賀状の返事を書く。今年は十枚。続いて確定申告の準備。基礎データの収集整理は完了。あとはイータックスに打ち込むだけのところまで仕上げた。ぼんやりと室内、室外作業(ゴミ拾いと狸の警戒)をしていたらすっかり冷える。晴れても外は5度、拙室は昼でも10度と少し。寒い筈である。慌てて適当鍋を作って酒を飲んだ。

 

 

2021-12

12/31・金

 再び冬型に。雪雲の残りが流れて来て関東も曇る。さてさて年内最後の買い物。まずドラッグストアで「メジコン」。最近第二類の市販薬になった。三日分で1500円。高いね。あんまり効いた記憶はないけれど。(オミクロン株に対する)まあお守りです。「紙薬 手を合わせる 大晦日」なんてね。

おせちの入っていた箱をまじまじと見ると、統括フーズと書いてあった。よく(コンビニ)弁当を作っている会社である。家人には黙っておこう。でもまあまあ旨かったから来年からは直接頼もうかな。多分ちょっと安い筈。生協も最後の配達。女の子には貰い物のウエストのお菓子と辛くて食べられない濡れ煎餅を差し上げた。昼はカップ焼きそば。午後は隣家の蔦を払う。やっぱり寒い。小雪が舞った。晩は昨夜の残りプラス鰤の照り焼き。近所のスーパーで売っていたもの。いや併し、正月に鰤や鯛を食べるというのは何処の地方の習慣なのだろう。案外旨かった。各種歌番組は有観客に戻る。十時就寝。

Aのマスクの件は間違いと言えば間違いなのであるが、あれは国民一人当たり数百円捨てたと思えば、何ということも無し。やはり昨年春の休校措置の方がより拙かった。学ぶ機会を停止されたことの損失はベタな言葉でプライスレスだと思う。どちらも官邸の暴走。また第四波の関西、第五波の東京では、多くの命が点滴や酸素投与といった中レベルの医療すら受けられずに失われた。此れは政治の不作為。きちんと検証して欲しい。一方の南アフリカでは収まって来たと言う。結局罹る人は罹らなければ終わらないのだな。こうして2021年が終わった。来年こそまともな年になって欲しい。

 

 

今月の備忘録

一、京王の「準特急」は無くなることに。そもそもが変な名前だった。二、「人生には、飲食店がいる。」という件の酒造会社のキャッチコピー、同意には至るものの、飲食店と言う語感がちょっと冷たいな。此処を食べ物屋さんに替えるとどうだろう。芳しくないか。いっそ、生ビールか瓶ビールにしてみたらどうだろう。他のお酒が売れなくなるか。本来なら、カンパーイがいるとしたいのだろうが、まだちょっと早い。三、東武特急には新車を入れるそう。豪華な造りのフラッグトレインを。実用的なリバティーと使い分けるのだろう。群馬県が金を出して、「草津」を何とかする案はないのかしら。手っ取り早くスペーシアを貰ったら。「水上」も復活させて。名札付きの特急が都内を走ること自体が観光宣伝になる。四、大学全入等で、社会一般の教養の水準が上がったことは間違いない。其れでみんなケチになったという仮説は如何でしょう。安い物、コスパのいいものしか買わなくなった。併しある程度の消尽や贈与、振る舞い、衝動買いがないと経済社会というものは回らない。合成の誤謬に陥っています。五、「バイキング」も来春終了だと。第五波では結構政権を批判していただけにまさか圧力が掛かったとか。六、小田急VSEも引退だと。僅か二十年。ドア位置の悪さが災いした。何処に再就職するのだろうか。七、こども家庭庁と言う令外の庁を作るそう。何とか真理教みたいだな。矢鱈役所を作るよりそもそもの予算を付けないと。

 

今年乗った有料列車

踊り子、小田急VSE、こだま、のぞみ、ワイドビューひだ、はくたか草津東武りょうもう   昨年は、ひかり、伊那路、あずさだったから、秋以降良く乗った方。

 

 

12/30・木

 ミャンマー情勢は再び緊迫。今度は辺境地区で虐殺事件を起こした模様。ミャンマー軍は独立運動を日本が支援した関係で、実は日本陸軍をモデルの一つにしており、其れゆえに日本との関係も深いのだとか。困ったアンシャンレジームが残っていたよ。

 快晴。風も止んだ。ぶらぶらと自転車で出掛ける。偶には新店を開発しようと思った。併し桜新町の増田屋は開店前。ぐるぐると用賀から中町方面に。するとかなり慌てた救急車が走って行った。見てみると道路の真ん中でスポーツタイプのベンツが停止中。ドライバーさんが倒れたよう。運転席には上品そうなお婆さんが。あらま。意識混濁の模様。衝突前に止まったようだけど、大丈夫かね。お蔭で駒沢通りは大渋滞。遡りながら、柿の木坂の「大むら」に入る。日本酒二、串カツと鴨せいろ。2700円。蕎麦はキリっとした感じで熱熱の汁も旨かった。偶に当たりを出すとちょっと嬉しい。いや併し、此れも最後の昼餐かな。愈愈また「あれ」が来る。そもそも酒がないとね。どんなに旨い北京ダックでも紹興酒がなければ、どんなに豪華な鮨でも日本酒がなければ、焼き鳥屋にホッピーがなければ、家で弁当とビールの方が増し。

狸は連日の出没。晩は昨夜届いたおせちを早くも解凍。まずは三段の内の中華から。なかなか旨い。渋谷の百貨店で注文したもので、ホテルオークラ謹製とあるが、何処の大倉さんが作ったのだろうか(伊藤忠食品とは書いてあるけど)。中瓶二、キンミヤプラスシークワーサーのお湯割り。

 

 

12/29・水

 陽性者が出たら、飛行機丸ごと濃厚接触者と言う方針も撤回。もう施設が満杯なのだそう。一方国内の帰省ラッシュはまあまあの規模。何とか広がりませんように。何処かにお参りに行こうかな。大雪等の影響で東海道線山陽線は寸断状態。人は新幹線に乗り換えられるけど、物の輸送の方が大変なことに。フランスでは一日二十万人、アメリカでは五十万人が感染。

 午前中は薄曇りでやっぱり寒い。昼はスーパーの弁当。物凄く安い正月飾りを買って来て取り付ける。晩はスーパーの鯛の刺身と豪州産のミニステーキ。都内の感染者は70人を突破。昨年の一割だけど。全国では500人。十月半ばの水準だと。オミクロンクラスターも出始める。三回目接種も大して進まず。うーん、ドウスレバイイ。此のままだと来月末には緊急事態だな。「また、あれが始まるのか。あのころのことを思い出すたびに、どんなことがあっても、おれの子供たちは、あんな目にあわせたくないと思っていたのに、今また・・・。」(小松左京)。

 

 

12/28・火

 今日も晴れ。芥田先生に年賀状を出す。「前総理大臣(=鳳生大学出身)は酷かったです。疑似交代で満足してはいけないのですが、K氏がまともに見えて仕舞います」と書き添えた。続いてシロの点滴。何と先日の理不尽な飼い主、財布を忘れたとかで結局手術代を支払わなかったそう。(置いて行かれるともっと困るので)猫は返したが、現時点で振り込み等も無し。そもそも払う気も無かったのだろうと。踏み倒しは結構多いと言うが、人を散散不愉快にさせた結果が此れではね。三十代の女性だと。職業的な詐欺師だね。獣医さんも大変である。点滴代1980円、何時もニコニコ現金で支払う。

 続いて家電量販店へ。昨日多用した子機の電池が早くも怪しい。交換してまだ三年な筈なのに。ノーブランドのB級品だったからかな。今度は朝日電器の準純正品にした。1600円。出た序の昼は若林の「麺通」のラーメン(830円)。家人には「ピーコック」の中華弁当。ところで年末商戦はどうなのだろうか。色色とばら撒いた筈だから。少しは盛り上がりを見せないと。詰まり此れはカンノミクスの考え方だな。確か、国民が余りにもお金を使わないので、消費税をぐっと引き上げ、国民から巻き上げたお金で社会保障を充実させる・・・というお題目だったような。もう十年以上も前のことだからあんまり覚えていないです。晩は残り物で少量飲酒。夜更けのBS11で「ヤマト2205」第一話の先行公開。此れもリメイクしたのだね。もうちょっと付いていけません。

 

 

12/27・月

 朝は冷えた。猫水も初氷。シロの小屋にグレが何度も入るので小屋は一つ増設した。結局一猫一軒である。懐炉も三個必要。なお電気の申し込みはウェブでは出来なかった。駄目出しメールが来ていた。何かが間違っていたよう。結局電話するしかない模様。意を決してプッシュする。例によって誰も電話に出て来ない。延延と音楽を聴きながら、あれやこれやとプッシュキーを押しながら、AIアシスタントの頓珍漢な質問に答えながら、漸くオペレーターに繋いで貰う。すると出て来た人は新人さんのようで、様様な割引きプランから都市ガス、水漏れ修繕サービスまでマニュアル通りの勧誘を受ける。ちょっとの間に売り買いするだけなのにね。本当に面倒臭い。そもそも何で電気屋がトイレの修理まで請け負うの。其れより先ず電話に出て欲しい。余計な営業電話は幾らでも架かって来るが、肝心な人が出て来ない。此れが各種自由化の真価ですよ。凡そ下らない。

近所の盛り蕎麦を食べて帰った頃に漸く通電。直ちにパワコンを再起動。もう午後なので1.5キロしか発送電出来ず。一日半損したね。丁度内装屋さんも来ていたので簡単に打ち合わせ。折角なので階段に防音シートを敷こうと思う。なお電気の契約は物凄く面倒ですと異口同音だった。さてさて此れで万事終了。気が付けば今日から正月休みである。ローゼット交換代9900円を振り込む。ぼんやりしようと思ったらまた狸。ふらふらだけど生きていた。猫餌を完食し、水まで飲んでいた。また来られると困る。通り道のようなところを金網で塞いだ。効果は・・・、多分ないな。やれやれ、草臥れたよ。早めの入浴。晩はとりみそ鍋。中瓶一本のみ。

 

 

12/26・日

 新棟に行って見ると電気の契約が切れている。引っ越ししたからね。そうなると太陽光の電気も売ることが出来ない。折角の晴天が勿体ないし、今後の掃除も出来ない。併し日曜は電話では受付しないのだと。一応ウェブで申し込んだ。何時になるのかしらん。万事面倒臭い。

 お昼過ぎの出社。平政君はまだいた。泊ったんだね。若いね。八時までずっと授業。なお吾人の講習、年内分は本日までとなる。月波君が来たのでまずBへ。「ゆく年くる年」とかいうお酒をガブガブ呑んだら五千円。外に出ると余りに寒い。同じ建物の喜多方ラーメン屋に避難。今度は「会津ほまれ」という安い日本酒を牛飲。彼とは此方で早めのお開き。一人で帰ろうとすると川床のマスターに声を掛けられる。ちょっとアクが強い人なので此処数年敬遠していたが、酔った手前、久久に入店。するといい感じで丸くなって来ていた。人には添うてみよ、飲み歩きは新たな発見があるから楽しいね。併し既に悪酔い状態。二杯ほど飲んで御仕舞とした。全部で九千円。ふらふらの帰宅は十一時過ぎ。月波君経由で頂いた「生産性手帳」はコンビニの青年に進呈した。鷺乃間君、スマン。前は亡父にやっていたが、そもそも書くほどの予定もないので手帳は使わないのです。

 

 

12/25・土

 昨夜の雨は朝には止んだ。新棟西側は退去済み。早速見に行く。太陽光発電コンバーターで今までの総発電量が分かるようになっている。4785キロ。二年間で。詰まり年間2300キロ。関東だと太陽光パネル一キロ当たり年間1000キロ発電すると言われているから、概ね定石通り。ちなみに売電量が1500キロだから日中の使用率は三割強。詰まり七割弱を売ったことになります。晴れれば相当余るのだね。更に言えば、年間発電量×24円(現在の一キロ当たりの買取価格)で計算すると五万円ちょっと。設置には確か100万円くらい掛かっているから、償却には二十年掛かる計算。而も十年経つと買取金額が半分以下になるから・・・、実際にはもっと先になるだろう。あらま。十年目以降は使うか貯めるかした方がよりお得と言うことになります。あと八年。電気自動車でも出て来るかね。

 土曜だけど、講習の為に出社。お昼過ぎ。小六国語と中三社会。夕方富士そば。平政君が来たので無社長と酒席を共にする。またまた県の教員採用試験に受からなかったそう。来年まで非常勤講師生活である。残念だね。一時間ほどで退席。Bで少し飲んで帰った。十一時。冬型強まり小雪が当たる。遅いゆず湯。都による希望者全員無料検査が始まる。第五波よりかは多少増しかな。

 

 

12/24・金

 結局大半の自治体で現金一括給付となる。三度目のワクチン接種は進んでいないよう。何でも在庫があるような、ないような。兎に角、打てる人から打って仕舞った方がいい。量は半分でいい。薪が乾き始めている。大変拙い状況である。

 須美伯母が来たので昼は「笑口房」の弁当。偶には新刊を買いたくなり、隣りの本屋で『戦争まで』。TBSは開局七十周年特番。と言ってもラジオの方ね。ラジオもすっかり斜陽だけど、長く聴いているとテレビより面白い。尤も最近は文化放送を聴くことが多いけど。さてさて講習準備日という名の休講日。講習準備は終わったので本日不出社。晩はスーパーのフライドチキンなど。早速同書、何かと評判の悪いハル・ノートだが、実は同氏そのものは現実派でホーンベックなどのより過激な対日強硬派に引き摺られて仕舞ったと。自由貿易論者で、其の思想はガット体制の構築を齎したそう。戦後日本は其の恩恵に浴することとなる。やっぱり悪魔の歯車だな。本当に何処かで何かがズレていれば・・・ね。十時就寝。

 

 

12/23・木

 中央防災会議は千島日本海溝が動いたらエライ被害が出ると答申。そういうことは、3.11の前に言って欲しかった。それにしても二度も来るかね。南海トラフには予算が付き始めたから、今度は北にも付けてというアピールのような。大当たりが来たらゴメンナサイ。

 新棟西側は引っ越し作業。レンタカープラスお友達でやっていた。女の人は見当たらず。別れたのだな。自転車の後輪スポークが破損。先の方が折れている。販売店に持って行く。まだ就役から二年半なのだけど。部品が粗悪なのだな。前の自転車は三十年乗ったけど一度もなかった(と思う)。ニップル交換、序でに前輪のブレーキパットも交換。2500円(プラス税)。併し自転車の車輪と言うものは不思議だね。あんな細い針金で支えているのだから。車輪の再発見。

昼はスーパーのとんかつでかつ丼。午後出社。引き続き講習準備と年賀状準備。例によって五枚600円の市販品を買って来て、無地のものに複写する(スイマセン)。今年はカラーコピーにした。九時過ぎの退社。須々木さんと佑子さんとでBと中華を連戦。リンさんには貰い物のワインを差し上げた。帰宅は十二時。湯船入浴の後、特捜最前線まいばすけっとのショートケーキ付き。二時就寝。そう言えば今年は年賀状も積極的には売っていない。郵便局も諦めたのだな。寒空の下、机を出して声を涸らして売っていたのは、ちょっと悲惨な光景だった。

 

 

12/22・水

 三十数兆円の補正予算が成立。住民税非課税世帯にも十万円を給付する。凡そ1.5兆円。経済効果は此方の方が大きいかと。生活必需品以外にも売れるといいけどね。Aノマスクの廃棄が決定。都内の感染者40人。昨年の比ではないが徐徐に上がって来た。大阪ではオミクロンの市中感染を確認。ずっと晴れ。但し午後はやや曇る。冬至。午後出社。退社後はBで1600円。北風強し。割と早めに帰る。

 

 

12/21・火

 大阪の放火テロの死者は二十五人にも達する。悪夢である。爆弾テロでも此処まで亡くならない。肝心の容疑者は重体で六十代だと。中年男性の犯意は極めて強い。ガソリン販売もより強い規制が必要。一リットルまでとか。また細いビルやマンション同士を結合させ、より大きなビルに建て替えた方がいい。全国に数万棟はある。概ね五十年は掛かるけど。空港検疫では数十人が陽性に。海外からは一日数千人の入国に絞っている筈だから、陽性率が1パーセントにも及ぶことになります。在沖米軍基地も大変なことになっているらしい。うーん、愈愈来るな。まあデルタ株自体が蔓延していないから、オミクロンも何とかなることを祈るしかない。幸い大抵は上気道の炎症で済むという報告がある。咳は出るらしい。となると「メジコン」が必要だな。

 朝から郵便局へ参る。定額貯金が満期になったそう。付いた利子は丁度1パーセントくらい(税引き後)。勿論十年間分で。(今となっては)まあまあ付いた方だね。一方の投資信託は二年やっても未だにマイナスから抜け出せない。投資から貯蓄へ。少なくとも減ることはないもの。続いて「たきたて」の弁当。昼前なので混雑していた。雑に作った感じで今一つ。拙宅前にクリームパンが落ちていた。今しがた通った若者が落としていったよう。ああいう引き売りって、儲かるのかしらん。廃棄ロス一。するとなんと再びたぬきが出没す。八割方疥癬にやられている。まだ子たぬきのよう。此の時期になるとふらふらでやって来るね。早速クリームパンを供す。夢中で食らう。食べ切ったのを見計らって追い出した。

 早めの入浴の後、「呑み鉄本線」の録画視聴。今回は宗谷線。最近駅がごっそり廃止されたそう。色色と寂しいね。あの辺は1995年に乗った切りだな。記録によると上野から急行「八甲田」で参り、海峡線が何かで不通の為、フェリーで渡道。「北斗」で札幌、夜行「おおぞら」で釧路に行き、牧場体験をしている。「オホーツク」で戻り、旭川から「利尻」で稚内、帰りは昼行の「宗谷」。確か最終日の深名線に乗って札幌。「はまなす」で本州、延延と日本海側を通り、新潟から「ムーンライト」で帰っている。ほぼ全部自由席。凡そ十日の旅程。ワイド周遊券の旅。夜行列車とビジホやユースホステルを組み合わせた。旅費は約十万円と書いてある。当時二十代前半。旅人も多かったと記憶している。今なら途中で倒れるね。いや併しね、あの頃は世界が無限に広がっていく感覚がした。そういうものを失って久しいね。晩はスーパーの鮪刺しと家人の白菜炒め、冷凍の小鍋。ビールは省略。行き成り日本酒である。

 

 

12/20・月

 欧州各都市は再びロックダウンに。内閣支持率は微増だと。前前任者、前任者が酷かったからな。ブレるのもまた良しと言うことです。此れが疑似政権交代の成果かな。野党側の新しいキャッチコピー、疑似より本番と言うのはどうでしよう。リニアの水問題では国が県と東海の仲裁に入る。静岡の知事も軽いけど、まあ毒を以て毒を制すというのが政治学の考え方だからね。必ずしも人格者である必要はありません。

 朝はシュトーレンを一片。ドイツのクリスマス用のお菓子だと。最近流行っている。でもスーパーで買ったものだからジェネリック品だろう。まあね、世界で一番バームクーヘンを食べているのは日本人だと聞いたことがあるから、食べ物に本物も偽物もないな。汝らが食べるもの、其れが汝らのシュトーレンである、てな。夕方臨時出社。事務作業と中三国語の代講。鈴木先生帰省の為。九時過ぎの退社。Bで800円。帰宅後ハヤシライス他。Y君が縁故でアルバイト入社した焼肉店で火災。屋上のダクトが燃えたよう。兎に角用心、火の用心。

 

 

12/19・日

 有名歌手さんの娘さんで女優さんもお亡くなりに。高い所は危ない。大変な位置エネルギーを持っているから。何とはなしに窓外に吸い込まれるから。ふっと持って行かれる。痛ましいです。広くて低い所が一番安全。

 朝は冷えた。室温も一桁。まずは駐車場の段差石の組み直し。下に泥が詰まって浮いていた。雪掻きシャベルで掻き出す。保線作業です。そう言えば台所の手元灯も蛍光管だった。朝から西友に行き、直管LEDに交換。節電効果は一日八時間で80ワット、年間28キロ、700円。こうして蛍光灯はほぼ全廃。反応が悪い人を蛍光灯に喩えたものだが、此の表現も死語となるな。

午前の内から、「魚屋路」と言う回転寿司店へ。行って見ると既に中蛇の列。受付の機械では三十分待ちだと。そんな馬鹿な。店内は満席にはなっていないのに。解析すると、誘導係り兼会計係りが後者の業務に追われ、殆ど誘導出来ていないよう。無意味に待つこと十数分。漸くカウンター席に案内される。大手の店でも人員の適切な配置は難しいよう。今まで暇疲れしていて感覚が鈍っているな。帰る頃にはすっかり空いていた。其の後、目黒通りをちょっと戻って「入船」と言う蕎麦屋に入る。家族でやっているよう。出前も多い。今時珍しい店だと思った。此方のチームプレーは万全であった。もりが700円からとちょっと高いが、店内客にはチキンのトマト煮が出て来た。実質500円だね。アルコールが回り、午後は昏昏と寝る。晩は残り物。ほぼ絶食。笑点の人も強制降板だと。世知辛いね。面白くない人も必要なのだけど。世人は、無用の用というものを分かっていない。

 

 

12/18・土

 朝からシーリングの交換工事。台所と拙室。何時もの電気屋さん。四十年物の器具は引退。根元部分にローゼットを取り付ける。207の人が要らないと言ったLEDを据え付けた。作業時間三十分。こうして拙宅から蛍光灯がほぼ消える。納戸と浴室と階段に電球型蛍光管が残るのみ。続いてシロの点滴に参る。奥の檻には高そうな猫。なんと件のモンスター飼い主が現れたと。そして此の後に避妊の手術の予定だと。院長先生には流石に態度を改めたらしいが(そもそも当該医院には院長しかいないけど)、理不尽さはかなりの程だったと。飼い主の顔が見てみたいと思った。まだ若いらしい。そんな人が居るのだね。ちなみに通院路では地域課員による交通取り締まり。公園脇の凡そどうでもいい交差点の一時不停止車が対象。早速一台停められていた。無意味とは言わないけれど、あんまり意味がないな。其れより無謀運転の自転車の方を指導して欲しいと思った。右側通行、一時不停止、特に一方通行を逆走している自転車は停止義務があることすら思い至らない。

昼はちょっと先の「華星」と言う店で角煮チャーハンセット。ややしっとり味でなかなか旨い。850円で食べ切れないほど出て来た。晩は市販の汁とつみれでちゃんこ鍋。醤油味だと普段の鍋と大して変わらず。九時就寝。

 

 

12/17・金

 イギリスでは一日十万人が感染だと。インフルエンザの最盛期並み。オミクロン株にはワクチンもほぼ効果なし。確かに重症化率は低いようだけど。午前中は中雨。割と短時間で止んだ。昼はサッポロ一番みそラーメン。日中何度も上厠す。大阪の心療内科で火災。多くの方がお亡くなりに。恐らく放火だろう。ああいう細くて狭いビルは本当に危ない。

 午後出社。小学生の女の子には、サンタさんは自分の両親かも知れないと打ち明けられる。半分正しくて半分間違いであると応えておいた。正式な資格を持つサンタクロースは都内には二人しかおらず、実質的な配送はサンタさんに委託された宅配便の会社が担っており、事前に届いたものを御両親がそっと置く決まりになっていると。成程なるほどと聞いていた。半分夢で半分現実。我ながらよい説明である。本日は中三社会まで。

九時過ぎの退社。早速Bに参る。リンさんリンちゃんと言っていたら、マネージャーのミキさんに窘められる。他にも言い寄っている者が複数いるらしい。あらま。1700円。北風強し。帰宅は十一時半。以後カップ麺と「最愛」最終回。それぞれの家族愛が交錯するところに悲劇が生まれる。なかなかよく出来たドラマだった。ただ田中みな実扮するフリーライターさんはちょっと可哀想。

 

 

12/16・木

 まあまあの晴れ。腰の悪い家人は洗濯だけは熱心に布団カバーを引っ剥がしていた。映画「タンポポ」には、今際の際の若い母親が「飯を作れ」と言われると、むくむくと起き出して夕飯(=チャーハン)をつくるシーンがあるが、家人の場合は洗濯だな。午後出社。引き続き講習時間割の検討、教材の追加発注、消耗品の買い足し、蛍光管の交換。近所の電気屋さんでは40ワット直管LEDが二千円を切ったというので当学院初購入。一日五時間の使用で100ワットの節電。年間250日として25キロ。凡そ700円。二年目には元が取れる計算である。併し本体を使い切る頃には此の学院はないだろう。一方、中一にはまた新人が。今回は前にいた生徒の妹さん。こういうのは楽でいい。Bに行って900円程度。須々木さんと佑子さん。帰宅は十一時過ぎ。冷凍焼きうどんと貰い物の小川軒のレーズンサンド。

森友事件で遺族が国を訴えた裁判では、国が一億円支払って御仕舞。そんな馬鹿な。いっそ、百億円くらい請求すればよかった。世田谷は全額現金一括給付だと。オミクロン株、愈愈市中に漏れ始めて来たと。潮目が変わったな。夜の店も一段と空いていた。来るな、あと二週間程度で。最後は何処に遊びに行こう。

 

 

12/15・水

 朝から快晴。ラジオも排水管も元に戻る。そもそも心配のし過ぎであった。須美伯母が来たので昼はてんやの天丼。午後出社。すると生徒に最近地震が多いのですが大丈夫なのでしょうかと質問される。大体やね、小銭を沢山持っているからと言って、大金持ちとは限らないよと説明しておいた。マグニチュードは2違うと1000違うのである。大当たりが来たらゴメンナサイ。退社後はBへ。高瀬さんと田岡さんきょうだい。早めの帰宅。1060円。

 空港検疫では数時間待ちだと。其の後も待機施設の確保で更に数時間。飛行機に一人でも陽性者がいれば、全員二週間の隔離だって。隣組だね。此れはもう帰って来るなと言うことだな。デルタに懲りてオミクロンを吹くであればいいのだけど。

 

 

12/14・火

 未明は冷えた。電気行火を登板さす。上州にあれだけ大風が吹くとなると都内も冷える。あの風も使えないものかね。マグナス発電しませんか。北風にも南風にも対応出来るそう。あの(軽薄な)県知事なら飛びつきそうなものだけど。シロに起こされたので、早速旅費の精算。宿は二食付きで1.5万円。二人以上ならもっと安いのだろう。他に夕飯時の大瓶が800円、日本酒小瓶(300ミリ)が1200円。ちょっと高い。一方部屋の冷蔵庫の中瓶は500円。此れは安い。上野で買った「大増」のおつまみセットが680円。酒類が700円。中之条の食堂が1600円、大間々の食堂が2000円。交通費概算一万円くらい。大体三万円だね。酒は何処にいても飲むものだから多少減額した。宇奈月温泉より近いから安い。それにしても実際に乗って見て、上毛電鉄東武やJRの絡み具合が漸く分かって来た。何事も実地で見なくてはね。更に地図と時刻表を見返す。

 アメリ中南部では竜巻被害。空港検疫では続続とオミクロン株。もう停泊施設が足りないそう。感染力はデルタ株の数倍だとも。湿った薪にも火が点くかなあ。朝のラジオでも毅郎さんらは欠席。スタッフに発熱者が出たそう。愈愈来たかな。重く曇る。落ち葉掃き。丁度よく吹き溜まっていた。此の要領で海のプラゴミも効率的に取れないものかね。久久に排水管にも水を流す。何遍流しても流れは今一つ。昼前から冷たい雨。芥田先生から返礼品が届く。千葉名産の落花生のおつまみ二品。鎌倉の伯母さんからは日本酒一升。浦霞の純米。お小遣いを貰っている身なのにと家人はおかんむり。此れも返礼品だな。午後には止んだ。晩は豚のしゃぶしゃぶ。豚が食べたいというより、火を焚きたかった。中瓶一。ビールも冷やす必要がないね。

 今週から予算委員会。クーポンは現金にしてもいいし、しなくてもいいと。今更言われてもね。ワクチンも早くするようなしないような。結局全部宙ぶらりん。此の総理の特徴かな。ウイグルの件でアメリカに嫌味を言われた中国は、アメリカこそ金権政治とメディア選挙で銃火器テロやヘイトクライムが多発しているディストピアだと反論す。お互い、他人のことはよく分かっているね。併し我がふり直すという方向には往かないものである。

 

 

12/13・月

 朝風呂、朝食の後、チェックアウト。風呂と食事もなかなか良かった。部屋も綺麗だったが、どうにも消臭剤を焚いたようなへんな甘い臭いがして、ちょっと興ざめ。なかなか湯・食・住、三拍子揃った宿には出会えないものだと思った。九時過ぎのバスで駅まで戻る。見たところ周辺旅館もまあまあ泊っている感じ。大半が県内ナンバー。県民割り引きをやっているのだろう。都内は足立が一台いただけだった。乗客は数名ちょっと。運賃950円。降りる時にICカードで支払う。すると「チケットが付きました」と。関越交通さん、まだバス得サービスやっていたのだね。久久に懐かしい声を聞いた。

いや併し次の列車まで50分もある。近くのスーパーを視察。伊那のスーパーもそうだったが、鮮魚コーナーが充実。内陸県の特徴かもしれない。さてさて漸くやって来た高崎行きに乗り込む。此処からやや特殊なルートで帰ろうと思った。新前橋で下車。適当なバスで中央前橋へ。前橋だけで三つもあるが一番の中心は此の中央前橋。県庁に最も近い。上毛電鉄が通っている。併しJRには接続していない。もう少し頑張って線路を伸ばせなかったのだろうか。私鉄と国鉄が張り合うあたりは関西の鉄道に近いけど、結果として分かりにくい、使い辛い路線となっている。バスを降りると物凄い風。上州の名物だね。陽が当たっていてもやっぱり寒い。少し待って西桐生行きに搭乗。出て来た車両は井の頭線のお古。僅かなお客を二両に載せて東へ進む。何処まで行っても大きな山が見える。あれが赤城山。其の赤城と言う駅で下車する。運賃660円。切符は現金購入のみ。東武鉄道に乗り換えである。其の前に駅前の「八百半」と言う店で餃子ラーメン日本酒休憩。小瓶が二。二つ目は持ち帰る。

併し此の赤城と言う駅も不思議である。肝心の赤城山に行くバス等は無し。駅の看板には、おおままとも書いてある。行政区分ではみどり市だと(何それ・・・)。元元は新大間々という駅名だったそう。此処から少し歩くと大間々になり旧国鉄の足尾線に連絡。此の辺も頗る分かりにくい。東武は西武に倣ったかどうかは知らないが、赤城山を観光開発しようと考えたことがあり、ロープウエーやケーブルカーまで作った。併し上手く行かなかったよう。どちらも廃止され、今はこんな駅名だけが残っている。それにしても赤城山ね、そもそも行ったことが無いし、身の回りで行きましたという話も全く聞かない。広大な山麓を持つ、いい山なのにね。前橋からはバスも出ているようだけど、やっぱり車でしか行けないアクセスの悪さ。国定忠治志賀直哉、分かる人もいないよね。(特に西側に住む)都民から見れば、謎の観光地、そして謎の終着駅である。

 そんな赤城から特急りょうもう号に乗車。東武の特急は全車指定。宛がわれた席に行くと柱の横。此れだから指定席は嫌なのです。太田辺りまでこまめに集客。館林辺りから快調に走る。すると加須で緊急停止。直ぐに出発したから、デッドマン装置が働いたよう。(なんにもすることがない)真っ直ぐな線路です。動物公園を過ぎると、中目黒とか中央林間とか、馴染みのある行き先を目にするようになる。複複線区間を爆走して緩行線列車を次次と追い抜く様子は、中央線に似ているかな。爽快である。荒川、墨田川と渡って浅草にゴールイン。料金1050円。運賃は115キロで1215円。東武も沢山乗ると安い感じ。特急に乗って貰わないと採算が取れないな。

 暫し浅草寺にお参り。マスク掛けで割と大勢来ている。どうにかコロナが収まりますように。何だか歩きたくなって、ぶらぶらと上野まで。結局戻って来て仕舞った。ああ上野駅。「福しん」でチャーハンを食べようと思ったら看板が消えている。そんな馬鹿な。店内で誰か倒れたようで救急搬送の真っ最中。二隊も来ていたから重症のよう。食べたいものが食べられないな。それにしても上野駅周辺ではみんな狂ったように飲み歩いている。列車が出なくなって故郷への郷愁も未知の土地への憧憬も無くなったから何だか自棄になっている感じだね。今回は勝負ありました。其のままメトロに乗り、渋谷で中華総菜を補充。帰着は六時。家人と食べた。

 

 

12/12・日

 さてさて朝から出ようと思ったのだが、何だか急に腰が重くなり、昼の列車で行くことにす。目黒までバスで出て、其のまま上野駅へ。14番線に参る。此処は地上駅。併し列車は一本もいない。上野東京ラインが出来たお蔭で、普通列車は勿論常磐線の特急まで居なくなって仕舞った。朝晩のライナー特急以外は、「草津」という列車が出るのみである。森閑としたホームで暫し佇む。嘗ては多くの長距離列車が出た筈なのにね。吾人もワイド周遊券で幾度となく旅立った。駅の中の銅像も寂しそう。ああ凋落の上野駅である。

さてさて長野原草津口行きの「草津3号」は、四割程度のお客を乗せて定時出発。12時10分。草津は元元は急行だった。165系から185系になり、格上げ特急になった。併し大した特急ではないので、当初は「新特急」と名乗っていた筈である。一方相方だった水上行きは数年前に廃止。草津も平日二本、土日が三本。特急網の意味をなしていないね。其の185系も引退。今では常磐のお古が走っている。651系、元スーパーひたち。(もう使うこともない)交流装置が撤去された以外に大した工事もされていないらしく、相当草臥れた感じがする。「タキシードボディのすごい奴」もすっかりお爺さんだね。うろこ状の汚れがびっしりついた窓を見ながら中之条まで丁度二時間。運賃2640円。自由席特急料金1380円。此れはB特急料金が適応。安いことは安い。それにしても多くて一日三本ではね。高崎まで適当な列車で来て、上越線吾妻線に乗り換える方が一般的かな。群馬県の西側には温泉が沢山あるけど、此のアクセスの悪さ。「踊り子」が未だに元気に走っているのとは対照的である。やっぱり都内の人、特に西部に住む人は、手っ取り早く伊豆や箱根に行って仕舞います。何回でも。

駅前食堂で休憩しようと思った。併し目の前の蕎麦屋は既に休憩中。数軒先の食堂に入る。蕎麦はないみたい。最近蕎麦に見放されていると思った。日本酒二合とたぬきうどん。サービスとして菜っ葉を湯がいたもの。続いてバスに乗り、予約した四万温泉の宿に参る。今回は小型の旅館にした。四時前にチェックイン。早速入湯。続いて晩食。小広間に降りると、コロナ対策だとかで変な間仕切りがしてある。給仕も成るべくしないのだと。お酒も事前に運ばれていた。それにしても予約サイトによると満室のような感じだったのだが、お客はもう一人いるだけ。此れが群馬方式かしらん。

当然喋ることもない。お互いの咀嚼音だけが響くという奇妙な晩餐である。其の点、富山の宿は面白かった。かなり高齢の夫婦が来ていて、おじいさんは一言居士らしく、料理への批評が絶えない。中でも物凄く細い蟹足の小鍋に対して、蟹さえ出しておけば客は満足するとでも思う精神が凡庸だとか・・・、述べられていた。其の場にいた多くの者が首肯した筈である。今回はお爺さんでも満足するような、鮎の塩焼きからビーフシチューや小うどんまで食べ切れないほど出て来た。でも何だか食べた気がしないね。

横になりながら「日本沈没」最終話。退避の終えた列島は一気に沈没す。ただ青森以北と九州は残ったよう。九州は兎も角、北海道や沖縄は元元日本ではないものね。出来れば中央高地の山山も島島として残して欲しかった。という訳で全話終了。来年は「日本以外全部沈没」をやって欲しい。更に入浴して十二時就寝。タオルの取り違えも無し。

注・・651系登場時のキャッチコピー。

 

 

12/11・土

 学術会議の件ではやはり任命拒否を続けるよう。がっかりです。クーポンの件でも迷走ぶりが目に付く。こういうことだとあっという間に支持率が下がるよ。まあどちらにしても聞く耳を持たなかった前の人よりかはいいかな。そんな新首相は公邸に引っ越し。前の前の前の船橋総理以来だと。

良く晴れた。さてさて昼は地元の回転寿司へ。偶には人間観察でもしようかと思った。隣りのカップルは席に着くなり(お得な)セット寿司を注文。更に殿方は時間に遅れてタクシーを使ったとかで奥方を詰り始める。曰く、時は金なりだとか。大体ね、時間とはそもそも無駄にするものだし、其の無駄を取り返す為にタクシーと言う便利な乗り物がある。言っていることが無茶苦茶だと思った。何だか混んで来たので二杯で打ち止め。2002円。家人にはオリジン弁当。結局何だか食べ足りないのでスーパーのコッペパン。晩は白菜豚豆乳鍋。尾身(クロン株)の来る前にもう一度命の洗濯をしようと思った。群馬の旅館を予約す。明日の外出に備えてアルコールは控え目にした。

 

 

12/10・金

 思ったより晴れない。ニトリの小屋をグレに取られてシロはうろうろ。酷い弟である。それにしても猫と言うのは寝床は何処でもいいみたい。今朝の新聞にはマグナス力で動く風車が紹介されていた。羽が回転しないので台風にも強いという。原理は幾ら読んでも分からなかったが、鳥やドン・キホーテが飛び込んで来る心配もない。次世代風力発電は此れで決まりだね。こういうものに一兆円ぐらい注ぎ込まないと。国民に配ってばかりでは仕様がない。飲んで食べて御仕舞いである。

 朝はかけそば。何だか食べ足りず。冷凍小鍋と御飯で早昼。午後出社。冬期講習の時間割の検討。今年は楽が出来そう。退社後はBで立ち飲み。すると今夜は日高屋へ呼び出される。須々木さんと佑子さん。今年初めてだね。ハイデイ飲みは。併し十一時には追い出される。Bの女の子にはチャーハンを差し入れた。帰宅は其の三十分後。

 

 

12/9・木

 漸く晴れた。昼はスーパーのカツをかつ丼に。午睡をしていると内装屋さんの挨拶。最近担当が大柄女性に代わった。拙宅のシーリング照明の交換を依頼。根元の部分から作り変える必要がある。電気工事が必要だな。午後出社。中一国語に見学者あり。またまた文章の読み方からやり直し。家電のトリセツから夜更けのラブレターまで全て文章で出来ている。あらゆるタイプの良文を読んでいきましょうと。併しよそ向きの時間は続かず、暫くすると何時もの雰囲気にすっかり戻って仕舞った。みんなてんでバラバラな質問をする。其れでも何とか全面崩壊は防いだよ。

退社後はBに参る。840円。すると須々木さんが向かいの店にいると連絡がある。佑子さんと梯子する。何でも棒と茄子が出たそうで。各種日本酒半合500円の店。流石に旨い。他におでんと刺身と煮麺。三千円相当を振る舞って貰った。偶には贅沢しないと。帰宅は十二時。二時就寝。

 

 

12/8・水

 昨夜からずっと大雨。漸くいい色になった紅葉も散って仕舞った。先月の売電量289キロ。七千円。まあまあ好調だった。オミクロン株は感染力は強いが弱毒化が進んでおり、今度こそ単なる風邪のようだと。ホンマかいな。希望的観測で物を言ってはいけません。八十年前の教訓です。子どもさんへの十万円相当の給付、半分はクーポンにするというのが評判が悪い。配るのに一千億円近くの経費が掛かるのだと。まあ現金にしようが金券にしようが使う人は使うし、使わない人は使わない。ならば経費の少ない方を選ぶべきであろう。ちなみにクーポンとは切り離すというフランス語から来た言葉だそう。切り離して換金したら捨てて仕舞うものだものね。いっそ、政府発行の紙幣として其のまま流通させたらどうなるだろう。受け取った人は、こんなもの嫌だとババ抜きのジョーカーのように押し付け合うだろうから消費は増える。途中から価値が下がって行くかもしれない。

 午後傘差し出社。今日から真冬のジャケット。九時過ぎの退社。Bに行って870円のみ。帰宅後に冷凍ポテトフライ。続いてNスぺ「1941」前編。戦前戦中の個人の日記を解析したもの。南部仏印以降の経済制裁で生活の困窮度が増し、急速に英米憎しの世情が醸成されたことが分かる。欧米の反発を見誤った進駐も拙かったし、経済制裁も強過ぎた。更に言えばハル・ノートも。欧州情勢とも相まって、正に悪魔の歯車が回転して日米開戦に突き進んだとも言える。何処かで何かがズレでいればあんなに沢山の人が死ぬこともなかっただろうに。それにしてもアナログな日記をどうやって読み込ませたのだろう。ぐちゃぐちゃな個人言語を。デジタルスキャン出来るのかしらん。

 

 

12/7・火

 また臨時国会所信表明演説からやり直し。敵基地攻撃論を検討すると。ハト派の筈なのになあ。保守層の繋ぎ止めでタカを偽装しているのだろうか。いいですか、敵基地を攻撃するとなれば、重慶バイカル湖辺りまで行かねばなりません。如何に出鱈目な方策か。また北京五輪に外交団は送らないと米国政府が決定。外交ボイコットと言うらしい。まあね、オミクロン株でそもそも何処もシャットアウトだろうけど。

 今日も曇る。ほんのり暖かい。先ずはペットボトルの整理。お隣は二リットル入りの水を大量消費しているよう。それにしても水を買うことほど無駄なことはないな。買うのも捨てるのも面倒臭い。(ラベルとキャップも外して潰して)立派なポリ袋に入っていたものを、内緒で拙宅のクリーニング品の薄い袋に移し替える。前者は重めのゴミを入れる袋として再利用出来ます。

朝から西友で猫餌と浄水器のカートリッジを購入。続いて「大塚家」へ。何時もの通りのラーメンはあぶら少な目。サービスライスをほんの少し。700円。見ていると寸胴鍋にはどんどんと脂の塊が放り込まれていた。あらま。此れを全部食べるのは危険ですよ(確実に血管が詰まる)。ちなみに家系ラーメン店で御飯が出て来るのは、客のスープ残しを少なくする為もあるのだとか。動物性のものは処理に多額の費用が掛かるのだそうで(確実に排水管が詰まる)。お客の体と消化酵素に処理させているという見方も出来ますな。御飯のお蔭で吾人のスープも数十ミリ程度しか残らなかった。午後は漫然とす。四国から蜜柑が届く。此の一週間は本当に宅配便が多く来た。夕方から冷たい雨。晩は余り物のソーセージをポトフにした。

 

 

12/6・月

ウクライナ東部に大量のロシア軍だと。関東軍特殊大演習か、はたまた南部仏印進駐か。ロシアのガスなど要りませんと抗弁できないのが悲しいね。経済逆制裁になって仕舞います。

 曇って寒い一日。太平洋側の太陽光発電はゼロだろう。早いところ日本海側の風車から送電出来るようにして貰いたいです。兎に角、暖房はエアコンを中心に、電気を沢山使う電熱系のヒーターは止めて欲しい。耐乏生活です。家人は姉さんたちと巣鴨のお地蔵さんにお参り。吾人の昼は昨夜の残り。すると午後早めの帰宅。不味いラーメン屋しか見つからなかったと。折角三人で出掛けたのに。そんな馬鹿な。入れ替わりで臨時出社。冬期講習授業料引き落としデータの送信、同教材の発注、資源ゴミの搬出(蛍光管、電池、ペットボトル、紙類)、探し物(リスニングのCD)など。五時には退社して立ち飲みBへ。ああ、移民するならベトナムだな。碑文谷で中華総菜。三品千円。帰宅は七時過ぎ。

 

 

12/5・日

 概ね晴れる。(信州では不発だったので)偶には新店を開発したくなり、隣り町の蕎麦屋に入る。天もり1050円。酒は頼めば出て来た。燗酒350円。但しメニュー表にはない。お客に飲んで欲しくないのだろう。「うちは飲み屋じゃないのだから」的な忌避感が食べ物屋さんには一定程度存在する。まあね、酒は狂い水だからね。家人にはサミットの弁当。続いて激安八百屋で大きな富有柿を購入。三個400円。ついうっかり買った大福は五個160円。甘いものは体に良くない。此れは床屋に差し入れた。年末の御挨拶である。其れにしても此の八百屋は道の駅より安い。難点は混み過ぎていること。

晩はきぬかつぎと簡単すき焼き。柿は大変甘かった。ちなみに近世に砂糖が入って来るまで、日本史上柿が一番甘い食べ物だったそう(特に干し柿)。柿の木坂、柿生、柿にちなんだ地名も多い。柿に感謝しなくてはなりません。また里芋=北限のタロイモは大変古い作物だそうで、縄文時代からあるのだと。土偶は里芋がたわわに成っている姿だという新説もある。薩摩芋やジャカルタの芋=ジャガイモとは歴史が違う。これらはアメリカ大陸からヨーロッパ経由でもたらされた。大航海時代以後のことである。

 夜は「日本沈没」。第八話。主人公たちは何とか移民交渉を進めようとアイデアを絞る。而も都内の居酒屋で。立派な和定食を食べながら。うーん、大体日本が水没するとなれば、あっという間に食料と燃料が買い貯めと売り惜しみに遭い、最終的に配給制になると思うのだが。店内は電力統制でほぼ真っ暗、酒は燃料用アルコールを薄めたもの、食べ物は御飯としらす干しと里芋の煮つけくらいしか出せませんとして欲しかった。地上波とは言え人間の暗部を描かなくてはね。ただ何となく中国に助けられるというシナリオは良い。昨今の国際情勢に反して。日中友好、更には米中友好を願ってやみません。色色と批判はあるようだけど、まあ併し良くリメイクしたね。あんな大作を。

 

 

12/4・土

 朝から「すき家」で牛丼とサラダと豚汁セット(630円)。すると何だか疲れが出て昏昏と二度寝。昼は餅焼き。須美伯母が来たので家人らには千代田鮨。晩は適当鍋と残り鮨。オミクロン株の毒性は低いとの見解も。どうなりますか。

 

 

12/3・金

 未明に大声が。降りて見るとなんとアライグマ。水を飲んでいたよう。シロとグレが共同で唸っていたけどへっちゃらだよな。吾人を見ても大して逃げない。丸丸としている。あれは何処かで餌を貰っているな。航空券は売り出し再開。一時邦人も帰国困難となるところであった。発券停止要請が出ていた。此れは国土交通省航空局の勇み足だとさ。まあね、阿倍仲麻呂や鑑真和上の頃を思えばね。大体交通機関が便利になり過ぎた。海外赴任、海外留学、ふた昔前くらいまでは身命を賭して出掛けたものである。なお南アフリカでは極めて短時間でデルタ株からオミクロン株に置き換わったという。ドウスレバイイ。

 終日晴れ。地震多し。震源富士五湖。大丈夫か。大量の瓶を出す。「信濃錦」多し。次はワイン。リンゴジュースも。昼前にシロの点滴。初めての二週間越え。元気な証拠です。家人には籐椅子が届く。1.2万円。此れはメードインインドネシア。姿勢が真っ直ぐになるそう。折角一個排出したのになあ。午後出社。今週は面談期間。小学生の二子は今月限りとなる。大手の塾に移るのだろう。大成しますかどうか。中学受験は特殊な世界だからね。一家総力戦になります。やや失意の無社長は商店街の人に誘われて与党の時局講演会へ。出て来るのは元芸能人の参議院議員だと。人生で最も無駄な時間を過ごしていると思った。ちなみに会費は五千円。二千円程度のお土産(地方の産品)を持って帰って来た。残りは党の収入になるのだろう。

結局中二の子は吾人が見ることに。二年前吾人をたびたび激昂させたやんちゃ坊主君もすっかり大人になっていた。人間が最も成長する期間であろう。ちょっと感慨深くなりながら受動態を教えた。退社後はまずBの本店へ。最後は駅前店へ。ベトナムの女の子の尊顔を拝してから帰った。流石にどちらも混んでいた。今週はよく働いた。以後ビールとお菓子と月波君から押し付けられた特捜最前線のDVD。三時前就寝。

 

 

12/2・木

 コロナ明けでアメリカは消費と投資のラッシュだと。そもそも明けてもいないのだけど。翻って本邦はリベンジ消費も大して起こらず。国民性と言うより人口構成の違いだな。年寄りはみんな結局使わない。其れに若い人には元元お金がない。ただ宅配便はラッシュだった。昨日は不動産屋からヨックモックと自家消費用の牛肉。本日は優子さんから鰻。朝は伊那ゴミの搬出。四袋。一瞬で世田谷の収集車が持って行った。

 何だか草臥れていて午後遅めの出社。すると二年前に辞めた子が戻って来ていて、今はすっかり中学二年生になっていた。此の間、転校と引っ越しを繰り返し、今は千代田区に住んでいるのだと。其処から通うの? そんな地価の高い所から? 孟母三遷ではあるまいし、つくづくよく分からない家族である。続いてY君が来る。アルバイト先が見つからないのだと。一般的には人手不足にもかかわらず。今年初めスーパーを解雇された彼である。対人サービス業は無理だろうな。そもそもの頭の状態が良くない。九時過ぎの退社。再びBへ。久久に冴さんという女の子がいた。本店から応援で回って来た。才媛である。受け答えも当意即妙。来年修士課程を出て就職するのだと。結局Y君のようなタイプは使い道がないなあ。870円。帰宅後カップ麺。

 

 

12/1・水

 未明は暴風雨プラス雷。朝には止んだ。以後晴れる。今日から師走。三回目の接種が開始。オミクロン株への効果の程は分からないらしいが、兎に角、水を撒き続けることが肝心。吾人の接種は・・・、多分五月頃か。家人はATМ前でカードを落とす。一応自分で気付き自己解決していたから、辛うじて及第点。

午後早めの出社。月初めは事務仕事多し。退社は九時過ぎ。Bに寄って帰る。1210円。夜は冷える。帰宅後冷凍焼きそば。月波君の車は出庫。オミクロン株はまた濃厚接触者の追跡からやり直し。なんか二年前に戻った感じ。

2021-11

11/30・火

 脱税容疑で理事長は結局逮捕。お札のナンバーから現ナマはリベートだと認定されたそう。「月光」の歌うたいさんも救急車を蹴って逮捕。メンタルが不調のよう。歌に呑まれたタイプだね。二十年前はテレビで見ていても鬼気迫るものがあった。南アフリカで見つかった新株はオミクロン株と命名される。ミュー株に続く危険な新種と認定。外国人客の受け入れも再び中止だと。なお感染力や毒性の強弱は不明とのこと。マスコミは早速大騒ぎをしているが、幾ら何でもデルタ株のようには流行らないだろう。ワクチンを打ったからね。湿った薪は燃えにくい。なお新棟東側にはまた新婚さんが入ると連絡があった。

 シロは二回上って来た。元気そのもの。朝の東京も一気に冷える。早速付近の清掃と伊那ゴミの整理。ロクなものを食べていないというので、昼は油淋鶏弁当。吾人はとんかつ弁当。家人も猫も歳だから遠出はますます困難となるな。午後は暖気が入る。次第に雨。晩は鰻丼。野党第一党の代表には四十七歳の人が選出。ちょっと地味。大きく育つ苗であるかは不明。こうして十一月が終わりました。

 

 

今月の備忘録

一、小田急は来春から子ども運賃を一律五十円に値下げ。塾通いの子が喜ぶな。二、一方の東急は値上げを表明。三、東はかなりの減便減車を検討していると。来春の改定から。うーむ、値上げするくらいなら減便の方がいいね。田園都市線も先の方は空気輸送だもの。急行以外は十両も要らない。大井町線(五両か六両)の方を直通させたらどうでしょう。四、生徒の祖父が亡くなる。ずっと入院していたそうだが、コロナではなかった。従って9/10の記述は間違いであった。確認が不十分でした。お詫びして訂正いたします。五、池袋の事故で被告は控訴を断念。実刑判決が出ていたので先月収監されたとのこと。須美伯母が運転を止めるきっかけとなった事故である。それにしても運転免許の返上は難しい。特に長年乗り回して来た人には。男性機能の喪失に近いものがあるのかもしれない。六、ユーチューブで装甲戦記「ドラグナー」が無料配信。中学生の時分にリアルタイムで見た。土曜の夕方だった。ジャンルとしてはロボット軍記物。ガンダムより十年あとだから、登場人物のノリが軽くなり、メカ類のリアリティーがちょっと増している。当時流行った「トップガン」の影響も。再放送も見ていないから実に三十年以上ぶりの視聴。懐かしいね。七、「溺れるナイフ」の人たちも御結婚。劇中だと同じ中学と言うことになります。八、東海の工事現場で相次ぎ事故。トンネル側面が剥離。お亡くなりになった人も出た。『日本沈没』の冒頭には、地盤の狂いが次次と出て、リニアモーター超特急の工事がなかなか進まないと言う描写がある。九、中日の投手が被害届を提出。リリーフ失敗時に酷い投稿が相次いだそう。もうツイッターは止めた方がいい。

 

今月の訃報欄

一、細木数子氏。家人が割と熱心な読者だった。此の方の下には多くの要人が集まったという。まあね、政治家にしろ経営者にしろ、決断と言うものが仕事だからね。認識は幾らでも多面的に出来るが、決断とは究極的にはやるかやらないかの二者択一。認識を断ち切ることでしか成し得ない。エイ・ヤーにはどうしても非合理的な要素が付きまとう。官僚や学者に幾ら聞いても本当の未来は分からないのだから。従って易者と言う職業が絶えることはない。今までも。此れからも。

 

 

11/29・月

 薪は絶やさないよう頑張った。よって朝から暖かい。引き続き、台所の整理等。賞味期限を遥かに過ぎた調味料の類は其のままゴミ袋に、(日がたち過ぎて)溶けかかった野菜とか何時のだか分からない冷凍御飯、麺類、肉魚などはコンポストに放り込む。バケツ一杯あった。此れは春まで解けないな。其れでも何だか分からないものが大量に滞留している。参ったね。例えば、誰のか分からない洗面具とか靴とか服とか帽子とか、壊れた家電とか・・・。此の山荘も出来て三十年。とてもじゃないが、一度や二度の整理では片付かず。

 九時から掃除等。最後に凍結防止の水抜き作業。次に来るのは三月頃である。止水栓だけで三つもある。こんなにいるものかね。実は此の山荘、半分素人が作ったそう。伯母の甥、詰まり吾人の従妹の高校の同級生さんの製作。基礎や水回りはプロにやって貰ったのだと思うけどなあ。工事は途切れ途切れで二年も掛かったらしい。うーん、色色と大丈夫かね。さてさて大量の荷物とゴミをクルマに積み込む。やっぱり小さい。日産「ノート」では。名前から言って小型車だよね。後部座席には伯母と林檎二箱と三人分の手荷物と土産物と余った食材類。更に後ろの荷物スペースには伊那のプラ資源ゴミと紙くず類(=世田谷では全て可燃ゴミ)が45リットル三袋と半分。段ボール少少、大昔の電話帳が十冊程度、大量の空いた酒瓶、古い家電でぎゅうぎゅうに。座席の足元まで使った。綺麗に乾いているから臭気等はないけど。月波君、何でもっと大きいのを借りて来ないの・・・。次は模造紙で来て欲しい。なお高速代とガソリン代として幾らか伯母が包んだよう。

 満杯に積んで十時過ぎに山を下りる。其のまま中央道へ。薄曇りの復路は伯母がいるので90キロの定速走行。山梨まで降りると紅葉もやや復活す。凡そ二時間で談合坂サービスエリア。伯母はまた野菜を買っていた。もう入らないよ。府中で高速道路を降りる。以後一般道で小一時間、川崎市中原区までやっぱりジャスト四時間。続いて拙宅まで回航。三時前には到着す。林檎以外ほぼゴミと言う大量の物品を下ろした。日本酒やワインも買いたかったが、今回は廃棄物輸送が全てに優さる。此れも伊那市の分別が厳し過ぎるというのもあるな。プラスチック、燃やしませんか。其の熱で電気と温水を作ればいいじゃない。洗うだけ面倒ですよ。第一、水も汚れる。(行政)サービスしましょうよ。

 さてさて月波君は一旦車を置いて帰ると。という訳で明るい内から慰労会。そもそも彼にとっては一昨年の五月以来の伊那行きであった。韓国焼肉でもてなす。会費九千円は吾人持ち。併し幾らも飲めないね。五時過ぎにはお開きとする。月波君は電車で帰宅。早速吾人はシロを抱きしめる。何だかよそよそしい。もう忘れているよう。続いて入浴。此の間、家人は風呂に入っていなかったと。一人だと何だか怖いそう。そんな馬鹿な。夜は冷えて来るが、信州に比べれば関東は温暖である。

 

 

11/28・日

 未明の薪入れに失敗。寝過ごした。従って朝には鎮火状態に。途端に寒い。御飯とみそ汁と塩鮭の朝食。伯母も元気になったそうなので、三人で出掛ける。まず農協の直売施設「あじーな」へ。「絵島八割蕎麦」を大量購入。続いて駒ヶ根方面に移動して、「かんてんぱぱ」の本部へ。買い物と適度な散策そして見学。併し寒天だけでよく作れたね、こんな立派な施設が。毎度のことながら感心す。再び伊那に戻る。「ヨロヅヤ」であんころ餅を購入。一個110円。安いけど、此の辺はつぶあんしかないみたい。昨日のよもぎ餅もつぶあんのみ。関東人にはやっぱりこしあんですな。さてさて昼食時間だが、ローメンの「うしお」は日曜休業。ソースカツ丼の「花紋」も休みの模様。結局蕎麦屋の「角八」に入った。どういう訳だか店内満席。面した駅前通りは誰一人として歩いてなかったのに。繁盛は結構なことだがアルバイトさんはいないよう。従っておじさんとおばさんでは満足な給仕が出来ず。野菜の天ぷら、鮪ぶつで吾人は日本酒二合。伯母には盛り蕎麦。残念ながら月波君の蕎麦までは辿り着けず。2490円で退席。今回の蕎麦運は大凶であった。ポン酢、単二の乾電池、地方新聞を買い足しながら、山荘に戻る。近所の農家で林檎の受け取り。一旦午睡。夕方日帰り温泉。鼻水止めの抗ヒスタミンを飲んだら頭がぼんやりす。残り物を集めた晩も何だか箸が進まず。月波君は八時に寝ていた。ちょっと疲れたかな。

吾人は九時まで起きて「日本沈没」第七話。愈愈脱出計画が始まる。今回は優良企業を海外に丸ごと売り渡して、社員家族工場等数百万人単位での移民を進める戦略。謂わば企業疎開である。併し途中で機密が漏れて御破算に。原作ではほぼ一億総難民となって世界へ流出していたのに対して、今回は色色と考えた感じ。SFというのは一種の思考実験だからね。でも残念ながら今はそんなに魅力的な日本の会社もないけどなあ・・・。なお「何もせんほうがいい」的な発想発言も閣僚には垣間見られた。あと二回で終わりだそう。悲惨なシーンはカットだな。十一時就寝。よく冷えている。火を絶やさないように気を付ける。

 

 

11/27・土

 昨日昼に此方に入った伯母はお疲れ気味。何でも買い物で手間取り、かなりの道のりを歩いたようなことを言っていた。伯母も八十八。最近段取りが悪くなったと申す。近近物忘れ外来を受診するそう。よく休んで。晴れているけど時折風花が舞う。県内初雪だそう。御飯とみそ汁と玉子焼きの簡単な朝食の後、吾人らは木曽方面に。何時もの神社でお参り。木曽は一段と寒そう。なお権兵衛トンネルを越えた辺りで大規模土砂崩れあり。既に対岸に仮道路が造られ、片側交互通行となっていた。夏の豪雨被害のよう。

 続いて道の駅を二軒はしご。ちなみに「木曽福島」は大きな店だが、直ぐ近くの「三岳」はほぼ地元のコンビニと化している。弁当類が充実。前者では豆腐と野菜類、後者ではいなりずしとよもぎ餅を購入。560円。適当に走り、良さげなそば屋に入る。武一という手打ちの店。ざるは二枚セットで1000円(どういう訳だか木曽では大抵二枚で出て来る)。先に出て来た天ぷら盛り合わせ(1200円)は素晴らしかったが、肝心の蕎麦は細くて既にふにゃふにゃ、水切りも甘い。そんな馬鹿な。正直、食えたもので無し。無言のまま汁につけて掻き込んだ。何でこうなるの。県外客だからだと月波君。何しろ入店時に携帯番号と居住地を書かせられた。コロナ対策で県が推奨しているやり方の模様。過剰だよな。日本酒を二つ飲んだから4400円。被害妄想かもしれないがちょっと残念だった。

再び伊那に戻る。家電量販店で子機の電池を交換。1700円。案外高い。続いて「越後屋」で馬刺しを購入。グラム900円に値上がりしている。1800円。此れも輸入馬のよう。更に「アップルランド」で晩用食材の買い出し。アルミ缶と牛乳パックだけは回収箱に入れた。買い過ぎないように努めたが牛肉を中心に凡そ五千円。「みはらしファーム」は既に冬期休業。「ニシザワ」に戻ってアルコール類と春菊。晩は伯母を交えてすき焼きを囲んだ。昨夜に続いて特捜最前線。見てくれ見ないさいと、三話も見せられた。疲れたね。なお日本シリーズもまだやっていた。神戸も寒そう。久久にセリーグの勝利。一時前就寝。

 

 

11/26・金

 引き続き晴れ。シロに早めの点滴を受けさせようと思ったが、行って見たら大行列。本日断念。留守中、具合悪くなるなよ。午後出社。六時に退社。一旦家に戻り、月波君と止めてあった車で七時出発。此方からの積み込みは籐椅子と幾らかの消耗品等。環七の混雑により高井戸で高速に乗るまで一時間弱。途中給油。レギュラーガソリン159円。以後スイスイと走る。双葉サービスエリアで休憩。遅めの晩食。豚丼(730円)。高速バスも未だに減便中の模様。金曜の夜だが閑散としていた。十一時に伊那山荘到着。大体四時間。入って見ると玄関には既にゴミの小山。ゴミ問題、事態は深刻である。続いて薪の移動。どんどんストーブに放り込む。以後軽く飲みながら、月波君が持参した「特捜最前線」特選DVDを鑑賞す。

 

 

11/25・木

 兵庫で伯父が放った火で甥が死亡。小学生の兄弟だった。伯父は妹の家族に寄寓していたという。寅さんのように気楽に出来なかったのだろう。可哀想な事件である。朝は冷えた。午後出社。其のままBへ。本日勢揃い。須々木さん、田岡さん、村田さん、高瀬さん、佑子さん。鶴木さんと市ヶ谷さんは一切姿を現さなくなって久しい。回数券のお蔭で800円しか使わず。十一時過ぎの帰宅。以後お茶漬け。月波君が車を持って来る。此の社用車で明日夜伊那に向かう予定。軽ではないが、なんか小さい車。大丈夫かね。帰りは伯母と三人乗車の積りなのだけど。更にゴミと林檎も持って帰る。

 

 

11/24・水

 日米韓で備蓄を放出し石油の値段を下げるそう。産業用は兎も角、マイカーの用事の半分は公共交通と自転車とオートバイで何とかなる。みんなクルマに乗り過ぎる。一方、耐えるだけでは駄目。此の際、太陽光で電気自動車を動かそう。一気にイノベーションを。それにしても石油ね、イラン辺りが内緒で売ってくれないのかね。友好国でしょう。

 小屋替えは成功したようだがシロはやっぱり何度も上って来た。朝から冬晴れ。家人は別のお友達と再び何とか兵衛へ。吾人の昼はレトルトカレー。午後出社。マスターさんの葬儀と偲ぶ会で無社長は二度外出。マスターさんは自宅で急にお亡くなりになった。頼れる身内もなくまた老後資金もなく、廃業後は最後のセーフティーネットだったそう。真面目に働いて来た筈なのだけどね。天ぷらと鰻のお店だった。九時前退社。其のままBへ。給料日前だな、閑散としている。ベトナムの女の子には半額寿司を差し入れ。回数券を追加購入。3700円余。十一時前帰宅。入浴後、チャーハンを作ったら失敗した。油を入れ忘れた。酔っても作れるほどの能力がなかった。

 

 

11/23・火

 それにしても今の今頃になって小選挙区制は此の国の風土風俗に合っていなかったと一部の学者さんが言っているのには驚く。曰く、あれは何処どこは何党で決まりといった地域差がはっきり出るアングロサクソンの制度で(だからスイングステートが大事)、色んな人がぐちゃぐちゃに住んでいる日本には適さないと。多党制が基本なのだから欧州本土のように比例代表制の方が良かったのだと。そういうことは、早く言ってよ。でもね、ある程度民意を強調させないことには政権交代はやはり起きない。今の制度で頑張るしかないのです。五十五年体制のように自民党プラス二分の一の万年野党でいいのなら、中選挙区や完全比例代表制の方がいいということになるけど。でもね最初から政権交代など起きないと考えるのは一種の敗北主義であろう。兎に角、もう一度。今度はもう少し上手く行く筈。

今朝の東京新聞によると、通信制中学校と言うのは関東に一つだけあるのだと(千代田区立神田一橋中学)。ただ設立趣旨は戦中戦後の混乱等で義務教育を受けられなかった人たちに学びの場を作ること。現代の不登校等には対応しないのだそう。もう少し裾野を広げて欲しいと思った。学びたくても学べない人が居るのは同じである。フリースクールとか・・・、高いんだよね。本来は地元の公立中学が面倒を見るべきなのだが。

 朝方は引っ越しして来たゴミの再分別。出した本人は不燃ゴミの積りなのだろうけど、プラ類と瓶缶がかなりある。此の程度の分別だと持って行ってくれない恐れがある。一方(粗大ゴミに近い)解体されたパイプ棚は出した直後に民間業者がそっくり持って行ってくれた。ラッキーだった。徐徐に晴れる。昼は下高井戸の「豚山」で小ラーメン(780円)。続いて小田急高架下のホームセンターを覗く。本物そっくりの人工芝が売っていた。此れはいいね。早速購入。玄関付近に敷いた。一平米1700円余。通常の数倍の価格だけどいい物はいい。国際サッカー連盟認定の工場の製作だと。こういうちょっといい物を売らないと消費が伸びないよ。ところで自転車で流していると、上品そうなお婆さんに何で銀行が休みなのですかと聞かれた。(実は取り付け騒ぎが起こりまして・・と冗談を言いたかったが)旗日です、詰まり勤労感謝の日ですと言っておいた。新嘗祭の方が分かりやすかったかな。

従妹の優子さんから早めのお歳暮。「治一郎」のバームクーヘンなど。また秋子叔母さんの高齢者医療費を二割にしたいので、不動産所得を幾らいくらに抑えて下さいとの書き添えもあった。試算によると今年は何の操作をしなくてもぐっと減ります。夕方結局優子さんと話す。吾人のスマホで。序でに家人に代わったら延延と二十分も話された。吾人の通話は五分を超えたら一分40円もするプランである。弁当一個分が消滅す。固定電話から固定はほぼ無料だったのに。モッタイナイことをしたと思った。携帯代も経費に計上しようと思った(一部は出来るみたい)。なお秋子叔母さんもかなり認知症が進んでいるらしい。ずっと面会が出来なかったからだな。姉の万代伯母とは十歳差。もう少し頑張って。晩は信濃屋の刺身他。夜は冷えて来る。シロを冬小屋に案内。例の半分ニトリ製のもの。思い切って放り込んだら案外大人しく寝ている。追加で懐炉も入れた。秋小屋は直ちに撤去。熟眠してね。詰まりもう上って来るなよ。

 

 

11/22・月

 都知事が復帰。何だか元気そう。なんだあ、辞任はガセネタか。お辞めになる理由は色色あるけどね。第五波から都民を守れなかったで、どうでしょうか。日大の理事長は逮捕を免がれたよう。背任罪は難しいそう。なお自宅からは一億の現ナマが。此方は修正申告で済むのだと。理事長は相撲部出身。研究者でも教育者でもない。医学部もある学校法人のトップのようには見えず。そもそも此の大学で体育会関係者が重用されるようになったのは、学生運動を抑え込む為だったそう。機動隊に代わって鎮圧させたのだと。楯突くような学生はとっくにすっかりいなくなったが、以後とんでもないレガシーが残ったよ。立憲民主は党首選。それにしてもまたまた野党勢は四分五裂の様相。直ぐに参議院選挙があるのにね。三回目のワクチン接種が遅れているのは、再びワクチンが足りないからだそう。三回目はそんなに大勢打たないと思うけど。兎に角、ハイリスクな人には早く打った方がいい。

日曜と旗日の谷間の平日。こういうところを何とかすればみんな勝手に旅に出るのに。未明は結構降ったが、一旦小止みに。通帳記帳。昼は料理おばさんの焼きとり丼。午後は再びの雨。結構激しく降った。晩は簡単すき焼き。グラム350円の国産切り落としを200グラム。他に木綿豆腐と一昨日残った葱とエノキ。材料費千円ちょっと。結構旨かった。マルエツは偶に旨い肉を売っている。さてさて205には漸く灯りが点いていた。凡そ半年ぶりのこと。良かった。こうして家作業をやっていて、何とも哀しいのは灯りの消えた部屋を見ることである。

 

 

11/21・日

 新聞小説「また会う日まで」第462話。焼却命令に抗して海図類は米軍に提供することに。引き取りに来た米軍軍曹を主人公である海軍少将が案内す。将官下士官を。此れが敗戦と言うことです。一方此の屈託ない若い下士官将官は自分の息子のように感じている。こういう若者が死ななくてよかったとも。此れが終戦と言うことなのです。世界中に終戦を。

どんどん曇る。家人は鎌倉へ。吾人の昼は表に出た。地元の回転寿司へ。町寿司にも行きたいけどね。拙宅周辺で三軒もあるが、入ったことがあるのは一軒のみ。日本酒二。更に「せい家」に転進。合わせて三千円程度。月波君からビールが届く。彼は何時もおんなじ。詰まらないな。夕方から小雨。晩は家人が買って来た中華総菜。ピリッとしたところがない。うま味調味料が足りないと思った。夜は「日本沈没」第六話。愈愈列島全没がつまびらかになるが、政権内では沈没派と否定派が対立して大して対策が進まず。挙句の果てに田所博士が地検の取り調べを受けることに。此の辺の描写は原作よりリアルかもしれない。未だに温暖化懐疑派とかいるものね。来週以降Dツー=国民退避計画が本格スタート。果たしてあの「何もせんほうがいい」が出て来るか。

それにしても家人は湘南新宿ラインが未だに分からない。鎌倉から横須賀線に乗ってどうして新宿に行くのか何度も聞いてくる。何遍説明しても分からない。電車が二叉に分かれるというのが理解困難のよう。目の不自由な人と横浜駅で激突して以来、東横線には乗りたくないらしい。最近は川崎や武蔵小杉や戸塚で乗り換えている。其の度に変な電車に乗ってえらい目に遭ったと言って来る。最安最短ルートが使えなくなって困っています。

 

 

11/20・土

 朝から晴れ。さてかなり遅くなって仕舞ったけど、家人と墓参り。家人が渋谷駅の状態を確認したいと宣うので32系統で参る。何しろずっと工事中である。例によって変な所で降ろされる。更にJRの南口が無くなっていて吃驚す。迷路のような通路をぐるっと回って山手線に。高田馬場西武線へ。霊園到着は十時半過ぎ。しんしんと降りしきる欅の落ち葉を掃き出し、線香も盛大に焚いた。家人と来るのはまた一年後だな。

続いて「清川」で小瓶と蕎麦休憩。すると長い踏切があっという間に鳴り始め、危うく締め切られることに。慌てて遮断棒を支えて家人を通した。西武の踏切も気が短いと思った。年寄りは死亡事故になるな。帰りは野方下車。ベテランさんが環七を飛ばして4180円。ところで最近のタクシーには変なモニターが付いていて、吾人とはまるで縁のないビジネス広告を流している。御蔭で前が見渡せない。こういうものはもっと下げて欲しいと思った。前方注視は安全確保の要諦である。

 さてさて朝抜きで、昼が盛りそばとミニミニ牛丼のセットでは足りなかった。早めの入浴の後、五時過ぎから適当鍋で飲み始める。数日前の「町中華でやろうぜ」を再生視聴。後半は碑文谷駅周辺であった。若い女性タレントさんが、見たことはあるが入ったことのない店に入ってくれていた。成程なるほど。こういう町のお店が広まることはいいことだと思った。それにしてもいざとなったら蕎麦屋や中華屋は何とかなる。実は更にハードルが高いものがある。其れは町寿司。飲み屋さんほど開放的でなく、大抵内部の様子が見えにくい。おじさんに手の届く年齢でもある吾人でも、なかなか入りづらい。是非とも探訪番組を作って欲しい。此方も絶滅が危惧されています。続いて「ブラタモリ」の糸魚川編をリアルタイム視聴。フォッサマグナが深さ数千メートルもあったとは知らなかった。十年以上前、「フォッサマグナミュージアム」に行った筈なのになぁ。あの時は青春18きっぷプラス北越急行で参ったから、着いた頃にはヘナヘナで、すっかり見落としていたのかもしれない。芥田先生にお歳暮を贈る。前例を踏襲しないで今回は永平寺朝がゆセットにした。三千円相当。旨いのかしらん。

 

 

11/19・金

 朝から晴れた。英検などはえげつない値上げをしているそう。三年で三割も。独占企業は羨ましい。オータニさんにМVP。分業化とID化が著しく進んだプロスポーツに、野球が上手くて大好きな少年が飛び込んで来た。其処が凄いのだろう。

 午後出社。無社長が嘗て懇意にしていた飲み屋さんのマスターが亡くなったそう。吾人も数回行ったことがある。併し顔は思い出せず。合掌。二子の一人は吾人が見ることになる。快活なタイプだけど中学受験に向いているかまでは判定出来ず。始終飛んだり跳ねたり取っ組み合ったりしていた。女子サッカーでやらせた方がいいかもしれないな。夕方に月食鑑賞。こういうものを見せても、矢鱈感動する子と大した関心を示さない子、はっきり分かれるから不思議である。最後は中三社会。定期テストも終わったので一般入試に向けて再び世界地理からやり直し。例によって此のクラスは何の質問も出ない。一時間半、ほぼしゃべくり漫談状態。草臥れたよ。Bに寄って帰る。980円。碑文谷のラーメン店閉店早し。需給ギャップが生じている。帰宅後カップ麺。

大変な金額のコロナ対策予算が閣議決定。凡そ五十兆。前年からの繰り越しも多いが、年間の国税収入に匹敵。第二次持続化給付金もあるよう。大貧学院も含めて、みんな群がるね。

 

 

11/18・木

 北海道でクラスター。病院と高校で。愈愈来たかな。北の方から鎌首をもたげて。うーん、施設入居者や入院患者には早めに三回目を打つべきであろう。スイカが登場して今日で二十年だそう。あっという間に私鉄組のパスネットを駆逐し、買い物等にも使えるようになる。でも未だに地方線区では使えない。早いと見るか遅いと見るか。円安と原油高でどんどん国富が流出す。換気プラス暖房の抑制で寒い冬になるな。小麦も大豆も値上がり。

 だいぶ曇る。朝はおにぎり屋。午後出社。引き続き冬期講習の検討。今回も数パーセントの値上げを敢行。額にして千円程度。政府与党は子どもに十万円配る筈だから、此の程度の値上げは許されるだろう。そもそもどのクラスもガラガラ。以前とは比較にならない少人数指導を実践している。すると中一の授業中、どういう訳だか、「三笠」の話になり、あれは日露戦争の船だよと教えてやった。軍艦の類に興味が出る年齢である。昭和の艦船はみんな壊されて仕舞った。残った船も含めて。其れが敗戦と言うものである。確か千葉の方で海防艦が一隻残っていた筈だけど、もうないのだそう。

九時過ぎの退社。Bに参る。十時過ぎには誰も居なくなる。940円。寒さのせいかな、一段と人が出ていない。駅前には歌うたいの青年が一人。熱唱しているが誰も足を止めない。お釣りの60円を投げ込もうとしたが、本当に誰も居ないのでやっぱり止めた。サクラは必要だね。十一時の帰宅。酎ハイで冷えた体を湯船に突っ込む。以後コンビニのカツサンド

 

 

11/17・水

 国は幽霊病床の解消に努めると。結局コロナ用に準備した病床の内、第五波で実際に使われたのは七割程度だと。入れなくて死んだ人は化けて出るな。それにしても医師として恥ずかしくないのかね。朝方はゴミ拾い。近所のキャンパスにも人影が戻る。学生さんがぞろぞろと。一限からあるとなると一年生かな。ちなみに近隣には(住民ならば)誰も守らない歩行者用信号機がある。みんな律儀に立ち止まっていた。初初しいね。もう十一月だけど。続いてシロを摘まみ起こして点滴に参る。昨夕はモンスター飼い主みたいな人から長電話をされて、業務が著しく停滞していたそう。獣医さんも大変だね。

午後出社。九時過ぎの退社。其のままBへ。すると皆さん、既に帰り支度。飲み時間も早くなっている。大急ぎで酎ハイ回数券でがぶ飲みす。870円。お土産として「仁勇」の一合瓶を二つ。業務用冷蔵庫の場所塞ぎになっていた。980円。製造は今年の一月だった。一輪挿しに使う予定。十一時帰宅。以後お茶漬け。やっぱり足りない。続いて菓子パンと柿の種。ところで須々木さんは会社にちょっと遅れて行ったら途端に遅刻だと怒られたという。別にラインに張り付いて働く訳でもないのに。六十代の専門技能職(建築士)ですよ。時間給のアルバイトさんのような扱い。わざわざ満員電車に乗る方が草臥れるしコロナにも罹る。よっぽど生産性が低下すると思うのだが。日本の会社はつくづく駄目だと思った。都知事に重病説が。そう言えば最近姿を見ていなかった。恐らく辞めるのだろう。従って五輪とコロナの後始末は知りません。

 

 

11/16・火

 三回目の接種を前倒しするよう。なおP社のみの予定。欧州が大変なことになっているから行政も焦り始めたらしい。二度目を打ってから半年程度で打たせるそう。でも国内の感染は極めて低いから、みんな打たないよな。酷い副反応が出た人が結構多かった。でも打たないとまた流行るか。ドウスレバイイ。十月の在職日数が一日の新人議員にも文書交通費がひと月分支払われるのだと。不合理な制度は直ぐに改めれば良かろう。わざわざ鬼の首を取ったように喧伝する維新の方が何だかおかしい。事の軽重を取り違えるのは、国が傾く時にしばしば見られる現象である。

 コップ何とかが閉幕。今回も石炭が吊るし上げに。議長国のイギリスは四割もあった石炭火力をほぼ全廃したそう。僅か十年で概ね洋上風力に置き換えたとのこと。大したものだと思った。一方の此の国は発電所の高効率化と二酸化炭素石灰石のように固めて仕舞う新技術に賭けているよう。でもね蒸気機関車を幾ら改造しても電気機関車には成りません。日本では石炭産業などとっくの昔に無くなっているのだから、此の際スパッと切れる筈なのに。またガラパゴスになるよ。ちなみにこういう国土の場合、風力は自信がない。夏に大きな台風が来るから(多分)風車が壊れる。特に太平洋側。差し当たって有望なのは太陽光と小型水力だな。雨が沢山降り、川はどんどん勝手に流れている。位置エネルギーと運動エネルギーがモッタイナイ。

やや曇る。家人と墓参りに行く予定だったが結局断念。昼は表に出た。区役所から梅が丘、下北沢を回る。旨そうな店もあったが自転車が止められない。結局茶沢通りの「丸長」で付け麵と中華丼のセット(850円)。繁盛していたけどおじいさんとおばあさんではね。ちょっと大変そう。出前の黒電話が鳴ってもほったらかし。誰か若い人が手伝って上げて。「魚孝」で刺身を買って帰宅。すると新棟の方の新婚さんも出るという。新築で入って丁度二年。更新契約には至らず。湘南方面にお引っ越しすると。余り詳しいことは書けないが、フリーランスの仕事をされており、恐らくコロナ直撃だったのだろう。此れで数十万円の減収確定。がっくりです。夕方前猫餌の買い出し。続いてシロの点滴。行って見たら三組待ち。みんなシロの嫌いな御犬様。其のまま帰った。万事すっきりしない一日。早めの入浴、早めの飲酒。

夜更けにNスぺ「EVシフトの衝撃」。世界では物凄い勢いで自動車の電動化が起きているそう。そんな中でもトヨタ内燃機関にこだわっているようだけど、水素エンジン車とかはちょっと無理そう。水素を作るにも電気がいるからね。そのまま充電した方が手っ取り早い。エンジンはいいけどね。キハ85(東海)とかキハ2000(四国)とか、乗ってて楽しい。運転したらもっと爽快だろう。それにしても此のままだとガラカーになるな。国内だけならそれでもいいだろうが、そうなると愈愈海外に売る物がなくなります。幸い都内の感染者は二十名前後。第六波が来ても、幾ら何でも一気に数千人とかにはならないだろう。

 

 

11/15・月

 飯田線が復旧。三か月掛った。御苦労様でした。なお原資は新幹線の揚がり。吾人も先月乗りましたよ。ところで新首相は聞く力を持っていますとPRするのだけど、併し此の何何の力というのも、何だか気になる表現である。音楽の力と言う言葉に対して有名ミュージシャンが反発したと聞いたことがある。曰く、音楽と力は合わないと。音楽=伝わる、音楽の力=伝える。自動詞と他動詞の違いかな。確かに後者はプロパガンダのようになって仕舞います。音楽の力は一種の同語反復になるのかなあ。では、聞く力は?

 引き続き秋晴れ。夏期のGDP大幅減。年換算で3パーセント。旅行や外食がゼロになってもそんな程度で済むのだね。但し此の値は春期と比較しての話。二年前と比較したらどうなのだろう。昼はスーパーのチキンカツでカツカレー。午後は漫然とす。暗くなった頃に環七のサミットまで行くも、魚類は無し。何時ものと全く同じ物が並んでいた。仕入れが悪いのだな。昼前に豊洲で余ったようなものを買って来て、夕方前に刺し身か切り身にすれば売れるだろうに。少なくとも立ち飲みBはそうしている。まるですっきりしないので夕方散髪。併し晩になっても食べるものがすっかりない。結局湯豆腐と先日の明太子。シロとミケはがっかりしていた。あんたさっき買いに行ったんじゃないの?みたいな顔をしていた。

 

 

11/14・日

 元皇女様らは海外へ出発。あらゆる人人が雑居するニューヨークは大変住みやすい所だと聞く。但しお金がないとね。ところで義母さんはどうなるの。今日も秋晴れ。須美伯母が日本海の蟹を買って来たというので、川崎まで取りに行く。碑文谷⇒環七⇒大岡山小学校東工大の脇⇒中原街道⇒丸子橋経由で丁度一時間。帰りは環八から中に入り適当移動。行きは梅酒と衣類、帰りは新米が混乗。乗車率100パーセントである。復路八雲の回転寿司に寄るも、生憎運転業務中。酒がないと大して食べられない。帰宅後近所でうどんを食べ直しした。中瓶付き。うーん、本当は濃いラーメンで途中給油したかった。家系以外の濃いラーメンはなかなか見つからず。それにしても二時間以上もガタガタと乗っていると(スマホゲームのやり過ぎで)凝った肩も治ったような気がする。すっきりす。運動は素晴らしい。上下動がいいよう。ジョギングをやっている人は肩が凝らないと思う。

 夜は「日本沈没」第五話。関東沈没はお台場(の放送局)辺りが沈下しただけで何となく収まる。一方避難中の家族が被災したので主人公たちは松田町方面に。幸い娘さんらは無事だったよう。まあね、地上波らしい微温的な展開。でもこんなシーンでも実際に被災した人たちは辛くて見られないだろう。終盤では東山総理が避難所を訪問。此れは天皇の仕事だよな。

 

 

11/13・土

 日本シリーズにはヤクルトとオリックスが出場。どちらも一位のチーム。まあ当たり前だけど。そろそろアメリカの真似をしたプレーオフも止めた方がいいな。昨年はやらなかったし。

 秋晴れ。朝は茹で蕎麦。近所の小学校前で古着の回収。自転車で二往復。家人が繰り返し何とか兵衛の話をするので、吾人も鮨を食べたくなった。地元の回転寿司に参るも、ガス工事の為に本日は夜営業のみだと。そんな馬鹿な。カセットコンロで頑張ろうよ。あんた、寿司屋でしょう。併しよくよく考えて見れば、そんなに寿司が食べたい訳でもない。踵を返す。暇そうなので携帯電話の店を覗く。日本中のガラケーがあと二年程度で廃止になる。家人はどうしましょう。さてさて後発キャリアーには簡単スマホの様なものはないのだそう。結局何時ものソフトバンクに。例によって色色なプランと割り引きがあって複雑怪奇。なお本体代は月月千円の支払いで凡そ四年で償却だと。四年ね。其の頃家人は九十だよ。持ち帰って検討させた。

 結局「れんげ食堂」でミニ東秀セット。半ラーメン、半炒飯、半餃子。旨くもなければ不味くもなし。亡父の言葉を借りると「ピリッとしたところがない」。ビールで流し込んだ。1001円。家人にはコンビニ弁当。ところで此の東秀って、世田谷から出た店なのだと(オリジン弁当も)。どうりで此の辺りに多いと思った。今はイオングループです。夕方に「最愛」第五話。主人公たちは高速バスで飛騨高山へ。実は此のルート、安くて結構速い。安房トンネルのお蔭である。本当は新幹線プラスワイドビューひだに乗って貰いたかった。ロケが無理かぁ。それにしても十五年前のパソコン、あんなに早く起動出来ないよね。お父さんの遺言メッセージも画質が良すぎる。もっとざらっとさせないと。ウインドウズМEかXPでしょう。晩は白菜と豚肉の炒め物他。夜は「鉄道沿線歩き旅12」。線路伝いに只管歩くという企画。今回は高崎から越後湯沢まで。サイコロ次第で列車にも乗れるが、上越の国境で出た目がゼロだったらどうする積りだったのだろう。

 

 

11/12・金

 ドイツでは再びコロナが猛威。一日数万人が罹患だと。ワクチンも効いていない模様。一方お隣りのフランスはまあまあ小康状態。此の差は何。ちょっとしたきっかけで激増するのかもしれない。

 今日も秋晴れ。家人はザギン何とか兵衛で知人と会食。吾人はクリーニング店へ参る。洗濯好きの家人だが、最近はアイロン掛けが大変そう。殊に全自動洗濯機はシワシワになるのだそう。其処で内緒で持って行った。ワイシャツ一枚二百円。二日ずつ着ているから一日百円。まあ必要経費だね。昼は並びの店の生姜焼き弁当(600円)。足りない御飯は胡瓜で補った。

午後出社。例によって模試の予約をしようと思ったら、例によって模試の会社のサーバーが落ちている。どうにも仕様がない。どんどん一杯になるから、どんどん予約が早まり、既に二か月先まで埋まり始めている。そんな馬鹿な。盆暮れの座席指定券ではあるまいし。まるで取り付け騒ぎである。続いて、中一の栄太君は親子喧嘩の末、家から出て行ったと連絡が入る。男の子にあんまり煩く言ってはいけませんとたしなめたいところだが、立場上お母さんの側に加勢せざるを得ず。本当のことが言えない。学習塾=出入り業者は辛いです。九時半退社。何時ものBへ。大塚さんとベトナムの子にコンビニのお菓子を差し入れた。すると須々木さんが久久に日高屋に行きたいと宣う。追い駆けて行ったら、既に閉店していた。十時半ラストオーダーだって。後続部隊は誰ひとり入れず。元元は朝までやっていた店なのにね。結局、外で十数分ほど待つ。腹がパンパンなった先遣隊長と途中まで帰った。十一時過ぎの帰宅。早いね。本日の飲み代、Bで870円のみ。以後コンビニのサンドイッチなど。

 神奈川県後期高齢者医療保険連合から手紙が来て、四国に転院したおじさんに対して、給付した医療費を返して欲しいと。凡そ三万円余。見たこともない振込用紙が同封されていた。解析して見ると、退院した当日分(6/28)の医療費の模様。病院に払った以外、詰まり九割分を支払えと。うーん、やっぱり保険証の切り替えが上手く行かなかった。家人が問い合わせたところ、一旦返金して、四国の方から再度給付を受けて欲しいと。うーん、やっぱりこうなった。元元嫌な予感がしたの。保険証を一日早く切り替えたのは誰やねん。転入届は6/29以降に出した筈なのに。

 

 

11/11・木

 今日も秋晴れ。十万円の給付は親の年収が960万円未満が対象だと。大体九割が給付対象になるらしい。でも子どもの人数にもよるよな。仮に子どもが三人いて、住居費がそれなりに掛かると、月月の可処分所得は僅かな金額になる。色色と細かい規定があるようだけど。いっそ全部に配った方が楽だな。また収入と所得は違う。ちなみに吾人の場合、不動産収入から経費を引くと、所得は半分ちょっとになって仕舞います。まあ、どちらにしても吾人には何の関係もないことであります。

 昼はスーパーのメンチカツと明太子。すると後者で激しくむせて仕舞う。辛い物、引っかかる物は駄目だね。午後出社。そろそろ冬期講習の検討。今年は何年かに一度回って来る長い冬休み。正月休みが七日ある。何しようか。九時過ぎの退社。Bで軽く。今日も食器類が散乱。大勢が帰った跡である。片付ける暇がなかったよう。日越の従業員女性二人組はヘロヘロ状態。人手不足である。なお本年も酎ハイ回数券を売り出していた。10杯分の料金で22杯飲める。合わせて三千円余り。十一時の帰宅。以後明太茶漬けと湯船入浴。飲んだ後は流動食である。

 話しが詰まらない人の特徴。一、話題が頻繁に逸れる。二、内容が自分の話しではない(それさっきネットのニュースで見ましたよ)。三、(相手に何の関係もない)自分の話ししかしない。四、断定口調なのでツッコミが入れられない。五、人の話に直ぐに反証する。六、同じ話の繰り返し。七、そもそもオチがない。二つ以上該当する人は注意が必要です。

 

 

11/10・水

 結局、現金は五万円、残りはクーポンで付与するのだと。アホクサ。またユアカードには段階的にポイントを付与すると。最大二万円分。新規に作った人には五千円分。健康保険証にしたり、銀行口座と紐づけるとそれぞれに七千円余。そもそも此のカード、頻繁に引っ越しをしない人には何のメリットもありません。

 次第に晴れる。午後出社。二週ぶりの中三社会。同時代の学習として、デルタ株の拡大⇒支持率低下⇒菅おろし⇒総裁選⇒臨時国会・新内閣の誕生⇒解散・総選挙⇒特別国会・第二次内閣までの流れをおさらいした。九時前退社。其のままBへ。久久に高瀬さんがいた。近況報告三分間。うーん、以後のお話しの詰まらなさは相変わらず。十時にはみんないなくなる。1460円。続いてバーIへ。他客はゼロ。小一時間ほど話して帰る。2200円。十一時半帰着。以後シロとカップ麺。寒さのせいか、やっぱり人が出ていない。

 

 

11/9・火

 子どもに掛かるお金も一様ではないので、小学、中学、高校入学前と高校卒業時に10万円ずつ支給するというのはどうでしよう。18歳までに40万円受け取れます。此れだと年間四千億円くらいの予算になります。一回ぽっきり配るよりまだいいと思うけど。いや併しそもそも此の給付策はコロナ対策、景気対策、貧困対策、一体何なのでしょう。維新と国民民主は改憲を巡って連携すると。其れが国民が望んでいることなのでしょうか。

 未明から雨。時折激しく降る。新聞小説「また会う日まで」第451話。愈愈敗戦。ただ海軍水路部は解体されず、海上保安庁に引き継がれた筈。海図や潮汐表は常に必要だからね。旧軍の流れを汲むところとしては掃海部隊も有名。B29が落とした機雷の除去も必要だったから。どちらも平和的部署かな。ところで水路部にはちょっとした思い出が。ハレー彗星の軌道を計算したとかで一般にも資料を送って貰えることになった。予め切手を貼った返信用の封筒に入って来たのは、物凄い数字の羅列。とても小学生の手に負えるものではなかった。世の中には大変な計算をしている人が居るのだと感心したものである。爾来天文の道は諦めました。先月の売電量265キロ。前年比三割増し。十月は天気が良かった。時時『波止場日記』。新刊で買ったが本体価格3600円。ちょっと高かった。

 午後には止んだ。暖気が入り外の方が暖かい。早速側溝の泥掃除。再び確定申告の準備。ちょっと所得が減り過ぎると思った。修繕費の一部を減価償却に回して本年の所得を確保する。吾人も色色と計算しているが、今は機械(=電卓とエクセル)がやってくれるから楽ですよ。昔は手作業だった。「また・・」では女学生に手伝って貰っているシーンがある。昼は茹でうどん。晩は残り物と冷凍物。鰤を焼き、鰹の刺身を食べた。一円も使わず。

 

 

11/8・月

コマーシャルでやっているが、一万円程度で癌の検診が出来るらしい。なんと尿を線虫に嗅がせるのだと。何処の癌かまでは分からないが、かなりの精度で分かるらしい。所謂医療ベンチャー系の新サービス。当然保険適用外。巧いこと保険治療とリンク出来ればいいのだろうが、こういう保険外医療が進み過ぎるとちょっと拙い気がする。もう一度、「命だけは平等だ」です。

 まあまあの晴れ。未明にシロ。此の処は三時間程度室内で寝て、夜明け前に出て行くというパターンになっている。詰まり入る時と出る時、二度起こされる。断眠酷し。本日から来日時の隔離が三日間に大幅短縮。大丈夫ですか。そもそも夏前のデルタ株だってそうやって入り込んだのだし。せめて五日は欲しい。連立与党は子どもに十万円の現金給付を、ユアナンバーカード保持者に三万円分のポイントを付与したいのだと。やっていることが益益滅茶苦茶である。大体後者は、役所に人が殺到して大混乱になる。国民をお貰いさんに貶めるようなことは断じて止めるべきである。

昼は近所の油淋鶏弁当。御飯をもっと食べたかったが胡瓜に差し替え。一本丸かじりした。午後臨時出社。漢検答案の発送。五時前には戻る。晩は残り物。更なる退去もなさそうなので、夜は確定申告の準備。粛粛とPCに向かい電卓を打つ。不動産収入は一割も減って仕舞っている。何しろ昨年は全室満室であったから、どうやっても減るか。修繕費等の経費は前年並み。また昨年の所得が増えた関係で、租税公課=個人事業税と国民健康保険料が大幅増。これらを引くと課税対象所得は三割も減ることに。予定納税した分でほぼ足りて仕舞うという試算になった。

 

 

11/7・日

 まあまあの晴れに。ぼんやりしていると106に訪問者が。日曜の朝駆け。督促系だろうな。真面目そうな住人の方は、確か飲食関係だった筈だけど。さてさて昼を食べようと中目黒まで出掛けたが該当店無し。結局大橋で「吉そば」。ばら天そば440円。掻いてないからバラなのね。何処の表現なのだろう。初めて見たよ。家人には「ライフ」の弁当。銚子のぬれ煎餅を売っていたので中量購入。さして煎餅が食べたい訳ではないがこういうものは買わないといけません。名折れであります。ちなみに此の会社、株主総会では鉄道事業からの撤退を提言されたらしい。電車がなくなった後の煎餅など誰が買うのだろう。酷い提案をする株主もいたものだと思った。午後試食。ぬれ煎の欠点は塩辛いこと。うす口でも辛すぎるね。一枚食べるのがやっと。此の時代に塩分過多は拙い。乾いた煎餅にして薄味にすればもっと売れるのではないでしょうか。誰か提案してあげて。

 晩は適当鍋を吾人が用意。夜は「日本沈没」第四話。愈愈関東が沈み始める。幸い大きな地震の前にかなりの退避が出来たよう。ちなみに1973年の映画では凄まじい地震が起きて東京は早早に壊滅す。小学生の時分にテレビで見たが、かなりのトラウマになるほどの大惨劇。まだまだ戦争や空襲の記憶が生生しい頃である。生半可なものは作れないという映画人の覚悟があったとか。どちらにしても現在の地上波では無理だろう。

 

 

11/6・土

 今日も晴れ。午前中にシロの点滴。前回から二週間。あんまり開けると獣医殿に怒られる。須美伯母が来たので伊那の相談。冬支度の為に月末には行かなくてはね。続いて飯田橋に参り、月波君と懇談。まず「蝦夷松」に行くも、何と六月から休業中だって。そんな馬鹿な。外堀通りの店も閉店したので、あのホイコーロー、どうなるのでしょう。すっかり口が濃いものを求めていたので、今更蕎麦屋等には入れない。おけいは大行列(で入れたことが無い)。「神楽坂飯店」に転進す。此処も何だか雰囲気が随分変わった。餃子にビール。食べながら喋ると途端にむせて仕舞う。(ランチメニューしかなかったので)あんかけ炒飯まで食べるともう腹がパンパンに。市ヶ谷方面に徒歩連絡。外堀通り沿いには大学が続続オープン。私大銀座だね。併し「ニュー浅草」も閉じていた。跡地はドラッグストアーに。そんなに沢山売れるのかね。ドラッグが。結局「安べえ」という食堂居酒屋に入った。某有名チェーンの新業態らしい。昼夜の通し営業。こういう方が儲かるな。レモンサワーを二杯飲んで早めのお開き。凡そ2500円。四時半には帰宅。晩は胡瓜とビールなど。

 

 

11/5・金

 良く晴れた。午後出社。漢字検定。当日キャンセル多し。人数が足りなくなる。ナナちゃんの数学を少し見たけど、ちょっと難しいな。小学校もあんまり行ってなかったらしい。地頭だけではどうにもならないのが此の算術と言うものです。数学は放棄した方がいいかな。せめて計算だけでもと考えると本人にも負荷が掛かる。潰れて仕舞っては元も子もないのです。ドウスレバイイ。ところで麾下の小中学生にも一人一台のタブレット端末が配られているが、大して役に立っているようには見えず。コンテンツが貧弱なのか、そもそもこういうものは役に立たないのかは判別出来ず。

九時半退社。まずBへ。続いて須々木さんと中華へ転進。帰宅は十二時過ぎ。日付を跨いだのは今年初めてかもしれない。二千円程度。どの店もまあまあ入っていた。此の処の都内の感染者は二十人前後。第一次大戦と第二次大戦の間、海軍軍縮条約のあった時代を海軍の休日=ネイバルホリデーと言うが、此のドクトル及びナーザルホリデーは何時まで続くのでしよう。みんなそんなことを考えながら熱心に飲んでいた。なお来週から入国制限を緩和するらしい。大丈夫かいな。

 

 

11/4・木

 日本に二年連続で化石賞だそう。可笑しいな、狭い国土に纏まって住んでいるから、そんなに沢山CО2を出しているようには思えないのだけど。でっかいSUVとかに乗っている人に出して貰いたいです。先日の事件で国領駅に緊急停止した京王線は車両のドアもホームドアも開かなかった。多くの乗客は窓から逃げていた。京王としては停車位置がずれた為に開けられなかったと説明しているらしい。なかなか臨機応変とはいかないものだと思った。北陸トンネル事故を彷彿させる。あの時は火事が起きたら直ちに止めるという規則通りにしたことが大惨事に繋がった。ワクチンを相当打った韓国でも感染拡大が止まらない。日本のデルタ株だけどうして変異して、どうして急に収まったのでしょう。ミラクルジャパンだと言って、何時まで遊んでいられるのか。うーん、分からない。

 大体晴れ。午後出社。九時半退社。其のままBへ。須々木さんと佑子さんとで閉店まで。帰宅は十一時半。以前貰った生麦酒クーポン利用で1400円。大体此れがコロナ前の普通の生活である。以後冷凍焼きそば。

 

 

11/3・水

 女性議員の数は却って減ったのだそう。一割未満に。そんな中でも与党では水田何とかなんてのも比例で当選している。男より酷い、スーパーおじさんおばさんである。仕方がないね。(中国地方の)国民が選んだのだもの。比例の順位は低かったが、余りに大勢小選挙区で受かったのでこうなったの。カブールの軍病院が襲撃され死者多数。合掌。ところでタリバンに経済官僚とかいるのだろうか。食糧の生産計画とか輸送計画とかを立てられる人物が。早くしないと国民が飢え死にする。政権奪還後のことなど何にも考えていなかったでは済まされません。コンテナ船が渋滞している影響でアメリカにクリスマス用品が届かないのだそう。当然メードインチャイナ。考えて見れば、ああいう日用品の類も中米辺りで作らせた方がいいのだろうが、なかなか難しいのだな。あの辺の国国はずっと停滞しているイメージがある。真面目な製造業で離陸しなくてはね。此の国も生糸を仰山作りましたよ。

 さてさて文化の日。晴れの特異日である。変わったところで散歩をしようと東横線に乗る。菊名横浜線。其のまま根岸へ。海沿いの道を少し戻って崖に沿って歩く。すると三渓園に。久久に来たね。多分十数年ぶり。早速展望台に上る。石油施設が眼下に広がる。良く作ったね。そしてこんなに沢山化石燃料を使っているのだね。内陸県に灯油やガソリンを運ぶタンク列車も此処から出ています。園内はまあまあの人の出。結婚式までやっていた。おめでとうございます。コロナが明けてよかったね。

本牧口から出て、目の前の回転寿司へ。鉄竜房と言うらしい。ちょっと高めの独立店。一人だけどボックス席に案内される。注文等は自動化。ビール一、日本酒小瓶一。ネタは良かったが、舎利がちょっとパサパサ。それにしても鮨屋と言うのも難しいと思った。ネタは多少は持ち越しが出来るだろうが、余った舎利はどうしているのだろう。以前何かで見た店は冷凍しておいて、たまったものを賄いオムライスにしていた。酢飯だからケチャップとも合う。いい活用方法である。

偶偶やって来た市営148系統急行横浜行きに乗る。車窓から見たけど、中華街ももの凄い人の出。在庫管理と言う点では中華の方が楽だろう。其のまま横浜駅へ。殊に桜木町からノンストップ。こうなると路線バスも速いはやい。西口に移動して、「鈴一」という立ちそば店へ。ちくわ天そば。店は大変狭いのでみんな外で食べている。青空そばである。茹で麺だけど、最近は何処も結構旨いと思った。再び東横線で帰った。三時帰着。一万五千歩。交通費900円、入園料700円、飲食費四千円弱。やっぱり一番儲かるのは立ち食いそばだな。此れは亡父の口癖。晩は冷凍餃子でも焼こうと思った。するとシロはクレクレコール。スーパーに臨時便。冷凍鰹を供した。中瓶二本。

注1・・東急バスも急行運転した方がいいね。世田谷通りから渋谷に至る路線か目黒通りで。ピーク時はバスが団子になって目に余るほど。

注2・・実はシマダヤ製らしい。スーパーでも売っているタイプ。ネット情報による。

 

 

11/2・火

 それにしても大きく議席を増やした維新はどうするのだろう。与党に付くのか、野党に付くのか。身を切る改革と言いながら、最低保障年金とかベーシックインカムとか言っている。実態は新自由主義なのだろうが表層的には方向性が見えない。そもそも党首が地方の首長では仕様がない。ひょっとして本人たちも何をしているのか分かっていないのかもしれない。

また野党候補の一本化と言っても、立民と新選組が共倒れなどと言う所も幾つかあった。共産ももっと下ろさないと。まだまだ足りないね。此の際、黒子に徹するとか、出来ないかな。左翼小児病を排して政権交代の礎になって欲しい。小選挙区になってもう四半世紀ですよ。学習効果が上がっていない。ちなみに五区に出て来た維新のお医者さんは五万票は取っていた。調子に乗ってまた出て来るだろう。そして、野党第一党の代表は敗北の責任を取って辞任。此の人は自身の選挙も正直ちょっと危なかった。人気がないのだね。誰かいい人いないのかな。野党の顔ぶれも十年前からずっと同じ。何しろずっと負けているから新星も現れず。

 まあまあ晴れ。環八のニトリまで行って、猫用のかまくらを購入。今度は四角。上手く囲えば暖かい猫小屋になるだろう。3490円。帰り掛けに「おか本」でラーメン。やっぱり旨いとんこつ醤油。それでみんなモリモリとサービスライスを食べている。どんどん食べて。産地では米が余って、もう倉に入り切らないらしい。650円。家人には「たきたて」の弁当。530円。ところで桜新町周辺は都立01系統が廃止されて寂しい限り(免許維持の為土曜の朝に一本だけは走っているよう)。01は結構走っていたのだけどね。死亡事故を出したからかな。狭隘路線だった。晩は余った物で簡単鍋。ビール850ミリ。少し気になったのは、新潟は保革伯仲なのに、北陸は自民が独占。此の差は何なのでしょう。ひょっとして新幹線? ならば北陸も変わらなくちゃ。

 

 

11/1・月

(昨夜は早く寝たので)併しよくよく見るとやっぱり与党の大勝だった。殆ど負けていない。ただ世田谷に関しては五区も六区も野党が制す。五区では現役閣僚(と言っても令外の大臣)が落選。与野党共に大物議員が結構落ちた。世代交代だね。維新は大阪だけでの勝利。立民は票が伸びず。それどころか減っていた。野党共闘は其れなりの成果はあったのだろうが、ドミノ倒し若しくはオセロ返しは起こらず。消費税半分とか、公約が出鱈目過ぎたな。共産に引っ張られたのだろう。比例の票がぐっと減ったのだそう。投票率も低いまま。選挙予測は朝日の方が合っていた。

結局のところ日本国民は自民党が大好きだということ。まあ吾人としてはどうでもいいですよ。もしも格差を是正するということになるのならば、どちらかと言えば増税される立場に近いし。国民が選んだことに対してわざわざ文句は申しません。ただ不安定な給与収入に依存する層はますます多くなるし、公助は狭くて浅いまま。此のまま行けば、戦前みたいな社会になります。其れでいいのでしようか。行き着く先は(昨夜のような)テロリズムです。其の先には・・・。

多少は晴れた。家人は鎌倉へ。205が漸く決まる。半年掛かった。ちなみに当該物件の入居者は大抵若い人で、女性の勤務先は居酒屋さんとかの飲食関係が多い。あとは窓口業務、電話営業とか。こういう人は投票には行かないよな。晩は崎陽軒で中瓶一本のみ。ほぼ休肝

 

 

2021-10

10/31・日

 朝から曇天。小地震で起こされる。起きた序にまず投票所に。今回も鉛筆持参。小選挙区比例代表の順に投票。最後に最高裁判所裁判官の国民審査。残念ながら白紙委任。それにしても此の制度もちょっと難しいな。最高裁と言っても直ぐに代わって仕舞うからね。今回は十一人も審査の対象になっている。そもそも此れは戦後アメリカから入って来た制度だと聞いたことがある。併し当の連邦最高裁にこういう審査は無し。あちらは終身制だから実はこういう制度がもっと必要かもしれない。平和憲法とともに逆輸出したいね。

 続いて牛丼Yへ。書いた傍から食べたくなった。基本的に日記には起きたことを書くのだが、稀に書いたことが起きることもある。こういうのを日記の自己成就とでも言うのかしらん。豚汁付きで632円。さてさて水曜日まで休みなのだが、何の予定も無し。新たに生えて来た西洋朝顔を引っこ抜こうかと思ったけど、何だか可哀そうなのでやめた。枯れてから取ることにしよう。という訳で録りためておいたアニメ「グラゼニ」を見る。主人公は年俸1800万円の中継ぎ投手。二十代の稼ぎとしては相当なものだがプロの世界は厳しいからね。グラウンドにはゼニが落ちているというリアリズムに野球少年のロマンチシズムが交錯する。今までにない作品。もう一度野球が見たくなるね。其の為には、名古屋ワイルドワンズ=ドラゴンズが強くなって貰わないと。

昼前から雨模様。ランチは柿だけにして、晩はオオゼキの牛肉をカセットコンロで一枚ずつ焼いた。さてさて八時から開票速報。多少はドキドキする。与党はまあまあ負けたよう。すると今度は京王線で刃物プラス放火事件。またテロである。十時には就寝。

 

今月の訃報欄・・・今月から新設(肩書は当時のものが多い)

一、鳳生大学の下森定総長。温厚な人柄で民法の講義を受けた。二、ちょっと前だけど色川大吉氏と内橋克人氏。色色と読ませて頂きました。

 

 

10/30・土

 吉野家の牛丼が値上げ。(多分)初めて400円を超える。輸入牛肉の価格高騰分を転嫁する為だと。従業員の待遇改善の為にも上げて欲しい。10円上げればアルバイトさんの時給が100円上がる。プライスリーダーが頑張らないといけません。三度目の接種は全国民が対象になるそう。量は半分でいいね。

 秋晴れ。さてさて八雲の回転寿司まで徒歩連絡。ビール一、日本酒二。更についつい近くの家系ラーメンまで腹に詰め込んだ。再び徒歩で帰る。一万三千歩。以後昏昏と午睡。晩は中瓶一本。北海道は赤潮、沖縄は軽石の被害。前者はロシアから、後者は海底火山の噴火だと。八月に入り、デルタ株の一部のゲノムが変異して、増殖能力が落ちたと学会での発表。正に神風が吹いたね。日本だけに。

 

 

10/29・金

 冬型の晴れ。薬がなくなりかけたので眼科を訪問。眼圧は右が18、左が21。視力検査と画像診断まで付いて来て、診療報酬653点。目薬は四本3180円。次は二月頃の予定。帰り掛けに瓶ビールを注文。コマーシャルでやっているような季節限定物はないのだそう。結局サッポロ赤星の中瓶にした。それにしても内科眼科の診療所は高齢者で溢れ返っていた。しかも圧倒的に女性。おじいさんは何処に行ったのでしょうか。元元医者嫌い⇒早死に、という仮説が成立するかもしれません。家人にはスーパーの弁当。食べ飽いた吾人は冷凍の焼きおにぎり他。

午後出社。何だか漫然とす。眼科の疲れが出たな。苦手な眼圧測定、左目は五回もやったので。小六も速さの授業。О君は出ていた数字を出鱈目に掛け合わせて列車の速度が三万キロだって。それじゃあ人工衛星銀河鉄道だね。典型的な分かっていない子の答えである。でも問題もいい加減。踏切を通過した特急列車の速度が160キロとなっていた。国内では許されません(新幹線のように専用線が必要)。九時退社。Bで一献。佑子さんと中華にも行ったけど、余りの混雑で一杯で退散。時間無制限になったファーストフライデーだからね。息子さんが結婚したとかで記念のお菓子を貰う。帰宅は十一時。以後カップ麺。二千円も使わなかった。

 

 

10/28・木

 朝から秋晴れ。体重も六十九に。大変拙い状態である。朝は柿半分。昼は蕎麦。東京五区から出ていたお医者さんはコロナに感染。どうして今頃。引き続き旅の反省。タオルを間違える、みどりの窓口が廃止、確かに従来ならあり得ないことが起こったよ。日本酒は二日で一升弱。ビールもそれぐらい。

 午後出社。金三万円受け取る。無社長は生徒のお父さんに御呼ばれして外出。日本橋の寿司屋だそう。ずっと休んでいた中一のナナちゃんが復帰。早速仲良しのララちゃんとガールズマシンガントーク。いや併し、例の放浪問題でジソーにも入っていたらしい。学校にも行けていない状況。せめて塾で勉強しなさいと忠言す。九時過ぎの退社。其のままBへ。ずっと前に辞めた姫田君が客として来ていた。元気そう。ただ彼は酔うと絡むからね。須々木さんと佑子さんを交えて談笑した。ビール一、ホッピー一をそろそろ飲む。1280円。売り上げは急回復しているようだけど、従業員が足りないそう。帰宅は十一時。以後湯船入浴。結局クリームパンと肉まん。第三のビール一。

 

 

10/27・水

 比較的重い曇り。庭でぼんやりしていると、頻りに此方を気にする高齢女性二人組が。てっきり猫のファンかと思ったら、「お父さんお元気ですか?」と。かくかくしかじかで三年前に亡くなりましたと応えた。まだ亡父を覚えている人が居たのかと暫し感慨にふける。すると最後に、選挙は何とか党にお願いしますと。何だあ、そういうこと。午後出社。さてさて今週から時間無制限制である。実に一年振りだとか。たちまちBに参る。併し一時間と半ほど立って飲んでいると件の呼吸障害が。這う這うの体で帰る。十一時ちょっと前。本店まで転戦して、ビール一、日本酒二、緑茶割り一の2650円。荒い呼吸に釣られて肩まで痛い。暫く断酒します。なお夜道にはやっぱり人が出ていない感じ。Bも九時を過ぎると閑散としていた。

 都知事は過労で入院。今年二回目。此の人ももう七十だもの。出世すごろくもそろそろ上がりの位置だろう。パリーグオリックスが優勝。此方も昨年最下位。北京冬季五輪まであと三か月だそう。今回も外国客は入れないそう。もう五輪もどうでもいいよね。

 

 

10/26・火

 大量の医薬品、結局一錠一滴も使わなかった。早速旅費の精算、交通費三万円以上。全て正規の運賃と料金。宿泊費二万円。飲食一万円といったところ。通常三泊分くらいの交通費を二日に、二泊分の宿泊費を一泊に叩き込んだ感じ。大名旅行であった。此れで東海、西、東、地鉄、関電、三セクも少しは潤っただろう。暫くは気分良く過ごせそう。未明は雨。朝には良く晴れた。味の濃いものが欲しくなり、昼は近所のカツカレー弁当(900円)。晩は冷凍鰻。

 朝日の情勢分析ではやっぱり与党の大勝らしい。一方の産経は結構厳しい見立てだっただけにどっち。AゾンのCМでは「めっちゃお得」を連発。此れでは駄目だ。偶にはメッチャ蕩尽、すげえ大尽しなくては。皇女様はサヨナラ会見。都内の感染者は二十人台。大体一週間で半分ずつになって来た。詰まり二の八乗分の一ぐらい。コロナの劇的減少=不思議の勝ちあり、だな。セリーグはヤクルトが征した。二年連続最下位だったのに。ドラゴンズは五位で終了。来季の監督は本命のT氏。兎に角雰囲気を変えて欲しい。

 

 

10/25・月

 四時起床。夜明け前の入浴、朝寝の後は、早速モーニング瓶ビール(850円)。そもそも旅館の朝食というのも酒の肴だよね。さてさて八時半には宿を出て、駅まで歩く。改めて見てみると、結構閉じているところも。廃墟も散見。一泊一万円からのバイキング方式の格安ホテルはクルマが沢山止まっていたが、外国人観光客がやって来ないことにはね。土曜の晩以外は埋まらないよな。次の何とかトラベルは平日限定にするようだけど。旅館業も不動産業である。稼働率を上げなくてはなりません。また上げたら上げたで人出が必要ともなる。飲食業でもある。つくづく難しい産業である。

愈愈トロッコ列車乗り場に参る。天気は生憎だが、結構来ている。何でも富山の人は格安で乗れるプランがあるのだそう。まあまあ載せて列車は出発。終点の欅平まで一時間と二十分。黒部川電源開発は大正時代に始まり、此のトンネル等は戦前の建設なのだそう。何しろ手掘りである。大変な苦労であった。また対岸には温泉管も見え隠れす。詳細は書かないが、権利の濫用を戒めた有名な大審院の判決もある。記念碑も立っているそう。民法のゼミなどは定期的に合宿をした方がいいね。

定刻に到着。早速周囲を散策。実は此処から先も線路は続いている。黒四ダムの麓まで行けるらしいが、一般利用は此処まで。勿論道を移動する自由はあるが、重装備の山人のように歩いて行くしかない。折り返しの列車に乗る。寒いくらいだから窓あり車両の方が混んでいた。ところでトロッコ=観光鉄道には違いないが、現役の作業線でもある。平日なので多数の工事列車が運行中。支線も色色とあるよう。山奥では絶えず保線工事、砂防工事、方方の修繕作業中。重機の類も分解して運ぶのだそう。バキュームカーともすれ違った(ナローゲージの車両に載るのだね)。交換設備もフル稼働。あらゆるものを鉄道で運ぶというのも今時珍しい。貨客混載の混合列車なんてのもあった。それにしても山奥の水力発電も手間が掛かると思った。眼にしただけでもざっと数百人(多分正社員)、更に奥の方では膨大な人が働いているのだろう。其れに比べれば太陽光発電などパネルを敷くだけの花見のゴザの様なものである(但しお天気次第だけど)。いや併しね、将来的にはペイしなくなるかもしれない。イノベーションと言うものは凄いからね。そうなったとき、山奥のダムは誰が守るのだろうか。(多分)観光客だな(トロッコ列車の延伸乗り入れ計画もあるそう)。という訳で、行って帰るだけの盲腸線だが、十分面白かった。

 再び地鉄電車に。こっちはすっかり人気がない。まばらに乗っていた観光客はほぼ全員が新黒部で下車。新幹線連絡駅である。吾人はもう少し旅気分を味わいたいので、電鉄黒部まで参る。北陸線黒部駅まで徒歩連絡。てくてくと歩くとガソリンスタンドみたいな建物が駅であった。町の中心部からは離れているらしく、周囲にはコンビニがあるくらい。結局何も食べられず。中華まんを肴に日本酒をラッパ飲みす。此の辺りも新幹線が走ると、第三セクターでの運営となっている。特急が無くなると、主役の消えた舞台のような寂れぶり。退避がなくなる分、普通列車は速くなり便利にはなるのだが、やっぱり華がないとね。泊で新潟側の列車に乗り換え。新型車両だがディーゼルカーが一両切り。電化設備は使わない意向のよう。直江津に交直変換のデッドセクションがあるからだろう。

天気のせいかな、日本海側のやや寂しい街並みを見ながら糸魚川には三時半に着く。少し街を散策。数年前の大火の跡には真新しい住宅が建っていた。酒屋で休憩した後、駅前の居酒屋に入る。老夫婦さんでやっておられる古い店。後客としては人のよさそうな紳士が一人、グループが一つ。久久の懇親会のよう。都内の解禁に合わせたのかな。ちなみに店内のテレビの内容は東京と同じ。関東甲信越枠なのだろう。4時45分には、都の陽性者を速報す。こんな感じだから新潟の人まで自粛していたのかもしれない。店内の会話に耳を傾けつつ、ぼんやりと飲み続け、締めのラーメンまで食べた(4300円)。

さてさて七時の列車で帰ろうと思った。店から駅まで三十秒。発車までは十分弱ある。余裕の心持ちで改札口まで歩く。すると何と此の駅にはみどりの窓口がなかった(昨年末で廃止)。新幹線の駅なのに。そんな馬鹿な。直ちにみどりの券売機に挑む。西の駅だけど、場所柄置いてあるのは東日本のタイプである。乗車券は都区内まで。特急料金が勿体ないので新幹線は大宮までにしようと思うのだが、併し何遍やっても(酔った頭では)発券出来ず。すると中から係員が出て来て、代わりにやってくれた。運賃と料金9700円。有り難いと思う反面、最初から居てくれないものかね。新幹線の駅ですよ。そんなこんなで「はくたか574号」に乗車。何だか酔いが回って呼吸が荒い。既に這う這うの体である。お茶をがぶがぶ飲むと関東に入る頃には概ね治った。長野と高崎で大量乗車。自由席は八割程度に。予定通りの大宮下車。以後湘南新宿ラインで渋谷まで。ホームも山手線と並んで来たので乗り換えも楽である。十時ちょっと過ぎには着いたよ。早速シロを捏ねくり回す。僅か三時間で糸魚川の居酒屋から都内某所に着く。はくねこに早く会うためのはくたかであった。

 

 

10/24・日

 始発の東急線に乗り、其のまま東京駅に。早速窓口に参り、富山まで高山線経由でとワンコール。続いて「ひだ3号」の指定席も見て貰う。どうも大変空いているらしい。ワイドビューと銘打った東海の特急車両は窓が広い反面、柱側に当たるとがっかりである。席番の奇数偶数で分かる人には分かるのらしいが、吾人にはよく分からない。ならば自由席でいいな。続いて6時15分の「のぞみ3号」で名古屋に参る。天気良好。発車と同時にモーニング缶ビール。あっという間に名古屋着。まあまあ乗っていたかな。指定自由とも三割程度。それにしても名古屋以西に来たのは五年振りである。

さてさて在来線特急ホームに移動する。丁度八時の長野行きが出るところ。隣りからは「南紀」も出て行った。爆煙を残して。力強く。本日乗るのは此のキハ85である。登場は1989年。此の車両も引退が近い。物凄いアメリカ製のエンジンを積んでいる。あの頃は急に円が高くなったので、海外製品を積極的に取り入れた。円高差益還元セールとか近所のダイエーでよくやっていた。懐かしい思い出である。幸いにして、二号車自由席車は一桁の乗車人数。万事結構。素晴らしい。8時43分定刻の発車。東海道を暫くは後ろ向きに走り、高山線に入るときにスイッチバックする。エンジン音。広い窓。微かに油の燃えた香り。正しく王道のディーゼル特急である。

すると岐阜から会社員二人組が乗ってくる。ガラガラなのにわざわざ吾人の前席に座る。早速通路越しに上役と何か喋っている。どうして此処に坐るかね。信じられない暴挙である。リクライニングも勝手に倒す。挙句の果てに前方のカーテンを閉めて来たので吾人も怒った。ピシャツと開けて、「前の方が空いてますよ」と怒鳴ってやった。漸く状況が分かったらしい。黙礼して出て行った。悪い人ではないのだが観察力がないな。列車に乗り慣れていないのだろう。席を取るときは、他客の位置と種類、窓と柱、日差し、山側谷側、これらを瞬時に総合的に判断する必要があるのである。さてさて邪魔者も居なくなったので、「名古屋コーチンわっぱめし」で一献。日本酒のミニボトルをラッパ飲み。

 少し車内検分に歩く。指定の五号車はほぼ無人な一方、四号車は結構乗っている。例によって指定席の売り方も出鱈目だと思った。やっぱり自由席がいいね。高山で後ろ五両を切り離し。前の三両で身軽になったが、却って遅くなった感じ。富山まで行くのは一日四本しかない。先ほどの会社員組も乗り通す模様。そんな貴重なお客を𠮟って悪かったと思った。富山到着12時半。実に四時間、「ワイドビューひだ」劇場を堪能した。ちなみに新型は電気とディーゼル併用だというから、ゴーゴォーと油煙を吹き出すことは少なくなるだろう。時代の流れとは言え残念である。

富山地方電車に乗り換え。すると待っていたのは元西武レッドアロー号。まさか此処で乗れるとはね。初代は乗ろうのろうと思っているうちに無くなって仕舞った。三十年近く前のことである。二両になってはいるが、落ち着いたいい走り。各駅に止まり、上市と言う駅でスイッチバック。どうりで何か方向性が違うと思った(此のままでは立山連峰に激突すると思った)。座席も回転させようとしたが、硬くて固くて難渋す。此の車両も五十歳以上だものね。駅の造りも古い。それにしてもね、自ら地方鉄道と名乗るなど、謙虚な会社だと思った。都会では速くもないのに高速鉄道とか、県の真ん中なので中央交通を名乗る会社があるけど。二時間近く乗って、宇奈月温泉到着。本日の移動は此処まで。汽笛一声、東京駅を朝の六時に出て、九時間近く掛かった計算。

 予約していた宿に入る。吾人としては奮発した。ウェルカム甘酒を振る舞われる。早速大浴場に。「黙浴」して下さいなどと言う表示も。新語だね。お酒を売りにしているらしく、晩食は酒肴そのもの。(吾人が泊まるような)旅館は大抵出しっぱなしなのだが、此方は一品一品出してくれた。人手が掛かるね。だから高いのかもしれない。地酒は八勺800円から。ワクチン接種証を見せれば一本サービスしてくれた。当然其れで済む訳もなく、更に二合半ほど。

飲んで食べてもう一度入浴。空いているらしく二人しかいない。露天風呂に暫し浮かぶ。そろそろと上がる。すると悲劇は起こった。なんと吾人は他人のタオルで体を拭いていた。下着に手が伸びる寸でのところで気が付いた。其の人はもう上がってくる勢い。大急ぎで元に戻し、部屋に逃げ帰った。何だか気持ちが悪いので、新しいタオルでもう一度入浴。間違えた方は其れでいいが、間違えられた方はどうなる。此の場を借りてお詫び申し上げます。それにしてもね、浴衣もタオルも全く同じ。間違えやすいよな。いいですか、間違えるということは、間違えられるということです。例えば籠の置き方を特徴的にするとか、何らかの対策が必要だと思った。関係各位に注意喚起いたします。十時就寝。

 

 

10/23・土

 朝には晴れた。まずシロの点滴。雨上がりの土曜なのでエライ混雑。前客は十九歳のおばあさん猫。点滴プラス流動食。体重は一キロ半だと。介護の段階だな。十一歳のシロなどまだまだ青雲の志の年齢である。昼は「ホーチャン」でミニカレーセット。食べ足りないので「世田パン」でカレーパンなど。北風強し。午後は色色と旅支度。と言っても一泊だから専ら薬の選定が主である。目薬、胃薬、鼻薬、塗り薬、気管支拡張剤、血圧サプリ・・・。切りがないね。

 

 

10/22・金

 朝から冷たい小雨。203はもう居なくなっていた。此の部屋は八年前にリニューアル済み。まあまあきれい。其のまま貸せるだろう。併し八年あっという間だね。火災警報機の電池交換が必要。昼は近所の弁当。午後出社。生徒の体調不良多し。生徒より先生の方が多くなる時間帯もあった。八時には立ち飲みB。九時には帰る。1360円。夜は再び小雨。203の修繕見積もり書がスマホに送られてくる。早いね。今週からラインでの遣り取りにした。電話も郵便も大幅削減。なおサッシの鍵が破損脱落。此れの修理に約一万円だそう。

 夜更けに漸く宿を予約する。予約して何処かに出掛けるのは、三年近く前に鹿教湯温泉に行った以来。殊に此の二年近くは都内に雪隠詰め。何だか旅の仕方も忘れたよ。従って碌なことを考えない。急にコロナになるとか、乗った列車が脱線するとか、泊まったホテルが火事になるとか。あり得ないことばかり考えて仕舞います。

 

 

10/21・木

 IT分野で乗り遅れたのは何となく分かる。天才プログラマーみたいな人は相当変わっているから、英語や数学が満遍なく出来るとは限らない。性格も尖がっているから、小中高と進む内にドロップアウトして仕舞い、大学まで辿り着けない。従って色色と発明する前に人知れずに潰れて仕舞っているような気がする。残念です。

 大体晴れる。何だか急に寒くなったので猫小屋の再整備と羽毛布団出し。午後出社。日も陰る。すっかり晩秋若しくは初冬の雰囲気。夏のエクストラボーナスのような時季が続いた分、此の寒さはきつい。精神的にもがっくり来るね。体調不良の生徒多し。一人はワクチン副反応、他は風邪気味かな。九時過ぎの退社。碑文谷で中華総菜(500円)。宿の予約を取ろうと思うのだが、そうすると予約が吾人を拘束する。拘束されない為に旅に出るという趣旨に反する。毎回其の狭間で悩むのである。

 

 

10/20・水

 良く晴れた。たっぷりの陽の光。太陽光発電もたっぷり。今冬はまたLNGが足りなくなるとの指摘も。せっせと発電しなくてはならないな。そうでなければ、燃料代と電気代が上昇す。益益国富が二酸化炭素となって流出す。なお選挙戦では三十年近くも此の国の一般賃金が上がっていないことが話題になっている。成長が足りないのか、分配が足りないのか。もはやどっちがどっちだか分からなくなっているなあ。ただ、ある所にはある、と言うのは確かなことであります。なお小選挙区に関しては、割と概ね与野党対決の構図になって来ているのだが、大阪の党が矢鱈と都内にも候補者を立てている。無理だと思うけど。どうしてこんなことをするのでしょう。

 家人は大病院で検査結果聞き。昼は一昨日のカツを丼にした。他は冬支度。ファンヒーターをガス栓を繋ぎ、ホットカーペットと加湿器を登場させる。午後出社。中三社会は新しい人権など。新しいと言われても既に古い。此の辺が変わらないからずっと停滞しているのかなあ。八時頃から無社長と一献傾ける。ちなみに此の店は現役生徒の親御さんのところ。協力金では儲かった質だろうが、今後お客が戻るかどうか心配されていた。確かに人が歩いていないよな。特に若者の飲み離れが一層進みそう。家で飲んでも楽しくないけど、そもそも若い人は飲まないからね。なおリバウンド防止期間は日曜で終了の見込み。帰宅は九時過ぎ。湯船入浴。以後昨日の竹輪麩など。夜は冷えた。

 

 

10/19・火

 朝から眼鏡のツルが外れる。幸いすぐに直せたけど、予備眼鏡って何処にやったっけ。防災上は用意しておかなくはならない。漸く粗大ゴミの搬出。衆議院選が公示。例によって放送法公職選挙法の関係でテレビラジオは何も言えなくなる。元元大したことは言ってなかったけど。何時からこんな感じになったのだろう。

 大体曇る。猫用の暖かい用品がないか旧ダイエー碑文谷まで探しに行ったが該当品無し。外猫だものな。自前で作るしかないね。折角此処まで来たので、ちょっと足を延ばして二週連続で「よりみち」で立ちそば。寒い日に外で食べると余計に旨い。晩はおでんにした。市販の種物セットに竹輪麩を追加。関東のおでんには此れが入らないとね。ちなみにちくわぶはワードでは一発変換出来ませんでした。夜は雨。松坂投手が引退。殊に文化放送は大騒ぎしていた。元中日の選手でもあります。

 

 

10/18・月

 朝から晴れた。冬型だね。再び無分別のゴミが三つもある。直ちに仕分けて見る。するとガス料金の督促状が。203の引っ越しゴミであった。こういう人には敷金は返金出来ません。増して二年で出られてはね。他は葦簀の片付け、猫小屋を増強。家人はインフルエンザのワクチン接種。今年は2500円取られたそう。昼は表に出たけど該当店無し。結局韓国料理屋のビビンバ丼。家人には鶏焼き弁当。何故かパン屋で売っていた。而も400円。但し袋代として一円掛かった。一円玉がない時はどうなるの。ぼんやりしているともう暗い。三丁目の肉屋でとんかつを揚げて貰う。一枚400円。並びの店でザキヤマの食パンとバナナ。今日は大手系の店に行かなかった。

 K氏は方方に挨拶回り。愈愈来週御成婚。一切の行事もなく、其のままニューヨークへ旅立つと。皇女様は持参金も拒否されたと言う。よっぽど家を出たかったのだろう。色色と辛かったのだな。それにしても地縁、血縁のない海外で独立採算の生活。幾ら弁護士の給料が高いとはいえ、ニューヨークは物価も高い(多分とんかつが一枚1500円くらい)。心配は尽きないね。それにしてもね、K氏にとっては大きな見込み違いなのだろう。大きな家に取り入ろうと思ったら、あべこべに縋りつかれたのだから。つくづく人生とはそういうものかも。

 

 

10/17・日

 アフガニスタンや北の国は人道上の危機だと言う。穀物だけでも送ってやれないものかね。日本の余り米は涙米となって感謝されるだろうし。一方コロナは再びロシアで拡大。スプートニクという国産ワクチンがあるが、みんな怪しんで打たないのだそう。

 朝方は中風。以後雨。一気に冷える。秋だね。小間切れを買って来て、昼は豚南蛮そば。午後はドラマ「最愛」。過去と現在が絡むラブアンドミステリーは夜ドラマの鉄板ネタかな。十五年前のシーンではガラケーが活躍。併しね、出て来たタクシーは新しいし、北陸に新幹線があるかのような科白回し。細かい所が詰められていない。元元がフィクションなのだからこういう所のリアリティーは強化して欲しいものである。夕方には降り止んだ。晩は初鍋物。夜は「日本沈没」第二話。いや併し、原作テイストを漂わすのは田所博士のみ。フィクサーも出て来ない。小野寺=藤岡弘役は若手官僚さんに移行。其の分、役所や官邸の内幕劇が細かく描写されている。データ捏造等の話は生生しい。1973年の映画と別物として見れば、此れはこれで面白い。

 

 

10/16・土

 中日の監督も代わるようだけど、何しろあの戦力ではね。未完の大器ばかりです。人材育成に問題があるのでしようか。国内でお亡くなりになった方は一万八千に到達。都内の感染者は二けたに落ち着く。やはりМ社のワクチンは心筋炎を起こす確率が高いと。若い男性にはP社を推奨するようになる。ちょっと今更感があるな。もう半分以上打って仕舞ったのだし。

 概ね曇る。昼は地元の大型回転寿司店へ。早速ビールと日本酒を。こういうところのお酒も全て半年前の製造となっている。如何に此の間、経済が停滞していたか。早く一掃しなくては。三合飲んだよ。家人と須美伯母には持ち帰り。ちょっと昼寝をしたつもりがもう真っ暗。何しろ此の数日の断眠が酷かった。晩は家人の焼きそば。

 

 

10/15・金

 各党とも給付金の多寡を競っているようだけど、あれはあくまでも一時金だからね。所謂ばら撒きです。もっと根本的な所を考えなくては。低年金の高齢者に給付(=実質的には消費税の還付)するとか、私学助成を拡大して学費を下げるとか、都市部で働く所得のあんまり多くない層の家賃を補助するとか、毎年二兆円から三兆円で結構出来ることがあります。高雄でビル火災。住人が多数犠牲に。古い建物は危ない。増して商住混在だと。

 大体晴れる。家人は風邪気味。まさか軽症化したコロナでは。何度もシロに起こされたので朝から横になりたい気分。午睡の後、出社。九時過ぎまでずっと授業。中三社会は、政治と国会。未知の事態に対応するのが政治と言うもの。勿論過ちもあるでしょう。そういう時に直ぐに謝ることが出来るのが民主国家と言うものなのですと講義した。併し退社後も誰にも会えず、何にも買えず。碑文谷周辺、ラーメン一杯食べさせて貰えず。腹も心も満たされず。早く此のバカげた統制経済が終わって欲しい。帰宅後、家人に豚肉を焼いて貰った。

 

 

10/14・木

 衆議院が解散。任期満了を超えての総選挙は戦後初だとか。野党は時限的に消費税を下げることを公約に。ちょっと難しいな。現実的には外食を8パーセントにするぐらいだろう。酒も含めて恒常的に。そもそも既に酒税も払っているのだし。なお候補の一本化はかなり進んだよう。それにしても新首相の印象は薄い。何しろ政権は獲得したものではなく禅譲に近い形だったからね。党内多方面への配慮が見られ過ぎる。

 次第に晴れる。朝はおにぎり屋。家人は大病院で(意味なし)検査。さてさて計画は立つにはたったが、問題はお天気。良さそうな二日間を探して出掛けようと思う。従って宿は前日予約、切符は当日購入である。午後出社。中一の栄太君は成績が下がってお母さんに怒られたそう。塾のせいにされても困るが、大体スマホ中毒だよね。小六から此の時期くらいが一番良くない。大抵中三までには直るのだけど。九時過ぎの退社。タワマン広場には人跡無し。其のまま帰宅。碑文谷の中華屋でチャーハンと鶏と胡瓜の和え物。500円。魚角も無くなったよう。夜はやっぱり人が出ていない。九時閉店のリバウンド防止期間は今月の24日までだそう。夜のニュースには何と九人も党首が出ている。N党まで。政党要件を満たすのだね。党首以外殆どが逃散して仕舞った社民党も。

 

 

10/13・水

 リニア工事では愈愈都心部のシールドマシーンを動かすのだと。道路の工事で陥没被害が出た工法である。新幹線の揚がりがこうして無謀な計画に注ぎ込まれる。四国九州北海道の赤字が一瞬で埋まり、切れた線路も直ぐに直せるぐらいの膨大なお金がね。それにしても大枚積んで貫通出来ればいいが、そうでなければもんじゅのようになるな。

 朝から冷たい雨。そろそろ何処かに出掛けようと思った。出来れば何とかトラベルが始まる前に。午前中は時刻表を色色と捏ね繰り回す。昼前になった。炊飯器を開けると謎の御飯がある。何時炊いたのだっけ。多分金曜と言うことになる。一合ほど廃棄するしかなかった。午後出社。二子の女の子はことあるごとにつかみ合いの喧嘩になる。結局別別に見ることに。どうしてこうなるの。中三社会、満洲事変から冷戦まで。話したいことは山ほどあるけど、中学生の学習内容には収まらず。

八時退社。まずBに参る(1850円)。雨模様なので九時には解散。仕方なくIを覗く。正正堂堂と半開きシャッターで営業中。実に半年ぶりに中に入る。例によって井満さんがいた。元気だね、此の人も。あらゆる労働から解放されているからかな。店主によると出入りのお客も含めてコロナ被害はなかったという。うーむ、真っ先に流行りそうなのだけど。絶えず口から食道、胃への流れがあるから、案外飲み屋では移らないのかもしれない。常時うがいをしているようなものだから。すると何とあっという間に満席に。ライバル店が閉まっているだけに却って儲かっているなあ。吾人の隣りにも妙齢女性二人組。鼻の下と羽をのばしたいところだったが、いくらワクチン接種済みとは言え、危ないあぶない。二杯だけ飲んで退出した(2200円=店主への奉杯含む)。帰宅は十時。以後湯船入浴。

 

 

10/12・火

 新首相はキャピタルゲインへの課税強化は諦めたよう。税率20パーセント、金融所得だけで二兆ちょっとの税収だと言うから、25にすれば数千億円が入って来るのにね。大半が株か投資信託だろう。庶民の銀行預金や郵貯金利はそもそもゼロだからあんまり関係がない。格差是正のチャンスだった。残念です。

 朝から曇る。少しは変わった朝飯を食べようと思った。環七を東へ。目黒区に入った辺りのそば屋に入る。併し此処は謎の店である。まず屋号が分からない(二つある)。駅から遠いけど立ちそば。而も大抵昼過ぎには閉まっている。此の辺だけ歩道と街路樹が厚くなっており車道からも見えにくい。漸く吾人も初入店に漕ぎつけた。お客さんは其れなりに多く、茹で麺だけど旨かった。かき揚げそば400円。父子でやられているよう。環七のオアシスだね。また来ますよ。龍雲寺のスーパーに寄って帰って一時間半。亡父にクリームパンを買って帰るという夢を見たので、其の通りにした。早速仏壇に供える。次第に雨降り。こうして夏日は終了。お向かいの奥さんからお菓子を頂戴す。先日の地震の際、ガスを復旧させた返礼品。午後は漫然とす。晩は鰤の照り焼きなど。

 ところで幹線道路を走っていると全速力の電動自転車にしばしば遭遇した。大半が女性。訪問介護所のものかなあ。相当急いでいる。もう少しダイヤを工夫して余裕のあるものに出来ないものかね。甲府の殺人放火事件で少年が出頭。山梨は人口の割に酷い事件が多い気がする。

 

 

10/11・月

 元元赤かったのに、黒い平日に戻った日。何でこんなことをするのだろう。野党の公約に国民の祝日を倍増させますというのを入れるべきである。休日をばら撒くだけなら国の財布も痛まない。最も簡単なポピュリズムである。今日も暑い。夏だね。今朝は久久に線香を焚かせた。本日四回忌。昼は「たきたて」の弁当。需要が回復したとかで原油価格は上昇。一方米価は下落中。もっと牛丼、回転寿司、弁当を食べないと。午後は領収書の整理。今年は収入が減って経費が増えている。一部は来年に付け替えようと思った。暗くなる頃にシロの点滴。二週ぶり。最近は元気そのもの。併し慢性疾患が良くなることはないので出来れば週一で来て下さいとのこと。

 財務次官殿が寄せた論文が話題となっている。国の財政は既にタイタニックだと。まあね、立場上色色と心配している気持ちは分かるけど、企業や家計と国は違うからね。一般に思われている程には実は悪くないというのが落としどころかな。何しろ(中央銀行も政府の一部と考えると)通貨発行権があるからね。勿論ばら撒きは宜しくないです。大体コロナも終わりでしょうが。

 

 

10/10・日

 シログレシロの順に明るくなるまで起こされ続ける。猫を飼うということは辛いことです。今日も暑い。さてさて少しは出掛ける。まず駅に参り、東急メトロパスを購入。折角なので磁気紙ではなく手元のIC券に載せようと思った。するとベッチョリ印字される。こういうことなのね。案外アナログ。折角の記念パスモが台無しということに。此れって擦れば消えるのだっけ。気を取り直してまずは神保町へ。「豚山」でミニラーメン(730円)。此処はジェネリック二郎系ラーメンの店。最近増えている。行列無しと言うのがいいね。続いて三省堂で半年前に買いそびれた教科書を購入。此れだけでは利益にならないので、中公新書の『荘園』と『百間、まだ死なざるや』も購入。四谷に移動してBの支店に顔を出す。幸い本店から異動した畑山君がいた。少しお話しして、最終的には飯田橋で月波君。彼と会うのも昨年の一月以来のことである。客乃間君も誘ったけど低反応。ずっと在宅勤務で何だかネガティブになっている模様。

さてさて取り敢えず近くの「金星」という焼きトン店に。まずは近況報告から。彼は介護法人に勤めている。此処だけの話し、ワクチン接種後に体調が急変してお亡くなりになった方が複数出たと。うーん、副反応だな。あちこち体が弱っている人に対しては薬剤の量が多すぎる。あるいは二度も要らないのだと思った。続いて神楽坂方面へ。彼の案内で歩く。色色と馴染みの店が無くなっていた。結局、鶴という立ち飲み屋へ。併し此処は狭い二階の店。店内は満席。窓はあっても開かない。秋刀魚を焼いて貰ったら煙がもうもうと立ち込めた。換気、中でも吸気が悪い店だと思った。もう少し考えないといけないな。一時間半ほどで退出。月波君はもっと飲みたいようだったけど、這う這うの体で地下鉄で帰る。帰宅は六時。以後夕寝と入浴。一万三千歩。飲食費概算七千円。

夜は新作ドラマ「日本沈没」。原作とはだいぶ変わっている。CО2を出さない夢の物質(=メタンハイドレートみたいなもの)を掘り出そうとしたら、あべこべに関東が水没するという設定らしい。元元の日本沈没は世界中で日本だけが沈没するという一種の不条理劇。完全リメイクは難しいのかな。2006年の映画のようにならないといいけど。それにしても数時間経っても鼻の奥がちょっと煙い。どちらの店も禁煙になっていなかった。あれはザル条例だった模様。其れに変な体勢で飲んでいたから背中も痛い。外で飲むのも楽じゃないね。東日本の変電所が爆発火災。広範囲に止まっていた。年がら年中こんなことが起こる。此の会社もガバナンスがなっていない。電気に詳しい人はみんな辞めて仕舞ったのだろう。もう不動産業だから。

 

 

10/9・土

 そんなに飲んでないのだけど明け方に逆流。アジャパー。飲み合わせが悪かったらしい。でも心は元気です。曇っても暑い。九月の売電量206キロ。前年並み。不動産屋からは次次と書面が。割り印までして返送す。ああ面倒臭い。何とかならないのかねこういうものも。

昼は仙台牛タン弁当。207入居。一応挨拶す。世田谷は家庭ゴミが無料と聞いて驚いていた。二十三区のメリットって此れぐらいだよな。区としては本当は有料にしたいのだろうけど、そんなことをすると世の中が滅茶苦茶になります。すると今度は203が退出すると連絡が。一入一出だね。一方、十五年止めた方からは挨拶される。此れから出庫するのだと。二代に渡ってワーゲンを止めていた。駐車場で挨拶されるなど異例である。此方こそありがとうございました。お菓子は仏壇に供えた。晩は家人のお好み焼き。中瓶二本。

 都内に感染はついに二桁に。昨年六月以来のことだと。そんな中、新首相は医療関係者と懇談。公立病院を率先してコロナ病院化させなければならないと。うーむ、第五波の前にそうして貰いたかった。それにしても東京が医療崩壊した八月、閣議ではどんな内容が話されていたのだろうか。国民としては知る義務がある。議事録って、公開されるのだっけ。須美伯母は伊那に行っていた。あずさで行ったけど、飯田線の辰野伊那新町間がバス代行。而も渡った先には列車はおらず、エライ目に遭ったそう。ダイヤは組み直さないのだね。

 

 

10/8・金

 朝になっても一部のJRは動けず。日暮里ライナーは脱輪=脱線。乗客も負傷したという。足立区は五強の揺れだった。今日こそテレワークとリモート授業を。接種率が八割にも及ぶシンガポールでもデルタ株が猛威。一旦爆発しないことには収束しないのかもしれない。それにしても日本の減少ぶりは世界が不思議がるほど。

 朝は資源ゴミの整理。通帳記帳の序でに小型家電の供出。職場からはハードディスクとフロッピーリーダーのようなもの、拙宅からはフィルムカメラ二とテレビのリモコン。回収対象ではないみたいだけど堂堂と放り込んだ。此れはもっと集めろというメッセージです。再び夏日に。昼は盛り蕎麦。所信表明を聞きながらうつらうつら。以後出社。不眠と断眠で何だかヘナヘナす。八時過ぎの退社。其のままBへ。村田さん、須々木さんと佑子さん。ミキさんがいたので天ぷらが自動で出て来た。揚げたては久久だね。1510円。続いてタワマン三階の隠れ家的休憩スペースで十時まで。自民党でいいと言う須々木さんに村田さんはちょこっと気色ばんでいた。少なくとも与野党伯仲させないとね。帰宅後シャワー入浴。よく体を洗う。

 

 

10/7・木

 中日では山井、藤井両ベテランが引退。他にも大量解雇らしいが、もう知っている選手が殆どいない。監督はどうなるのでしょう。日大には逮捕者が。魑魅魍魎の理事連中が食い物にしている。貴重な学費を。インフルエンザが今季大流行すると学会が警告。ホンマですか。みんな此れだけ気を付けているのに。流行らない方に50円。

四時までぐっすり。アルコールプラス無駄話ですっきりとした目覚めである。模試の予約は漸く取れた。既に満席の会場多数。大体曇る。朝は冷凍うどん。遅めの昼は同じ番地の弁当。ホッケ焼き弁当600円。ちょっと魚が大き過ぎる。元元は豊洲直送をうたった食堂居酒屋だからかな。併し酒を飲む訳ではないので昼は軽い肉系が丁度いいです。午後出社。九時過ぎの退社。須々木さんと佑子さんに誘われてタワマン広場で一献。例によって十時過ぎの解散。其のまま帰宅。シャワー入浴していると、下からズドンと来た。震度五弱程度。直下型。直ちに点検に出動。ガスの停止多数。一つひとつ復帰させた。新型のメーターは光らないのだね。遠目では分からないので難渋した。続いて拙宅内も確認す。多少本が崩れていた。あの日以来かな。十年前とは書物の量も違うけど。結局十二時前にカップ麺。

 

 

10/6・水

 各社内閣支持率は低めに出た模様。地味な総理だからね。幹事長人事が炎上し始めたが、此のまま何事もなく総選挙を迎えたいのだろう。盛り上がらない方が与党有利である。全国の感染者も一日千人程度。飲み薬もそろそろ出来るそう。

今日も夏日近い。午後出社。小学生の兄弟も復帰。麾下の中学校も修学旅行を再開したとのこと。模擬試験の申し込みをせねばならないのだが、受付開始直後にアクセスしても一向に繋がらず。此れでは丸でワクチン予約だと思った。何だか今年は座席数を絞っているらしく希望のところがなかなか取れない。中三社会を挟んで八時までやっても出来なかった。ネットって何なのでしょう。其のままBへ。須々木さん、村田さん、田岡さんと妹さん。1800円。九時退店。当然飲み足りないのでコンビニ⇒タワマン広場へ。十時過ぎに警備員に追い出されるまで飲んだ。妹さんは今度プラモデル酒場を開くのだと。予想外の告知にちょっと驚く。プラモって苦手なんだよね。巡洋艦は勿論、駆逐艦クラスも作れた試しがない。現在の造船技術ならば輸送艦くらいなら何とかなるかしら。

 

 

10/5・火

 今日も真夏日近く。少し何処かに出掛けたい。偶には田園都市線に乗りたい。当然8500系に。併し今ではぐっと本数を減らして、出鱈目に行って乗れる状況ではなくなっている。幸い車両運用を調べて載せているサイトがあった。本日は三編成が出庫中の模様。見当をつけて駅に参る。九時半過ぎの中央林間行きに乗車。此れは各駅停車。ぐるぐる回る扇風機、唸りを上げるモーター。換気の為に窓が開けてあるからなおいいね。撮り鉄もチラホラ。ストップゴーを堪能す。中学時代は渋谷の塾に通う為に週三回、高校時代は週に六回、大学に上がった後は週に四回くらいか。ずっとずっと乗って来た此の車両もあと僅か。愈愈吾人から青春的な何かが完全になくなるな。

終点の一つ手前で下車。適当に歩く。何もなさそうな住宅街だったが、横浜水道緑道というものがあり適度な散歩になった。東林間に着く。さてさて昼飯にはちょっと早かった。何かいい蕎麦屋がないか検索する。知月庵と言う店がよさそう。更に二キロほど歩く。行って見ると、緑地の縁にある店。隠れ家だね。此れは大当たりかと思ったが、併し例によって「本日は御予約のみとさせていただきます」との掲示。やっぱりね。どうせこんなことだろうと思った。気が付くと此処は既に中央林間。駅前の「増田屋」に入る。もうヘナヘナである。早速瓶ビール。酒も安いし、つまみも豊富。素直にいい店だと思った。但しこういう店の難点は昼になると混むと言うところ。暫くすると働いている人が押し寄せる。皆さんはサラメシ。吾人は朝昼酒。スイマセン。正午前からの三四十分は大人しくしていた。客が減ると飲酒も再開。

帰りも8500系を狙おうと思った。すると14時丁度に出る急行がある。日本酒を追加して待つことにした。それにしても、山ほど走る通勤線でも車種を絞ると実に一二時間に一本程度。此れは正しくローカル線である。汽車待ちの間に蕎麦屋でアルコール。乗り鉄、飲み鉄の旅だと思った。そろそろもっと遠出をしたい。乗りたい列車は幾つもある。ビール一、日本酒二、牛すじ煮と揚げ出し豆腐、もりそばで3050円。弁当を買って乗車。車端部に腰掛ける。矢張り急行の音は凄い。満喫した。さようなら8500系。引退まであと半年程度かな。最後は大変なことになるな。一万三千歩。午睡の後、今晩こそは崎陽軒

 昨日の本音のコラムに落選した院長のことが書いてあった。もう何度も出ているのだそう。政治信条はちょっと拙いと思った。まあね、でもそういう篤志家でなければ、コロナ治療もままならなかったということかしらん。何もしない人が多かったから。右だろうと左だろうとコロナを診るのがいい医者です。

 

 

10/4・月

 院長は大差で落選した模様。そりゃそうだよな。ちなみに拙宅のある東京五区にもお医者さんが出て来るよう。維新の新人で。小選挙区なのに。当選可能性はほぼゼロ。それでも出たくなるのかしらん。新内閣が発足。人事は論功行賞、派閥重視。次の選挙で多少負けて、直ぐに改造する積りなのだろう。言わば肉を切らせる戦略。野党としては骨まで切りたいところだけど。和歌山市で水道橋が落ちて大規模断水。エライことです。

 今日も晴れて相当暑い。家人は鎌倉の伯母さんのところへ。凡そ数か月ぶり。朝方は芙蓉の剪定。切って畳んでも70リットルの袋にはまだまだ余裕がある。丁度家人も居ないので不用品のハンティング。変色したような古いタッパー類を大量処分した。昼は冷凍うどん。夕方家人帰宅。てっきり崎陽軒の弁当かと思ったら、何時ものスーパーの何時もの天ぷらとから揚げ。また此れですかあ。

 夜に首相会見。分配を重視した新しい資本主義を提唱(其の昔、新しい公共を訴えた方もいたけど)。なお総選挙は今月末だと。予算委員会は無しの模様。大急ぎだね。一方、夜のニュース番組にも大物フリーキャスターが就任。四十代の地味目な局アナではなかなか務まらなかったらしい。但し公共放送出身者はアドリブが利かないという評判も。民放で主役を張れるかどうか。ちなみに此の番組の開祖、クメール卿は当時四十一か二。若かったね。そして尖っていた。当時と比べると、テレビでは喋れないことが大変多くなっているのだろう。

 

 

10/3・日

 未明は日記の整理。今日も快晴。まずは散乱した発泡スチロールの清掃から。風で飛んでクルマに踏まれ、一片が万粒に。箒で掃いたけど全ては集められず。うーん、海に流れるな。今朝の新聞はミナマタ特集。戦後の悲劇を二つ上げろと言われれば、一つは東日本大震災原発事故、そしてもう一つは水俣病である。政府は責任を果たしたとは言えない状況。当時も今も。此れだけを取ってみても、自民党が政権にあり続ける資格はないと考える。

さてさて少し出歩こうと思った。まず八雲まで徒歩移動。併し回転寿司は回転前。もうひと駅歩き、自由が丘へ。結局「ぎょしん」に入った。早速モーニングビール。此の店は都立大学にもあるが、ちょっと様子が違う。ランチサービスの丼物を食べている人は少なく、割と高いネタが捌けている。九時方向の母娘は塾帰り。お母さんは少量飲酒。二時方向の感じのいい若いカップルはコーラを分けていた。ひと駅、一キロほどで別の街だと思った。日本酒二。三千円余。更に博多ラーメン屋に入る。酔っていたのかな。高菜用の菜箸で食べていた。途中で気が付いた。あらま。まあ外でこうして飲んだり食べたりするのも久久。平和な世の中になった。何処の店も混んでいたよ。帰りは11系統で運んで貰う。二時前帰宅。一万二千歩。以後午睡。ロクなものを食べていないと家人が言うので、晩は信濃屋の総菜類。

 

 

10/2・土

 台風一過の快晴。コロナも一過かな。いやコロナ一家。わたしはミュー子、デル太兄さんの仇を取るわよ・・・、なんてことがなければいいが。朝からすき家で牛丼とサラダセット(520円)。102が入居。父子で引っ越し作業。今時の学生さん風。ちなみに総理総裁を数多く輩出している某一流大学だから、ゴミの分別は大丈夫かな。スミマセン、学歴偏重です。今月から土曜日の普通郵便の配達はなくなったがレターパック等は届く。契約書類の返送など。

昼は家人のチャーハン。竿竹が届いたと言うので取りに行く。2650円。ちょっと高かった。先日購入したボルトとナットが丁度よかったと話したら、もう覚えていなかった。そろそろ此のお店も危ないな。そしてちょっと長い。伸縮出来ない固定式。結局拙宅で使うことにした。玉突き式に拙宅の物を205に配置。それにしても、此のお部屋、どうして売れないのだろう。新築(そっくり)のいい匂いがするのにね。晩は残り物でビール。雷雨あり。都内の感染者は連日二百人を割り込む。五輪、やっぱり十月なら開けた。あんな形になりつくづく残念です。

 

 

10/1・金

 未明から段段と大雨。シロは出たり入ったり。三時から五時まで。断眠酷し。徐徐に北風強まる。さてさて十月になったが、何と今月は休みがない。五輪のせいで体育の日が召し上げられ、十月が六月になったよ。残念である。皇女様の御成婚が正式発表。心身ともに疲弊が激しいとも。マリッジブルー? 随分前からだそう。皇室ブルーだね。最近の言葉で例えると、親ガチャかな。究極の結果だけど。

16号は思ったより遅く午後まで大雨。久久のバス出社。まず出席簿とカレンダーの張り替え。11日の赤い数字をホワイトボードマーカーで黒くして回った。小五は再び速さの授業。日本地図を見せて距離感を掴ませる。京都まで500キロ、歩いたら二週間。のぞみで二時間ちょっと。青春18きっぷなら早くて九時間。飛行機では行けません。まずはコモンセンスの醸成から。さてさて八時退社。其のままBの駅前店に滑り込む。本日から営業再開。須々木さん、田岡さん、村田さんらが勢揃い。今年に入って初めてかな。皆さんお元気そう。但しBでは人材流出が多く、元元の店長も辞めて仕舞ったのだそう。ビール一、日本酒二。刺身と焼売とハタハタの天ぷら。2120円。九時閉店。更にタワマン広場で缶チューハイ。男だって喋りたいのですよ。タクシー帰宅。1860円。リベンジ消費である。

 自民党では現金授受した人が幹事長に、ハードディスクをドリルで壊した人が何とか本部長だとか。揃って党役員に復帰。流石に政府の役職は無理なのだろうが。それにしても世襲議員が多い。もう貴族院だね。山陰線も直るそう。

2021-9

9/30・木

 朝見て回ると家作の玄関付近が泥砂まみれに。隣りの物件が高圧洗浄でもしたらしい。誰がこんなことをするの。容疑者は当該物件の一階を借りているリフォーム屋だな。小学生以下の仕事しか出来ない。スコップと箒と室内モップで除去する。一時間掛かった。テロ攻撃だな此れは。許せないな。

買い物は一便。スーパーのコロッケプラスレトルトカレー。東に逸れたが16号が接近中らしい。午睡の後に出社。周辺の飲み屋さんは一斉に開店準備に取り掛かっていた。ただ都による認証の有無で色色と違いがあるそう。再び混乱になるな。ちなみに時計屋さんや碁会所があった建物は随分前に取り壊されて空き地となっている。何か可憐な花が咲いているのでスマホで検索して見た。ハゼラン(爆蘭)と言うらしい。別名三時草。午後しか開花しないそうなので。こっちの方がいいな。九時過ぎの退社。帰宅後中瓶と冷凍鰻。次第に雨降り。

区の一回目接種率は八割弱に到達。十代二十代も六割。四十代は七割強。高齢者は九割。あとひと月で打ち終わるだろう。こうして九月と長かったとしか言いようのないキンセンが終了する。

 

 

今月の備忘録

一、神保町の三省堂も閉店だと。建て替えて巨大なビルにするそう。結局不動産業だね。其処の上がりでリアル書店を維持して欲しい。二、券売機でお金が下せるという、東急キャッシュアウトサービスも正式終了。短かった。何時も一万円札を突っ込んでいる身としては、券売機に貯まったお札を循環させる悪くないアイデアだったと思ったのだけど。三、都営もバス得サービスを終了。残っている会社があるのだろうか。四、電気自動車=大きな掃除機と同じ説。吸引モーターで推進する。車輪が付いている昔のタイプね。五、時折聞かれる、「〇号車お客様御案内」という駅の業務放送を聞きつけて、痴漢が寄って来るのだと。とんでもない世の中になっていると思った。六、二階建て新幹線、E4系が引退。数年前越後湯沢まで乗ったのが最後だった。七、営団8000系も廃車が始まる。あの車両はノッチを切り替える度にガタンと来るのが良くなかった。八、等々力から東京駅まで行く98系統も日中は区間短縮になるそう。乗り得路線だったのだけど。九、川の向こうの等々力にある市民ミュージアムも閉館取り壊しだそう。二年前の今頃は台風被害が酷かった。十、勝手踏切を渡ったとかで野党議員が書類送検。議員を狙い撃ちした訳ではなさそうだけど、秩父警察も暇なのだね。十一、東日本の顔認証システムは運用を断念。犯罪者リストと勝手に照合していたというから呆れる。今回は読売のスクープだそう。

 

 

9/29・水

 希望者にほぼ打ち終わったそうで墨田区は集団接種を終了。ぶっちぎりの速さだね。愈愈酒も解禁されるようだが、都内は八時までか九時までかはっきりせず。どちらにしても平日は無理そう。其れに何しろ一年半もこんな感じだったから、需要も直ぐには戻らないかもしれない。そもそもコロナ以前にどんな生活をしていたのか思い出せないし。

良く晴れて暑さが戻る。須美伯母が来る。此の間ずっと家人に入境を拒否されていた。早速庭いじり。また何か植えていた。総裁選では宏池会の元政調会長が当選。当初から本命候補であった。野党としては却って与しがたいかな。Aらよりは良識的な政治を行うだろうから。怒りんぼ太郎は最初は良くても何れ自滅するだろうし。それにしても自民党のちゃんとした総理は福田以来と言ったところか。領袖らの呪縛を解き、本格政権に成れるかどうか。少しは期待しているのです。投票はしないけど。午後出社。今年度は中学生の担当が少ない分、低学力の小学生が多い。短時間でも精神的に負荷が掛かる。疲れたね。早く外で飲んで忘れて帰りたい。八時過ぎ退社。以後Bの刺身と総菜など。

 

 

9/28・火

 昨夜は早寝したが、未明に呼吸が荒くて目が覚める。例の過呼吸(?)状態。三時間頑張ったけど改善せず。気管支拡張剤を使う。一発で治った。やっぱり曇天。郵便局で定額貯金の切り替え。十年前0.15%だったものが今回ほぼゼロに。おまけとしてラップと洗剤を貰う。多分此方の方が高い。続いてスーパーへ。秋刀魚が欲しかったが小さいのが200円近い。一方鰤の切り身は一つ100円。北海道で大豊漁なのだそう。天ぷらと茹で麺を買って来て、昼は駅そば風簡単麺。午後は方方の片づけと粗大ごみの申し込み。拙宅の二十年物の扇風機(やや壊れ)と207の人が置いて行ったホットカーペット。締めて800円。併し区による回収は最も早くて三週間後だって。特急急行サービスを作ったら受けるだろうと思った。

晩は鰤の照り焼きと麻婆豆腐。キンセン等の解除を受けて夜に総理会見。事実上の退任会見。最後ぐらい聞こうと思ったが急激に眠たくなって八時就寝。何時もと同じの既定の問答ばかりなのだもの。結局公邸に引っ越す必要もなかった。元元短命だと思っていたのだろう。

 

 

9/27・月

 キンセンもマンボウも全面解除の見込み。併し何らかの行動制限は必要とも。うーん、何が何だかよう分からず。結局どうなるの。ぼんやりと地方版を読んでいると、多摩地区の市長選挙に埼玉でコロナ治療に尽力されていた院長が出て来ることに。而も自公推薦で。幾ら暇になったとは言え、大丈夫ですか。担ぐ方も担ぐ方だけど、担がれる方も・・・。

 日差しがやや戻り普通の秋の日。朝はおにぎり屋。池尻のオーケーストアーまで行き、調味料などニッチな物の買い足し。続いてお爺さんの店で205に付ける物干し竿を注文。序でにナットを探して貰い、室内干し器の修繕。ずっと前から関節部の袋ナットが無くなって困っていた。今回は蝶ナットを付ける。こっちの方が融通が利くよう。世の中とは実に細かいパーツで成り立っているものである。ボルトとセットで170円。夕方前シロの点滴。待ち客無し。なお一昨日は便を掻き出していたとのこと。老猫はS字結腸に溜まりやすいのだそう。大変だなあ。帰宅後近所に救急車。自転車の子供が電柱に衝突したそう。自損事故にも注意。晩は牛肉を一枚いちまい陶板で焼いて食べた。

 都内の感染者は二百人を切る。全国の重症者は1100人。すっかりコロナ卒業の感。但し死亡者多数。遺族の印象は相当違うだろう。件のK氏がニューヨークから帰国。自民党の総裁選に続いて、本日最もどうでもいいニュース。両人が納得しているのだからもういいだろう。

 

 

9/26・日

 更に曇る。昼は「まくり家」でチャーハンセット(980円)。家人には「笑口房」の焼きそば。午後は「フランケンシュタインの誘惑」を二つ。常温核融合野口英世。どちらも出世欲に駆られて間違えて仕舞ったというお話。自らの能力を正しく使うということはつくづく難しい。あらゆるところに権威や権力と言う磁場が働くからね。学者の世界もラジオの世界でも。くしゃみ止まらず。何か寝冷えしたかな。抗ヒスタミン。晩は昼の酢豚や冷凍の鰹刺しなど。久久に野良も食いに来ていた。湯船入浴。十月の陽気だと。

 注・・良く聴くラジオパーソナリティパワハラ疑惑が。確かにちょっと言葉が強い傾向が見られた。本人は一生懸命なのだろうけど。

 

 

9/25・土

 評判の悪かった都立高校の男女別定員も見直しへ。併し完全に撤廃すると、共学なのに男だらけ又は其の逆と言うことが頻発しかねない。医学部同様、大変難しい所である。なお私立校にはもっと酷いところが沢山ある筈。

 朝から曇天。時折東の小雨。もう降らないそうなので、墓参りに出掛けた。久久の東急線である。実に電車に乗るのは二か月半ぶり。此の間、自宅と職場を往ったり来たり。品川目黒世田谷を一ミリも出ることはなかった。居地と小作地を移動するだけの中世の農民のような生活であった。更に久久の山手線。やっぱり御無沙汰の西武線。見るもの全てが懐かしい。小平下車。花を買って墓所に参る。お盆は来られなかったから真ん中に雑草がどんと生えていた。片づけに二十分。

さてさて一杯やりたいところだけど、都内どの店も禁酒措置。ちょっと先の埼玉まで足を延ばしても同じこと。何の当てもないが、銀河バスで国分寺に出た。其のまま吉祥寺。井の頭線に乗り換え。併しどの私鉄も国電も大混雑。下北沢では危うく降りられなくなる程。此れで流行らないということは、もう罹らないということなのだろう。流行らないから罹らない。罹らないから流行らない。どっち。其のまま茶沢通りを歩く。歩けども探せども該当店無し。結局最寄りの店でビックマックとポテトのМを買って帰る(670円)。冷蔵庫の缶ビールと合わせた。一万二千歩。

続いてスーパーへ。例によって嗜好品の類が何もない。新高梨と伊勢の御福餅他。続いてシロの点滴に参る。前客二。主治医は執刀中の模様。偉い器具が扉の間から見え隠れす。此れは大変だ。本日は踵を返した。まあシロは元気そうだから。午睡の後、晩は残り物オールスター。夜は映画「鬼滅の刃・無限列車編」をリアルタイム視聴。煉獄さんのお母さんの科白が良かった。能力がある者は社会の為に使いなさいと。実際には私欲を満たすに血眼になったり、能力があっても早早に諦めて市隠する人が多いからね。

注一、家人に言うと止められるので事後承諾と言う形をとった。曰く、二度目の接種から二週間経たないと十分な抗体が出来ないと。注二、あんなに沢山乗っていて鉄道会社はまだ赤字なのかね。特急急行新幹線が売れてないのだな。注三、西武2000系は東急8000(8500)系と同じ音がする。あの爆音が恋しくなったら西武線だな。

 

 

9/24・金

 夜な夜なシロが騒いで、朝なのにもう横になりたい気分。一方グレは昨夜から姿が見えず。時期なのかなあ。男性ホルモンは出ない筈なのだが。さわやかな晴れ。ちょっと暑い。谷間の平日である。パンデミックの反意語はエンデミック(=風土病)と言うらしい。そろそろ終わりになって欲しいです。

 午睡をしていると不動産屋から電話がある。今度207に入る人は照明器具を持参するので、備え付けの物は外しておいて欲しいと。直ちに脚立隊を出動させる。併し外し方が分からず。急いでユーチューブで調べた。グレは三時頃帰還。以後出社。出社したばかりなのにもう帰りたい気分。すると無社長は(知り合いの店の)協力金の申請に掛かりっきり。何度も駄目出しされているよう。六月の頃の申請をまだやっていた。其の居酒屋さんからの謝礼金は当学院の生命線でもある。頑張って貰わないと。なお今の今頃になって小学生の兄弟も罹患。誰に移されたの。当学院三例目のフェアリーとなった。続いて小五の算数は速さの問題。問題文の意味すら分からないらしい。そもそも「レーシングカー」って何ですかと。近視の手術をして回る眼科の車のことです(んなことはない)。算数以前の一般常識の問題だと思った。クルマ離れが著しいのかもしれない。八時半退社。Bの鮎の塩焼きと鯛の昆布じめ、家人の肉豆腐他。植木屋さんから請求書。春夏の消毒二回込みで11万円。

 

 

9/23・木

 秋分の日。暑さがぶり返す。腕の痛みは漸く消えた。外出解禁=墓参りと行きたかったが暑くて断念。せめて外食しようと昼は表に出た。併し難しい。ラーメンは食べたばかりである。そろそろ蕎麦屋か回転寿司、町中華の番だが、アルコールがなくてはね。却ってひもじい思いをする。当てもなく上馬駒沢方面へ。桜新町まで行ったが該当店無し。それにしてもファーストフード店は大行列。あれではスローフードだな。ずっと閉じている食堂とかも多多あるけど、やる気があるのかね。そういう店には客が戻らないぞ。頑張って耐えてますという形を作らないと。結局「キッチンたきたて」と言う店で弁当を買って帰った。和風竜田揚げ弁当と鮭弁当。二個1090円。和風シリーズはサイドが充実している。お芋の天ぷらにかぼちゃの煮つけ、がんもと大根のおでん風、ひじきと豆の煮しめコールスロー以外は昭和の味。家人にも好評。昔のほか弁スタイルだが個人店のよう。いい店を見つけた。

 午後は漫然とす。夕方何時もの床屋に参る。前客は一人。中に入ると臭気を感じる。換気が悪いな。さりげなく扉を三回開けたけど、直ぐに自動で閉まって仕舞う。こういう時の扉には無情を感じるね。ずっと中にいると気が付かなくなるのだろう。CОセンサーの様なものも配るべきだと思った。晩はあるものを食べた。最近はコロナ後遺症も問題となる。脳にたんぱく質が溜まり、認知症のようになる場合があるとのこと。此れは拙い。ワクチンが効くのだろうか。

 

 

9/22・水

 区のホームページによると、四十代の二度目接種率は五割に到達。吾人も其の中に入った。全国の重症者は1500人に減少。此れでも第四波時の最高水準だそう。薄く晴れてやや蒸している。周辺では水道工事。「にごり水」のお知らせが入る。久久に見たね。何でも耐震性の高い水道管に代えるのだと。最近は伸び縮みする管があるというから驚く。102には学生さんが入る。リモート授業が終了となり再上京する予定。安くなった分は学生割引だな。併し何回生なのだろう。直ぐに出るな。午後出社。八時退社。帰路碑文谷の「さぼてん」で揚げ物を補充。適当に頼んだら1100円に。鯵フライが一つ300円もした。でもやっぱりまあまあ旨い。此れくらいは取らなくてはね。

 ところでアルファ株による第四波と、デルタ株による第五波、陽性者数のグラフを見ると前者は五月、後者は八月が頂上を成している。しかもどちらの山も実に左右対称のシンメントリー山である。但し山の形は相当違う。前者はなだらかな女体山、後者は急峻な岩山。如何にデルタ株の感染が激しかったと言うことになるか。御蔭で一つの政権が潰れたが、後者に際しては高齢者へのワクチン接種が間一髪で間に合った。そうでなければもっと巨大な高山に成っていたことだろう。此れだけは助かった。

 

 

9/21・火

 少し雲が多いが基本的には晴れる。207はルームクリーニング。珍しく二人体制。最近は若い人がやって来る。ヒップホップを掛けながら作業していた。一応お茶出しす。幸い次の住人は審査を通ったそう。昨夜は少し熱っぽかったが、朝には平常に戻る。リハビリがてら買い物へ。まず信濃屋に参る。店内が改装されたようだがレイアウトが多少変わった程度。売っているものは同じ。此処の弁当も飽きたね。助六寿司を買って家人に供す。依然として弁当屋惣菜店が全く足りません。続いて猫餌の購入。ぐるっと回って吾人は三宿の「丼丸」。560円均一の海鮮丼。大して旨くない。此の値段じゃ無理だよな。700円で上級丼を作って欲しい。午後は漫然とす。晩は家人が買って来たスーパーの総菜類。もう何度も食べた。うんざりだね。飲酒もすすまず。アレルギー酷し。グレが小鼠を捕る。

 都内の感染者は三百人を下回る。ひと月で十分の一に。急激な減少は専門家も首をかしげるほど。人の動きも大して変わっていないのにね。すると夜のBSTBSには東大先端研究所の先生が出て来て、デルタ株は増殖し過ぎて、却って自壊したのだと。エラーカタストロフィと言うらしい。コピーミスの要領である。まるでタピオカドリンクショップだと思った。確かに説明出来ないよな。七月の急増ぶりと九月の激減ぶりは。勿論、次の変異株への心配は尽きないが、デルタほどのものが出て来なければ此のまま収束と言うこともあり得るだろう。ポストコロナ時代の到来です。消費が爆発するな。キンセンの期限まであと十日。政府は何も方針を示さず。

 

 

9/20・月

 敬老の日。今日も秋晴れ。腕の痛みはあるが発熱等はなかった。本当に効いているのかしらん。とある事情から手元には月刊「PHP」が送られて来る。何気なく十月号に目をやると、素手でトイレ掃除をする社長のインタビューが出ていた。汚物も素手で掴んで排水口に流し込むのだそう。凄い人である。掃除は必要だけど、何も其処までしなくとも。此の雑誌には独特の非合理主義、精神主義が見られるなあ。日本を代表する企業グループの発行なのに。大丈夫ですか。

 今朝もゴミ拾い。勿論ゴミトングを使用。手には及ばないが結構挟める。(分別の為に)袋を突いて破るなんて技も出来ます。昼は「誠屋」でラーメン(700円)。午睡すると何だか全身がだるい。晩は残り物にビールのみ。やっぱりだるい。副反応だな。抗ヒスタミンと多量の水分を取って安静にす。実質二日になって仕舞ったが連休では各観光地も混雑したと。ゴートゥーなどやらなくとも、みんな勝手にトラベルである。

 

 

9/19・日

 朝には良く晴れる。さてさて二度目のワクチン接種の日である。特に二度目は副反応が強く出るという。発熱、倦怠感、結滞、腕が腫れ上がる・・・、色色と聞いているから何だか嫌だなあ。一方医療関係者には三度目を打つのだと。三本目は薬液を少なめにして貰いたいね。

 十時過ぎに指定された産業会館へ。難なく終了。来ていたのは三四十代が多かった。打った直後はやっぱり頭がくらくらする(ような気がした)。昼はスーパーのカツカレー。午後も安静にす。晩は家人に買いに行かせた千代田寿司。お伴はビール一缶のみ。成るべく水分を多く取るようにする。副反応防止の民間療法である。ちなみにワクチンの品番を見ると、一回目より二回目の方が古く、有効期限割とぎりぎり。あちこちから調達したのだろう。区としても。

夜は銀河鉄道第63話「ヤミヤミの姉妹」。真っ暗でも幸せに生活していた惑星が、急進派のお姉さんが打ち上げた人工太陽で滅茶苦茶になるというお話。明るくする積りが却って野蛮をもたらす。詰まり啓蒙の弁証法。奥が深いね。まあ最近は前衛的な人も見なくなったけどね・・・。人口豆太陽を打ち上げましょうよ。進取の気象を持たなくちゃ。ところで最近は別の列車が全く出て来ない。当時小学生の吾人も(再放送で)毎日のようにがっかりした記憶がある。何でも玩具の会社がスポンサーから降りていたそうで。そういう大人の事情は分かる筈もなかった。

 

 

9/18・土

 一旦弱った14号が東シナ海で再発達して列島を横断。未明から大雨。それでもシロは上って来た。さてさて世間的には三連休なのだけど、台風は最高の外出抑止策である。「曼珠沙華コロナウイルス焼き尽くせ」。今朝の川柳欄にあった。ちょっと過激だな。それにしても二年前は台風が沢山来て、其の度に新幹線は計画運休するということになり、駅には人が押し寄せた。「新幹線積み残し」で検索した動画を見てみる。グリーン車のデッキまで溢れていた。あんなに人が出ていたのだね。一方、其の頃、武漢市郊外では・・・。コロナ以前の懐かしい思い出である。

時時ざあっと降って来る。昼は焼きそば。午後は止み間も増えたが只管惰眠を貪る。今日は満洲事変から九十年なのだそう。投資信託はマイナス一マンまで回復。二年掛けて振り出しに戻った。渋谷の百貨店におせちを注文。今度の正月休みは長い感じ。買い物に行かずに済むよう、三四人前にした。

 

 

9/17・金

 二回接種しても今一つ安心できない人がいて、今度は抗体検査を受けるのだと。うーん、考え過ぎだよな。心配し始めたら切りがない。とまあ色色と反省して見ると、(そもそもが多くない)貴重な医官や看護官をワクチン接種に投入して仕舞ったのは間違いだった。接種は民間や医師会に任せて、最初から臨時病院の設置に備えるべきであった。

 大体曇り。午後出社。遅れて来た小六のS君は物凄く不機嫌そう。お母さんに怒られたのだろう。感情とスケジュールをコントロール出来なければ大人には成れませんと諭しておく。ワクチンでは十二歳からが大人扱いである。本日は臨時で中三社会。時節柄自民党総裁選挙の解説。与党内の内輪の選挙であって、党員でもない限り一切の投票権はないけれど、一応次の総理大臣を決めることになる。議院内閣制の力学は中学生にはちょっと難しいかな。九時過ぎの退社。帰宅後Bの刺身他。二週間後にはキンセンが明ける筈。忍の一字の家飲みである。

 

 

9/16・木

 死亡者は一万七千人に。此の内の千人は二週間ちょっとで到達。早いね。改めて合掌。専門家は早くも第六波の心配をし始める。冬のことを考えるより、まずは秋を楽しみましょうよ。

 則天病院に入院していた従妹は一時退院。此れ迄の請求書はなんと500だって(内訳は不明)。差額ベッド代以外の幾らかは高額療養費として戻って来る筈だが、そもそも誰が支払うの、ということで親戚中で協議となる。結局は須美伯母が貸し付けるのだろうが、伯母の年齢を考えると事実上の生前贈与だな。それにしても私大は高い。入るなら国立がいいなあ。まあまあの秋晴れ。昼は盛り蕎麦。午後出社。九時半退社。以後家人が用意したスーパーの天ぷらなど。なお家の扉を開けると冷蔵庫が鳴っていた。家人は丸で気づかなかったよう。中瓶がぬるくなる程だから随分と開いていた筈。耳が遠くなった。冷蔵庫のピーピーピー、此れが悲しい音やねん。

 北の国は久久にミサイルを発射。其れだけでは大したニュースにはならないが、なんと列車からだと。鉄道ミサイル連隊を作ったらしい。何だか懐かしいね。道路が悪いのだろうな。其れにそもそも電化された路線からは撃てない。田舎の国の発想であると思った。それにしてもね、こういう報道を毎月のようにやられると、防衛費が何だか足りないのではないかという錯覚を覚える。いいですか、そもそも軍事費と言うのは無駄金なのです。もしも世の中を走る車の半分が緊急車両、被雇用者の半分が公務員になったらどうなるの。そうならない為に、軍縮条約や国際親善と言うものがあるのです。

 

 

9/15・水

 未明には上がる。空気もひんやり、庭もすっきり。すっかり秋である。楽しい秋にしたいものだと思った。朝から猫餌を買いに行く。丁度ガスの検針員さんが通り掛かったので、102と207が閉栓されていないことを伝える。手元の端末で調べるとどちらも他社との契約になっているそう。他社から弊社への通告がないと解約・閉栓出来ないとのこと。そうなんだあ。いや併しね、一人暮らしの侘び住まいで態態ガス会社を替えるかね。幾らも安くならないよ。解約し忘れたら結局基本料金が余計に掛かるだろうに。旧住人には家主が連絡することになる。下らない手続きばかりが増える。電気ガスの自由化も考え物である。

 晴れて少し暑い。午後出社。周囲を散策。すると煙がもくもく立っている。駅の反対側で火事のよう。タワマンがバンバン建ったけど、基本的には木密の街である。辺りは騒然とす。消防車も沢山来ていたけど消火も捗らない(幸い人的被害はなかったそう)。其のまま立ち飲みBの駅前店を通ると、大塚さんとミキさんがいて、早速揚げ物弁当を売りつけられる。最近は昼飯の販売も始めたらしい。此れもあと二週間の辛抱である。十月からは営業再開となる筈。退社は八時。夜は「ハコヅメ」最終回。警察物としては新境地を開いたと言えるだろう。

 

 

9/14・火

 接種率ではアメリカに追い付いたそう。ワクチン=危険の陰謀論にも染まらず、日本の人は真面目である。重症者は二千人で高止まり。新規感染者の減少は著しいが、専門家によると本当のところの原因は分からないのだとも。猪苗代湖のひき逃げ事件、漸く容疑者を逮捕。実に一年掛かった。

 大体曇る。朝一でシロの点滴。後客は猫ボランティアの方。野良の子猫を捕獲して今から健康診断なのだそう。幸い譲渡先は決まっているとのこと。何匹も保護しているので部屋まで借りているそう。篤志家だと思った。続いて歯抜けになった熊手の交換。おじいさんの店で850円。買い物はスーパーと八百屋で二便。昼はレトルトカレー。午後は漫然とす。夕方から雨。涼しい一日。晩は家人の回鍋肉他。

 こうしてコロナは急速に下火に。ワイドショー等は益益総裁選一色になる。既に食傷気味。こんなことならガースーももう少し頑張ればよかったのにな。政治と言うのは一寸先のことが分からない。

 

 

9/13・月

 さてさて本日は秋の剪定の日である。まず昨日までの草木ゴミの搬出。大体五袋。続いて植木屋さんが来るのを待っていると、目の前をスリッパ履きの御老人が通り過ぎた。一瞬我が目を疑う。お爺さん、何処へ行くの。そもそも何処から来たの。どうも御近所らしいので、吾人と探しに参る。併し曖昧な住所情報では辿り着けず。一旦拙宅前に戻った。町内会の名簿を引っ張り出して探そうかとも考えたが、結局素直に110番す。(メイでもエリカでもいいと思ったけど・注)近所の交番からやって来たのは定年間近な巡査部長(?)くらいの人(そもそもあのハコで女性警察官を見たことが無かった)。制服の人が改めて住所を尋ねると、あら不思議、ちゃんと三桁目まで答えられた。やっぱり僅か150メートル先のお宅。娘さんらしき人も在宅中とのこと。其のまま送って貰うことになった。すると本署からの応援パトカーも一台。ちょっと大ごとになって仕舞ったかな。(後で調べると名簿にしっかり出ていました。・・近所付き合いがなくなると行政コストが増大すると思った。)

 やれやれである。一件落着させると既に作業が始まっていた。本日の本番は此処から。今日は御主人プラス職人さん。まずは草刈りと梅の剪定から。続いて低木雑木多数。去年切り過ぎた楓と花盛りの芙蓉は見送り、やれるものをやれるだけやる。遅れて奥さんも到着。合わせて四人掛かり。例によって吾人は切ったものを只管荷台に放り込む。午後は晴れて途端にヘナヘナとなる。吾人は三時でノックアウト。冷房プラス扇風機で涼んだ。作業は四時過ぎまで。拙宅の北側の草等は少し残ったが、ほぼ全面的に片付いた。此れで楽な秋になる筈。以後シャワー入浴、中瓶休憩、晩は家人の冷やし中華。昼は油淋鶏弁当だった。

 注・・交番が舞台のドラマ「ハコヅメ」の主演女優さんから

 

9/12・日

 朝から曇る。少し低木刈り。家人には淡路屋の駅弁。吾人の昼は外に出た。実に五十日ぶりの外食解禁である。池尻、中目黒と回ったが、該当店無し。結局祐天寺の「花月」でにんにくげんこつラーメン(720円)。久久だけにやっぱり旨い。すると半分くらい食べたところで態態隣りに座られる。空いている店内なのに。あんた私のファンなのかい? スマホばかり見ていないでもう少し周りを見ないものかね。少少興ざめ。

帰宅すると不動産屋から連絡があり、205の人は家賃補助が受けられないので断念したとのこと。また207の人は信用保証会社の審査を通るか微妙だと。うーん、世の中が巧く回らないと色色なところが迷惑する。続いて下駄箱の整理。埋め尽くされている訳の分からないものを解析、処分する。吾人のゴム草履まであった。小学校高学年の物。五年何組とか書いてある。こういうものはもっと早めに、こんなに小さかったのだと言って捨てて貰いたかった。今はこんなに大きくなり過ぎて立派なおじさんである。晩は信濃屋の刺身他。吾人もパスタを茹でた。

 

 

9/11・土

 概ね曇る。早速草を取りたかったが何だかだるくて動けない。「朝なのにもう横になりたい」(某栄養ドリンクのCМから)。其のまま昼前になった。家人に蕎麦でも茹でて貰おうと思ったが、まだ朝飯をモグモグとやっていた。堪らず信濃屋の弁当。午後も漫然とす。晩は買い置きの物。

 ナインイレブンから二十年。あの日は台風が来ていた関係で、大貧学院から歩いて帰った覚えがある。確か星空が出ていた。帰宅するとテレビのニュースが大変なことに。概ねセスナ機か何かが間違って突っ込んだのだと思った。まさか、あれから二十年も戦乱が続くとは。そして吾人も大貧学院で二十年も勤務することになるとは・・・。当時の紙の日記を読み直す。「しかしこれは、大きな殺戮劇のはじまりにすぎないだろう。数千という死者は冷静な判断を阻害する。テロリストもろとも、数万人を火葬にしろとでもいいそうな雰囲気である。反グローバル派とイスラム系は世界一元支配への抵抗と言う点で協調の余地があったはずだが、それも不可能になりそうである」とある。

 

 

9/10・金

 昨夜の会見では珍しく反省の弁があったそう。曰く、医療体制が整わなかったと。もう少し早くこういう態度を示せればね。なおワクチンパスポートの様なものを作るらしいけど、例によってそういうものは定着しないな。デジタル後進国だし。なし崩し的な行動緩和になるだろう。まあね、結果次第です。日本で一番大きな大学に特捜部が入る。背任だそう。此の大学の体質は一向に改まらない。

 まあまあ晴れて夏が戻る。昼はスーパーのチキンカツ。午後出社。件の中三生も復帰す。早速インタビュー。熱は三日で下がったが、其の後の自宅待機の方が辛かったと。何だか体力が落ちて仕舞ったと。立って授業を受けた方がいいとアドバイスす。なお同居の祖父母(七十代でワクチン未接種)にも移って仕舞い、此方は現在入院中とのこと。アジャパー。お大事にして上げてと言うより手がないと思った。八時過ぎの退社。帰宅後、買い置きのつまみ類。締めは家人の作った炒り玉子御飯。それにしてもこんなに毎日家に帰って夕飯を食べるなど、中学生以下の生活であると思った。都内の感染者は千人ちょっと。全国では九千人弱。前週比五割強。保育施設の閉鎖は聞くが、今のところ小中学校クラスターは無いみたい。何とかなりそうだな。

 

 

9/9・木

 朝からかなりの雨。今朝の草木ゴミは四袋。やや控え目にした。すると北側の集積所にはまたまた無分別の物が。内容は同じ。既に面は割れている。本人に直接注意した。どうして直らないのだろう。昼は冷凍鰻丼。午後まで寝たり起きたりを繰り返す。漸く止んだ。以後出社。少し周辺を散策。まずBで肴を調達。学習塾ビルには自転車がまばら。大手の塾はリモートになっている模様。コクミンドラッグで「新アルシン鼻炎カプセル」を再販売していた。此れは助かった。すると元生徒のK君がやって来る。通っていた高校がクラスターになり、えらい目に遭ったと。行き成り九度五分が出て、数日経って大学病院に収容されたと。途中デルタ株だと判明し、更に個室に移されたとも。まあね何しろ七月上旬のことだからね、医療機関にはまだまだ余裕があったな。姉には移ったが、幸い御両親は無事だったそう。災難だったねと言うより他は無し。

 小六国語の後は、中一国語。本日は教科書対応授業。「大人になれなかった弟たちに」の解説。色色と生徒たちの質問に答える。空襲、疎開、B29、木炭バス、配給・・・、分からないことが多いよな。吾人も成るべく丁寧に応えた。普段以上に熱心に聞いていた。吾人も将来語り部に成れるかもしれないと思った。九時過ぎの退社。帰宅後Bのとこぶし煮や刺身等。やっぱり旨い。シロもミケも喜ぶ。

 

 

9/8・水

 人肌恋しいらしくシロは毎晩二度も上ってくる。従って未明の断眠酷し。概ね曇る。やや暖かい。八月の売電量190キロ、4560円。昨年の六割。天候不順が多かった。やっぱり何だか雨降り。止み間を狙って午後出社。取り立てて無為。八時退社。ちなみに麾下の中高生でもポツポツと接種したという話が出て来る。よく予約出来たね。現在は四十代以下が一馬身差でぐんぐん伸びている感じである。なお先述の女の子、お母さん以外は概ね治ったとのこと。自宅療養はもう少し続く模様。それにしても当該学院現役生徒の罹患は昨年末のY君に続き通算で二人目である。

都内の感染者は二千人弱。全国では一万二千人。キンセンは月末まで延長確定。十月は飲めるのだろうか。今朝の新聞にはデフレ脱却の為には、期間限定で価格カルテルを容認しろと言う意見があった。大恐慌の時に設けたそうで。其れも一つの手だと思った。何しろ、安い物しか売れない、安い物から売れて行くというトレンドを変えるのは容易なことではない。夕方のニュースなどでも、激安とか超得とか爆盛りとか最強コスパとかそういう特集を組むのも止めて貰いたいね。お金がある人まで倹約して仕舞っては困る。プチ贅沢とかグリーン車とか何時もよりワンランクアップするとこんなにいいですよ特集とかをやって欲しい。

 

 

9/7・火

 久久に朝から晴れた。空気もひんやり。秋と言っても、既に十月の様相である。結局朝から只管剪定。昼は祐天寺に中華弁当を買いに行く。帰り掛けにカクヤスで瓶ビールを注文。もう秋だよな。ゴーゼロゼロの中瓶(サッポロラガー)にした。207は清掃の見積もり。二年しか居なかったけどけど何だか汚い。ついつい台所を白い床にしたのが良くなかったよう。午後は昏昏とす。晩の肴を六丁目の東急ストアに買いに行ったところ、くしゃみと鼻水止まらず。鯛の刺身だけ買って帰る。湯船入浴。アルコールが入ると、あちこちに蚊に食われた後が浮かんで来る。何時の間にか沢山やられてた。夏の終わりの蚊は狂暴。我が身を捨てて挑んで来る。堪らずキンカンと抗ヒスタミン。鼻紙は一日二百枚ペースである。締めは自作のチャーハンにした。

 今度は南米からミュー株が来ると。ギリシャ文字の何番目? ミューと言うと、ミュースカイミューチケット名鉄のイメージしかないね。ギリシャ文字を使い切ったら何にするのでしょう。愛知の野外音楽イベントで陽性者多数。アルコール付きで強行開催したらしいがやっばり駄目だった模様。まあ一つの実験だね。二学期開始から早い所で二週間が経過。所どころで休校等。

 

 

9/6・月

 都内の感染者は千人を割り込む。月曜とは言え、どうにか落ち着いて来たかな。ワクチンプラス秋風の成果か。総裁選には怒りっぽいワクチン担当大臣も出て来るそう。此の人にはワクチンあるある詐欺の容疑が掛かっている。またツイッターを次次と拒否するのでブロック太郎というあだ名もあるそう。

 朝のゴミ出しは四袋。以後草取り他。来週専門家が来る予定だが、素人でも取れるものは取らないと。途中通帳記帳。駅前支店まで行かなくてはならなくなった。行って帰って三十分。昼頃から再び雨。一段と冷える。午後は漫然とす。晩は適当な物。

 

 

9/5・日

 パラリンピックも最後の日。小雨の中、朝から各種マラソン。例によって観戦自粛が呼び掛けられたが、沿道には多くの人影が。最後の最後で都民も見られて良かった。昼過ぎには薄日が差した。早速蔦取りと高枝切り。明るい内から湯船入浴。晩はすき焼きにした。白滝、エノキ入り。カセットコンロも出して所謂フル規格。夜も涼しい。八時からは閉会式。こうして2021が終わりました。

 

 

9/4・土

 山陽線中央西線が復旧。東線の旧線区間も間もなく直る。残りは橋が傾いた飯田線上高地線。なお山肌が危ないというので山陰線も止まっているらしい。何しろ明治大正の線路だからね。もっと公的資金で直すべきである。重症者は2200人。死亡者は一日数十人に及ぶ。報道は総裁選一色。野党はがっかりだね。ワクチンが効いて来るから、誰が成っても次の総理はちょっと楽だろう。ちなみに総裁選に出られなかった現職総理は過去二人いるのだそう。鈴木善幸海部俊樹。やっぱり海部氏のような終わり方になった。

 今日も雨模様。路上ゴミ少なし。こうも雨だと外では飲めない。益益収まるだろう。昼は家人のおにぎり。午後一番でシロの点滴。元気だから十日に一遍でいいよな。奥が入院室なのでちょっと臭う。マスク越しでも。点滴の落ちが悪く十五分掛かった。後客は三組。分かっている人は外で待っている。また小雨。草取りも停止。晩は家人のお好み焼き。体調優れず飲酒も少なめ。夜は大雨。

 色色と漏れ伝わってくるところを総合すると、総裁選不出馬を諫言したのは年の離れたあの環境大臣なのだそう。幾ら権力者は孤独とはいえ、側近と言えるような人が本当に居ないのだね。孤独孤立担当大臣が必要なのは何よりも御本人だったとは。

 

 

9/3・金

 三時にシロ。以後日誌の整理。朝の番組にヒロシ氏は遅刻。ラジオは自由だね。昨夜からずっと雨。すると昼前にガースーが総裁選に出馬しないと伝えられる。こうして鳳生大学初の内閣総理大臣は月末までの運びとなった。結局器が足りなかったなぁ。元元ワンポイントだった筈。まず学術会議で意味もなく躓き、ゴートゥートラベルを引っ張り過ぎて非難され、年明け以降のコロナ対策は後手の後手。五輪の強行がとどめを刺した。それにしてもどうしてこんなに駄目だったのでしょうか。そもそも民の声を聞こうともしない姿勢が悪かった。耳も頭も偏った造りになっていたよう。眼は何処を見ているのか分からないし、口は喋れない。鼻も利かないタイプである。

 午後は止んで来たので徒歩出社。50分、5600歩、4.3キロだった。隣りのコンビニで自転車保険の更新。3220円。ちょっと安くなった。なお小林先生は38度も出たと。P社も二度目はかなり出るらしい。オソロシヤ。また中三の女の子はずっと休み。母も姉も発熱しているそう。此れは詰まり・・・。八時頃退社。昨日の煮穴子と二度目のトンテキ他。すると猫とアルコールでアレルギー酷し。堪らず抗ヒスタミン。早めの就寝。

 

 

9/2・木

 皇女様は御結婚の末、海外に移住されるのだそう。時代は変わったね。結婚というやや古い制度が、更に古めかしい皇室と言うものを壊していると思った。元元はAの骨を拾う存在とされた岸田氏が出で来る関係で、ガースーの総裁選も危ないらしい。求心力を回復すべく早めに解散したいらしいが、其れも出来ないよな、此の情勢では。任期満了の総選挙で負けてお辞めになるのが自然な流れであろう。なお最初に打った医療関係者にはそろそろ三回目の接種が必要だと。思った以上に抗体が減って来るらしい。

 三時にシロ、五時にグレに起こされる。今朝のゴミ出しは失敗出来ない。もう寝ていられず。八時前に引っ越しゴミと草蔦ゴミ、計十袋を分散搬出した。やっぱり何だか収集車が早くやって来た。先週より一時間も。またまたダイヤが変わったみたい。以後小雨と中雨が降ったり止んだりす。温かいうどんの後は、昏昏と午睡。夕方前傘出社。其れにしても、変化のない日日だと思った。何処にも行けず、誰にも会わず、酷い体験をしたり、微妙な経験を積むこともない。書くことと言えばゴミのことばかり。こんな日日が実に一年半である。こうなると却って子どもたちの方が適応していると思った。大人は実に堪えるね。

九時過ぎの退社。また中雨である。復路自転車はウヤ。バスを待つ気も、無社長と止み間が出来るまで飲む気もしないので、贅沢してタクシーで帰った(1540円)。以後Bのおつまみなど。晩酌後にシャワー入浴。湯温は三十九度。つい先日までは三十五度だった。どうも気候の変化が極端になった。

 

 

9/1・水

 昨夜からあんまり降らなかったけど、秋になるにはなった。早速草取り。やっぱり暑い。102は清掃作業。偶偶通りかかった検針員さんによると水道の解約手続きもしていないらしい。駄目だな、だらしない男は。二袋ほど取って昼飯と午睡。午後通常出社。武藤先生も戻ってくる。聞けば、止むにやまれない事情でワイハに行っていたとのこと。行きは簡単だったが(陰性証明のみ)、帰ってからは二週間も自宅待機させられたと。出歩いていないか専用アプリでテレビ電話も掛かって来るらしい。容疑者扱いだね。九時過ぎに退社。帰りも霧雨。既に何だか寒い。シャワー入浴もギリギリの線。以後家人のトンテキなど。ビールより燗酒が欲しい。クーラーも換気扇も扇風機も全面停止。やっぱり車も通らない。酔っ払いの嬌声も当然しない。すると何の音もしない。雪でも降っているのかと錯覚す。猫たちも風邪を引くなよ。

 都内の陽性者は三千人、大阪も三千人。全国では二万人。今度は関西が酷い。なお若い人でも突然亡くなって仕舞う例が多数報告されている。そんなに肺炎が急激に増悪することがあるのでしょうか。そもそもの体質が思った以上に悪かったのかもしれない。すると肺に急に血栓が出来る。