2023-8

8/31・木

 池袋の西武百貨店ストライキの為、本日閉館。百貨店のストは六十年ぶりだそう。労組は反対しているが、外国資本に売却されると家電量販店になるのだと。量販店はそんなに儲かっているのだろうか。どちらも斜陽産業だと思うけど。北陸新幹線は来春敦賀まで伸びる。新ダイヤが告知された。関東から出掛けるには便利になるが、北陸線は系統分断。京阪方面から福井金沢へは乗り換えが必要となる。そもそもあの辺は関西圏との結びつきが強い。あちら側から見れば、伸びるというより迫るかな。それにしても東京から福井に行く用事って、滅多にないよね。東尋坊くらいかしらん。あとは原発? なお京都への延伸は目途すら立たず。吾人も受けた無料のPCR検査でも不正請求が多発。都内だけでも200億円近くが交付停止だと。そう言えばワクチン受け付け業務では逮捕者も出た。こうしてコロナは終わって行く。残暑とともに。

 今日もまだ猛暑だと。朝は冷凍うどん。ちくわ天添え。須美伯母が来たので昼はてんやの天丼。午後も漫然とす。晩はスーパーの生鰹の刺身(鹿児島産)。猫三匹と分け合う。他は自作の麻婆豆腐。豚バラ塩焼き。締めは蕎麦を茹でて冷やしたぬきにした。まあこうして少しは作れるようになったのも、朝晩は秋を感じるからである。八月の東京は三十一日全て真夏日だったそう。こうして記憶喪失の夏が終わる。

 

 

今月の備忘録

一、今年前半にブレイクした芸人さんに自衛隊出身の若い女性が選ばれた。自衛隊経験を楽し気にネタにしている。年の頃は現在係争中の方と同じくらい。同じ陸自だけど勤務していた科は異なるよう。見て来た景色はどう違うのだろうか。 二、芸備線は早くも協議会入りだそう。嫌な予感しかしない。 三、原発が来なくなった上関町に使用済み核燃料の中間貯蔵施設=事実上の永久保管場を作る計画が浮上。相変わらず、町長が誘致しているそう。過疎に悩んでいるのは日本全国津津浦浦に見られる現象であり、何処の自治体も苦労している。一発ホームランを打とうという姿勢はおかしいな。増して核のゴミで。 四、等々力大橋の開通は数年遅れると。用地買収の難航。橋一本架けるのも大変である。 五、「花嫁」(1971年)という歌は白井貴子さんが歌っているとばかり思っていた。唄は藤沢ミエさんだそうです。花嫁は夜汽車にのって・・・。確かに八十年代の歌ではないなあ。 六、吾人の大学ランキング。高崎大学、東上大学、西武大学、中央大学、慶応大学、小田原大学、田園都市大学、東横大学、東海大学、京浜大学。此の中に国立は三校あります。 七、今回の戦争はドローン戦争とも呼ばれているが、結局被害に遭うのは前線の兵士。両軍合わせて50万人が死傷、殊に死者は10万人に及ぶとも。 八、通勤路の洋館風の瀟洒な民家も取り壊し。かなり神経質な奥さんが住んでいたところ。此処も築三十年ちょっとかな。クルマをぶつけるなと張り紙がしてあった梅の木も切り倒されていた。大事な木ではなかったのかしらん。緑が無くなるのは残念です。庭も窓口も外苑も。 九、それにしても日本の主要産業の一つに建設業というのが挙げられるな。作っては壊し、壊しては建てて。異常なサイクルである。建材製造(第二次産業)と解体建築(第三次産業)で、どれだけの人が働いているのだろうか。 十、何とかモーターの問題も件の大手芸能事務所の問題も、やっぱりテレビ、就中地上波の番組が取り上げたことが大きい。落ちたとはいえ、まだまだ影響力があるのだと思う。テレビにはもう少し頑張って欲しいです。政権のやっていることをもっと検証して下さい。

 

 

8/30・水

 昨日調査チームが報告会見。大手芸能事務所創業者による性加害を認定し、幾つかの改善点を提言。割と率直な内容だった。それにしても今回の件はBBCの番組から火が点いた。自国のことは他国の方がよく分かるということもある(某国の人権状況とかかの国の銃産業とか)。ジャーナリズムにも多様性が必要である。結局ガソリン補助金は引き続き出すことになったそう。バスやトラックには必要だろうが、大きなSUVやワンボックス車まで遍く出されることになる。石油に色は付けられないからなあ。何か解せないよな。大体マイカーというのは贅沢品ですよ。あんなに沢山二酸化炭素を出して、一人か二人しか乗っていないなんて。あなたの其の移動、本当にそんなに大きな車が必要ですか。バイクや自転車、コンパクトカーでは駄目ですか。日田彦山線の南側はバス路線として復旧した。

 朝はやや秋を感じたが、またまた猛暑だと。草取りも再開するも十五分で断念。昼は家人の親子丼。今日も遅めの出社。また平政君が来たので少しだけ酒席を伴にする。小一時間ほどで吾人はBへ転進。須々木さん以外が待機。店内ではまたまた新たなおじさんが採用されていた。人手不足である。老徒動員だね。暫し機嫌よく話しているとまたまた高瀬氏が現れる。酔いも手伝って、あなたの話しは詰まらないと直言した。以後は割と良かった。スイマセン、偉そうなことを言って仕舞って。帰宅は十一時過ぎ。1400円。

 

 

8/29・火

 早速旅費の精算。交通費概算1.1万円。其の内、特急券が1580円、グリーン券が1000円。宿泊費プラス宿のアルコール代が1万円。他三千円くらい。飲食費が少なかった。僅か750円のラーメンのみ。居酒屋や駅前食堂が開発出来なかったから。秋になればもっと出られるかな。

 都内は今日も猛暑日だそう。午前中はやや曇る。何だか旅の疲れが出た。午後遅めの出社。退社後はBに参る。皆さん勢ぞろい。併し高瀬という人の隣りしか空いていなかった。皆さん、バスケットボールの試合に夢中のよう。ワールドカップだそう。沢山あるのだね。仕方がないので、久久に少し話しした。相変わらず、人の言ったことに対してはほぼ無反応。何処かで聞いたような自説を述べるばかり。此の人は本当に会話が出来ないなあ。むしろ他人を不愉快にさせる能力がある。早早に退散した。1550円。一日の終わりが此れではねえ。腹は立ったが休肝日だと思えば丁度いいか。帰宅後エースコックわかめラーメン。添付のタレはほんのひと回し。

 中国は処理水の放出に猛反発。電話も掛かって来るのだと。所謂電話で突撃抗議。ネット上のスラング電凸というらしい。日本社会でも反発への反発が広がるかも知れない。何れも物事の本質から大衆の目を逸らす効果があるなあ。本質とは、如何にこういう危険な発電方法からおさらばするかということである。

 

 

8/28・月

 風呂、散歩、朝食、風呂の後、チェックアウト。二食付きで8500円プラス入湯税。現金で支払う。続いて宿の人に駅に送って貰う。此の人も近所の人らしい。皆さんで手伝い合うのね。色色とお話ししたかったが、残念ながら何をおっしゃっているのかさっぱり分からない。そんなに年配の方ではなかったのだが、奥久慈の方言も強いのだね。

ちなみに袋田には委託の駅員さんがいらした。私服のおじさん。16時まで、発券のみの対応。また各駅には液晶パネルがあり運行情報が提供されている。割と近代化されている印象。そんな駅でぼんやりしてから、10時半過ぎの郡山行きに乗る。袋田を出ると直ぐに久慈川鉄橋を渡る。此処が2019年の台風19号で流された。幸い一年半で架け直されたが、水郡線も赤字だろうから大変だった。営業係数が下がり、輸送密度が上がることを祈って今回の旅も正規の乗車券である。

 すると列車は四両だったが、何と次の大子で後ろの三両切り離しだと。そんな馬鹿な。当然乗車密度は四倍に。而も此のキハ130という車両も座席配置は二列一列。前後には運転台、三つドア、大きなトイレも積んでいるから座席も少ない。吾人も席にあぶれた。小一時間ほど立って、何とか四人席の奥の方に座り込んだが、せめて二両は欲しいよね。折角の正規券なのに。おまけにこんなに混んでいるのに座席の上に荷物を乗せている者もいる。重大なマナー違反である。本当に駄目な人だなあ。併し一旦座って仕舞えば、其れ以上腹も立たない。暫し景色を見入る。稲穂も出ているが水は少ない。大丈夫だろうか。磐城棚倉通過。此処から白河への短絡ルートがあるがお客は少なかった。

列をなしてはいないが列車は磐城の国へ。旅行客と用務客に加え、高校生も乗って来て、車内は満員近くに。80人は乗っているかと。盛況? 一両だもの。其れに何しろ次の列車は四時間無いからなあ。大子以北は一日九往復。此の辺の橋が流されたならばJRは復旧を渋ったかもしれない。郡山の一つ手前で下車。多くの乗客が其のまま乗って行ったから、そんなに(都内に戻る)乗り鉄の人はいなかったみたい。水戸から乗って来たような人は何処へ行くのかしらん。さてさて正確に言えば水郡線の終点は此の安積永盛である。割と風情のある木造?駅舎。駅員は居るが、みどりの窓口は閉鎖されたようで、打ち付けられたベニヤ板が真新しい。世の中には駅舎マニアというのもいるのだが、生憎其処まで手を広げられないなあ。自転車は沢山止められているが、駅前には何もなかった。なお嘗ての駅名は笹川。途中で名前を召し上げられた。何故か成田線に。此方の方が本線なのに。こういうケースも珍しいな。

 やっぱり中通りも暑い。近くのドラッグストアーで缶ビールを調達して、飲み鉄も再開。と言ってもあとは東北線を上るだけである。701系の二両編成に乗る。まあまあの乗車率。此の辺に来るのは2017年以来。あの時は新発田から米坂線経由での帰京。丁度お盆で四両でも満員だった。そう言えば、此の辺は須々木さんや村田さんの出身地に当たるという。御両人とも十八歳からの上京組。しばしば帰省はしているようだが、せめて何か話のタネが見つからないか車窓を凝視。こういう知識が入ると単なる通過駅ではなくなるからね。須賀川駅は橋上化されるよう。工事の真っ最中だった。

直ぐに新白河で乗り換え。13時30分着。東北線は大体一時間に一本の割だが、13時55分発の後は一本抜けて二時間後だそう。段落としをして何処かで腰を据えて飲もうかとも思ったが、昼から二時間も飲めないな。県境越えは何処も難所となる。結局僅かな時間を使って改札脇の店に入り、白河ラーメンをかき込んだ。

 次の列車は常磐線の車両。電化設備の更新により交流電車は黒磯駅に入れなくなった。だから此の交直電車が呼ばれた。五両の固定編成だから空いている。黒磯のかなり手前が死電区間デッドセクションの模様。変化はエアコンが停止したくらいかと。多くの人は気が付かないしそもそも関心がない。終点で今度は三両編成の宇都宮行き直流電車に乗り換え。此れで一両から五両まで全ての編成に乗ったね。四、一、二、五、三の順。当然一が一番混んでいた。

 宇都宮駅定刻到着。一昨日から走り始めた新型路面電車に乗って見たい気もするが本日は此処まで。グリーン車に鎮座する。此れは新宿回りの逗子行き。丁度帰宅時間だからグリーン席も行楽客から通勤客へ二回転する感じ。料金も収入の柱である。渋谷到着17時過ぎ。無効印を押して貰う。家人の機嫌が悪そうなので崎陽軒のちょっと高い弁当を買って帰った。早速周囲の点検。直ぐにシロが入って来た。あんたも寂しかったのかい。此れでは長期の旅には出られないなあ。

 

 

8/27・日

 さてさて久久の旅に出る。と言っても行き先は茨城県北部。そんなに遠くではない。其れでも宿泊を伴う移動は五月以来。乗り鉄旅も四月以来。興奮するね。まずバスで目黒に出て、みどりの窓口へ。予め紙に書いたものを渡す。窓口氏は「ほうー」と一声出して、直ぐに発券してくれた。発駅は都区内、着駅も都区内。経由は常磐線水郡線東北線。案外シンプルな乗車券である。運賃8030円。四日間有効。続いて品川駅へ。折角なので特急に乗ろうと思った。「ときわ57号」。常磐線の特急に乗るのも二十年振りくらいである。鳳生大学の石岡体育施設に行くのに、「フレッシュひたち」という飲み物のような名前の特急に乗った以来。何時の間にか品川始発になった。此の駅には殷賑なエキナカ商店街があるが、9番10番ホームは暗いまま。売店も閉まっていた。此処は元元臨時ホームだっけな。中野重治に「雨の降る品川駅」という詩があるが、あれは何番線なのだろうか。

 8号車11番D席に着座。誠に残念なことにまたまた柱の位置が悪かった。此れだから全車指定は嫌なのです。10時14分定刻発車。東京と上野に停車。他小駅にも止まるが、上野を過ぎればもう乗って来ないだろう。一つ後ろの席に移動した。やっぱり印象が全く違う。窓は大きい方がいいね。幸い座席の上にランプがあり、指定席の発券状態は絶えず確認出来る。此の装置もちょっとした発明品だと思った。缶ビールとハイボールを飲みながら列車は進む。夏空にもくもくと雲が。そんな雲に突っ込むと石岡あたりで一雨あった。窓はびしょびしょに。流れた水滴が切子細工のよう。其れも直ぐに乾く。天気は刻刻と変わるから、何だか飛行機に乗っているような感じ。やっぱり汽車旅は楽しいね。さて周囲を見渡すと、多くの乗客がブラインドを閉め、スマホに集中していた。そんな馬鹿な。景色を見なさいよ。

 水戸の手前で踏切の安全確認。急停車した。何でも直前横断があったそう。二分くらい遅れて到着した。さてここから水郡線の旅。実に1998年に乗って以来、生涯二度目と言うことになる。二両編成の常陸大宮行きに乗る。今回は上菅谷で降りて支線にも乗る。常陸太田行きに乗り換え。それにしても、常陸大宮に、常陸太田に、常陸大子。大子はダイゴと読む。確か東武鉄道にも太田があるし、山陰線の大田市はオオダと読む。実に紛らわしい。終点太田着。乗り越し運賃210円。駅舎は新しいが、駅前は何もない感じ。此処からは日立電鉄というローカル私鉄が出ていたのだが、随分前に廃止になった。此の線にも乗れなかったなあ。スイマセン。昼食代わりの黄門最中を食べ、再び本線に。袋田到着。14時27分。自慢の乗車券を車掌にさっと見せて、急いでバスに乗る。終点で下車。日本三瀑布の滝を見る。此処も98年に来ている筈だが、何にも覚えていないね。渇水の為か滝はチョロチョロしか流れていなかった。

さてさて予約した宿は此の先にある。国道を回るより、滝を越えて行った方が近いらしい。梯子のような物凄い階段を攀じ登り、大変な尾根を降りる。汗びっしょり。思ったよりきつかった。旅にはこういうサプライズがあるのね。16時にチェックイン。此処は地区の人が出資して建てた温泉宿だそう。早速入浴、瓶ビール、昼寝。晩食は18時から。小鉢と刺身、鮎の塩焼き、揚げ物はトリカラとメンチカツなど。素朴な田舎旅館食といったところ。日本酒小瓶二本。他客は数名。みな一人のよう。更に入浴。日帰り入浴もやっているから風呂は立派だった。

注・・大手旅行予約サイトによると、此の辺で一人で泊まれる宿は此方と大子の伊東園ホテルしかなかった。

 

 

8/26・土

 やや曇る。昼前にスーパーで買い物。家人には小淵沢駅、丸政の駅弁当(1400円相当)。吾人の昼は甲州屋で冷やしたぬき蕎麦(大盛り)。中瓶付きで1600円。所所で降っているらしく、異様な炎暑は収まった。夕方シャワー入浴。久久に割としっかりと石鹸で洗った。するとタオルは真っ黒に。此の所、消火活動のような入浴ばかりだったからね。晩は秋鮭。初物だそう。北海道産。塩コショウで下味をつけ、皮目を下にバター焼きにした。頗る旨かった。大沢さんが来たので立ち話。インボイスは何とかなるそう。なお駐車場は引き合いがないらしい。ガソリン高だからなあ。

ドラゴンズの大島選手は二千本安打を達成。併し試合自体は延長十二回までやって結局敗れた。此れで八連敗だそう。圧倒的最下位。名古屋で暴動が起きないのが不思議である。放水に反対する人は、トリチウム以外のものも流されていると主張している。何ともなあ。何しろ東電にしろ日本国政府にしろ、信用がないからね。何しろ、史上二番目の原発事故でしたから。アレは、絶対安全だって言っていたよね。

 

 

8/25・金

 朝から三十度。雲もない。もう言葉もない。クレジットカードの明細書も発行手数料を取るようになるという。一通110円。ポイントが吹き飛ぶ金額。早速ウェブ方式に変更した。時代の流れだね。ちなみに此のクレカを使い始めて四半世紀近く。貯め続けたポイントは2.5万円相当だそうです。

須美伯母が来たので千代田寿司を買いに行く。何だか著しく値上がりしたような気がする。吾人は食堂の弁当。すると要らないカメラ等はありませんかと女の子がやって来る。つい手元にあった伯母の古いものを見せたら、千円で買い取って行った。利益が出るのかしらん。本当は貴金属類が欲しいのだろうけど、生憎拙宅に当該品はありませんです。夕方前出社。欠席多し。九時の退社後Bへ参るも、須々木さんは帰った後だった。何故か佑子さんと若い女性が飲んでいた。よく見るとBの従業員さん。聞けば母国に里帰りしていたのだそう。日本語堪能だから今まで気が付かなかったね。続いてIへ。今週から店主の名代が店を開けている。よく来るお客の妹さんだった。一杯飲ませて帰った。途中ラーメン亭に。全部で五千円ちょっと。帰着は十二時過ぎ。今日も暑かった。

 

 

8/24・木

 ロシアでプライベートジェット機が墜落。プリゴジン氏もお亡くなりに。予想通り。誰も驚かない。命日がふた月ほどズレただけかと。大きな民間機でなくて良かったというべきか。其れでもパイロットさんなどは巻き添えになっている。丁度侵攻から一年半だそうです。夕刊では「オーウェルの道」という連載記事。ジョージ・オーウェルの日記を辿りながらイギリスのラストベルトを巡るルポルタージュ。何処も社会の底が抜けたようになっていると。幸い本邦はまだ大丈夫かな。ただ日本の都市は出鱈目に作られているから、例えば高級マンションと古いアパート群が混在したりする。明らかな問題地域のようなものは少なく、其の分貧困が見えにくくなっているという指摘がある。

 今日も暑いまま。朝は冷凍うどん。ゴミ出しは一つのみ。草取りも停滞す。すると置き去られたゴミが。例によって分別が甘いやつ。こんなものを出したのは誰だ(海原雄山風に)。併し前夜の酒が楽しかったから、機嫌よく再処理した。其れでも処暑である。いい加減、何処かに出掛けようと思った。今回は不退転の決意を以て臨みたい。茨城の宿を予約した。出発は三日後。当然一人である。久久の血圧測定、124の80。素晴らしい。

昼は三宿の「千乃鶏」で付け麵(1000円)。麺は昆布水に浸かった状態で出て来た。新方式だと思った。麺は300グラムまで増やせた。店内満席。社員さん?とアルバイトの女の子が二人。其れでもてんてこ舞いという感じでもない。茹で待ち時間多し。暫し動きが止まります。何しろ太麺は時間が掛かるからね。吾人が開くなら博多ラーメンだな。午後は酒とつまみも出してアルコール中毒者もしっかり取り込む。家人にはスーパーのあんかけ焼きそば。朝と昼、ついうっかりしっかり食べて仕舞った。晩は同スーパーの鯵の塩焼き(150円)と胡瓜のみ。鰺は旨いね。秋刀魚が獲れなくとも鯵や鰯がある。

 午後の一時からトリチウムの放出開始。早速中国は水産物の全面禁輸に踏み切る。沖縄の海老も、九州の鰤も、四国の鯛も、信州の公魚も、北陸の蟹も、北海道の帆立も同じ扱い。まあ何というか、大陸から見たらみんな同じ日本になるかなあ。困りました。皆さん、国内で食べましょう。

 

 

8/23・水

 一連の儀式が済んだようで、明日から放出を始めるそう。新たな汚染水が一日100トン出るから、凡そ三十年掛かる計算だと。風評被害は其れなりにあるだろうが、幸い三十年も続かないな。此の一二年がヤマかと。更なる問題は新たに原発を動かすことで、十万年は保管するしかない汚染物質が、毎日毎日生まれ続けるということである。件のアメフト部に再び家宅捜索。やはり集団使用が疑われる案件だそう。運動部の扱いには何処の大学も苦労していると聞く。指導者次第の面もあるが、そもそも大きな部だと百人クラスの部員がいる。目が届かないよね。レギュラーに成れそうにない人は早めに引退さすなどの方策も必要だと思った

 未明は小雨が降ったり止んだり。ところで松の隣りの桐が枯れて来た。恐らくイイギリかと。吾人が高校の頃、にょきにょきと生えて来たから、樹齢三十五年くらい。そろそろ寿命かしらん。直ぐに晴れて、猛烈な暑さになる。そもそも毎日どうしてこんなに暑いのかというと、偏西風の蛇行だそう。其の原因は北極圏の寒気が弱まっていることだと。詰まりは温暖化。本当に困りました。実はもう手遅れかも知れない。相当な被害を覚悟すべき段階かと。

 朝はパンと貰い物のリンゴ半分。昼前にスーパーへ。色色と足りないものがあった。漬物、レモン果汁、料理用のブランデー、人参、バナナ、ハム、レトルトカレー、納豆、おかき。三千円弱。みんな綺麗な容器に入っている。多くは輸入品かと。こうして好きな時に好きな物が買えるのも、あと少しかもしれないと思った。温暖化が進めはまず価格が高騰するだろうから。其の上、経済統制のようなものも強まる筈である。買って来たチキン南蛮で早めの昼食。するとまた一雨あった。

 午後遅く出社。ちょっと早めの退社後は結局Bへ。村田さん、須々木さん、佑子さん、岡田さんの順に現れる。二時間半、たっぷり楽しく飲んだ。鰯の煮つけ、浅蜊の酒蒸し、とろろ焼き、ビール一、琉球レモンサワー二、チューハイ三。2610円。帰宅後カップヌードルカレー味。夏の甲子園は京王日吉が征したそう。同校関係者が日本中で騒いでいるのかと思えば何だか気分が悪い。長髪可、自由な野球部の姿勢は歓迎したいが。

 

 

8/22・火

 多くの牛を襲ったとされるヒグマが駆除される。ОSО18というコードネームが付いていた。当のハンターは気が付かなかったそう。案外小さかったのかもしれない。中国の団体旅行が解禁され、愈愈日本に押し寄せて来ると。漁獲品は拒否したのにこういうことは気前がいい。なお都市部のホテルは既に満杯です。観光庁などは来日人数ばかり気にしているようだけど、延べ滞在日数の方も発表して欲しい。中国から来る方は直ぐに帰って仕舞い、忙しないだけである。

 やや雲が多いものの、朝から三十度。呼吸すら苦しいね。朝は貰い物の梨を半分。草取りも出来ず。昼前に一雨。久久に炊飯器を使い、朝飯のような昼飯。午後は一雷。やっぱり助けて下さいとグレが入ってくる。ちなみにミケは平気である。吾人は大量午睡。いや併しずっと寝ていてもまだだるい。此れでは病人、廃人、老人の何れかだろうと思った。夕方前出社。隣りのコンビニで自転車保険の更新。3220円。なお多くの生徒は外出中。余りに暇なので『日本史講義の実況中継(古代編)』という二十年くらい前のテキストを読む。延喜天暦の治とか、何も覚えていないね。そもそも教わった記憶がありません。十五の秋の頃かなあ。

九時過ぎの退社後Bへ。皆さん勢ぞろい。併し奥に団体が入った関係で何も出て来ない。ビール一、ホッピー一、煮込みとまぐろ酒盗。盛り上がったところで高瀬さんが来る。相変わらず、俺は○○を知っているぞ式の詰まらない話し。皆さん途端にうんざりして、早めの解散となった。1260円。帰り掛けに奥野さんから出張土産=讃岐うどんを貰った。帰宅後も菓子パンを二口のみ。中(酒類)と外(シャワー)から冷やすと流石に涼しい。

 

 

8/21・月

 実に八月はまだ十日もある。九月になったら涼しくなるという保証もないが、ほとほと絶望するね。朝からかんかん照り。パン半分と牛乳。ゴミは二つのみ。中身はほぼ草。雲間を選んで低木刈りと買い物。家人にはスーパーのあんかけ焼きそばを用意した。吾人の昼は表に出た。引き続き新店開発。「禅」というラーメン店に。鶏白湯のクリーミー味、ややあっさり系。名前が禅だからね。唐揚げと御飯が付いた昼のセット950円。今時安いかな。昼は沢山食べさせて頂きます。店内はよく冷房が効いていた。電気代が大変なことになるだろうなあ。

午後は漫然とし、夕方に草取り二十分。やっぱり何にも出来ない。少し自転車で散歩する。世田谷公園前の大きなパン屋がなくなっていた。一回入ったかなあ。法外な値段で驚いたことがある。屋号は思い出せない。妙な横文字だったから。パン店も閉業が多いね。晩はある物を食べた。ある物とは、午前中に買っておいたローストビーフの切り落とし(数百円相当)と買い置き食品。御飯や麺類は食べなかった。

 石北線は復旧す。幸い北海道の旅客は持ち直しているそう。関東に夕立雲はなかったが、新潟方面は幾らか降ったよう。旱魃で御飯や日本酒がなくなったら、目も当てられないです。

 

 

8/20・日

 今日も猛暑だと。朝は桃一つ。少し曇ったので昼は表に出た。外食は避け、上馬の「キッチンたきたて」の弁当。580円。相変わらず安くて旨い。買い置きの野菜類と共に食べた。午後の間食も無し。録ってあったアニメ版「平家物語」。素朴な画質だがラストは泣けます。夕方ほんの二十分ほど草取り。シオカラトンボ=夏の終わりを感じないこともないが、夕日でもやっぱり暑い。以後、ある物で簡単晩酌。中瓶一、鮭の缶詰、玉子焼き、キムチ、冷奴、締めは冷凍のうどん。完全にパターン化した日日である。唯一の熱中症対策=何もしないことと外に出ないこと。本当は何処か遠くに行きたかった。本当に。車内販売のビールでも飲みながら。

夜は「VINANT」。主人公(堺雅人)は幼少期の過酷な体験から二重人格らしい。此の辺は「ヤヌスの鏡」だな。それにしても別班はやりたい放題。彼らが間違えたらどうするの。独断専行、下克上の関東軍になるよ。「西部警察」初回の「無防備都市」では盗まれた米軍の戦車(のようなもの)が暴れても、防衛隊(自衛隊)の投入は頑として避けたのに。ドラマの中とは言え、治安出動はさせないという戦後日本の矜持があったのに。拙い、何を見ても昭和のテレビと比較して仕舞います。全てはフィクションですよね。

 Kは福島を訪問。愈愈かと。元汚染水、現処理水の海への放出は。残念だけど、致し方なし。問題なのは其れでも原子力に頼ろうとする政府の姿勢である。而も漁業関係者とは会わなかったのだと。そんな馬鹿な。

 

 

8/19・土

 やや曇るもやはり暑い。朝までぐっすりと言うよりかぐったり。ゴミ拾いの後、富士そばへ。冷やしきつね(490円)にとり天(160円)をプラス。ちなみに天ぷらを単品で頼むと温かい汁をかけてくれる。旨かった。そろそろ温かいそばが食べたいなあ。ちなみに蕁麻疹は沈静化する。ぶつぶつが乾いてくると治癒まであと少し。やっぱり晴れる。都内は今季二十日目の猛暑日だそう。昼は近所の台湾ルーローハンを食べに行った。一人前千円程度。ちょっと高いな。午後は漫然とす。草取りも半袋未満。晩はある物を食べた。実は体重が危険水域に。ビールばかり飲んでいたからなあ。朝のパン食、午後のアイス類等、夜のラーメンを停止することにした。

 ところどころで夕立ち。一方東北の風車は沈黙。見てみると僅か一万キロだった。日本はモンスーンの国だからなあ。風が全く吹かなくなる時がある。偏西風が吹き続ける欧州とは違う点である。やっぱり小型の水車だな。

 

 

8/18・金

 再び暫く猛暑だそう。夏至からふた月も経つのに。絶望するね。須美伯母が来たので千代田寿司を買いに行く。吾人は助六カップ麺。午後出社。今日から授業も再開。生徒はまあまあ来た。九時の退社後、Bを連戦。二千円ちょっと。帰宅後直ぐにシャワー入浴。せめて節水しようと同時排尿す。以後カップ焼きそば。夜も異様に暑い。ああ、エアコンが止められない。今度は眼鏡のツルが当たるところの皮膚がめくれて辛い。

 ガソリン価格は200円の超大台が見えて来たと。リーマンショック直前の価格だそう。当時は確か一バレル120ドル以上だったかと。ただあの頃は一ドル110円くらい。消費税も5パーセントだった。そろそろ戻るといいけど。我慢比べである。兎に角、脱ガソリンカーでお願いします。また愈愈中国の不動産バブルが崩壊すると。何年も前から指摘され続けて来た、来るべきものが来たのだろうか。となると、何ショックになるのかしらん。強権発動=公的資金注入で救済となるのだろうか。本当に壊れると世界中に迷惑が掛かります。其れはコロナに匹敵するかもしれません。何しろ、バブルというのは裂けてみないと分からないのです。

 

 

8/17・木

 再び晴れて来る。朝は大小六袋を出した。南北に分散して。全部が拙宅のものではないけれど過去最大級。今日も猛暑だと。昼前に買い物。スーパーのとんかつと一昨日のカレーで軽めの昼食。十一時過ぎに関電工の高所作業車が来て、電線の架け直し。前回のは仮留めであった。二階の軒下にボルトを打ち込み、ワイヤーを張り、既存線を釣り上げる。一時間で終了。吾人が発注したものではないが一応見守った。作業車というものはあんなに曲がるのだね。以後漫然とす。草取りも不能。食堂のママさんから土産物貰う。晩はある物を食べた。コーンの缶詰めをバターで炒めたもの、サラダ類、締めは冷凍そばにカレーを混ぜた。こうして吾人の盆休みも終了す。草、酒、睡の日日であった。

 終列車の撤収が遅れ、新幹線は二時間遅れでスタートしたそう。結局新大阪駅ボトルネックになった。大変だったね。新潟も上越中越は幾らか降ったみたい。内閣支持率は続落。何とかカード問題が響く。此れは政権のオウンゴールだな。何故此処までこだわるのだろう。一説にあのデジタル大臣のごり押しがあるのだそう。彼の中にはワクチンを迅速に打ったという成功体験があるらしい。どうにもな。流石ブロック何某である。

 

 

8/16・水

 朝は晴れたが次第に曇る。やっぱり蒸し暑い。それにしても吾人も伯父を戦争で亡くしているから、遺族の範疇に入るのだろうか。何時か武道館に行って見るかなあ。興味深いことになるかも知れない。昨日のコラムでは戦争体験を民話として語り継ぐことが提唱されていた。其れも一つの方法である。吾人辺りの世代が最後になるのかなあ。戦争について身近な体験者から直接色色と聞かされたという点で。

 まあ何というか、日本は何処で間違えたのか的な議論が此の時期に出て来るのだが、吾人からすれば明治維新かなあ。余りに復古的過ぎた。あの頃の神話だの天皇制だのが益益酷くなって昭和期に炸裂す。謂わば時限爆弾装置であった。更に言えば、徳川期が長すぎたことも遠因かと。もう少し内発的なり、西洋を取り入れるなりして凍結解除されていればねえ。明治になってあんなに猛烈に追い付く必要もなかった筈である。

新幹線は富士川付近の豪雨で結局運休に。災難は続く。少し草取り。するとあちこち痒くなって断念。昼は今日も新店チャレンジ。博多焼き肉の店。「よかよか亭」という。牛赤身肉を大量のキャベツと炒めたもの。ラードで焼くらしくちょっと濃いなあ。中瓶(600円)を付けても。若い人向きだね。アブスク・アジウスメで頼めるかしらん。健康焼き肉を希望します。そんな雨雲が静岡から流れて来てちょっと降った。全国的に不安定だそう。

結局新幹線は六時間も止まった。此の繁忙期に致命的な運休。900番台ののぞみ=全車自由席を特発させたそうだが、結局昨日より今日の方が酷いことになった。気象というのは分からない。そんなお盆も今日で御仕舞。あと二日休めば、皆さんもっと楽になるのになあ。晩は信濃屋の刺身と弁当。なお新大阪で系統分断したため、運転再開後も長く混乱したみたい。翌未明まで。何でスルー運転させなかったのかしらん。折り返しが一番大変なのに。此れは指令ミス=人災かと。

 

 

8/15・火

 何とかモーターの借り換え要請を銀行団はきっぱり拒絶。保険会社もそう。今まで仲が良かったのに、一気に手を引く。乗せられて、捨てられる。大きなところは結局生き残る。無傷とは言えないけれど。ああ無常。銀行は信用出来ない。此れは家訓です。吾人は其れを破ったばかりにニ十数万円を失いました。

未明は強雨。直ぐに止む。其の繰り返し。朝には概ね止んだ。関東南部はジャブジャブです。7号は和歌山に上陸し、関西方面へ。朝は貰い物の巨峰。するとまたまた曜日違いのゴミが。而も分別が甘い。二つもある。こんなものを出したのは誰だ。幸い大きく厚手のいい袋だった。缶とペットボトルを排除。空いたスペースに草蔦を詰め込んだ。管理報酬=45リットル二つ分くらいの空いたところ。少し動いただけで汗たっぷり。台風が去っても暑いままらしい。絶望するね。

次第に晴れて来る。昼は表に出た。朝からよく働いた。引き続き新店開発。前から気になっていた「ゆう輝」というラーメン店に。行って見ると開店一周年だと。ということは一年も逡巡していたことになるなあ。二階なので覗きにくかったから。細麺のあっさり中華そば。850円が開店記念で200円引き。中瓶650円とおつまみワンタンを付けた。ちなみに棚にはキープボトルがびっしりと。夜はラーメン酒場だね。こういう業態が一番儲かると思う。出る頃には行列が出来ていた。家人にはスーパーのハンバーグ弁当。午睡の後、もうひと働き。晩はある物でカレーを作った。汗かぶれしたところが蕁麻疹のようになる。シャワー入浴後、ステロイド剤を塗り込んだ。辛い夏、痒い夏である。堪らず抗ヒスタミンを服用。鼻の薬だけど、かゆみにも効く(ような気がする)。終戦の日の夜は公共放送(ラジオ第一)で高橋源一郎編集番組。毎年やっていたそう。知らなかった。夜にもう一雨。

 そんなに降っていないのに運転再開はなかったみたい。夕方からなら動かせたと思う。全車自由席で特発して欲しかった。東海は六月の2号崩れで懲りているからなあ。

 

 

8/14・月

 一旦雨は止んだ。概ね曇りだが、蒸し風呂のような暑さ。時折ざあっと降ってくる。昼は表に出た。引き続き新店を開発しようと「たけや」に入る。前からあった有名蕎麦店。きりっとした鴨せいろ。手打ちの細切り。汁も丁度いい甘辛さ。葱の焼き加減も。完璧だね。何時もの富士そばとは違うね。生ビール二、だし巻き玉子を付けて三千円オーバー。旨いだけに高かった。特にビール。グラス大(300ミリくらい)で680円。家人には西友の鮭弁当。

午後は降り止む。時折晴れる。午睡とラジオの合間合間に草取り。数度に分けて出動す。やっぱり暑い。正味一時間ちょっとで汗びっしょり。二袋半。すると須々木さんから昨年一月に行った蕎麦屋のマスターさんが亡くなったと。確か今年の一月に御母堂を亡くして以来、休業状態だったと聞いていた。まだ六十だと。お母さんが呼びに来たのかなあ。合掌。晩は家人の焼きそば他。中瓶一他。こうも暑いとビールの消費量が増える。高額納税しています。一日一リットル=200円以上。

 明日は名古屋から岡山が終日運休に。折角のお盆休みが。何処の窓口も大行列。明日の切符の払い戻しは後にして、乗りたい人は新たに機械で買って下さいと呼びかけられたそう。窓口を減らしすぎたからなあ。なお東京名古屋間は一時間当たりのぞみ4こだま2で、全席自由で運転するそう。

 

 

8/13・日

 そう言えば、件の建託会社の営業員は全く来なくなった。ワンルームの超ぎっしり物件を持って来られてもねえ。あんなトンチンカンな目論見書でなく、既存の緑と斜面を生かした、南向きのテラスハウスなんかを計画して貰えれば、吾人も飛びついた筈なのに。そもそもマンションを建てたいとは一言も言っていません。マンション=あなたたちが儲かるだけでしょう。まあ何というか、如何に営業と言うものがお客の目を見ていないか。吾人の考えは隣りの物件を見れば一目瞭然なのですが。何十年もやっているベテランさんなのになあ。そもそも此の会社は・・・。

 夜明け前に結構降った。肝心の水源地の方に降って貰わないと。土中水分量の表を見てみると関東南部はまあまあ。北信から越後の方がカラカラである。困りました。日本の穀倉地帯です。八時にゴミ拾い。するとパトカーが出動中。両脇を抱えられている人がいた。てっきり暴漢か酔漢の類かと思ったが、よくよく見るとお婆さんであった。徘徊中かなあ。何度か見たような気がする人だった。少し剪定。昼は駒沢方面を覗くも目ぼしい店は休業中。という訳で店子さんの食堂に入った。店内飲食は初めてだね。お盆中はパパさんのみの出勤。鯖焼き定食。ビール二本付きで2400円。ということはハートランド中瓶が700円の計算。他客は弁当を買いに来た巡査だけだった。みんな帰省しているよう。少しはお金を落とさないとね(特にアルコール)。午後は側溝と雨樋の清掃。徐徐に雨降り。併し、蒸し暑い。晩はオオゼキの刺身と牛肉。鯛の刺身は三匹ともよく食べた。

夜は少し「VINANT」という大型ドラマを見る。海外ドラマのような展開。テロ組織の首謀者は主人公(堺雅人)の死んだ筈の父親と判明。狙いは祖国への復讐かと。ここら辺の動機付けは「西部警察」最終回の藤崎容疑者(原田芳雄)と似ていると思った。なお別班という自衛隊の秘密組織は人を殺害しまくっている。超法規的存在。こういうところにも憲法の衰微を感じます。東海は15日の名古屋以西の運転を取りやめると発表。六月のような混乱を回避しようと早めの発表なのだろうが、どちらにしても大混乱になります。

 

 

8/12・土

 オアフ島は山火事だと。死者多数。サイクロンの風に煽られ、サイレンを出す間もなく燃え広がったと。ウクライナ戦線は膠着状態に。露軍の守りも堅いよう。ドウスレバイイ。収蔵庫の電気代が足りなくなった国立博物館が寄付を募ったところ、忽ち数億円集まったそう。そう、何処かの貧乏国のお話しです。

 晴れ時時曇る。家人は川崎の伯母叔父のところへ。という訳で一人漫然とす。丁度ケーブルテレビで「エヴァンゲリオン」の全話放送をやっていた。実は此のシリーズ、ちゃんと見たことが無いのです。暫し腰を据えて鑑賞す。細部は大変細かく作ってあるけれど、全体のストーリーが見渡せない。使徒って何者。基本的に中学二年生の男女を中心に展開していく。普通の子たちが人類の危機に対峙。一種の不条理劇だと思った。此れが所謂セカイ系というやつですか。午後になると雲も消え異様に暑い。草取りも出来ず。昼は冷凍チャーハン、晩はある物を食べた。多くが期限切れ食品だった。チーズ、食パン、キムチ、ピザソース、こんにゃくも。7号は当初の予測より西に逸れる見込み。となると東海道新幹線が危なくなるな。

 

 

8/11・金

 それにしても日本銀行に日本国債を引き取らせるとしても、矢張り法的根拠が必要だと思った。曖昧模糊としておくのも一つの手だが、国債凍結法とか、百年再建法=百年後に無利子で償還だとか、何とか尤もらしい方策を考えて欲しい。一応法治国家ですから。

 JR各社は早くも計画運休をちらつかせ始めた。お盆のUターンを直撃の模様。天を仰ぐね。東横線にも有料列車が走り始めたそう。一回500円。二両の座席指定車。夕時の下りのみ。乗る人が居るのだろうか。検札はどうするのでしょう。人手不足なのに。東日本もどんどんグリーン車を付けるようだけど、見回りしないとタダ乗りされます。

 海の日。やや曇る。墓参りに行く。行きは山の手と西武線経由。高田馬場で待っていると多摩湖行きの急行が入ってくる。そんな駅あったかしらん。ミステリートレインだと思った。何時もの小平下車。まず「越後そば」で朝食。冷やしきつね(500円)。続いて石材店で供花を買う。1900円。次第に晴れて来る。まるで道具がないので手早く最低限の草を引っこ抜いた。此れで春子叔母さんまで全てあちら側へ渡りました。合掌。ちなみに此処に入っているのは祖父母と戦争で亡くなった義雄伯父さん、万代改め千代伯母、そして亡父。何れ家人、そして吾人。併し吾人を入れてくれる人が居ないね。自分で入る訳にも行かないし。困りました。

 適当な西武バスで国分寺に出た。一橋学園経由。どういう訳だか途中で超超満員に。えらく時間が掛かった。暑いからだね。武蔵野線に乗りたくて一駅逆進。府中本町で南武線。結局溝の口まで乗り通す。両駅ともみどりの窓口が大変なことになっていた。皆さん、切符の変更かしらん。結局「元祖寿司」。生もの解禁ということで盛大に行きたかったが、中瓶一本で悪酔い症状が。暑かったからな。白湯を飲み飲み、四皿で終了。1500円。丸井の地下の「まつおか」という所で晩の弁当を二つ買って帰った。一時半帰着。一万歩。水シャワーと午睡の後、刈った草の袋詰め。夕方からサッカー観戦。女子ワールドカップスウェーデンに惜敗。北欧はサッカーが盛んなのだね。男子に比べて体格差がまだまだ大きい感じ。特に身長。追いつくにはもう二世代くらい掛かるのかしらん。ちなみに実況も解説も渋谷のスタジオからだった。何となく臨場感がない。中継は公共放送だったけど派遣するほどの予算がないのだね。

夜も軽めの飲酒。やっぱり暑いと何をしても疲れる。最高気温、日照時間共に多少は落ちて来ているのだが、此方も疲労が蓄積している。苦しさに違いはないといったところ。それにしても此れでお盆の予定は全て終了です。そんな馬鹿な。

注・・多摩湖駅は旧西武遊園地駅だそう。2021年に改称。西武のことは何も知らないね。またバスの混雑は一橋学園と国分寺の駅間があり過ぎることが原因かと。調べて見ると2.4キロもあった。

 

 

8/10・木

 各地の花火大会も有料席ばかりになったそう。それでは神宮外苑花火大会と同じだよね。大津では無料の人が見ないように目隠しまでされたそう。貧乏人は花火も見られなくなりました。7号台風が来るとかで伊那行きはキャンセル。そう言えば昨年も此の時期に台風が来た。本来ならば先行している須美伯母と合流して一緒に帰る筈だった。迷惑台風。なお5号により中国では相当な被害が出ているそう。北京近郊も水没したとか。お亡くなりになった人も多数出たが、例によって当局の公式発表は誰も信じず。SNS等ではより甚大な被害が投稿されている。

さてさて今日から八連休。何の予定も無くなった。半耄碌した家人と暑い家に二人切り。殺人(未遂)事件が起こるな。朝からかんかん照り。相馬の馬追いでも犠牲が出たと。お馬さんが熱中症でお亡くなりに。甲子園は大丈夫だろうか。選手は勿論、見ている生徒も心配である。事故が起きてからでは遅いと思う。何しろ夏の次元が違って来ている。

曇っている間に草取り。蔓延っているオーシャンブルー?も花が付いてないものから順次除去。「すき家」で早昼。午睡の後、もう一袋。晩はスーパーの天ぷらと巻き寿司と豚バラを焼いたもの。6号のおかけで西日本はたっぷり降ったみたい。7号もある程度は来て貰わないとなあ。東日本はカラカラだそうです。

 

 

8/9・水

 台風の影響で長崎の式典は中止になった(屋内開催)。関東は曇り勝ち。而も暑い。時折小雨も降る。一応散水した。昨日理事長が会見。対応が悪いとマスコミ各社は非難囂囂。有名人は辛いね。そもそも今回の逮捕者は一名のみ。本来ならばそんなに大事にはならない筈。大学の自治ということもある。其処はある程度は任せないといけません。昼はスーパーのかつプラスレトルトカレー。午睡をしてもまだだるい。時折ゴロゴロと鳴る。早速グレは屋内避難。

止み間を狙って出社。九時過ぎの退社後は日高屋で軽く。須々木さんらと。1500円。十一時帰宅。なお小火を出したコインランドリーは解体。また先週は商店街の催し物だったが、此方のブロックは不参加だった。もう出せないと。Y君のアルバイトも今月限りだと。ああいう子を通常の労働市場に出してはいけなかった。実に店長さんに相当罵られていたそう。生活が懸かっているからね。本人も辛かったと思う。

注・・此の二十年で、肉屋二、魚屋、八百屋、惣菜店二、時計屋、碁会所、床屋、蕎麦屋、クリーニング店、本屋、荒物屋、豆腐屋、名刺屋、旅行代理店がなくなった。跡地はクリニック、調剤薬局二、美容室、ネイルサロン、居酒屋三、喫茶室、ジム、自宅改装、倉庫、空き店舗、空き地・・・。変わらず続いているのは花屋、パン工房、呉服屋、服の修理屋くらいかと。残っている大貧学院も乗客数は半分以下。売り上げは四割行くか行かないかくらい。ローカル線の乗務員の感覚です。

 

 

8/8・火

 案の定、利根川水系渇水の恐れだそう。何千万人が毎日シャワーを浴びるものなあ。政府補助金が縮小され、ガソリン価格は上昇。リーマンショック前の価格に迫る。此ればかりは何とも。兎に角、脱ガソリンカーでお願いします。300キロ程度の帰省は青春18きっぷで。せめてもう少し円が戻せばねえ。石北線は法面が損傷して一週間程度の運休だと。折角の稼ぎ時なのに。なお運転手不足で都市間バスも縮小傾向だそうです。

 多少雲が出ているが、今度は異様に蒸し暑い。峠は越えてなかった。不燃ごみの日。先先週の鍋釜は午前二時に勝手回収されて行った。予想通り。ガラス製の蓋は改めて出した。先月の売電量304キロ、7296円。午後出社。定時の退社後はBとIへ。実はIの店主から病気が見つかったと連絡があった。胃痛を放置していたらしい。来週入院と手術。かなりの切除が必要とのこと。なお奥さんは保険の外交をやっているのだが、既往症があって入れなかったそう。あらまあと言うしかない。兎に角、入院まで稼がせて欲しいと言われた。三杯ほど飲んで飲ませて五千円置いて出た。店内満席だったから、皆さん呼び出された感じ。更にラーメン亭に寄って帰った。十二時。夜は小雨。

東海道新幹線も車内販売をやめるのだそう。のぞみまで全て。一列車二人は乗っていたのに。まあまあ売れていた筈なのに。まさか、東日本のあの何も売っていないワゴンサービスの方が残るとはね。此方も時間の問題かなあ。此の十五年で売り上げは半減していたそう。酒販が落ち込んでいるのだろう。なおグリーン車のサービスは残るらしいが、普通車は山陽区間まで乗り通すしかないね。旅の楽しみがまた一つなくなった。

 

 

8/7・月

 やや曇る。何処かに行きたかったがやっぱり足が動かない。せめて墓参りに行きたかった。結局朝の内は草取り。ちょっと降ったら、日が差して来る。直ちに退避。昼は冷や素麺。家人には食堂の弁当。午睡の後、夕方前再出動。それなりに取った。昨日と合わせ90リットル二袋分。枝垂れ桃などは六月に切ったところが既に回復している。僅かひと月半で。旺盛だね。アブラムシも多い。暑いことは暑いけど、峠は越した感じ。明日は立秋。205も次の人が決まった。長く居て欲しい。少なくとも三年くらい。ある物で五時くらいから飲み始めた。たぬき豆腐、貰い物の四国の小海老干し、生協の冷凍鰆を焼いたものとか。直接的には800円しか使わなかった。電気代以外の支出は激減しているかと。

 那覇空港は漸く再開したとか。こういう場合、チケットはどうなるのでしょう。特に安い価格帯のもの。振り替え等にも制限があるのだろうか。あと延泊したホテル代もどうなるの。鉄道以外のことは分かりませんのです。

 

 

8/6・日

 昨夜東海道線が大事故に。垂れ下がった架線を引っ掛け、倒れた電柱に衝突。序でに横須賀線根岸線も運休。何千人もの人人が家に辿り着けず。乗客に被害が出る寸前の規模。また国土交通大臣案件だなあ。

 七時半に起床。まず西に向かってお辞儀をしながら散水した。予報によると今日まで猛暑だと。朝は残りの炒飯。やや曇る。台風6号はブーメランのようになって、今度は九州に来るのだと。昼は近所の茶屋さんへ。何となくこじゃれた感じがしていて今まで敬遠していたのだが、入って見ると案外普通の食堂だった。とんかつ御膳1350円。630円の中瓶を付ける。小鉢が三つ付くから丁度いいつまみになった。ブランド豚だそう。確かに旨味があった。人には添うて見よ、店には入って見よ。晴れてもいるが、時折ざあっと降って来る。午後少し草取り。少雨の今年は伸びないね。むしろ蔦が凄い。晩はある物で済ませようとしたが、何だか何もなくなった感じ。唐揚げを買って食べた。何というか、八月六日というのは寝ていても立っていてもどうにも居心地の悪い日になります。

 

 

8/5・土

 風力発電の会社から賂を貰った議員が取り調べ。非世襲としてはホープ的存在だったとか。政界で生きるにはお金が足りなかったのだろう。与党としては珍しく脱原発の議員だった。詰まり、既存の業界団体=原子力ムラなどは既に超満員で入れなかったのだろう。所詮は金づる探しである。

 既に朝から暑い。何処かに出掛けたいが、大したアイデアが浮かばず。まずは朝のゴミ拾い。週に一回程度見回る自販機のゴミ入れには、「勝手に開けて片付けるな」という張り紙が。そんな馬鹿な。吾人の恩を仇で返された。其れならば「溢れる前に片付けろ」とでも貼っておこうかと思ったが、大人げないのでやめにした。

昼は「てんや」に入った。天ぷらとビールと冷酒。季節ものとして稚鮎なんてものもあった。二匹で200円。そう言えば、此のチェーン店以外で天ぷらを食べることはないなあ。高級店は違うのかしらん。「美味しんぼ」第二話は、揚げる前に天ぷら職人を見極めろと言う回。集められた職人さんたちは、あの我儘親子の理不尽な命令に唯唯諾諾と従っていた。此の間、一言も発せず。ちょっと異様な回である。家人の天丼弁当を含めて2450円。安いよね。そもそも油で揚げたものはそんなに沢山食べられません。午後はぐったりす。晩はある物を食べた。冷凍餃子と炒飯。後者は家人が作った。十時就寝。

 

 

8/4・金

 日本で一番大きな大学のアメフト部がまた問題を。今度は薬物。ああいう寮生活は良くないな。同質性が高いから。他大学でも色色と問題を出している。せめて色色な部を混ぜるとかして欲しい。なお今回は部員一人の問題だったそう。作家理事長さんも胸をなでおろしていることかと。自転車にも反則金青切符を切るという。交通警察も暇なのだね。権力が暇だと、冤罪が生まれます。

 やっぱり今日は昨日より暑い。午後出社。さて一週間だけ通常授業。金五万円受け取る。平政君が来る。なお最終コマは生徒全員欠席。小林先生も含めて酒席を共にした。続いてBで飲み直し。1490円。帰宅は十一時。途中『JR時刻表』を買う。1375円に値上がり。夜も一段と暑い。何だか悪酔いす。

 

 

8/3・木

 ノロノロの台風6号は沖縄で停滞。今頃になって国産のワクチンが出来上がりましたと。而も初期の武漢型にしか対応していないと。昼に頼んだ出前が翌朝に届いたみたい。催促の電話も忘れていた。しなの鉄道の事故は枕木の腐食が原因だそうです。川村屋は復活するそう。良かった。こういう家業は継いで欲しいです。今月の朝日の連載、「絶たれた明日」を読む。勤労動員で広島に来た子どもたちのこと。建物疎開の真っ最中に被爆。本当に多くの命が失われた。また八月六日が来る。ひばりさんの「一本の鉛筆」という歌を流して欲しい。

 本日も酷暑。朝は冷凍の蕎麦。流水解凍す。まあまあの味と風味。洗濯機を掃除する。隣りは地盤調査が始まる。昼はスーパーのかつ丼。なお、八月三日は個人事業税の日。少し減って十万弱だった。届けられた振込用紙で直ぐに郵便局で支払った。晩はある物を食べた。暑いことは暑いが、峠は越したかな。どうにかこうにか。普段よりかは忙しい夏期講習があったということもあるが、海の日前後から記憶がないです。

 

 

8/2・水

 人身事故多し。昨日は西八王子、今朝は横浜。先日は名鉄特急に赤ん坊ごと飛び込んだとか。惨いことを。そんな中、与党の女性議員はフランスを観光旅行。世間の怒りを買っていた。SNSとかけてスネ夫の夏の便りと解く。其の心は自慢ばかり。注意されたし。

シロに起こされて三時起床。結局よく寝られない。五時半に再就寝。あっという間に夏空に戻る。レトルトカレーを食べてお昼に出社。今日は社会と国語。五時終了。吾人の講習は本日まで。草臥れたね。早めに晴雷亭に参る。既に高齢男性客がたむろ中。煙草臭い。すると店主のオヤジさんに何だか話しかけられる。相変わらず何を言っているのか分からないが、どうも日本も防衛力強化が必要だと言っているらしい。変なユーチューブでも見たのだろうな。大変な経費が掛かりますよとだけ言っておいた。大瓶二、かた焼きそば他。なお空冷式の冷蔵庫だと冷えが今一つ。ドブ漬けタイプはもう売っていないのだそう。1950円。其のまま帰った。九時就寝。

 

 

8/1・火

 日付けが変わったら、ゴロゴロと来た。少し降ったけど、朝には止む。ほんの少し湿った程度。まだ夏の講習。お昼に出社。すると相当な雷雨となる。漸く降った。草木も生き返る筈。理科と国語。理科は本日で御仕舞。一応中三にはイオンまで話をしておいた。退社は七時半。月波君が来たので、春に入ったT太郎へ参る。併し女将さんの首はますます下がり、満足な給仕が出来ず。痛痛しくて見ていられないね。八十代だもの。具合も悪くなるよね。家人然り。お晩菜も魚もふんだんにあったけど、正直生ものは怖くて・・・。無難なものを注文す。鰆を焼いたもの、もつ焼き、手羽煮、煮しめ。大瓶二、酎ハイ二。六千円弱。類さんも来たことがある名店なのだが、最早限界酒場だなあ。続いてBへ。何だか草臥れた。涼しくなったので早く寝たい。早めの解散となった。十一時就寝。

 街を眺めていると、下から入れるタイプの新型のゴミ箱(オレンジ色の物)もあんまり役に立っていない感じ。異物を入れられないようにしたのだが、途中で引っ掛かった場合、強引に押し込むことが出来ない。おまけに口は一つ。入らないものだから、中は空いているのに、容器ゴミが溢れ返って仕舞うケースも。此れは失敗作だと思った。

 

 

2023-7

7/31・月

 連日の猛暑以外に書くことも無し。それにしても都民1000万人が一日一回トイレを我慢して、其の分の五リットル程度を散水したら、少しは涼しくなるだろうか。誰か計算して。「あなたとハッピー」の人は突発性難聴を発症。酷い眩暈は治ったが耳が不調だそう。そういえば「まとめて土曜日」の人も出て来ない。「ゴールデンラジオ」の元アナウンサーも心の病から復帰したばかり。みんな大変なのだね。

 また猛暑。雨乞いをしたいくらい。昼前に西友で猫餌の買い足し。並びの「野郎ラーメン」に久久に入る。基本のラーメン880円。たっぷり野菜だけど、ちょっと重かった。まあ何というか、目と舌は大学生か二十代の若いまま、併し口から下の消化器官は既に老朽化していますので。須美伯母が来ているので、千代田寿司を買って戻る。

ぼんやりしていると、愈愈隣りを解体すると挨拶に来る。どういう会社なのだろうか。僅か築二十五年くらいで全部ゴミに。嫌だねえ、ディベロッパー=地上げ業者は。取り敢えず、東電の高所作業車が来て、電線を付け替えて行った。夕方酒屋で安ワイン。おじいさんの店は非冷房だから酒も悪くなるよね。続いて散水。自ら囮となって蚊も仕留める。少なくとも十匹以上。晩は家人が買って来た薄いとんかつなど。暑さにやられて酒も進まず。それにしても夏休みだと、食べ物や点けるクーラーもない家庭があるという。困りました。何時の間にか貧乏国に。こうして七月が去って行った。

 

 

今月の備忘録

一、立石の「江戸ッ子」も閉店だそう。もう再開発は止めにして欲しい。 二、岡山地区の117系も運行終了。此れで型式消滅。初めて乗ったのは1991年頃かな。満員の大垣夜行からエスケープ。名古屋の手前の岡崎辺りで乗り換えた筈。転換クロスシートの快適な車内で生き返りましたよ。ありがとう、さようなら。 三、キハ183はアフリカに行くだのだそう。大丈夫かいな。一方217系のインドネシア輸出は取りやめに。残念です。 四、それにしても不思議なのは、減価償却が終わった建物にはメリットがないのですという考え方。複数の不動産、建築関係者から異口同音に聞いた。ほぼ常套句かと。となると軽量鉄鋼は二三十年、鉄筋コンクリートでも四五十年で建て替えることに。皆さん、そんなに税金(此の場合は所得税)を払いたくないのでしょうか。内部のリフォームにも減価償却が適用される筈。壊れたところは修繕費で落とせます。どうしてそんなに建て替え(させ)たいのでしょう。 五、世の中にはリスク愛好家と言われる人たちがいて、特に超富裕層はタニタニック号などを法外な値段で見に行きたくなるのだそう。吾人など飛行機すら自粛しているのに、変わった人が居るものだと思った。それにしても、年年歳歳心配ごとが増えていく。特に此処数年、何人もの年寄りを見送り、また吾人自身も入院するなどあったことだし。ついついネガティブになる。いや併し、心配する=それだけの暇があるということ。空が落ちて来ないかと心配した杞の国の人は、一日中空を見ていられるくらい暇だったのだと思う。もう少し色色と動いて頑張りたいです。 六、イギリスはTTPに正式加盟。一方、Kは日本をNATOに入れたいみたい。流石に相手にされなかったようだけど。そんな馬鹿なという事態が進行しています。 七、そもそも新しい幹線=新幹線が成功したのは、三つの理由からである。まず鉄道技術の安定性。当時蒸気機関車でも100キロ以上は出せていた。此れを標準軌の電車方式に変えれば二階級特進で200キロの高速鉄道になる。二つ目は、線路の問題。如何に速く走れる列車でもカーブや勾配や踏切が多ければ思いっ切り走れない。だから新線を作る。此れも引き直しなのでそんなに難しくはない。つくばエクスプレスを見れば効果は歴然。三つ目は、鉄道に賭けたこと。欧米諸国はハイウェイと航空網の建設にシフトしていた。其処を後進国である日本は謂わば逆張りをしたという潔さ。残念ながらリニアには、此の全てがありません。まず速く走る技術自体が未確定。次に線路=難しいトンネルの建設もままならない。此の問題は静岡に限らない。最後にそもそも通したところで名古屋まででは仕様がない。ああ・・。いや併し、此の計画を他社さん=西日本や東日本はどう見ているのでしょうか。言うべきことがあれば早く言うべきであろう。無理なものは無理と。 八、グローバルウォーミングではなく、ボイリングだと国連事務総長はおっしゃったとか。確か、ビシッとスーツにネクタイで。こういうことは浴衣か何かを着て述べて欲しいと思った。 九、あんまり話題に成らなかったようだけど、防衛大学の教育内容がお些末すぎるという告発があった。特に現役自衛官教授が酷いと。もっと注目されて欲しい内容だった。

 

 

7/30・日

 五時起床。アルコールがやや残る中、早速ゴミ拾い。容器ゴミ多し。続いて富士そばで冷やしきつね。490円。繁華街は酔客多し。浴衣の女性も。皆さん朝まで飲んでいた模様。昨夜の墨田川の花火から流れて来たのかしらん。何だか食べ足りないので残り物で残り御飯を掻き込んだ。

 テレビ等では連日何とかモーターの問題。丁度ニュースが夏枯れの時期だからね。格好のターゲットとなる。運が悪かったかな。まあ何と言うか、そういう所を含めて此の会社の命運は既に尽きていたかと。昼は表に出た。日高屋に行きたかったが、余りの暑さで少し手前の東秀へ。ビールを頼んだらへんてこな配膳ロボットがノロノロと持って来る。人より遅いよね。なお冷やし中華は麺が絡まっていた。もっとツルッとさせた方がいいと思う(明星中華三昧のような)。以後漫然とし、晩は回鍋肉を作った。

 客乃間君は新型スペーシアに乗りに行ったと。併し期待のバーカウンターは予約制で立ち入ることすら出来なかったと。そんな馬鹿な。アルコールを沢山売らなければ儲からないのに。今だけの措置なのだろうか。

 

 

7/29・土

 奥羽線の秋田以南、新幹線と並走区間も間もなく復旧。両方とも同じ在来線なのだが、古い方が壊れていた。五能線北上線もお盆までには直ると。それにしてもあの頃に解散されていれば投票日は明日か23日。暑さによる低投票率を狙っていたとしか思えない。

 朝から三十度。何もする前に既にふにゃふにゃである。貰い物の鰻を丼に。(絶滅が危惧される)鰻を自発的に食べることはないが、食えば旨いことは旨い。合掌。家人にはコンビニ弁当を配備。以後傘差し出社。五時の退社。幾寅に入る。今日はY君とノラちゃんの二人体制。他は店長夫婦。実は二人もアルバイトを雇えないと内内に相談されたそう。無社長が無理矢理押し込んだからね。Y君も大してお役には立っていなさそうだし。せめて売り上げを伸ばそうと串焼きをどんどん頼む。店内は混んで来たけど、此処は値段が安いのかなあ。ビール大瓶600円、焼きものは130円から。其れに常連と言われるお客はちびりちびり飲んでいるだけで串一本食べていない。値上げが必要かもね。一時間で退店。3300円。須々木さんが酒を飲みたいというので、駅前のBで待機。更に佑子さんも。中華まで行って帰宅は十時。久久に牛飲した。三店で六千円くらいかと。

 

 

7/28・金

 連日の暑さが蓄積されたせいか、夜明け前から既に暑い。眼が冴えた五時前にゴミ拾いを一周。水シャワー。上半身裸で二度寝。続いて資源ゴミの整理。大量の鍋類が出されていた。誰だ、こんなものを出したのは。資源かも知れないけど、金曜日に出すものではありません。一旦回収す。飽くなき、ゴミとの戦い。お昼に合わせて出社。今日も講習である。理科の二本立てだが、真面に聞いているのは小六の真面目な女の子のみ。一人いればいいか。ティーチフォーユーです。

五時過ぎの退社。まずBで三杯飲んで中から冷やす。1300円。家人が食べるものが何もないというので味の郷で中華総菜。1100円。なお黄昏時の復路は新鮮な光景だけど、通行量が多くて冷や冷やす。目の前で一時不停止のジョギングの人と買い物おばさんの自転車が衝突しかけていた。注意されたし。帰宅後、散水と二階の窓開け、猫の点呼。兎に角、暑い。三十二度のシャワーの後、またビールから飲み直し。こんな時は下部温泉がいいなあ。

 

 

7/27・木

 ツイッターがロゴの変更をしたとか。何故かアルファベット一文字。前の小鳥の方が良かった。ツイートとは囀りという意味ではなかったの。此処の経営者もやっていることが滅茶苦茶である。札幌ススキノの事件、若い女性が交際相手のおじさんを殺害し頭部を持ち去った事件。父と母も共犯関係だったそう。一家で完全犯罪を企図したらしい。当然そんなことが防犯カメラと科学捜査に通用する訳もなく、ほぼスピード逮捕となる。親御さんは娘の言いなりだったらしい。お父さんは優秀な精神科医だったのに。全く状況判断が出来なくなるのだねえ。6/20の記述は訂正せねばならないと思った。

 本日も猛暑。家から出られない。昼は焼きそばを自作。麺は二玉、肉無しなので百円相当。夏野菜を補充して、晩は茄子焼きと枝豆他。蕎麦を茹でた。梅の木がしおれている。何しろ老木である。夕方大量給水した。いや併しダムに水はあるのだろうか。酔った上で、少し野球を見ようと思った。するとガラガラのナゴヤドームより、超満員の甲子園の方が楽しそう。屋内球場は駄目だと思った。川崎の叔父さんは退院。実にひと月掛かった。足腰の再建が急務であると。

 

 

7/26・水

 中日はぶっちぎりの最下位へ。ああ。どうしてこんなことになったのでしょう。而も毎年毎年。維新の代表は他の野党をコケにするような発言を。詰まり与党にすり寄っているということ。知性も品格も政治的使命感も感じられず。こんな人物、何をする為に政治家になったのでしょう。昨日中古車会社の会見。様様な不正行為を社長は全く知らなかったそう。そんな馬鹿な。あんたの課した過大なノルマの御蔭でしょうが。また一部の損害保険会社にも批判が集まる。不正請求を見逃していたのではと。代理店業務も請け負っていたというから、強く出られなかったらしい。結局小さなパイを奪い合った結果かと。経済が下降気味になると色色な問題が出て来る。なお店の前の街路樹を除草剤で枯らしていたとも。過労やパワハラの問題も出て来るだろう。此の会社もちょっと持たないね。

 早速シロに二時に起こされる。二時間しか寝ていないのに。昨夜のアルコールは全て消えていた。ビール、ホッピー、追加の中、チューハイ二だった筈。氷もたちまち解けたから、ほぼ水酒だった。足りなかった。すると四時まで寝られず。窓を開けると夜明け前だけは少し涼しい。再び起きると七時半。既に暑い。水曜不出社。日中三十七度にもなる。何も出来ず。夕方前買い物と散水。焼け土に水といったところ。朝は鮭茶漬け、昼は食堂の弁当。晩は買い置き食材に加え「まいばすけっと」の鰺フライ。案外食べられた。なお腰は九分九厘治りました。

 

 

7/25・火

 今日も三十六度だと。昼前に出社。当然傘差し運転である。小学理科、中学理科、中二国語の順。今日は化学のお勉強。塩素を水に溶かすと次亜塩素酸。塩化水素を溶かすと塩酸。紛らわしいなあ。なお中三生はやる気を感じられず。早くも夏休みの宿題の丸写しに精を出していた。大体、不可能な量の出題(問題集を丸ごと一冊とか)に対して、現場は不正な手段(答えの書き写し)で達成したように見せかける。こういうものを員数主義と言うのである。全く以て紙の無駄である。

七時半の退社。まずBへ。須々木さんと田岡さん。すると件の若者もやって来る。パニック障害と診断されて休職期間が延びているのだと。相変わらず一方的な喋り。こういう人はオフィスワークは無理だね。暫く旅に出るように進言す。青春18で。出来れば岩手や青森辺り。人生開けると思う。復路ラーメン亭で醤油ラーメン。750円。つるつるとした麺に、具はチャーシュー一枚、茹で卵半分、メンマとコーンともやし少少。シンプルな味だが、何か滋味のようなものを感じる。此の店は四十年も続いているのだそう。何か秘密があるな。帰宅は十時半頃。二店で三千円。二階の室温、三十二度もあった。

注・・『一下級将校の見た帝国陸軍』という本に詳しい。

 

 

7/24・月

 始発から山手線が動かなくなる。信号機故障。九時まで止まった。あらまあでは済ませられず。さて吾人のコロナ感染から丁度一年。幸い現在の流行も第九波というまでには至らない模様。という訳で、世の中は急速に元の通りになりつつある。毎朝出勤とか無駄な会議、不要な出張も続続復活中だとか。問題を起こした何とかモーターという中古車販売の会社は、此処数年で急激に店舗と売り上げを伸ばしていたそう。結局銀行だろうな。碌に調べもしないでどんどん貸し込み、どんどん拡大させた。広げた以上は利益を出さねばならない。ますます阿漕なことに手を染める。一方の銀行はあとは知らんぷりということに。

 朝は涼しかったが、日が照るとあっという間に三十五度。朝夕に草取り少し。昼前に買い物。其れ以外は漫然とす。昼はスーパーの麻婆茄子丼。晩は牛肉を焼いた。北海道産の交雑牛。グラム600円程度。猫には鰹の土佐造り(の切り落とし)。雨が少ないのに蚊だけはいる。巣窟と化していたアガパンサスもバッサリ切った。

 

 

7/23・日

 クリミア大橋に再度攻撃。併しクリミア半島はロシア側の観光客で賑わっていると。動員客なのだろうか(クリミア旅行割りとか?)。戦場ではクラスター弾が使用されたと。眩暈を起こします。内閣支持率は続落。もうそろそろいいよね。

未明は涼しい。以後晴れて来る。ゴミ拾いの後、庭木に給水。それにしても何処のコイン駐車場もゴミだらけ。管理者に電話してやろうかと思った。暑くならない内に蕎麦を茹で、冷やしたぬきにした。須美伯母が来る。昼は外へ。鶏を焼いた物が食べたくなり、昼から開いている「鳥貴族」へ。久久の訪問。何だかメニューが少なくなったような。テレビがある訳ではないので長居も出来ず。ビール三と焼き鳥六本他。ビールも相当ちっちゃくなったような。2520円。

正式梅雨明け後の日差しは強い。午後は相当な暑さとなる。冷房蟄居。晩はある物を食べた。冷奴、キムチ、もずく、チーズ、納豆、生野菜、鮭茶漬け。其れでも夜は其れなりに涼しい。偶にはずっと夜ならいいのにね。其の日は朝から夜だった。鎌倉の伯母さんから一升瓶が届く。玉乃光と越後鶴亀。飲むのにふた月掛かるな。

 

 

7/22・土

 朝は涼しい。例によってまあまあの宿酔に。四時半から起きて何とか収める。昼前に家人が買って来たコンビニおにぎり。以後出社。自転車がないので06系統に乗る。すると折り返しの段階から大幅に遅延。怖いくらいの運転で回復しようとしていたけど、ちょっと無理だよね。危なくて乗っていられない。途中で降りて徒歩連絡。平政君が来ていた。今年度から高校の正規教員に成れたそう。良かったね。なお本日も理科ばかり。もう頭に入りませんです。午後パン食。近所の店のカツサンド。結構旨い。Y君も来ていた。二年通った大学は前期でやめ、同じ福祉系の専門学校に移るそう。彼の場合、座学ではなく実習中心の方がいいかな。

五時半の退社。取り敢えずBで三杯。1300円。早めの帰宅。家人が碌な物を食べ(させて貰っ)てないと言うだろうから、「鳥忠」に寄るも、残っていたのはモモ焼き一本のみ(430円)。家人と分けて食べた。他冷凍食。関東も正式に梅雨明け。それにしても雨が降らないねえ。何だかあちこちドブ臭い。薄い硫化水素だな。何処かで滞留しているのだろう。

ネットの記事(梅原淳氏)によると、東日本で儲かっていないのは、ローカル線ではなく定期券であると。まず此処(通勤定期)を他社並みに値上げすべきだと。目から鱗の指摘だった。

 

 

7/21・金

 東海の列車チャイムが変わったそう。二十年使ったアンビシャスジャパンは昨夜限り。一方、西日本は引き続きいい日旅立ち西へ。併し此れを歌っていた歌い手さんは救急車を蹴った事件が元で消えて仕舞いました。いい歌手だったのですが。北上線も法面が崩落したと。早く復活して欲しい。

 曇って涼しい。カレーを食べて昼前に出社。今日から夏の講習である。まずは新システムでデータ送信。なかなか快調。但し再振替は再度の入力が必要とのこと。全ての面が改善されている訳ではないのだねえ。続いて授業なのだが、今回も小学理科と中学理科の二本立て。理系担当の先生はみんないなくなって仕舞った。生憎吾人は地学分野しか教えられません。資料集とスマホ検索を読みながらの対応となる。五時過ぎの退社。まず立ち飲みBで中から冷やす。続いて永田町へ移動。月波君主催の都心で飲む会である。今回は本当の都心だね。他に坪上君と鷺の間君。鷺の間君の勤務先が近いので此処になった模様。降りて見ると周囲には最高裁判所国会図書館、其の他官公庁が林立。環六と環七の間で全ての生活を賄っている身としては緊張します。半袖ワイシャツの乱れや鼻毛をチェック。御上りさんですの。(また逆に環八や多摩川の先だと全く気が楽。都市構造というものは何処までも差別的だと思った。)

さてさて予約してあるという町村会館中腹の和食レストランに参る。此処は中瓶800円。金曜だけど空いていた。給仕は和服の妙齢女性。先付の珍味、刺身、焼き物、揚げ物の順に注文していく。日本酒を頼めば和らぎ水も勝手に出て来る。一等食堂車だね(今頃普段の三等ビュッフェはビール一つ出て来ないかと)。他に焼酎ボトルを一本半空けた。旨くて快適だった。偶には贅沢しないと。九時過ぎの退店。暫し散策す。与党本部に一発罵声を入れてからメトロの飲食街で仕上げのビール。帰宅は十一時。全部で丁度一万円。直ぐに就寝。

注・・機動隊員は少し驚いていた。

 

 

7/20・木

 秋田新幹線は動いた。今回は五能線奥羽線が損傷。また貨物輸送に影響が出る。中国当局は日本産の海産物を事実上禁輸に。検査を厳格にするので通関に十日も掛けると。突然こういうことをされるから日本料理屋は困るだろう。冷凍物では握る寿司にも限りが出る。

 やや曇る。家人は鎌倉へ。起こされた序でにカレーを作る。昨日買った鶏でチキンカレー。朝から食べた。時節柄、カレーは直ぐに冷蔵保存。日中漫然とす。晩はスーパーの総菜。東風が入り、猛暑は収まった。

 

 

7/19・水

 穀物輸出は再び停止。ロシアが一方的に協定を離脱。中古車販売大手が不正。麾下の修理工場でクルマにわざと傷を付けて保険金を騙し取っていたと。過大なノルマが原因。デフレ経済下で成長するということは、このような不正がまかり通る会社ということになります。なお大半の学習塾はこのような事業体かと。利用の際は御注意を。秋田市の住宅被害は三万軒だそう。函館長万部間の函館海線は貨物専用線で残すことになったそう。当然と言えば当然。観光列車は走らせるのだろうか。併し駅は全て廃止だから止まれるところがありません。旅客列車も残せないだろうか。同じ線路でしょう。バスでは仕様がない。本当によく考えて欲しいです。

 やや曇って、温度は下がる。朝方は草取り少少。二袋弱。102の人から要望があったそう。そんなに生やかしてないのだが。草と虫がお嫌いらしい。昼は家人の親子丼。大量午睡の後、夕方出社。授業プラス講習準備など。子どもたちは早速夏休みの宿題に取り掛かっていた。それにしても此の宿題も何とかならないものかしらん。日本独特の員数主義である。宿題をやって頭が良くなることはありません。

九時の退社。Bの本店に参るも、完全にオーバーロード状態。広い店内にアルバイトおじさん二人と外国籍正社員一人しかいない。学生さんは試験勉強の為に出て来られないからね。ビール一杯で日高屋に避難。須々木さん、佑子さん、奥野さん。更にIにも寄って帰った。全部で五千円。十二時過ぎの帰宅。以後カップうどん。

 

 

7/18・火

 秋田新幹線はまだ止まっている。雨が降り続いて設備の点検が出来ない為だと。なお羽越線は今朝から動いたそう。中国の経済統計が出る。最早デフレ状態だそう。酷い場合、日本みたいに長期低落=日本病になると。インフレの欧米とは違うよね。ここら辺は東アジアを感じます。日中友好。多分韓国もこうなる。

 朝から三十二度。昼は三十七度。午後早めの出社。炎天である。雨傘を差しながら。三時きっかりに郵便局の人が来て、引き落としシステムの更新。態態丸の内から課長さんがいらした。引き落とすと言っても最近は十数件。大した手数料収入にならず、恐縮します。以後一時間みっちりと指導される。暑さで動かない頭には堪えた。此れでクラウド化が完成。どの端末からでもデータ送信可能。フロッピー方式から数えると三代目だね。あと十年は大丈夫。大貧学院の余命は其れより短いだろう。夕方パン食。佐藤先生発熱の為、中二数学の代講まで。ぐったりした。Bの本店で三杯ほど。1300円。帰宅後鮭フレーク御飯他。

 コロナではなくヘルパンギーナという幼児病が蔓延し、何処の小児科も満員だそう。困りました。なお文化放送はアナウンサーの飲み会がクラスターになったのだと。

 

 

7/17・月

 未明に映画「SABAKAN」。小五の夏、少年たちの冒険譚。ちょっとした誤解が元で友情にヒビ⇒其の後の急な転校というのは定番ストーリーかな。そう言えば、吾人にも似たような思い出が。東急スタンプラリーを一緒にやった、ケイイチ君、あれから二度と会っていないなあ。こういう話は誰もが心の引き出しにあるものです。

 朝から三十度。更に三十五度。昼前に富士そば。家人には東急の弁当。夕方外出す。祐天寺の御霊祭りへ。通常人が多い所には出掛けないのだが、店子さんの食堂が出店しているというので顔出しす。迂回運転の06系統にも乗車。超満員。駅を通らずに駒沢通りを逆進。ちょっと新鮮だった。さてさて大変な人の出の境内を探すも見つからず。此処はプロの屋台だからね。取り敢えず、缶ビールと唐揚げを。揚げる傍から売れて行く。痩せたおじいさんがヘロヘロになって揚げていた。嬉しい悲鳴というやつです。

出店は商店街の軒先にあった。ビールとかき氷、簡単なおつまみの店。出動は店主さんと従業員さん。以後飲みながら呼び込みなど。境内大混雑で何も買って来られなかった家族連れを狙って声掛けす。案外反応がいい。みんなこういう状況を楽しんでいるね。何しろ四年振りだそうです。子どもにも大人にも結構売れました。二時間もいたよ。市場経済の原点=対面商売は楽しいね。花月でラーメン。またバスで帰った。十時就寝。

 

 

7/16・日

 七十年前の性被害も告白される。八十前のお爺さんらが記者会見。最早底なし。此れで此の事務所、ちょっと無理だな。俗に解体的出直し、屋号の変更も必要だろう。秋田新幹線は終日運休。秋田駅前が冠水していた。

 予報通りの猛暑日となる。梅雨明け。関東南部はカラカラだけどね。昨日は三食も食べた。あんなに要らなかった。朝抜きにして、昼は家人の焼きそば。晩はある物を食べた。日中は節電の為、階下で家人と過ごす。時時風呂場の掃除。水を掛けながら。ところで何気なく見た昼の「のど自慢」、バンドマンが居なくなっていた。今年度からカラオケ使用になったとか。鐘を打つ人だけはいたけど。此れではUHF局のカラオケ番組だよね。早朝のゴミ拾いと排水管に水を流す、猫の点呼以外に外出出来ず。ゼロ円支出だった。

夜は自室に入る。冷房を使わざるを得ず。「深夜便」の文芸館では「埋め合わせ」(森浩美)が流れた。親の強い意向で医師になった主人公が、ふとした出合で自らの存在意義を捉え直すというお話。それにしても医学部合格者の内、所謂世襲と言われるのはどれくらいいるのだろうか。家業の全てが悪いとは言わないけれど、政治の世界を見るとね・・・。

 

 

7/15・土

 南阿蘇線が復旧。新型スペーシアがデビュー。一方越美北線の復旧には数週間掛かると。秋田は大雨。鉄道は大丈夫だろうか。プリゴジン氏は消息不明に。早くも死亡説が出る。

さてさて今日から三連休。何処かに正規の運賃で出掛けたかったが計画立たず。日に日に暑くなる此の時期は日に日に不可能になります。曇り。但し相当に蒸す。ゴミ拾いの後、余った中華麺で冷やし中華を作る。タレも自作したが旨味と甘みが足りない。モーニング缶ビールで流し込んだ。須美伯母が来たので、てんやの天丼を買いに行く。序でにマルエツの二階で冷感敷きパッドを購入。1400円。「もうこれなしでは眠れない」と書いてあるけど涼しいのかしらん。続いて散髪。

吾人の昼は環七の「大菊」。早速瓶ビールを。冷房のよく効いた店内で普段見ることのない民放番組を見ながらコップを傾ける。日高屋では味わえない午後である。鶏の照り焼き、日本酒二、ミニ焼き肉丼と盛りのセットまで食べて三千円。保守革新を問わず横丁の蕎麦屋は大事にしたいです。以後大量午睡。晩は家人の炒飯。白ワインの氷割りを少し。腰の痛みは八割引けたが、あとの二分がなかなか減らない感じ。慢性化するな。

 

 

7/14・金

 引き続き曇る。昼は貰い物の鰻丼(但し中国産)。文化放送はアナウンサー二人が離脱。昼の番組のメインパーソナリティーが午後まで超過勤務していた。ラジオは時計代わりなので調子が狂います。以後出社。無社長の奥さんも罹患したとか。頻りに検温していた。愈愈第九派が来たかな。五十円は没収かしらん。九時の退社。Bで軽く飲む。1400円。帰宅後イクラ御飯。此れも貰い物。

 

 

7/13・木

 ふるさと納税で世田谷は九十億も流出したとか。区民一人当たり一万円。此処まで拡大するとちょっと拙いな。折角戸籍制度があるのだから、ふるさと納税出来るのは本籍地だけにすればいいと思った。吾人でも知っているような若い芸能人がお亡くなりに。暑かったからかな。矢張りネットの投稿が引き金らしい。ああいうものを見ては駄目です。兎に角、ポンコツでもヨレヨレでも生き続けることが大事。

前線が降りて来て異常な炎暑は収まる。時時小雨。ほっとする雨だね。併し大して降らなかった。腰も概ね治ったので、区役所に出掛けた。税務署には年一で来るけど、此方に来たのは五年振り。あちこち建て替え中。区民会館も壊されて仕舞いました。確かコルビュジェのお弟子さんが設計したものかと。享年=築六十年くらい。前にも書いたけど、日本で建築家を志す人はいなくなると思う。建物が人の寿命より短いくらいだから。外は騒騒しいが、幸い内部は空いていた。祖父の代の改製原戸籍と吾人の戸籍(正確には亡父のもの)、住民票と印鑑登録、全部で1800円。慎重に持って帰った。

昼は改めて表に出た。「長崎」が空いている。暑いからね。此処はほぼ冷房無し。家庭用のものが二台あるけど風が当たるところしか涼しくない。ちゃんぽん800円。あっさり味で夏にはいいね。オヤジさんには「暑いから気を付けて下さい」と言って出た。くれぐれも頑張らないように。すると今年の国保料が決まりましたと。少し下がって60万円弱だった。依然として高いよね。実質的には国民健康税。此れで保険証すら送って来なくなるとか。そんな馬鹿な。

更に大沢さんから電話があり、秋からの消費税インボイス制度が関係あるかもしれないと。個人事業の賃貸業務は非課税ではないのかしらん。そもそも営業車ならば全額経費になるよね。うちから何か仕入れ、付加価値を付けて売っている訳ではないし。またまた面倒なことが増えて困りますです。ところで、インボイスって、どういう意味。以後漫然とし、晩はアスパラと牛肉の炒め物と貰い物の鮭のソテー。そこそこ飲んだ。網戸の修繕8800円との請求。

 

 

7/12・水

 山陽線山口県内の区間で運休に。築堤に亀裂が見つかったと。復旧には二週間も掛かると。貨物輸送に甚大な影響が。そもそもの設備が古い。明治大正の線路だもの。こうして幹線クラスでも頻繁に切れるものだから、運送会社も安心してJR貨物に委ねられない。国土強靭化の予算で直せないものかしら。国民生活全体に関わることである。また開業目前の日田彦山線BRT線も被災したと。

 一晩寝ても良くならず。日が照る前にコンビニへ。時速二キロくらいでしか歩けない。家人と同じになって仕舞った。まずは貼り薬。猛暑日だけど、205と203は清掃作業。凍ったお茶を出す。拙宅で休んでいると優子さんから電話があり、今度の相続でもあの改製原戸籍が必要なのだそう。此の暑いのにまた区役所である。件の何とかカードがあったとしても役に立たないです。万代伯母の時のコピーじゃ駄目かしらん。午後も冷房蟄居。またまた二酸化炭素が増える。腰痛其の他の為、本日欠勤。またミサイル騒動があったそうだが公共放送以外はほぼ無視。ある物で飲んで、締めは朝買った冷やし中華。腰はやや改善。寝返りも打てた。夜はほんの少し降った。まだ梅雨である。

 

 

7/11・火

 東日本が公開したデータによると只見線会津川口と只見間)の乗客は一日80人前後(輸送密度)だそう。復旧後はほぼ満員電車みたいになっていると聞いたけど、思ったほどの数ではなかった。例によって乗り放題系の乗車券=青春18や大人の休日倶楽部パスは反映されているのだろうか。只見線の当該区間には過去三回乗っているけど、正規の乗車券は一回だけである(あとは周遊券と青春18)。ローカル線に乗るために旅に出ている人は多い。国鉄時代みたいにノリホを取って欲しい。

スウェーデンNATOに入るよう。NATOは冷戦時代の遺物ではなかった。みんなそもそもロシアが怖いのである。あの辺の国国では未だにトーゴー元帥が人気があるように。また当のロシアも何時か再び誰かに攻められるという被害妄想で出来ている。此の辺の誤解を解くにはあと何十年必要なのでしょうか。

 今日も猛暑。家人は検査の日。目黒09系統に乗って行きたいらしいが、一時間に二三本。もっと何とかならないのかしら。フルサイズのバスは要らない路線。車両を小型にしてもう少し走らせて欲しいが、運転手が足りないのかなあ。マイクロバスに毛が生えたような車両で十分なのだが。さてさて、何だか分からない値が高くなっていた為に、昼前に出て行った家人は三時頃に帰宅。何だか分からない値は低くなっていたが、一応下肢のエコー検査を行ったと。特に異状は認められなかったと。何だか分からない値って、何。なお一割負担で1500円だったそう。

 以後炎天出社。すると汗も引かない内に、授業に関して苦情があると無社長が言い寄ってくる。例の無反応な男の子である。ああいう子は始末に負えない。其れにそもそもそういうことは金を払ってからにして下さいと暫し口論となる。而も何かのきっかけで右手を伸ばした瞬間に左の腰に激痛が。そう言えば朝から違和感があった。石が動いた感じではないから、ぎっくり腰の類だな。以後安静とす。Bで二杯だけ飲み、低速走行で帰宅。緑のたぬき。直ぐに就寝。右を下にして寝たいのだが、寝返りすら満足に打てない。上半身を使って下半身を動かす。自己内介護だと思った。本格的な腰痛は五年振り人生二度目だな。不幸は続く。

 

 

7/10・月

 九州は大雨だが、関東は梅雨明けしたような天気。当分晴れとなる。2019年に死去した大手芸能事務所創業者による性加害の件は色色と波紋を。知らなかったで済ませようとする人は、そもそも知ろうとしなかったのではないかと非難される。そりゃまあ、そういうことになりますなあ。吾人ですらお噂は聞いていたもの。

朝一の体重66キロ。一日絶食でマイナス2弱。午前中に肉野菜味噌炒めを作って食べた。かんかん照りで、昼前には猛暑日となる。夕方まで待って臨時出社。まずは漢字検定の発送。五時を過ぎたので本局まで持って行く。続いて資源ゴミの搬出、講習時間割の検討。七時前の退社。取り敢えず、Bでビールとチューハイで中から冷やす。生ものは無しにして1020円。碑文谷の味の郷で中華総菜買って帰る。暑くて何にもしていなくても疲れる。尿も濃い。慌てて水を追加。行き成り最終回みたいな暑さだった。

 

 

7/9・日

 明け方まで結構激しく痛んだ。酷い時はラッシュ時の山手線の間隔でグワーッと来る。飲み過ぎの時と違い、焼けるような感じと吐き気は無し。うーむ、やはりアニーだな。容疑者はイワシ。恐らく初めての被災である。

昼前にレトルト御粥。のりの佃煮と。まあまあ旨かった。ちょっと生食は考えなくてはなりません。曇ってはいるが、南風が吹き荒れ、非常に蒸し暑い。冷房自室蟄居。設定は29度。昼過ぎにコンビニのサンドイッチ。午後も漫然とす。グレが痩せて来ているというので軟らかい餌を買いに行く。一食100円近い。食べてはいるけどそもそもの食が細いからね。痩せ型になります。気が付くと土曜も日曜も終わり。何だったのでしょう。

晩は「ほっともっと」の幕の内。650円。旨いことは旨い。お伴はシークワーサーの炭酸割り。本日無酒。すると今度は何度も上厠す。悪いものが下りて来たみたい。深夜便までの繋ぎはラジオ日本を点けた。滅多に聞かない局だけど、落ち着いた構成で助かった。早速シロは物置きの屋根。あそはトタンが冷えて涼しい。

 

 

7/8・土

 塹壕に籠った露軍に対して、米国はクラスター弾を供与すると。飽くなき破壊と殺戮。本当に戦争と言うものは歯止めが効かなくなる。不発弾や地雷の処理にも何年掛かることか。それにしても塹壕と言えは第一次大戦。欧州では悲惨な戦いの象徴だと聞いたことがある。今回のように航空戦がないと、百年経っても有効なのだそう。

梅雨空が戻る。ゴミ拾いは二周。以後冷凍パスタ。曇ってはいるが、やっぱり暑い。またまた営業員が来る。ちょっと冷たく対応した。其れでも、やれ相続が、税金が、耐用年数がと食らいついてくる。もう構わないで欲しいです。既に有効活用していますから。大体そんなに建てたいのならば、自分で土地を取得して、自分で建てるべきでしょう。昼は表に出た。何だか住宅街、商店街を問わず大変な人の出。地元の回転寿司も混んでいた。ビール一、日本酒一。二千円。午睡をすると何だか胃が痛い。冷房と冷酒で胃が冷えた模様。晩は絶食。夜半まで痛む。ホカロンを張り付けた。飲み過ぎかな、まさかアニーとか。

先月の売電量272キロ、6528円。梅雨期としてはまあまあ。データから見てもカラ梅雨傾向である。其れでも夏場は太陽光発電も全く足りない感じ。東電管内だと晴れて1300万キロ作っても、全体では5000万も使っている。増して日が暮れると・・。

 

 

7/7・金

 横浜市の工機メーカーの冤罪事件、賠償を求める民事裁判の過程では、そもそもの事件が捏造だったと捜査員が証言。上司の強い意向があったと。大体、生物兵器とかもう作らないよね、何処の軍隊も。元被告らは何か月も拘留された。中国ではない。警視庁公安部の案件です。そんな上司の出世欲はそもそも何処から来たのでしょうか。どうにも中韓に強く出ようとしていた時の政権におもねたものだったらしい。権力の偏重はこういう誤りを齎す。Aや自民党を支持して来た人は反省して欲しい。

 朝から晴れて格段の暑さ。こんなに暑いのに家人は須美伯母と一緒に百貨店へ。姉さんとウインドーショッピングとの表向きだが、やっぱり菓子を買い直したいらしい。こういうところの神経はつくづく分からない。お医者さんへのお中元=我が命に代えても・・・、狂っているとしか。吾人の昼はレトルトカレー。午後家人帰宅。流石にお菓子は買わなかったみたい。

以後早めの出社。先ずは直したばかりのパソコンからデータの送信。微妙に使い勝手が違っていたが、何とか出来た。続いて漢字検定の管理監督。合間合間に夏の講習の時間割づくり。暑くて疲れたね。八時半の退社。Bに参るも大混雑。何しろ女子=ベトナム出身の社員さんと学生アルバイトさんの二人体制ではねえ。多勢に無勢。注文も下げ膳も大渋滞。そしてミスも起こる(ガラガラガチャンと注文重複)。ベテランおじさんでも無理ですねえ。暑い金曜日だもの。混むよね。漸く出て来たビールをゆっくり飲みながら暫し待機。すると佑子さんは容赦なく注文していた。吾人や村田さんは出来合いの物を控え目に注文していたのに対して。此処は観察能力というより性格の違いだね。何にも頼めないので途中、富士そばへ退避。ゆず鶏とほうれん草の冷やし蕎麦。此方は三人体制であった。其の後も幾らか飲んで十一時の帰宅。全部で2700円。差し入れのジュース二本を含む。

注・・事件は警視庁の手柄として警察白書にも出ていたらしい。本日内容が削除されたとか。そもそも公安警察は何をしているのでしょう。暇なのだな。もっと振り込め詐欺犯とかを追って欲しいです。

 

 

7/6・木

 サラダ記念日。とはいっても、実はサラダではなく、鶏のから揚げであったと何時か御本人が述べられていた。特にカレー味が褒められたとか。確かに男の子にサラダではね。短歌はノンフィクションではありませんので。併し此の歌も何年かしたら、まずいことになるかもしれません。難しい世の中です。

愈愈武器輸出まで解禁するのだと。殺傷能力のある物まで。そんな馬鹿な。精精中古の巡視船までだよね。ザポリージャ原発には爆発物があったとか。ロシアとウクライナで非難の応酬。幸いIAEAは存在を否定している。一昨日の夕刊には「エコ不安」症についての記事があった。何をやっても二酸化炭素とゴミを増やしているだけだと思って仕舞うのだそう。そういう側面もないことはないけど、クルマを乗り回していなければ大丈夫ですよ。あと飛行機も。新聞も取って下さい。新聞紙はリサイクルへ。

朝まで小雨。次第に晴れる。まずはゴミの対応。今朝の裏通りは早かった。一便目で持って行った模様。出し遅れたものを隣りの集積場へ搬送。続いて外構部の清掃。昼はスーパーのビビンバ丼。新商品らしい。500円の値段と量では腹五分目だった。貰い物のレアチーズどら焼きを追加。午後は203の退去確認。矢張り国に帰るそう。短期解約違約金は無しにした。なおあのふざけた見積もり書は大沢さんに進呈した。冷房少少。二階に蟄居。晩はある物を食べた。

 

 

7/5・水

 愈愈汚染水=処理水の放出が始まるそう。トリチウム以外はよく取り除いたというべきか。ああするより手がないよね。残念だけど。となると秋の秋刀魚漁に影響が出るかな。獲れなくなっているから丁度いいか。今年はほぼ禁漁ということで。

 曇り勝ち。須美伯母がまたまた植木を持って来た。八つ手他。枯れた芙蓉の所に植えた。出社際に、家人がチーズケーキが旨かったと。可笑しいな、あれは「まいばすけっと」で300円で売っていたものだけど。既に期限切れ。なおパソコンは直ったみたい。最終コマは数学。中二のオー君は未だに手を使って計算をしていた。連立方程式以前の問題。ちょっと数学は無理だよな。こういう子にあんまり強く教えてもねえ。人格が損傷しますので。何時の日か鱗が落ちたように出来るようになるのかしらん。退社後はBの本店で軽く。本店はつまみ類が豊富。生わかめ、穴子天、サービスの鮟鱇の煮つけ。ついつい1900円。帰宅後味噌ラーメンを自作。久久の腹パンパンで就寝。

 

 

7/4・火

 新橋のビルで爆発火災。ガス臭いのに煙草に火を点けたと。階上の工事が原因らしい。税収増により、昨年度は二兆円も余ったとか。件の何とかカードで全国民に迅速に還付したらどうでしょう。

一晩寝ても腹の虫は収まらず。隣りの建物は解体が決まったそう。僅か二十五年。あれだけのものがほぼ全部産業廃棄物に。勿体ないね。小庭のシマトネリコも切られるなあ。元元の所有者=クヌギさん、売っちゃだめだよ。投機の対象になるから。其れに何もこんなところを買わなくともね。もっと古家があるだろうに。そもそも建て替えて儲かるのでしょうか。建築費も高騰中。土地から買って、壊して、建てて、相当な家賃でなければ元が取れないよね。一方、西隣りに入っている掃除屋さんは廃業するのだそう。不渡りを貰ったらしい。昼夜を問わず真面目に働いていたのに。なお203は退去作業をしていた。本当に国に帰るのでしょうか。

まあまあ晴れて暑いまま。昼は獅子丸でもやしラーメンのセット。950円。青島ビールの小瓶を付けた。プラス610円。自室にて冷房蟄居。勤労意欲がなくなり、本日欠勤。芥田先生から落花生が届く。奥様の礼状付き。家に居ても仕様がないので立ち飲みBへ出かけた。八時前から二時間半。皆さん勢ぞろい。色色と聞いて貰った。2300円。帰り掛けに鷹番であっさりラーメン、850円。十二時就寝。

 

 

7/3・月

 既に昨日より暑い。家人たっての願いで、商品券を買いに出かけた。例によってお医者さんに配るのだという。色色と言いたいことはあるが、泣く子と猫と年寄りには勝てない。渋谷の百貨店がなくなったので、二子玉川に参る。開店と同時に入店。店内あちこちの人に挨拶されるが、服飾品も装飾品も一生縁がない所ばかりですねえ。五階の紀伊国屋に入った。併しこうも暑いと読書の頭にならない。中公新書の『関東軍』のみ。本館六階のサービスコーナーへ移動。時節柄、既に混んでいた。少し待って発券して貰う。四万円分。此れはお歳暮までの分。個別の封筒に包み、名前まで入れてくれたけど、此れでどれだけの発行手数料が入るのかしらん。金券贈与文化もそろそろやめにして貰いたいです。続いて地階の食品コーナーを物色。「王朝」という所の中華弁当を二つ。2200円くらい。また電車で帰った。

午睡の後、ある物で機嫌よく飲み始めた。すると家人は、事前に届いた品物=ウエストのお菓子が、想定したものより小さいと言い始める。此れではお医者さんに持って行けないと。物価の高騰で多少の変化はあるだろうが、言われたものを注文した筈。そもそもあげて仕舞うものに、そんなに取り立ててどうということではないだろう。結局吾人が激昂す。こうしてお医者さんへの付け届けで毎年毎年家庭内不幸が訪れる。可笑しな世の中である。腹が立つので駅前のBへ。ニ三杯。夜はやや涼しい。

 

 

7/2・日

 昨日の雨で美祢線がやられました。あそこは94年の秋に乗っている。山陰側から来て、厚狭から「はやぶさ」で帰った。奮発した寝台券は壁に貼ってあります。乗り際に厚狭駅前の居酒屋食堂で天ぷら定食を食べた筈。中瓶を頼んだら、女将さんにお酌をされました。あれは人生初の被お酌かもしれない。早く直して欲しいです。

 前線が南に下がり、朝は涼しい。二度寝をしたらもう八時。あっという間のかんかん照りに。ゴミ拾いも最低範囲。昼は表に出た。久久に「とらや」でとんかつ定食。開店と同時にほぼ満席。御老親と娘さん?二人の四人体制で対応。みなさん、かつと御飯を頬張っている。まあ何というか、外でとんかつが食べられるくらいの幸せが一番だって、誰か言ってなかたっけ(其れ以上飲んで食べると病気になりますので)。吾人は小瓶を付けて1320円。家人には東急の折詰寿司。

午後は映画「すばらしき世界」を断続的に。役所広司扮する元受刑者さんがカップ麺をぶん投げるシーンが印象的。色色と巧く行かないことがあるからね。吾人も時折ああなりますよ。すると近所に救急車が。食堂を手伝いに来ているおばさんが倒れたらしい。熱中症かと。中は熱いよね。其れでも陽が落ちると涼しい。冷房も三時間程度。晩は鰹の刺身と自作の回鍋肉。鰹はグレも食べた。旨かったみたい。

注・・美味しんぼ第二十八話「トンカツ慕情」参照。いい話だけど、恩人である元店主さんにとんかつ店を丸ごと寄贈して仕舞うあたりがバブルっぽいつくりとなっている。

 

 

7/1・土

 今月から電動キックボードが免許不要に。警察当局も摘発を諦めたよう。ちなみに乗ったことはありません。此処数年流行っているようだけど、また数年経つと誰も乗らなくなるかも。自転車に勝るものはありません。自転車の欠点は繁華街に行くと置くところがないのだよね。

 引き続き南風強し。西日本は大雨。早速ゴミ拾い。路上飲みの残骸多し。続いて吉野家で牛丼。生野菜ととん汁を付けたら786円だった。一時大雨。万博のパビリオン、海外勢は一件も建築申請が出ていないそう。高くて無理なのだと。間に合わなくなるよね。風も雨も収まる。するとうんと蒸し暑い。買い物は二便。何だか蕎麦を手繰りたくなり、近所の甲州屋に入る。盛り蕎麦とビール。ちなみに中瓶650円。其の昔、外飲みのビールは一ミリ一円を基準とし、其れより上か下かで店を見分けたものだが、此の基準だと今日ほぼ全ての店が高い店ということになりました。以後漫然と文化放送。晩は少し牛肉を焼いた。夜にもう一雨。やや涼しくなる。

注・・立ち飲みBは中ジョッキ490円=標準店。嘗て安さで鳴らした晴雷亭は大瓶610円=辛うじて安い店を堅持。生は瓶より高いので一割増しで考えています。

2023-6

6/30・金

 キハ85、渋谷24系統の小田急バスが、本日ラスト。なお26系統は残るらしいが一日二本となる。世田谷通りで赤い小田急バスを見ることは殆どなくなることになります。沖縄のコロナは昨夏の第七波に迫るよう。うーん、冬場の第八波が本土より少なかった模様。温暖な気候だからね。罹り切ってなかったのかもしれない。全国的な第九波は、来ない方に五十円。露軍では大量粛清。プリゴジンの乱にかなりの同調者が居たみたい。

 明るい曇り。夜明け前は涼しかったが、以後何にもしなくても汗がにじむ。巧くワイハイに繋がらなかったみたいで、吾人のスマホ通信量が一ギガを超えそう。そうなると二千円も余計に取られるらしい。僅か一日で。大手キャリアは高いなあ。従って、本日スマホ断ち。以後一時雨降り。須美伯母が来たので、昼はてんやの天丼。560円×3。他にゼラニウムの移植。葦簀の邪魔になるので。此の花、へんな臭いがするので苦手。

するとまたまた営業員が来る。ざっくりとした見積書まで持ってきた。目一杯建てると34戸で七億円(!)。家賃から、借り入れ返済額をたっぷり引くと、収入は今より少し増える程度。更に大幅増額された固定資産税を引いたらどうなるの。減価償却費も除くと、課税所得はゼロになるな。建てれば建てるほど損をする。こんな馬鹿なプランがあるかねえ。此れでは公営住宅だよな。万事馬鹿馬鹿しい。四時頃出社。南風強し。シャツも半袖にした。幾分涼しい。退社は九時前。須々木さんを探し出して、鳥源でビール一。続いてBへ。暑かったからかな、何だか飲も食も捗らず。酎ハイ三杯の750円のみ。帰宅後カップ麺。こうして平日ばかりの六月が終わった。

 

今月の備忘録

一、四月のマスク消費量=二枚くらい。五月は風邪を引いた時に数枚。今月はゼロ。二、Bの駅前店の入っている再開発超高層ビルはテナントがどんどん退去。大手居酒屋も撤退。ふくだしラーメン店も超高額大福店も。家賃に追いつく稼ぎが無いのだろう。二階以上は人影すらない。住居と違って転売も出来ない。みんな、元手もすった筈。元すりモール。こんな建物要らなかった。メリットは禁煙とトイレが綺麗なことくらい。三、それにしてもKも大人しかったのは最初の半年くらいだな。最近は聞く耳も無し。権力は人を高揚させ、腐敗させる。早くこんな内閣潰れて欲しいです。四、平日は「おはよう一直線」「スタンバイ」から「あなたとハッピー」、午後は「ゴールデンラジオ」。以後出社。出社しないときは其のまま「おいでよ!クリエイティ部」。夜は「深夜便」。土日の朝は「マイあさ」から「まとめて土曜日」。昼過ぎは「ニュースクラブ」「親父パッション」「スナックラジオ」。深夜は「東京ポッド許可局」。聞き逃しサービスで「飛ぶ教室」。以上ラジオ生活。五、小田急快速急行で切りつけた事件。初公判によると、直前の万引きの案件の対応に当たった警察官の態度も良くなかったそう。事件のトリガーの一つかと。当初は警察を襲おうとしたとも。警察官の仕事は事件の芽を摘むことでもあります。キムタク教官に怒って貰いたいです。注・・風間公親最終話、職務質問の仕方が悪かったとキムタク指導官が激昂するシーンがある。六、スマホの画像検索等によると、変な葉っぱの木はクワズイモというらしい。里芋の仲間だそうで。また芙蓉かと思っていたものは、むくげだと。一度植物帳簿みたいなものを作ってみるかなあ。閑人。

 

 

6/29・木

 朝から晴れて、恐ろしいほどの暑さに。不出社日だが、ゆうちょ銀行に問い合わせてみる。するとクラウド方式に変更するには概ねひと月くらい掛かりますと。あらまあ、来週には夏期講習の引き落としデータを送らなくてはならない。パソコンを直して貰うしかないね。102には引っ越し。早く決まって良かった。

昼は素麺を茹でた。初冷素麺。家人には食堂の弁当。川崎の叔父さんは本日手術。家人らは所在なさげ。頻りに電話連絡。開けて吃驚、(逆)玉手箱というケースがあるからね。吾人も漫然とす。嫌だね、病気は。叔父さんは八十四だっけ。こういうことばかりである。夕方連絡がある。事前の予想より軽かったと。良かったです。晩はある物を寄せて食べた。冷凍の金目は脂がなかった。

 

 

6/28・水

 陸羽西線の(並行トンネルの)工事は更に伸びるそう。そんな馬鹿な。山の風化が想定以上だったとか。何でそんなところを掘ろうとしたの。不便で仕様がない。米坂線も早く直して欲しい。

シロに続いて、二本立ての悪夢で起こされる。未だに受験の夢を見る。二本目は何処の店も目一杯でビール一つ出て来ないというもの。蒸し暑いからだね。昼はレトルトカレー。もずくと胡瓜とスーパーのコロッケ添え。麦茶も作る。次第に晴れる。もう暑くて二階では寝ていられない。階下に避難。葦簀を立て掛けた。蝉の初鳴き。初冷房。午後出社。再びパソコンが壊れた。サービスマンが来て、引き取って行った。やっぱり寿命だな。困るのは引き落としのデータ。クラウド方式に変更しなくてはならないなあ。九時前の退社後はずっとBの駅前店。たっぷり飲んで2500円。帰宅後コロッケサンド。やや涼しい。猫にも鰹のたたきを特配した。

 

 

6/27・火

 今年の三月、川越線の単線区間で列車がお見合い状態に。此れはシステムエラーだそう。最終的には赤信号で止まったけど、ちょっと危ないなあ。また土曜のトラブルは作業手引書にそもそも誤りがあったと。東日本に限らず、最近は東急でも故障が多い感じ。人を減らしすぎていると。ワグネルは結局解体されるという。国民の支持はあったというから、いっそモスクワまで行けば・・・。併し此のワグネルという会社は元元は給食センタープリゴジンという人は料理人だった。ワグネルはワグナーから来たそうで、ナンバーツーの軍事的指導者はナチの熱心な信奉者だそうです。そんな馬鹿な会社が。

 曇天、蒸し暑い。沁みるような暑さ。でも一旦冷房を点けると、家から出られなくなるからね。もう少し我慢。すると例の営業員がやって来る。擁壁が古くなっているので、早く何とかした方がいいと(其れはそうですけど・・・)。なお前回提案されたプラン=28戸で数億円もするという。名目収入は二倍半以上になるけど、建物代と管理手数料がごっそり掛かるので、吾人の粗い計算でも所得水準は現在と大して変わらず。凡そメリットが感じらませんね。一方の205は漸く撤収作業。早く次の人を探さなくては。稼働率を上げるのが賃貸運営の基本。

家人は叔父さん(=実弟)の見舞いに。小杉の大学病院へ。会うのは三年振りだそうです。帰宅してから夕方出社。退社後はBの本店。須々木さんら。結構混んでいて声の通りが悪い。煙草も煙い。早めの退散。1480円。帰宅後緑のたぬき。夜は漸く涼しい。

 

 

6/26・月

 厚い曇り。やや蒸している。カレンダーによると、今月は金曜まである。長いね。例によって黒い字ばかり。家人は胃の検査へ。同意書等もないので相当早く出て行った。所在ない吾人は余り物と冷凍物で手羽と野菜のごった煮を作る。久久の血圧測定は143の93。家人昼前無事帰宅。午後はやや晴れて結構暑い。漫然とす。晩はスーパーの総菜を並べた。植木屋さんの請求書、7.1万円。事前の消毒作業込み。

 それにしても今回の戦争では多くの戦闘車両が出て来ているが、ほぼ区別が付かない。鉄道に関してはキハ58と40の違いも分かるのだが。吾人も大昔は兵器図鑑等をよく眺めたもの。途中から平和産業に転換しましたので、現在では一般の人と同様の水準です。破壊された戦車を溶かせば、建築資材とかが出来るのかしら。数千両はある筈。嫌だね、戦争は。

 

 

6/25・日

 民間軍事=ワグネルは、モスコーを目指すと。バフムートの攻略戦で相当消耗している筈だが、やられる前にやり返す、此処が攻め時と思ったのだろう。プーも大慌てで演説したとか。鎮圧にあたる露軍の士気も高くない。どの程度の内戦になるか。結局、武力によってしかロシアという国は変わることが無い。此れでウクライナから撤兵してくれると有り難い。

 再びゴミ拾い。一晩でペットボトルが散乱す。少し暑いけど、出掛けようと思った。碑文谷まで歩いて、東横線。横浜で根岸線。大船下車。周囲を散策。観音茶屋は建て替わったよう。併し開店前。此処は鎌倉市になるが庶民的な商店街が続く。飲み歩きにはいい街だね。取り敢えず魚屋がやっている回転寿司屋に入った。ビール一、日本酒一。ネタは大ぶり。続いて湘南モノレールで空中散歩。終点下車。駅も綺麗になっていて、エスカレーターも付いた。ICカードも使える。観光客に交じって片瀬江ノ島駅へ歩く。直ぐに小田急線に。藤沢駅箱根そばは閉じていた。中央林間下車。何だか食べ足りないのでラーメン店を探す。「タスク」というらしい。魚介系の合わせスープ。850円。ちょっと味が濃かった。其のまま田園都市線で帰宅。まだ二時だった。以後、シャワー入浴と午睡。交通費概算1600円。飲食費4000円。もう十分暑い。秋まで外出出来ないな。

 晩になる。なお中央林間の崎陽軒は全ての弁当が入荷待ちだった。という訳で家人には千代田寿司を用意。吾人はある物を食べた。ワグネルの行進はモスクワの手前で中止。代表者はベラルーシに超法規的に出国したと。一件落着だそうです。プリゴジンという人物も、軍幹部は激しく批判し、戦争の大義も否定してはいたけれど、プー本体までは言及しなかった。所謂君側の奸を撃つ方式かと。こんなもので御仕舞だそうです。茶番劇? それでも死者は出ているそう。

 

 

6/24・土

 東日本で大規模なシステム障害。中距離以上は現金と切符以外使えないことに。やっぱり磁気券とみどりの窓口だよね。昼頃には復旧。ロシアの軍事会社も愈愈取り締まりに。此処の創始者は軍幹部や政権を厳しく批判していた。現ロシア唯一の言論人でもあった。徹底抗戦を主張すれば内戦になるかもしれない。傭兵会社というより、一種の軍閥。凡そ近代国家の体を成さず。

ゴミ拾いの後、富士そばでとり天そば。550円。草取り少しで昼となる。家人には小淵沢丸政の天むす。薄晴れで結構暑い。午後は漫然とす。晩は特売の天然ぶりを焼いた物他。

 

 

6/23・金

 遭難した潜水艇は前前から危ないと言われていたそう。汎用品の組み合わせで出来ていたと。変な形だものね。大事の前に小事あり。うーん、何で行って仕舞ったのでしょう。破片も発見されたと。昨年の税収は70兆円にもなるそう。物価が上がれば消費税も増える。其れでも基礎的財政収支は赤字なのだそうだが、10兆円程度の規模ならば、もういいよね。日本の財政は大丈夫(多分)。某有名女優さんが不倫騒動だと。こうなったら振り抜いて欲しい。不倫の何が悪いのかと。元元こういう恋愛体質なのですと。結婚制度自体がおかしいのですと。こんなものにこだわるから、ちっとも子どもが増えないのだと。

 大体曇る。引き続き涼しい。使用済みカイロは猫砂として再利用す。送料が高くてもう送れません。昼は料理おばさんのチキン焼き弁当と食堂の鮭弁当をミックス。午後出社。八時過ぎの退社。須々木さんを呼び出して、久久の晴雷亭へ。実に三年半ぶり。鶴木さんおすすめの店でもあった。入った途端、油虫が歓迎してくれた。飛んで来た。恐ろしい。なお酒類以外の値上げはなし。ラーメン未だに350円。ビール用冷蔵庫が更新されていた。気を取り直し、此処でも少し思い出話を。帰り掛けに若い外国人カップルが入って来て二度吃驚。チャーハン肉なしを頼んでいた。おやじさんも心得ていたから既に常連のよう。大したものだね。続いてBを梯子。帰宅は十二時ちょっと前。

 

 

6/22・木

 大船軒は大船から撤退。ずっと前からNREになっていた。看板に偽りがあるということになります。立憲民主の党首も若い割には何にもしない。何がやりたくて政治家、増して党首になったのだろうか。壊し屋イチロー氏も野党共闘を求めて怒っていました。吾人も同感です。またまた沖縄からコロナが増えているそう。まだ罹る人がいるの。エアコンかなあ。もううんざりです。

106からは大量の衣料ゴミが。四袋。仕分けして公民館に持って行こうと思ったけど男物だから止めた。此の人も引っ越すのかしらん。大体曇る。こうなると太陽光発電が残念なことに。東電管内でも300万キロに行くか行かないか。もっといいパネルなら発電出来るのだろうか。昼は家人の親子丼。胡瓜を一本。次第に雨降り。梅雨寒。猫の御蔭で睡眠がグタグタだ。始終眠い。抜け毛でくしゃみも止まらず、適当夕飯後湯船入浴。今季最後かな。抗ヒスタミン。夜半には止む。

 

 

6/21・水

 タイタニック号探索艇が行方不明に。観光目的。一人25万、ドルだと。延長もせずに通常国会が閉幕。防衛費二倍法もすんなり成立したとか。そんな馬鹿な。T54は爆薬を積んで突っ込ませているのだそう。そんな戦術が通用する訳も無し。

概ね曇る。時時薄晴れ。まあまあ涼しい方かな。夏至。家人は目の検診。帰り掛けに買って来たスーパーの弁当。午後まで寝たり起きたり漫然とす。すると来週受ける胃の内視鏡検査の問診票がなくなったと大騒ぎ。病院ばかり行っているからね。以後出社。講習の案内を出す。結構値上げした。九時前の退社。偶には幾寅を覗く。最近はY君に加え、ノラちゃん(大学二年生)も働いている。此の子も少しは愛想が良くなった。酒場はアルバイトも鍛えます。無社長もちょっとだけ来た。十時退店。Bに顔を出して帰る。十一時帰宅。なお川崎の叔父さんは胆嚢の手術だと。大変だあ。

 

 

6/20・火

 米中外相会談。北京にて。国家主席も顔を出したとか。其の際の席順が話題に。コの字型の頂上部分。ゼミの先生が座るようなところだったとか。まあ主席の方が格上ということになるからね。ああいう国は面子を何よりも重んじる。中共さんの体面を保つような形での台湾問題の棚上げをお願いするしかありません。・・何時でもいいから何時の日か平和的に一緒になって下さいな。国際社会は其れを祝福しますよ。詰まり、其れは今世紀中ではないでしょう的な。

 まあまあの晴れ。本日植木屋さんが来る。通常は秋口なのだが、余りに草木が伸びるので早めのお出ましを願った。まずは梅から。続いて枝垂れ桃の補正。金冠の木もばっさりと。以後低木刈りと草取り中心。大体植物が多すぎるよね。何度も刺された棘棘しい雑木は切り倒しました。奥さんとともに吾人も昼まで頑張りました。以後は離脱気味。休憩時間には近所の飲食店に関しての情報交換。植木屋さんも色色と知っていた。四時前作業終了。案外作業は進捗した。ちょっと切り過ぎたかな。夏場は鬱蒼とした感じの方が良かったのだけど。休憩の後、夕方出社。只管漫然とす。退社後はBの本店で二千円。帰宅は十一時半。シャワー入浴とカップヌードル。夜は涼しい。

 一日遅れて「風間公親」最終話。大学教授が義理の息子を殺害した事件。偽装の為に、教授は態態毒を目に。痛痛しいね。大体、自殺した人というのは沢山いるけど、自ら失明した人というものを吾人は知りません。そもそも、ヒモみたいな娘婿でしょう。まずは離婚裁判にかけるよね。あり得ないです。すると地域課員の不審尋問により、件の千枚通しの男が捕まる。此れにて全件落着かと思いきや、何と証拠不十分で釈放に。そんな馬鹿な。超重大事件ですよ。幾つも微細な逮捕状を用意して徹底的に調べるよね(国家権力はあんな甘いものではありません)。ああ、此のシリーズ、見ればみるほどヘナヘナな内容でした。まあ何というか、現実世界では動機と結果がかけ離れていたり、どう取り調べても動機は本人の頭の片隅にもないような事件が頻発している。こういう完全犯罪を暴くタイプの古典的なドラマはリアリティーがないのですなあ。最早、刑事ドラマ全般が時代遅れかと。其れは即ち、世の中が理不尽だということです。

注・・北斗の拳のシュウは数少ない其の人です。

注・・警察物としては「ハコヅメ」の方が画期的だった。

 

 

6/19・月

昨日昼、札幌から函館に向かっていた高速バスがトラックと正面衝突。国道五号で。双方の運転手に加え、乗客三名も犠牲に。トラックに突っ込まれた感じ。バス側に非はない。其れでも事故は起こる。もっと鉄道に乗って欲しい所だけど、最近の北海道はそうともいえないのが残念です。

 タケローさんも復帰。やや涼しい薄晴れ。此れで平年並みだそう。205は通告通り退去。残置物あり。やや古いテレビと冷蔵庫、キーボード、家具類。保証会社の方で処分するそう。本人は実家に帰るのだそう。確か三重の南部だった。アルバイトが続かなかったのだろう。なお債権は保証会社が持つことに。沢山請求されるな。滞納に関して家主側に実害はないが、205は最新鋭のお部屋。確か180万も掛かった。一年半で出られては敵わないです。

それにしても、そもそも何をしに来たのでしょう、東京に。学びに、稼ぎに、遊びに・・・。色色あるでしょうけど、目的を明確にしないと生活費に飲み込まれます。都市生活、増して賃貸暮らしは何もかもをお金で交換しなくてはならないですから(=旅宿の境界)。また203もビザの更新が出来なくて来月帰国することに。入管が厳しいと家主も損します。なお大沢さんは休日出勤だった。滞納したくてする人はいないだろうけど、色んな人に迷惑が掛かります。

昼は自作のねぎラーメン。おにぎり屋をプラス。草取り少少。晩は三丁目のとんかつ。ラーメンは家人にも食べさせたが、汁が辛くて半分捨てたそう。流しにぶちまけてあった。買って来ても、作ってみても、不味い不味い、よくこんなものを売っているし、買って来たねが止まらない。あんたは海原雄山か。共同飲食=家庭内不和の元。個食が一番いいね。ああ、不愉快が止まらない。昨日の団子も庭に叩きつけてやった。以後大量飲酒。

 鳳生大学石岡体育施設も閉鎖だそう。芥田先生とゼミ合宿で二回は行った。食事が大盛りで、「石岡太り」するなんて言われたっけ。今後は提携外部施設を使うのだそう。三浦や富士セミナーハウスも既にない。自前施設は持たない方針だそうです。運動部は困ると思うが。

注・・そもそも普通列車がない。急行や快速も。運賃料金が高い割に、線路車両設備等の老朽化に伴い、特急も含めて安定輸送が(バスより)出来ない。悲しいです。

 

 

6/18・日

 やや曇るも蒸してくる。其れでも偶には出歩こうと電車に乗った。都心を抜けて東武線に。西新井で降車。まずはラーメン朝食。ホーム上の「西新井らーめん」。500円。ホームドアもない古い駅の昭和の店。行き交う列車を見ながら食べると尚旨い。伊勢崎線の宝だね。併しちょっと暑い。中で働くおじちゃんおばちゃんも汗ダクダクだった。

続いて西新井大師でお参り。草団子を買い、環七を少し歩いて日暮里ライナーへ。途中で都電に乗り換え。町屋下車。千寿校の帰りによく降りた街である。取り敢えず立ち飲みBを覗く。実に数年ぶりの訪問。丁度土居店長兼オーナーがいらした。挨拶するも開店相当前なので入れて貰えず。日高屋で暫し待機。一時前に改めて入店。チューハイ四、刺身二。少し話して帰った。渋谷で「まつおか」の折詰。帰宅は三時半頃。直ぐに午睡。交通費1500円。飲食費3000円。団子900円。晩食代2500円。差し入れの今川焼500円。1.1万歩。朝のゴミ拾いを入れれば1.3万。上野で飲むか、日暮里に行くか、特にノープランだったけど、まあまあの遠足だった。

注・・町屋店ではどういう訳だか中野君も働いていた。もっと話したかったけど、店内直ぐに大混雑。繁盛していたというより人が足りない感じ。オーナーは閉店まで働くそうです。鶴木さんの件は聞かれなかったので話さなかった。不幸というのは伝え方が難しい。

 

 

6/17・土

 ベラルーシに戦術核が配備されたと、プーが高らかに発表。ミンスクを攻めるとは誰も一言も言っていませんけど。なおウ軍の反抗もそんなには進まず。厳しいね。異次元の少子化対策=異次元の性行為の推奨。ちょっと無理があるよね。ベッドや布団の上では好きにさせて欲しい。自衛隊の事件はマニュアル通りならば起こりえないそう。詰まり、何かしらの怠慢があったということになる。

暫く梅雨の中休み。真夏日。幸い湿度は低い。朝はシロの捜索。最近何だか冷たい。隣りの空き物件に潜んでいた。昼はピーコックの中華弁当。何だかくしゃみ止まらず、抗ヒスタミン。すると昏昏と午睡す。夕方前、大沢さんが来て、205の偵察。一応引っ越しの方向で進んでいると。そうですか。吾人は顔を出さなかった。家人は寝具類の換装。晩はある物を食べた。忙しそうなので鮭炒飯を作った。

 

 

6/16・金

 しなの鉄道は漸く復旧。なお新型車両も破損。115系の引退が伸びるかも。秋葉原の宝田無線が破産したとか。拙宅第一号のビデオデッキ、此処で買ったような気がする。チラシを見て、亡父と買いに行った。確か十万円くらいしたかと。1986年くらいのこと。併しテレビとの接続が出来なくて、お店の人に来て貰ったっけ。ギリシャ沖で大量遭難。過去最大規模だと。超満員の船から海へ。投げ出された人はまだ幸運だったそう。痛ましい。

 朝から晴れた。102は漸く清掃。最近混んでいるのかしら。あっという間に真夏の気候。昼はカレーうどん他。午後出社。退社後はBで三杯ほど。帰宅後鮭茶漬け。夜は涼しい。

 

 

6/15・木

 機密文書の持ち帰りでトラ氏は起訴される。漏洩というより、書いてある内容は何だか分からないけど貰ったものは返さないという感じ。風呂場に積んであったとか。裏紙として使う積りだったのかしら。

シロとグレのダブル攻撃でよく寝られず。朝はサッポロ一番。巨大な可燃ゴミの搬出。片手で持てない。沢山入れ過ぎた。続いて銀行に参り、各地方税の納付。今年から判子に代えてカードを持参。奥の方にある新型の税金専用支払機に挑む。すると行員さん付きっ切りで指導される。バーコードがないものは数字を光学的に読み取っているらしく、えらく時間が掛かる。複写されたものが領収書として出て来たり、払った振込用紙が其のまま出て来たりと対応は様様。おまけに都立霊園使用料の物は読み取り不能だと。大きなものだけ支払った。合計2570キロ。有人窓口の方が早いね。続いて優子さんに送金。2000キロ。此れは自宅から。霊園は郵便局の機械で払い直し。現金4380円。こうして年に一度の大量出金は終了した。

草取りも再開。グリーンアスファルト、茶色く縮んで、ほぼ効果がなくなった。取った草はビニール袋に収容するのみである。須美伯母が来て、家人と思い出話。吾人の昼は表に出た。ぶらぶらと上目黒の町蕎麦屋へ。一年半ぶりの入店。親子丼と盛りのセット、1100円。冷奴の小鉢は有り難いが、みそ汁は要らないよね。塩分注意。次第に雨降り。午後は漫然とす。晩はある物を食べた。「サラメシ」は週刊誌編集部。休刊前の最後の姿を取材していた。親会社の新聞社も危ないよね。近所の配達所も概ね三分の一になった。もう一度拡張員さんに頼んでみたらどうでしょう。対象は中高年世帯。こういうものはアナログ営業が有効。月五千円くらい、みんな払うと思うけど。

Kが出て来て、解散はしませんと立ち話。勝てる見込みが付かなかったのだろう。何処まで行っても恣意的な解散。大体真夏の選挙。死人が出るよね。北の国はまたまたミサイル。こんな夜に珍しい。

 

 

6/14・水

 今度は自衛官が小銃を乱射。こういう事件は初めてではないだろうか。何しろ人手不足で相当問題のある人でも採用されていると聞いたことがある。此れでも大軍拡するのですかということ。

結局宿酔となる。あんまりつまみを食べなかったからだな。何とか収めて、昼は残りカレープラススーパーの揚げ鶏。午後までしんなりす。夕方出社。ちらついた蛍光管をLEDに交換。まだ二本目。なお最近元の生徒が親になって子どもを連れて来た。小さい子が三名ほど入った。無社長から見れば孫だね。九時の退社後はBの本店で三杯だけ。1720円。帰宅後鮭茶漬け。

容疑者は十八歳だそう。教官を狙ったらしい。入隊後僅か二か月半。実弾訓練は早いよね。まずはスコップで人を掘り起こす試験をやって職業適性を見極めて貰いたいです。銃より災害派遣。なお同様の事件は約四十年前にもあったそう。

 

 

6/13・火

 しなの鉄道で回送列車が脱線。最近此の種の事故が多い気がする。各社とも。車両が軽いからかしら。タケローさんは復帰した途端、またお休み。軽い肺炎だそうです。愈愈かなあ。AМパーソナリティーは年上のベテランが望ましいが、少しずつ居なくなって仕舞います。

 未明には止んだ。家人は病院で心の検査。三か月前に予定されたもの。幸い頻脈症状も軽いものが数度程度。一二錠の服薬で収まっている。という訳で、一人で行かせた。所在ないのでカレーを作る。昼前家人帰宅。取り立てて問題はないが、足に血腫があり、来月再検査だと。心臓を調べたのにどうして足が分かるの。

午後出社。担当生徒はインフルエンザに罹ったそう。先週の宿泊行事で移されたな。三年間の自粛生活で免疫がないのだそう。という訳でやや早めの退社。偶には隣駅のもつ焼き屋へ。目ぼしいものは既に売り切れ。苦手なもつ煮を。其れでも「菊あぶら」は旨かった。駅前Bへ転進。帰宅は十一時半。四千円。

シャワー入浴後、一日遅れの「風間公親」第十話。今度はフライパンの空焚きで老妻を殺害した事件。有毒ガスが出るのだそう。フッ素系の。何度も言うけど、そんな馬鹿なという仕掛け。最近はセンサーコンロなので過熱時には自動停止しますよね(拙宅も何度も助けられています)。ガスの会社から苦情が出るでしょう。一方、千枚通しの男は次次と凶行を。早くこっちを掴まえて。なおキムタク指導官付きの事務職(=堀田真由)がいい味を出している。警部?をど突いていた。ああいうキツイ組織の中の自由人は羨ましいね。職制も違うし、何時でも辞められる立場なのだろう。

 

 

6/12・月

 政権側は不信任案が出されたら解散の大義になると。憲法をよく読んで下さい。可決された場合は、解散か総辞職か選べると書いてあります。また野党側も毎年のように不信任案を出してもねえ。残念ながら、内閣支持率はある程度あります。

 昨夜から降ったり止んだり。ザ・梅雨といった感じ。朝はお好み焼きの残り。止み間が出たのでコンビニでコピー。今度は相続税の申告で賃貸契約書の写しが必要。一部は万代伯母の時の物を引き抜いて使うこととす。ファイルから出して仕舞って確認してを三往復。約25枚。すると置いて行かれたゴミがある。所謂引っ越し系の廃棄物(手つかずの野菜と食器類が混在)。解析すると205の人のよう(アルバイトの契約書が入っていた・・今から働くの?)。出るのかなあ。それにしても久久の滞納案件。而も女性。大体うちの物件より安い所はないよね。陽も良く当たるし。中も綺麗だし。外の草も取っています。

気が付いたらもうお昼。一食80円の生ラーメンを茹でた。夕方優子さんに発送。郵便代250円。書類仕事は捗ったけど、天候も相まって憂鬱な一日。最寄りのスーパーの総菜で飲み始めた。

 

 

6/11・日

 朝方は本降り。次第に止む。三個目を回収。籐椅子が入っていた大きな袋に沈める。其の上に枯れた芙蓉の幹と枝。周りには拾った容器ゴミ。重いものと軽いもの、硬いものとそうでないものを組み合わせるのがコツである。家人の年金は月二千円アップ。物価スライドということなのだろう。

昼は表に出た。バスで自由が丘へ。取り敢えず、「元祖寿司」でビール一。他数皿。会計金額は吾人の生まれた年と同じだった。さてさて原日記にもたびたび登場する「いちばんや」に入ろうと思ったら、なんと本日を以て閉店だと。一回も入っていないのに行き成り最終回はないよね。断念。日記が「みすず」に連載されてもう十年。店も代わるよね。政治や社会は潮目を越えて決壊したようになっています。

都立大学駅まで歩いた。途中狸を連れた人とすれ違った。飼えるのだね。やや吃驚。なお都立34系統は先月の改定でほぼ廃止(一日四本になった)。渋谷から丸子橋まで行っていた歴史ある路線だった(渋33系統参照)。結局徒歩で全通。八千歩。すっかり口がラーメンになって仕舞った。自転車で再出撃。併し該当店無し。あっさりラーメンってないんだよね。蕎麦屋さんに入ればいいのかしらん。買い物は二回。晩は家人のお好み焼き。苦労して作った割に、ソースの匂いがしなくなったと家人はあまり手を付けなかった。こうしてお好み焼きも廃番となる。

 

 

6/10・土

 いたずら動画を投稿した少年に対して、回転寿司の会社は6700万円の民事請求をしたと。アメリカならば数十億かな。其れに比べれば安いのだろが、なんか不寛容を感じます。

朝からすき家で牛丼とサラダセット。590円。ゴミ拾いは二周。先週かなり離れたコイン駐車場に飛んで来た発泡スチロール箱、誰も片付けないよね。二個目を解体処理。此処までで小一時間。さてさて久久に何もない土曜日。それにしても叔母二人がいなくなったことを知ったら、あの営業員はまたまたすっ飛んでくるだろうな。登記の変更で何れ分かるかしら。ほぼ曇り。時時剪定。家人には東急の弁当。午後は漫然とす。晩も買って揃えた総菜他。なおあちこち痒くて困ったこともあったが(おでこや首回り)、此の所の湿気に癒されてほぼ収まった。梅雨も悪くないです。

 

 

6/9・金

 昨夜遅く山陽新幹線が人と接触。当該箇所は山間部。撥ねられた人を探して数時間も止まった。社会や気象が安定を欠くと、列車輸送もままならず。動かない列車に何時間も。悪夢です。小樽余市間の転換協議はバス会社が拒否しているそう。とてもじゃないが弊社では運び切れないと。本当によく考えて欲しい。それにしても皆さんこんなに困っているのにあの知事は何にもしない。若いのにポンコツなのだな。

 朝方は本降り。次第に止んでくる。すると角の石井さんの小竹が倒れ掛かっている。通行に支障が。思わず勝手に切って仕舞った。駄目かしら。此れも公共の福祉です。毎年此の時期は金鳥のラジオCМ。今年は老先生と元生徒の他愛ない会話編。という訳で芥田先生にお中元を注文す。今回は「K&K簡単便利惣菜セット」にした。五千円相当のレトルト食材。大して旨いとも思えないけど、高齢者家庭は炊事が何よりも大変だからね。ちなみに缶詰も缶の処理が面倒臭い筈。

スーパーのとんかつ弁当を食べているとまたまた営業員が。建て替えると五階建て28戸のワンルームになるそう。単身者用の物件は要りませんね。其れに三十年一括借り上げだとも。そもそも三十年後、此の国があるかどうかも分からないよね。吾人も。相続人も。午後出社。退社後はBに参るも、満卓かつ店員二人態勢ではビール一つ出て来ない。やむ得ず日高屋に避難。須々木さんらも来たけれど、吾人に対して結婚するのしないのとかしましい。何だか急に腹が立って来たので途中退席。金二千円。帰宅は十一時半。何もかもチグハグな一日だった。

 

 

6/8・木

 朝方は宿酔気味。朝のラジオ、タケローさんはお休み。発熱したそう。何しろ高齢だもの。週五回はちょっと大変。家人は鎌倉へ。バス停までお見送り。205の人は依然滞納。保証会社の人が来て、十日後の退去を約束させたと。ああいう所は容赦ないね。それにしても法的根拠はあるのかしらん。努力義務程度かと。事態の深刻さを認識してくれるといいけど。一回は親御さんが支払ったらしいが、此の半年間無入金無連絡だそうで。入居時の書面を見直すと、引っ越し理由が退去となっている。常習者かもしれない。二十代、飲食店勤務。家計管理が出来ないのかなあ。ちなみに会ったことはありません。

まあまあ晴れて暑くなる。落ち着いたのでチャーハンを自作。先月の売電量345キロ、8280円。評判の悪かった入管法が改正。併し大して良くならない。こういうものにも維新は賛成しているそう。困った集団である。軽井沢事故で当時の社長らに実刑判決。過当競争を招いたのは無茶苦茶な規制緩和。そちらの責任も問えないものだろうか。晩は家人が買って来たてんやの天ぷら盛り合わせ他。今日は秋葉原事件や池田小事件の日である。此の時期は良くないのだな。関東まで入梅。陽が暮れる頃から次第に雨。なお川崎の叔父さんが膵炎で入院したと。

 

 

6/7・水

 ヘルソン市郊外、ドニエプル川のダムが破壊。露軍の焦土戦術かと。なお露軍はドイツ製の戦車を破壊したと発表したが、此れはトラクターらしい。而も昨年の映像だと。酷い大本営発表だと思った。都内の人口は回復傾向だそう。近くの物件も軒並み満室となっている。

朝には止んだ。まずサッポロ一番みそラーメン。粉は半分以下。レンチンキャベツ添え。日中かんかん照り。昼はレトルトカレー他。午睡しようと思ったら緑のマークの不幸の手紙が来ていた。固定資産税及び都市計画税の納付通知書。早速解析すると昨年より7パーセントの上昇。コロナで停滞していたものを一気に上げて来た感じ。更に新棟の建て替え減免期間が終了し、プラス13万円。諸諸入れて228万円にもなる。ああ。更に住民税も掛かるよ。個人事業税も。

 地租改定の破壊力は凄まじい。夕方まで寝て過ごす。以後出社。修学旅行に行っていたN君が来る。早速事情聴取。京都で乗った新幹線は其のまま動かず数時間。先生が買って来た夕食=パンを食べた後、琵琶湖のホテルにバス移動。翌日の団体列車で帰ったそう。よくバスや宿泊施設が確保出来たね。なお先生方は疲れて仕舞い、夜の見回りは無し。三泊目は騒ぎ放題だったとも。子どもは暢気だね。いやはや、皆さん大変でした。九時の退社後はBの奥へ。須々木さんらと。二千円。吾人はバーIにも寄った。今月で開店から十年経ったと。色色と思い出を話して帰った。三千円。帰宅は十二時半。なお鶴木さんの不幸は無社長も知るところとなる。仕方がないので少しお話した。

 

 

6/6・火

 薄晴れ。隣りはまた測量。少し物置きを整理。昼はスーパーの一口かつ他。午後まで漫然とす。夕方前出社。退社後はBで二千円。また雨降り。小降りになるのを見計らって帰宅。以後鮭茶漬け。

 

 

6/5・月 

件の元参議院議員も逮捕。ドバイから追い出されたみたい。ユーチューブで悪態をついていたそうだけど、其れほどの罪とも思えず。民事でいいよね。どうでもいい人です。今回の大雨では飯田線和歌山線が被災。幸い軽微な模様。なお東海地区ではお亡くなりになる人も出た。油断ならない気象状況。

晴れ。真夏日近くとなる。何処かちょっと遠くに行きたかったが、疲労が蓄積した感じで断念。まずクリーニング店へ。一昨日のワイシャツ他。当分出番が来ないで欲しいです。昼は富久美の弁当。他和菓子屋とお茶屋。漫然としながら方方の片づけ等。古着を公民館へ一便。なお新棟西側二階の網戸が故障したそう。102の原状回復見積もりに来た島田さんに引き継がせた。

夕方前に散髪。晩はスーパーのおつまみ。締めは家人のオムライス。偶には炊事もさせないと。手元は悪くなって来ているが味に異状なし。旨いですよ。なお鎌倉の伯母さん=九十二歳は、足がむくんでいると。うーん、腎臓か心臓か。血圧が下がり過ぎるのも良くない。塩分で増圧した方がいいかもしれない。兎に角、高齢者の体は違うからね。よかれと思ってしたことが却って悪くなる。亡父もナトリウム不足で動けなくなった。医師はそういうところまで分かっているのだろうか。小児科の逆が必要だと思った。

夜は「風間公親」第九話。通り魔を装った計画的殺人事件。併し刺した拍子にカプセル内視鏡が飛び出て、敢え無く御用となる。想定外のことが起こるからね、なかなか完全犯罪と言うものは成立しません。なお今回の新人さんは親御さんのことで悩んでいるよう。やや早い認知症で。早く行政に相談した方がいい。共倒れになります。

 

 

6/4・日

 インドで列車事故。多重衝突だと。鶴見事故三河島事故を彷彿させる。防護無線があればね。昭和三十年代の安全管理レベルかと。インドにも新しい幹線鉄道が必要だと思った。中国はオミクロン第二波だそう。うーん、吾人も二回罹ったような気がする。半導体不足で無記名パスモ・スイカが発売停止だと。そんな馬鹿な。半導体も作れない三等国になりましたとさ。マイナンバーカードで登録ミスが相次ぐ。そりゃまあ、初期故障は色色あるでしょう。あれだけ急いで作らせたから。そもそもこんなカード、持たされたところで使わないよね(住民票がコンビニで取れるだけ)。元元が要らないものをせめて有用にしようと、要らない機能(健康保険証)乗せるから、ますます訳が分からなくなる。

 朝から晴れた。関西電力管内でも出力制限。昼の余った電気は電気自動車の充電に使って欲しい。ゴミ拾いと梅拾い。破損した傘は危ない。軍手で慎重に閉じて回収。完熟梅はジャムにしたいと。家人が挑む。今年は超が付くほどの大豊作だった。朝昼で富士そばでとり天そば。550円。天そばより十円高い。続いて準確定申告。内訳書を完成させた。夕方前102の退去確認。就職して転居。栄転かな。一年半、学生さんは儲からない。幸い次の仮申し込みあり。晩はある物を食べた。冷凍鰻など。十時就寝。

 

 

6/3・土

 朝だというのにまだ降っている。其れでも家人とともに海老名のお寺に向かう。シルバーカーなので成るべく徒歩と乗り換えのないコースを選ぶ。世田谷線プラス小田急線と迷ったが、祐天寺から東急直通相鉄コースということになった。今年三月に出来たルート。バスと電車に乗って一時間半。バスもタクシーも来なくて最初は往生したが、一旦乗って仕舞うと、乗換は同一ホームで二回。相鉄は空いていて助かった(小田急の急行は何時乗っても、どっち方面に乗っても何時も混んでいる)。海老名駅着。運賃752円。更にタクシーで1900円。優子さんの家=吉祥寺に到着。

まずは今年一月に亡くなった淳子叔母さんにお線香を。九時半に法要開始。住職=誠一さんに加え、副住職=大樹君が登場。長女の和美ちゃんは看護師、末弟の和文君は大学生。十数年ぶりに会ったけど、みんな立派な大人になっていた。続いて出棺。棺桶にはお手紙も入っていた。みんなが書いたよう。ついつい涙が。吾人は遺影を持った。此の写真、叔母の退職時のものだそう。どうりで若いよね。本人の希望。いい写真です。厚木市郊外の斎場へ移動。霊柩車の後は、ハイヤーではなく、マイカーというのがクルマ社会だと思った。骨上げまで暫し会食。誠一さんはインシュリン注射。具合が悪そう。色色と出して貰ったけど、一時間程度では食べ切れなかった。続いて収骨。春子叔母さんも一郎さんと一緒に成れたね。向こうは二十年も待っていたことになります。

本日は此処で終了。晴れた空の下、大樹君の運転で世田谷まで送って貰った。今後は薬剤師兼業でお寺の仕事も担うという。頼もしい跡取りである。東名高速で約一時間。トマト等を貰う。拙宅の仏壇にも挨拶す。みんな一回くらい来たかな。春子叔母さんに連れられて。春子さん=大伯母になるが、祖母代わりでもあった。改めて合掌。周囲の点検、ゴミ拾いの後、ラーメン休憩。以後午睡。夜はいい月が出ていた。

注・・此の一日葬というのは発明品だと思った。高齢者は二度も来られない。特に通夜と葬儀の間が無さすぎる。併し通夜振る舞いがなくなり、仕出し屋さんは困っているそうです。

注・・新幹線は昼まで止まった。相鉄線も一部徐行運転していた。予想より遥かに降ったみたい。

 

 

6/2・金

 昨夜半からずっと大雨。昼は食堂の弁当。午後は風も強まる。少し弱まった時に久久のバス出社。夕方からは激しい雨。レーダーを見ると帯状の強い雨雲が。其れでも生徒は来ました。親御さんの車に乗せられて。残念です。愚にもつかないことを教えての定時退社。取り敢えずBへ参る。何となく弱まって来たので11系統と09系統の合わせ技で急いで帰宅。

それにしても六月になったばかりだというのに梅雨の末期のような集中豪雨。東海道新幹線も運休に。駅間で多くの列車が停止。確か一名、修学旅行で関西方面に行っている筈。どうなったかしらん。低速でも動かせないものかね。80キロくらいで。其れでも在来線の特急並み。今年も気象災害が心配。

 

 

6/1・木

 まあまあ晴れて暑くなる。朝はおにぎり屋。一個150円のまま。久久だけど何とか続いているみたい。少し草取り。梅拾い。パソコンのプログラムを更新したら、呼びもしないサイトが勝手に出て来る。変なものではないが、邪魔でしょうがない。消し去るのに三十分。だから更新とか要らないの。レトルトカレー昼食。中里の公民館へ古着を搬送。此処は常時回収しているらしい。初めて来た。概ね此れで片付いた。汚い靴下等、リサイクル出来なさそうなもの一袋半は焼却ゴミに。タオルや敷物など二袋程度は再利用の見込み。まだまだ梅が取れるので焼酎を買い増し。プライベートブランドは売り切れ。タカラは300円高い。ホワイトリカーなどどれも同じだよね。晩は落とし肉で準すき焼き。

 

 

2023-5

5/31・水

 朝からミサイル騒動。そもそも偵察衛星を打ち上げると言ってなかったっけ。予告通りでしょう。例によって騒ぎ過ぎ。日吉のポイント付近が火災。東横線は昼過ぎまで混乱した。なお打ち上げは失敗したとか。

未明は結構降った。朝から煮麺を作って食べた。以後寝たり起きたり。春子叔母さんに関しては吾人も相続人である。どれくらいの税金が発生するのか見当をつけたいが、残念ながら見当もつかず。多分二百万円くらいかと。昼はスーパーのかつを丼に。すると何度も上厠す。麺類が悪かったかな。夕方まで休んで出社。定時退社後はBで2010円。まだ酒の味が戻らない。夜は涼しい。帰宅後、カップヌードルとシャワー入浴。

以後、映画「さがす」。行方不明になった父を探す中学生の娘さん。大阪を舞台にしたヒューマンドラマと思いきや、話しは思わぬ方向に展開。人人のダークサイドが交錯す。見つけたのは父の真実だったということになりました。エンタメ性重視の側面もあるのだろうが、実際の事件をモチーフにした陰惨なシーンに気が滅入る。何の予備知識なしに見たのだが、もう少し明るい作品を選べばよかった。こうして訃報続きの五月が終わりました。

 

 

今月の備忘録

一、憲法には婚姻は両性の合意によると書かれているから、同性婚は認められないというのが政府の見解。此の場合の両性は両人と言い換えるべきであろう。憲法成立当時の状況を鑑みれば、家や親が勝手に決めた相手ではなく、自由な個人が、愛するあなたに決めるという意味。同性婚は可能ですよ。二、「思春期に 少年から大人に変わる」ことはありません。大人が言うのだから間違いない。人は何時でも少年です。三、嘗て民放の看板報道番組。三代目のキャスターは会社を辞めて自動車会社の広報役に就任。コマーシャルで見かけた。続いての四代目は公共放送から招いた無難な方。初代クメール卿はどんな感じで見ているのでしょう。四、まあ何というか、テレビジャーナリズムの終焉を感じますなあ。其れは即ちテレビの終焉でもあるかと。五、観光客が戻り、江ノ電は慢性的に混雑していると。うーん、湘南モノレールも面白いのだけどね。こっちも繁盛して欲しい。五、関係性という言葉は何時から出て来たのだろう。可能性、蓋然性、画期性はあるけど、関係性は関係でいいよね。六、伊那山荘、風呂釜の取り換え41万だそう。ガス方式にしたそう。生きたお金を使わないと。七、南信と静岡を結ぶ青崩峠トンネルが貫通したと。中央構造線に掛かるところ。屈指の軟弱地盤だったそう。リニアは更に深い所を掘る筈。八、もんじゅの代わりに常陽を動かすのだと。そんな馬鹿な。まだやるの、高速増殖炉

 

 

5/30・火

 思ったより晴れた。草取り一時間。汗多数。ドクダミ多し。不動産会社の営業員が来て長長と話す。隣りはディベロッパーに買われたのだそう。既に減価償却が終わっているので建て替えの可能性が高いと。嫌だね、地上げは。まだまだ使える建物が産業廃棄物に。午睡の後、出社。久久にBに参る。皆さん勢ぞろい。閉店までで1980円。帰宅後カップ焼きそば。「風間公親」第八話。今度は毒殺だった。

 

 

5/29・月

 昨夜遅くから雨模様。時折止み間。細かい買い物を三便。調剤薬局、八百屋とスーパー。昼は蕎麦を茹でたけど、嗅覚がないので今一つ。以後大量午睡。晩はアスパラと牛肉の炒め物他。此のアスパラガスという植物も単子葉類。竹のように育つと聞いたことがある。湯船入浴。夜は公共放送で「映像の世紀ベトナム戦争マクナマラの誤謬。全てを数字で解析しようとし、そして出来ると思った男のお話。優れた行政官には成れても政治家というタイプではないのだろうな。タイパ・コスパ、営業係数、生産性にこだわる人たちも同じ間違いを犯しています。

秘書官は結局辞任。何故か来月一日付。となるとボーナスまで出るのだそう。東海まで入梅。今年は早い。台風まで来る。

 

 

5/28・日

 北信の事件は被害妄想による計画的なものらしい。暇な時間が増えるほど妄想が膨らむ。家業でも草取りでも何でもやって、疲れて、酒飲んで寝て仕舞えばよかったのに。結果は取り返しがつかない。悲惨な事件である。

未明は何だか眠れず、ケーブルテレビを適当視聴。「LAW&ORDER・special victims unit」という作品を見る。有名テレビ司会者が流行作家を不同意性交したかどうかを問う事件(邦題「彼女の望み」)。極めて切実な遣り取りがなされる。シーズン14。詰まり十年前。アメリカでは此れを地上波でやっていたのだそう。いやはや、素直に脱帽しました。「出羽の守」も時には必要。

まあまあ晴れて暑くなる。朝はゴミ拾い。飲料ゴミ多し。例によって何処の自販機もびっくり箱状態。どうにかならないものかね。草取りと梅拾い。熟しすぎた梅はコンポストへ。午前中は準確定申告の計算。吾人が叔母の為に出来ることは此れくらいです。昼は表に出た。マスクも外す。色色と回ったが該当店無し。三宿の「天下一品」に入る。ビールと餃子。基本のラーメンが940円もした。観光地の値段だね。もう食べられません。家人にはピーコックの中華弁当。470円。此れは安い。

午後は漫然とす。次第に曇る。特に興味はないのだが、日本ダービーを見る。発走直後に一頭落馬、ゴール直後に一頭動かなくなる。心不全だそう。馬用のAEDはないよな。嫌だね、競馬は。猫がいいよ。夕方前酒屋で買い物。商売が大変だと店主のおじさん。是非とも立ち飲みスペースを作って下さいと進言した。晩は家人が買って来た西友の総菜類。嗅覚の戻りがまだ。酒の味もまだまだ。ほろ酔い程度のまま室内各所の片づけと整理。やるべきことは無限にあります。

 

 

5/27・土

 朝の六時半に優子さんから電話があり、秋子改め春子叔母さんが今さっき亡くなったと。六時の巡回で分かったそう。そうでしたか。来週会いに行く予定だった。間に合わなかった。合掌。仏壇にも報告す。淳子叔母さんに続き、春子叔母さんもそちら側へ。優子さんにとっては母親代わりの時期もあったかな。

そうもこうも言っていられない。取り敢えず、叔母の入っている施設に向かう。東急線から小田急線へ。海老名駅下車。相模線でも行けそうなのだが、此処はタクシーで。運賃2500円。叔母と会うのは四年振り。安らかな寝顔であった。万代伯母さんにそっくり。改めて合掌。九十六で渡った伯母より長生きすると思ったけどね。認知症と昨年のコロナ、今年の帯状疱疹で少し早めのリタイアとなりました。暫くして葬儀社へ搬送。施設の職員さんとお見送り。通夜と葬儀を合わせた一日葬は来週執り行う予定。

吾人たちは駅近くのファミレスで暫時休憩。優子さんは相続=親族間での微妙な現金の移動について頻りに気にしているようだが、まあ其れはどうにかなるだろう。税理士次第だな。それにしても淳子叔母さんに続いて今年二件目の相続、色色と大変である。本来は誠一さんが出て来る番なのだが、体調不良で引きこもり状態だそう。色色と話ししてから小田急世田谷線で帰った。帰宅は一時。午睡後、スーパーで買い物。シャワー入浴。一応風邪も治ったので晩酌も再開。当然、思い出話しとなるのだが、吾人から見れば叔母、家人から見れば義妹(と言っても年上)、見ている景色が違うので内容はなかなか一致しなかった。元公務員だし、ちょっときつかったかな。

 Kの息子の秘書官は公邸で親族を呼んで忘年会。どんちゃん騒ぎだったとか。週刊誌に書かれた。Kは注意したというが、息子の親族は即ちKの親族だよね。最早家産国家です。選挙をめぐり自公連立にひびが入る。此れを機に公明党は福祉と平和の党に戻って欲しい。

 

 

5/26・金

 北信地域でテロ事件。通行人を刺殺し、猟銃で立て籠もる。駆けつけた地域課員二人も犠牲に。容疑者は市議会議長の息子だと。酷い事件である。再び円安に。140円台。大企業は富み、国民生活は毀損する。

やや曇る。概ね咳は収まった。喉、咳、鼻の順で発症した。一週間掛かった。熱だけは出なかったから準フルコース。幸い家人に異状無し。早速方方の片づけ。矢張りくしゃみ止まらず。抗ヒスタミン。するとグダグダに。午後まで寝てても治らず。グダグダのまま出社。暫くするとやや頭が冴えて来たが、今度は鼻がダグダグに。九時の退社。自転車の鍵をかけ忘れていたことに気が付く。注意散漫。帰宅後コンビニ食。

 

 

5/25・木

 ロシアの首相は北京を訪問。両国の関係を確認したとか。うーん、国家主席も広島に来ればよかったのにな。近くだし。呼べば来ただろう。飛ぶのは恥と言われている航空業界。最近は天ぷら油を濾過したものや合成燃料を使う向きがあるという。飛行機も電動化すればいいのにね。詰まり、プロペラ機に戻ることに。巧くやれば時速700キロくらい出るだろう。大体ジェット機は速すぎるよ。

 やや曇る。体調は今一つ。咳が残る。引き続き市販のメジコン投与。トラネキサム酸は全弾使用終了。此れは去年血尿が出た時の処方でした。昼は家人のオムレツなど。咳がやや重くなる。引き続き発熱は無し。ずっと寝たり起きたり。次第に鼻が止まらなくなる。堪らず抗ヒスタミン。晩は家人が用意した適当総菜。食欲を失う。

 

 

5/24・水

 サミットが成功したとかで解散風が吹き始める。まだ任期の半分もいっていないのに。何度でも言うけど、解散権の濫用です。最近は財務省叩きが流行りみたい。経済成長しないのは、財政均衡主義と増税のせいだと。其の要素もないことはないけど、それだけではないよね。人口オーナス、新興国の成長、日本企業のクリエーティブのなさ、間違った労働政策・・・、色色とあると思う。何もかも金庫番のせいにしてはいけないね。なお財政を巡る議論も真っ二つ。もう直ぐ破綻するという悲観派から、まだまだ大丈夫という超楽観論まで。どっち。中間くらいの見解を持つ識者がいないのです。

天気は回復したが、依然として体調は良くない。発熱はないが、喉の痛みと乾いた小咳。そう言えば先週末から、不眠プラス体が硬い感じプラス酒の味が今一つだった。今朝は良く寝られた。今日から回復期かな。冷凍うどんの後、メジコンとトラネキサム酸。梅酒は更に一升。計六升。午後まで寝ていても回復せず。夕方出社。昨日に引き続きマスク掛け。明らかに昨日よりパフォーマンスが悪い。視覚情報=画像が違う。風邪を引いた時の特有の、少し色がついている感じ。当然頭も動かない。節節も痛む。小六国語だけやって直ぐに退社。碑文谷で「味之郷」の中華総菜。食欲はある。缶ビールと御飯で掻き込んで自室に籠った。深夜にシャワー入浴。

 

 

5/23・火

 不燃ゴミの日。伊那から持ち帰った一升炊きの古い炊飯器、アイロン、電気行火、コード等は、朝には無くなっていた。未明の内に勝手回収された模様。さてさて昨夜から雨模様。三月の陽気だそう。寒暖差が大き過ぎる。拙宅からも食器類を出す。グラタン皿と鍋焼きうどんの土鍋等。もう二十年も使っていないね。伊那にも相当要らない皿等がある。また片付けなくては。

昼はスーパーの揚げもの他。矢張り喉が痛む。小咳。龍角散浅田飴、トラネキサム酸とメジコン投与。鼻も悪い。午後遅めの出社。マスク掛け。其のまま退社。また雨降り。帰宅後残カレー他。家人はエアコンを点けていた。昨日は扇風機だったのに。夜もメジコン。厚い布団。

 

 

5/22・月

 早起きす。引き続き梅拾いと草取り。何だか暑くて捗らず。其れにやはり喉が変。浅い所がくすぐったい。引き続き伊那ゴミの排出。やりかけの押し花と電気毛布のコントローラー以外は可燃ゴミに出した。家人は職業婦人時代の人と会食。北千住へ出掛ける。ルミネがいいか、マルイにしようか、前の晩から大騒ぎをしていた。久久だからね。という訳で昼は手羽先カレーを自作。まあまあ旨く出来た。ついつい御飯を一合くらい食べる。胡瓜も二本。

午後も漫然とす。猫もぐったり。其れでも人間は草取り少少。枯れた芙蓉の木を切る。蔦に巻かれたかな。芽は出たのだが。相当古い木だそう。みんな適当に生えているからよく分からない。木の区画整理とか出来ないものな。晩もある物を食べた。北風が入り、気温は下がる。

夜は「風間公親」第七話。今度は劇団員さんが自殺だか他殺だか分からないようなお亡くなり方をされた案件。千枚通しの事件の次の日という設定。警察官二名が襲われ、一人は依然重体ですよ。県警本部は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっている筈。本部長が臨場視察し、場合によっては機動隊員も使って見当たり捜査する頃。男女の痴情捜査どころではないよね。ちょっとリアリティーがありません。

続いて「映像の世紀独ソ戦。悲惨なことは重重承知で申し上げるが、民間人の被害の描き方がやや薄かった。実を言うとあんなものではありません。映像がないのだろう。そしてウクライナがみたびこんなことに。

 

 

5/21・日

 薄晴れ。やや暑い。区の情報によると三つ先の町会で古着回収をするという。代沢の小学校まで二往復、一時間。返礼品はポリ袋。小休止の後、更に一便。みんな沢山持って来ている。待ちかねていたよう。計四袋搬送した。其のまま下北沢の「元祖寿司」へ。ビール一。昼時だけど他客は少ない。黙黙とキャップを付けたものが回っているのみ。気勢を削がれ、六皿のみ。1600円。もう少し活気が欲しいな。自転車は引いて帰る。

晩は大橋のスーパーへ。チラシにあった「あなごめし」が旨そうだった。駅弁ではないけど、其れ風に作ってある。ジェネリック品だね。他は鰹刺し。今日も区内を走り回った。少し喉を傷めた。「あれ」だといけないので、少量飲酒後自室に籠る。夜は公共放送で「国家主席習近平」。彼には大衆不信があるのだろう。文化大革命で酷い目に遭ったそうだから。あの頃とは教育水準が違う。もっと国民や地方を信じて欲しい。其れに独裁制は間違えるよ。都合のいい情報しか上がって来なくなるから。ロシアのようになります。

バフムートは制圧されたと。そもそも破壊されて殆ど何もないと。ゼ大統領は各国に協力を求めた。断る理由はないが、停戦があるとしたら、ロシア内部の政変以外に見通せず。あの時代、日本が満洲から自主的に撤退することなど、ちょっと考えられなかったように。困りました。こうしてサミットが終わった。

 

 

5/20・土

 四国と琴電は今日から値上げ。多少の値上げは致し方ないか。何とか此れで維持出来ればね。沿線自治体も駅舎の費用くらいは出すべきであろう。ウクライナ大統領も広島入り。フランス機で来たみたい。なお広島市内は交通封鎖でエライことになっていると。高速バスも全部運休だとか。広島松江や、広島浜田とか、バスしかないよね。迷惑会議です。

猫には起こされなかったけど、四時には目が覚める。門灯と外灯の消灯、猫に給餌、朝刊を読み、七時に松屋牛めし。400円。130円のサラダを付けた。天候の回復が遅れ、まだしょぼしょぼ降っている。此の週末は予定なし。二度寝、三度寝。家人にはスーパーの弁当を用意。昼は表に出た。「ダンダダン」という所で油淋鶏定食と餃子三個。ビール一。餃子酒場チェーンのよう。最近増えている。何だか活気のある店。女店員さんも感じが良かった。1758円。其の分日高屋よりかはお高いのです。午後は梅仕事。更に二升。草取りまで手が回らず。夕方には晴れた。晩はある物で中量飲酒。湯船入浴。

 

 

5/19・金

 先ずは曇る。落ち梅拾い。須美伯母がやって来て、早速仕分け。大半が不要なものだと判明。古着のリサイクル、あんまりやってないのだよね。世田谷区も何とかして欲しい。ゴミを減らしたいのでしょう。隣りの物件はまた測量。今度は道路との境界を調べるのだそう。ほったらかし状態で既に半年。どうするの。昼はスーパーの弁当と寿司。

午後から雨。本降りになる前に出社。金三万円受け取る。時折梅雨の末期のような豪雨となる。退社後はBへ。大半の物が売り切れ。人も品物も足りない。1650円で終了。止んだと思ったが、また霧雨。しっとり濡れて帰る。帰宅後冷凍うどん。異常な高温は収まった。

 

 

5/18・木

 維新の参議院議員がとんでもない国会質問を。件のスリランカ女性は詐病ではないかと。事実に反する上に、何の方向性もない発言。政府の片棒を担ぐ以上のことをしたいのだろう。維新という政党(?)の本質が透けて見える。詰まり彼らは頭空っぽの目立ちたいだけの集団。国を亡ぼすね。Kはわざわざ専用機で広島入り。タラップから降りるところを見せたかったのだろうが、二酸化炭素のことをどう考えているのだろう。資料館にも案内するらしいが、大軍拡の総理大臣に連れられてもね。米誌も批判したそう。現に国を滅ぼしている。以上は狂人の日記。

 更に高温となる。さてさて伊那仕事の後は梅仕事。家人にも活躍して貰います。昼は食堂の弁当。午後までに三升漬けた。シャワー入浴後、あり合わせの物で飲み始める。シロもすっかり入って来た。なお西側の街路灯がLEDに換装された。異様に明るい。もっと暗くして欲しい。

 

 

5/17・水

 漸く未明に少し撫ぜた。矢張りシロは何処かぎこちない。今日は真夏日になるという。極端だね。朝から伊那ゴミの再分別。実を言うと、ゴミの分別ほど楽しいものはない。リサイクル出来る物はリサイクルへ。資源を救い出す感じ。気分は救世主様である。他は方方の点検と清掃。肉屋さんの車庫証明の発行。梅の実もなっている。今年は豊作の模様。続いてスーパーで買い出し。例によってろくなものを食べていないと。拙宅は食料不足である。

昼は家人のオムレツ他。午睡の後、遅めの出社。小六国語は何時ものテキスト。併し初見の文章があった。今年改定されたからね。茶と和菓子に纏わるエッセー。吾人が一番薄い分野である。喫茶去、落雁、清香殿、大徳寺納豆・・・。勢い、調べながらの指導となる。教えている方が勉強になりました。酒とラーメンとかつ丼ばかりでは駄目だなあと思った。筆者は「日日是好日」の人。今度読んでみたいです。最後の生徒が来ないので八時の退社。Bの本店で村田さん他。何だか皆さんお疲れのよう。暑さのせいだな。三杯で終了。1850円。帰宅後、お茶漬けなど。ほぼ二日の休肝。シロは概ね元の通りに戻った。

以後二日遅れて「風間公親」第六話。画家が妻の再婚相手である歯科医師を殺害した事件(正確には傷害致死)。動機は画家では食えないだろうと詰られたこと。でも歯科医さんだって・・(以下自主規制)。事件は無事早期解決。すると例の雷雨の晩に話しはジャンプ。詰まり、件の千枚通しの男が現れ、大変なことに・・・。キムタク指導官は眼鏡を掛けていなかった為に、犯人の視認が遅れた模様。ちなみに眼鏡は先週の事件で破損。予備眼鏡は常に用意するべきであった。指導官ともあろう人が迂闊であります。それにしても、大きな事件事故というものは何かしらの不運、遅滞、漫然が重なって起きるものだと思った。ここら辺の描き方はリアリティーを感じます。

 電気料金はまた上がるそう。皆さん、太陽光パネルを付けましょう。小型の風車とかも作れないのかしらん。ウ軍の総反撃が始まりつつあると。東北道でバス事故。故障停車していたバスにトラックが突っ込む。外国人さんらが犠牲に。観光客ではなく留学生。仙台から一関の工場に夜間アルバイトに向かう途中だったそう。うーん、様様な問題点が指摘出来る事故だと思った。

 

 

5/16・火

 結局、かなりの宿酔となる。明け方頃から二日続けてお戻しした。ああ。何とか収めて十時に日帰り温泉。併設食堂でラーメン朝食。720円。山荘に戻り、暫時休憩。月波君は再就寝。吾人は片づけと点検。風呂釜も全てのプラグを外した。なお凍結防止の為にヒーター線も入っているよう。そもそも冬にはもう来ないし、水道も止めるから、不要だよね。恐らく。どちらにしても寒冷地の住人ではないのでよく分からない。節電したいです。

一時前には起きて来たので、漸く帰途に就くことにした。なおカランの修理と風呂釜の見積もりは明日来るそう。鍵を預けている御向かいさんに改めて挨拶。続いて農協の直売所で酒と蕎麦を補充。例によって後部スペースはゴミでいっぱいに。今回は可燃ごみは二袋と少ないが、超大量の衣料品に、小型家電、後は何だか分からない雑物(重箱、飯切、おひつ、炭斗箱)など。更に伯母が買い過ぎた生鮮品に、期限切れの加工食品が一箱、自家消費用の一升瓶が三本他他。大きな車で来てよかったね。

 一時半に高速乗車。本日快晴。一気に夏日となる。境川PAでかつ丼休憩。880円。順調過ぎるほどの走りだったが、都内に入ったところで急停車。事故渋滞であった。一時間はハマったね。丁度四時間。拙宅で大荷物を下ろし、月波君とは此処でお別れ。御苦労さんでした。家人が三ほど包んだ。此れは伯母に請求予定。吾人も遅れて出社。最終コマだけ授業する。退社後はBに参る。すると皆さん勢ぞろい。お土産=日本酒の小瓶が四本では足りなかった。軽く飲んでお開き。1450円。なおシロは不貞腐れているそう。吾人=下僕が居なかったからだね。

注・・かつ丼は御飯が旨くなかった。こういう小さなPAというのは当たり外れが大きいのかもしれない。昨年の下り釈迦堂のラーメンは旨かった。

 

 

5/15・月

 朝から晴れた。残念ながらまあまあの宿酔となる。何とか収めて枝落としの続き。伯母は本日で帰京することに。まず御近所の奥さんが出品しているという展覧会を見学。隣村の文化センターまで参る。陶芸品を交えて暫し歓談。どういう訳だかお魚をイメージしたものが多い。聞けば蒲郡の出身で海好きなのだそう。嫁ぎ先が信州では辛かったのかもしれないです。再び伊那に戻り、「八十二銀行」で通帳記帳、「フランセ板屋」で土産物購入、「来々軒」で軽いローメン休憩。一時過ぎの飯田線でお別れした。一人で来て、一人で帰る。まだまだ来られるよ。頑張って。

 吾人たちは山荘に戻り、暫時休憩と再度剪定。寒気が入り、一雨あった。五時半の上り最終バスで下山。まずは居酒屋参りである。最近出来た「アルプス食堂」という所に入る。大衆酒場を真似た造り。地元の会社がやっているらしいが、少し飲んで七千円余。ちょっと高いなあ。続いて昨秋酔ったスナックに入店。吾人たちのことを覚えているかどうかは分からないが、ママさんは歓迎してくれた。後客は一名のみ。月曜だからね。

詰まり、ママさんの濃厚接客となる。必然的によもやま話に。一、子どもさんは二人。二、昼はフルタイムで働いているそう。三、コロナ禍は辛かった。四、外灯費を払わない店が多く、外が暗くてスイマセン。五、自家用車で出勤し運転代行で帰ると。六、飲食未経験だったが、事情により突然此の店をやることになった。七、先日変なお客に首を掴まれたと。色色大変だねえ。時折歌唱を挟むも、吾人の昭和歌謡が全てなくなるほど長居する。月波君もママさんの手までしげしげと握って満足そう。何と八時前から十二時までいた。代償は大きく、3.2万円のお会計。あらまあ。吾人も三割出しました。タクシーで戻る。運賃3240円。特捜最前線を一話見て、一時半就寝。

注・・「みんな誰かを愛している」「わが人生に悔いなし」「愛燦燦」、以上は鶴木さんの追悼。他は「天城越え」「喝采」「なごり寿司」「矢切の渡し」。酔うとあらゆる歌の名前が出て来ないから難渋した。なお、セット料金二時間三千円が延べ四(カラオケと乾き物と割り材込み)、焼酎ボトル四千円が二本、他にママさんの飲み代とサービスチャージということになりますかあ。

注・・伊那バスは他客が数名。平日なだけに折り返しの下りは高校生が結構乗っていた。まあまあかな。西箕輪線も乗り始めて三十年。何とか頑張ってます。

 

 

5/14・日

 朝食は伯母が用意した。御飯とみそ汁と納豆等。何とか台所仕事は出来るよう。なお此処に来るのは今年が最後だと何度も伯母は言う。何しろ卒寿だからね。身体はいいが、認知能力が落ちていることは落ちている。頭がぼんやりするらしい。其れでも一人で「あずさ」に乗り、飯田線に乗り換え、タクシーを仕立て、水道の開栓、買い物、薪ストーブ焚きも出来たじゃない。寂しいこと言わないで・・・。

吾人と月波君は例によって木曽の神社にお参り。今日も雨模様。再び伊那に戻り、「つるや」というスーパーで買い物。月波君は此処のリンゴジュースが欲しいのだそう。序でに「小木曽製麺所」という店で昼飯。丸亀製麺に似たシステム。併し蕎麦のみの提供。地場のチェーン店らしい。信州ではうどんより蕎麦だね。超が付くほどのスピード提供。観光地の蕎麦屋さんも見習って欲しい。揚げ立ての山賊焼きが旨かった。山荘に戻り、日帰り温泉で入浴。伯母は大量の古着を供出。三十年分=リヤカー一台分ある。衣装持ちな上に整理が苦手な人だからね。一旦全て拙宅に運んで欲しいと。改めて仕分けすると。今回も片づけ旅である。他に枝切り等。晩はある物を食べた。二人で一升瓶のワインを空けた。夜も冷えた。ガスファンヒーターを点ける。十時就寝。

注・・「五一ワイン」エコノミー。一升2200円。飲み飽きしない日常酒。国産ぶどう使用。

 

 

5/13・土

 雨模様。寒い一日。朝は蕎麦を茹でた。すると優子さんから電話があり、秋子伯母さんも既に高カロリー介護食だそう。愈愈かなあ。今月中に会いに行くこととす。

さてさて午後月波君が来て、伊那に向けて出発。今回はノアという大きな車で登場す。而もやや古いガソリンカー。もっと小さな車でいいのにね。三時に都内を発車。環七も中央道もガラガラ。車中矢張り鶴木さんのお話となる。一回伊那に来たかな。十年前に。もっとお誘いしたかったです。初狩PAで休憩。以後もひた走る。三時間ジャストで伊那インターに到着。下車後、スーパーで買い物。伯母と合流した。直ぐに晩餐。吾人はすき焼きを用意する。自信がないので割り下を購入しました。

なお風呂場のカランから水漏れしているそう。困りました。いやいや、それどころではない。そもそも風呂釜が故障していてお湯は出ず。カチカチと音はしても灯油の臭いしかしない。此の山荘は1991年に建ったから三十年選手だね。それにしても代えるにしても灯油方式がいいのか、プロパンガスがいいのか。都市ガス住人には判断つかず。日本酒を大量飲酒して九時就寝。

 

 

5/12・金

 多摩地区の井戸からフッ素化合物が出ていると。横田から漏れているみたい。例によって政府は何も調べようとせず。やや曇る。毎朝草取り三十分。今年は梅も早い。午後出社。愚にもつかないことを教えて回る。九時退社。またまた須々木さんらと思い出酒。満卓のBから日高屋へ避難。鶴木さんは味噌ラーメンが好きだった。一味を馬鹿みたいに振り掛けて。十二時帰宅。三千円。

 

 

5/11・木

 米国では債務問題が長期化。大統領がサミットに来られない可能性も。こういうところ=政府債務にアメリカという国は異様に厳しい。日本では考えられないね。際限なく政府支出を増やしている。そんな国が羨ましく見えるのかもしれない。何しろММTの見本は日本だそうですから。

明け方に地震。木更津で震度五弱。結構揺れた。朝は冷凍そば。続いて最後の現金輸送。なお硬貨の取り扱いはしない為、548円は残った。あと500円引き出したかった。草取り少少。晴れていたが、午後は雨。更に雷。東横線が被雷。例によってグレは腰砕け状態。家に収容す。何だか漫然とす。夕方スーパーへ。併し出物は無し。晩は冷凍鰻など。やや鬱状態。鶴木さんショックだな。会えなくなって仕舞った人が年年増えていく。

 

 

5/10・水

 モスコーでパレード。出て来た戦車はT34だけだったとか。みんな出払って、壊されて仕舞ったのだろう。朝までぐっすり。労働と飲酒は快眠の母である。家人は小杉の大学病院で(意味なし)診療。吾人は踵をとがめた。昨夜削り過ぎた。直ちに抗生剤を塗布。昼はある物でカレーを自作。先月の売電量368キロ、8832円。すると鶴木さんが亡くなったとラインで回って来た。三月頃のことだと。須々木さんが知り合いから聞いたと。会社の人や御家族とは繋がっていなかったから、訃報も随分と遅くなった。ずっと入退院を繰り返していた。立ち飲みSからの付き合いだからざっと二十年。気さくな飲み友おじさんでした。享年六十七くらい。定年後は九州に帰るとおっしゃっていたっけ。合掌。

 午後出社。九時退社。Bの本店へ。須々木さん以下勢揃い。畢竟、思い出酒となる。鶴木さんにはチューハイを用意した。此の店では此れしか飲まなかった筈。一番安い。何百杯飲んだのかしら。出て来るのは安い店、安い酒の話しばかり。節約する必要なんてなかったのになあ。昨年九月に会ったのが最後だった。こんな晩は酔わないね。十二時近くに帰宅。以後小カレー。改めて合掌。

 

 

5/9・火

 朝から晴れた。再び銀行へ。あと一回。なお系列銀行なので手数料は掛かってなかった。午後久久に出社。取り立てて変化なく。無社長は入手した名簿を頼りに営業活動していたらしいが、殆ど不在だったみたい。専業主婦に固定電話の時代ではないからね。

九時過ぎの退社。Bに参る。皆さん勢ぞろい。併し件の若者も現れる。時時奇声を発し、天ぷらを手づかみで食べている。おじさんたちには構うなと言われたけど、少しお相手する。というのも、彼は吾人の後輩の寺崎君にちょっと似ている。信用金庫に就職した直後、色色と悩んでいた頃に。暫くして出て行った。やれやれ。さてさて此処からが本番である。十一時半帰宅。Bも営業時間が少し伸びた。1400円。シャワー入浴後、冷凍焼きそば。やっぱり足りず、パンにハムを挟んだ。働くおじさんは食べないと。

 

 

5/8・月

本日から五類に引き下げ。単なる風邪となる。感染者の発表も拠点機関から集計したものを一週間ごとに。定点観測方式。なお家人には接種券が来ていた。無料接種は継続のよう。何度目になるのかしらん。イギリスでは戴冠式。新国王は既に後期高齢者目前。

未明は大雨。春の嵐かと。九時には止んだ。以後曇る。今月から出勤日が変わり、吾人の休みは今日までとなる。朝は台湾パイナップルを一切れ。草取り少少。昼は御飯一膳のみ。やっぱり足りない。夕方やや遠いスーパーで買い物。晩はすき焼き。ろくなものを食べていないという家人が用意した。但し白滝を買い忘れていた。あらまあ。ミケは首付近に小傷。暴漢猫と争ったみたい。漸く捕まえて軟膏を塗り込む。幸い掠り傷程度、既に乾いていた。ミケが一番闘うからね。

夜は「風間公親」第五話。容疑者に背を向けた新人さんが滅茶苦茶怒られていた。逮捕の時が一番危ないと習わなかったっけ。吾人でも気を付けます(2019年8/2の項参照)。なお容疑者は大学生。卒業論文剽窃咎められ、指導教授をベランダから突き落とした。カッとなるタイプなのだね。なお、間違ったことまで引用して仕舞うことを「カンニングの法則」というらしい。初耳でした。

銀座の超高級腕時計店に強盗が。まだ明るい内。直ぐに逮捕。余りに稚拙な犯行。ワゴン車で逃げ回った。交通事故を起こさなくてよかった。またあの闇バイト詐欺団⇒強盗団の模様。先月くらいから貴金属店を襲っている。狛江の事件以来、捜査はしているのだろうけど、なかなか上の方まで辿り着かない。

 

 

5/7・日

 バフムートを攻めていた民間軍事会社が撤退すると。多くの死傷者を出したと。創始者は弾薬等の補給がないと怒っているようだが、ワザとではないのだろう。詰まり、もうないのである。Kはソウルを訪問。保守層に配慮してか徴用工関連でのお土産はなかったみたい。最近のKは、高揚しているというか、権力に酔っているというか。得意の飲酒外交に少し興奮しているようにも見える。

 未明から雨。徐徐に本降りとなる。朝方はやや宿酔。止み間でゴミ拾い。例によってバス通りのびっくり箱を勝手に入れ替える。月波君が打ち合わせをしたいというので、昼に出掛けた。雨中歩きたくないので、メトロ直通で青山へ。地下の「ライオン」でビール二。並びの「直久」で日本酒一。ラーメンと半チャーハン。一時間ほどで解散。五千円。銀座線の渋谷で下車。総菜を買おうと思った。なお「桂林」は著しく値上がり(したような気がする)。別店の機内食のような洋食セットにした。二個1800円。帰りも電車。以後午睡。前線通過しやや冷える。晩は中瓶一、御飯半膳。

後編まで読了。貫一寓居先の貸金業夫婦も放火されて絶命。焼け跡で涙する貫一。此処で本編は終了。凡そ十時間。作者尾崎紅葉も死亡。以後お弟子さんが書いた続編、続続編と続く。うーん、まだまだ長い。なお風俗描写は巧みだが、食べ物の記述は極わずか。明治の御飯、もっと知りたかったです。朗読は「シャボン朗読横丁」さんを頼った。広告も入らず、素晴らしかったです。こうして大型連休は終了す。何だか太った。酒と糖質を減らさなくてはならない。四国に帰った家人の従妹、栄おじさんも具合が悪いそう。糖尿病が起因の腸管出血で二月から入院中だと。

注・・ちなみに青山一丁目までだと20円値引くという乗り継ぎサービスは残っていた。

注・・首相の意向で「心が痛む」という文言が付け加えられたそう。それだけ。

 

 

5/6・土

 コロナ禍の超過死亡者は十三万人余だそう。二年目以降は増加したと。直接間接、色色とあった。ワクチン接種後にお亡くなりになった人も多かったろう。合掌。なおWHОの緊急事態も解除だそう。

 引き続き南風強し。関東以外は雨だそう。引き続き後編。籠の鳥となったお宮の告白。若いゆえに、認識が甘かったと。後悔先に立たず。一方もう誰も愛さないと誓った貫一は、美人高利貸し=アイスクリームに言い寄られている。此の満枝という女性、借金の形に無理やり嫁に行かされたが、案外生き生きとしている。お宮とは対照的だと思った。昼は表に出た。町中華で二連敗しているので、素直に日高屋へ。ビールとかた焼きそば。丁度千円。引き続き安いね。谷間の土曜。薬局などは開いている。みんな休みましょうよ。カレンダーを赤くして。ちなみに今日は語呂合わせでコロの日だそう。99年に14歳で亡くなった、柴系の雑種犬。コロ爺さん、愈愈、猫三匹、来年は並びますよ。

 連休の無聊を慰めようと、須々木さんに呼ばれる。まずは本店へ。続いて駅前店の奥へ陣取る。村田さん、奥野さんも加わる。其の内、先日の静岡女性、奇声の若者や、若者を叱る謎の帽子のおじさんも登場。何だか入れ乱れた。コロナ前はこんな感じだったよね。やれやれである。五人で日高屋に参り、少し落ち着けてから帰った。帰宅は一時。四千円くらい。

注・・本日二度目の日高屋は漸く営業時間が延長された。

 

 

5/5・金

 早速報復攻撃。多くの民間人が犠牲に。米側はロシアの自作自演であると報告。公立中学校の先生の多くが過労死ライン。此れでは成り手がなくなるね。国が駄目なら、自治体が手当てすべきかと。教科担任や部活担当を増やして欲しい。能登で大地震。震度六強。群発している模様。

残りの蕎麦を食べ、朝から再びの「金色夜叉」。二時間聴いたところで、昼は八雲の回転寿司へ参る。ビール一、日本酒二。頭の中はすっかり明治時代になっていて、ぼんやりとす。三千円。スーパーに寄って、以後午睡。起きたら夕方。明治文学の破壊力は凄いね。晩は昼に買って置いたスーパーのピザ(800円)。中編まで読み進めた。三時間半。アイス=高利貸しの描写凄まじい。貴婦人と化した宮とも再会。ここら辺は明治のジェットコースタードラマだね。総じて言えば、明治後半の資本主義の凄さかな。愛も美も妻も金次第。金、カネ、かね。夜は強風。ホームページによると東電(直営)の風車は十二基しかないみたい。勿体ないね。

注・・アイスには百鬼園先生も苦しめられた。確かスペイン風邪に一家全員が罹患。看護婦を雇ったらお金が足りなくなったことが始まりだったとか。借金の解消には戦時インフレを待つしかなかった。

 

 

5/4・木

 クレムリンにドローン攻撃。被害は無し。赤の広場・セスナ機着陸事件を彷彿させた。またまたプーが激怒するな。あの直後にソ連は崩壊しました。列島全部が本日も快晴。行楽地は大混雑したとか。まあこういう混雑もまた楽しいかな。

さてさて今朝は「金色夜叉」に挑戦。有名なシーンまでたっぷり二時間半。此れで大手を振って熱海を歩けると思った。それにしても、貫一が喋るばかりで、お宮の心境は明かされず。唯継との結婚にはどういう意図があったのでしょうか。鴫沢家もまあまあの中産階級だし。あれだけ悩んでいるというのに。「考へてゐることがあるのだから、も少し辛抱して」という発言はありますが。誰か解説して欲しいです。須美伯母が来たので昼はてんやの天丼。

午後は相当暑い。晩はある物で飲みながら、映画「老後の資金がありません」。怒涛のような情報量の多いコメディ作品。多いだけに、思い当たるような出来事に実際に遭遇している筈。年長者ほどニヤリホロリとするところも多いのだと思った。ラストは自宅を処分してシェアハウスへ。詰まり、(評論家が言うほど)そんなにお金は要りませんという結論。まあそんなところだろうな。締めはカレー付け蕎麦を作った。

 

 

5/3・水

 憲法記念日。さてさて連休本番。各交通機関は大混雑したとか。実に四年振りだとか。普段は五千円の宿が一万円になっているとか。そんな中、お隣の坊やたちは野球の練習だそう。なんと夕方まで丸一日。まだ小学生だよ(確か小四と小二)。スポーツのやり過ぎは体と心に重大な負担が掛かります。

さてさて吾人も何処かに出掛けたくなった。家人にはコンビニの豚丼を用意。適当なバスに乗った。成城方面へ。続いて二子方面へ。乗ったり降りたりしながら瀬田まで戻る。腹が減った。初見のラーメン屋へ入る。安全策を取って醤油ラーメン。セットの半炒飯はまあまあだったが、ラーメンスープの油からは酸化臭が。タレも足りずぼやけた味。そんな馬鹿な。醤油味も失敗することがあるのだね。中瓶を付けて1360円。最後は国道246号から12系統に乗った。昨年から渋谷まで行かなくなって駒沢大学駅が終点に。強制乗り換え。後続の82系統は超満員。やっぱり自転車にすればよかった。一万歩。

 大量午睡。何にもないので、スーパーに買いに行く。併し昼の悪い油が胃に残り、鮪の切り落としと冷奴のみ。飲酒も捗らず。こんな晩は文学作品を読もうと思った。まずは「たけくらべ」。とてもじゃないけど原文では読めない。ユーチューブの朗読に助けて貰う。たっぷり一時間半。ラストは可哀想な展開に。此処には論争があるそう。幼少期の終わり=運命の日=初店が近いことを悟ったから、美登利さんは快活さを失ったのでしょうな。まだ十四五。明治時代のお話しです。

 

 

5/2・火

 ウクライナ軍は受領した機甲部隊が整い、反撃準備が出来たそう。中国が和平に動いているようだけど、此の反攻作戦前に停戦というのは考えられず。露軍は近代的な戦車部隊は既に壊滅。予備役のT54で対抗するという。キハ58より古い車両。最早骨董品。また夥しい犠牲が出る。一方、スーダンも大変なことに。数十名の邦人は自衛隊機まで使って脱出させたが、そもそもの住民は難民となって周辺国へ。小湊鉄道も上総牛久から先の線路が自社では設備更新出来ないと。十年で60億円も掛ると。困りました。二十年で50億ならなんとか出せるかしら。国と県と市が。吾人もまたタケノコを買いに行きます。

 朝から快晴。風強し。草取り剪定三十分。昼前に碑文谷へ。駅前書店で『「線」の思考』。ちなみに此の店は煙草も売っている。どっちの売り上げが多いのでしょう。店から出ると自転車の撤去中。一瞬どきりとした。谷間の平日でも容赦ないね。続いて麺屋「ちゅるる」でジロー系ラーメン。「すする」が業態転換したみたい。再現度高し。但し麺は200グラム。此れくらいで丁度いいね。出来ればもう少し多加水麺にしてくれると有り難いです。990円。本家より高いかしら。行列無し。客に優しいサービス料込みです。

午後も時折草取り。防草地帯=グリーンアスファルトが日日広がる。励みになります。なお休みやすみの草取りは自転車を漕ぐのと同じくらいの運動量。軽い有酸素労働です。晩は四丁目のとんかつ。二枚で千円。湯船入浴。陸自のヘリが引き上げられる。レコーダーも回収されたそう。

 

 

5/1・月

 朝方は曇る。朝は御粥を炊いた。炊いたと言っても冷凍御飯を煮ただけ。十分旨い。御飯と違って、みそ汁や玉子焼き等のおかずも要らない。みなさん、御粥を食べましょう。次第に晴れた。家人には食堂の弁当を用意。新作の幕の内弁当800円。此処は魚がメインだけど、やっぱり色色と食べたいよね。

吾人の昼は外に出た。三宿周辺を回るも該当店無し。「ほっともっとグリル」も閉店改装中。オーブン調理の新業態は失敗したみたい。やっぱり弁当はがっつり揚げ物系がいいよね。設備費数百万円が無駄金に。勿体ないです。それにしても最近ここら辺も勢いがないな。一説によると飲酒運転の取り締まりが強化された頃から駄目になったそう。元元が不便な土地です。結局、国道の向こうの中華屋へ。以前入ったラーメン380円の店。ビール一。基本のラーメンでは悪いだろうと思って650円のネギみそラーメンにしたら衝撃的に甘い。白味噌かあ。舌が受け付けないほど。うーん、つらい。そう言えば餃子も何だか甘かった。店主さんの好みなのだろう。素直に醤油味にすればよかった。甘い醤油ラーメンというものはないだろうから(九州ラーメンは塩味)。近くの専門店で甘くない味噌を買って帰った。午睡と少し剪定。晩はスーパーの揚げ鶏と麻婆豆腐を自作。一応御飯も炊いた。ほんの二口ほど食べた。

という訳で「風間公親」第四話をリアルタイム視聴。臨月の妊婦さんが元カレを鈍器で殺害するというまたまたちょっとあり得ないような事件。今回もスピード解決。なお「千枚通しの男」の伏線も散らばり始める。どちらかというと此方が本線かもしれない。元受刑者。逆恨みしているよう。ああいう危ない人は地域課員の不審尋問でどんどん捕まえるしかないね。

メーデーだけど、何のデモも集会もストも無し。うーん、労働組合を潰しすぎたよね。代表例が国労動労。便利になったように見えて、駅からはみどりの窓口やトイレすらなくなった。

 

 

2023-4

4/30・日

 未明から断続的に雨。ゴミ拾いは二周。昼前にマルダイ棒ラーメン。午後に入る頃には止んだ。時時桃の剪定。都庁氏、ではなく徒長枝を中心に切るところは切った。晩は買い置き食品にパスタを茹でた。本日の支出は八百屋でピーマン等のみ。320円。こうして漫然とした四月が終わった。

 

今月の備忘録

一、都市部の埋め立て等に巨大な揚水発電ビルを建ててはどうかと思った。余った電気で地下タンクから汲み上げ、足りない時に上から下に流す。誰か提案して。二、広島県平和教材から「はだしのゲン」が消えて仕舞ったそう。鯉を盗むシーンが時代にそぐわないというのが理由らしいが、本音は戦争を知らせたくないのだろう。幼少の頃、アニメ版の映画を地上波(といってもテレビはそれしかなかったが)で見た記憶がある。流石に其の後の昼飯(冷やし中華)は旨くなかった。図書館で盗み見た東京大空襲の写真集でも同様の体験を得た。戦争とは、先ず怖いもの。人人から恐怖心と言うものを奪ってはいけない。三、それにしても、「深夜便」で尾崎豊は早すぎると思った(今月末も特集をやっていた)。親世代が聴いていて、漸く当時の息子や娘の気持ちが分かった・・・、なんていう結果をもたらすかもしれない。なお子ども世代はもう五十歳くらいです。四、チャット何とかを巡る論議、こういうものは定期的に出て来るな。詰まり、人間よりコンピューターにやらせた方がいいという考え。そして人間のやる仕事がなくなるという心配。こういう考えは、政治と行政を混同しているように思える。「あらゆる「決断」をいっさいゆだねられるようなコンピューターが出現したら、どんなに楽だろう・・・と首相は思うことがあった」「人間が機械のおかげで筋肉によってやる「重苦患労働」から解放されたように、「政治的責任」の、苦しい精神的負担からも、完全に解放されるような日が、本当にいつかは来るのだろうか?」「おそらくそんな時代は来るまい・・・と首相は思った」「たとえ、すべてのデータがいれられても、未来には「ラプラスの魔」がしめすように、必ず「予見不能」の暗黒の部分が残る・・・」(『日本沈没』より)。個人の人生だって、企業の運営だって、行政的な部分と政治的な部分で出来ていますから。

 

 

4/29・土

 断眠多数だが九時まで寝て過ごす。全体としては良く寝られた。さてさて今日から大型連休。吾人は実に十連休かな。朝は蕎麦を茹でた。最近は山形の「小沢部そば」を購入した。一束330円。140円の冷凍のかき揚げを付けたから、実は富士そばの方が安い。家人には100円分の蕎麦を残した。

 午後外出。鷺の間君に呼ばれたので日吉郊外へ。碑文谷まで徒歩連絡。東横線で230円進み、また歩いた。それにしても日吉駅を出ると、直ぐに崖。階段で降りた。此の辺の地形も激しいね。さてさて目的地は高田。月波君も同席。まず焼き鳥屋へ。たっぷり食べた。今度は魚を食べたい。以前も入った鯛めし屋へ。二軒飲んでもまだ九時。鷺の間君とは別れ、地下鉄で日吉へ。目黒線でバーIへ向かう。店内盛況。一時間半ほど飲んだところで吾人は限界点へ。タクシーで帰宅。十一時過ぎ。休憩の後、シャワー入浴。1.8万円。1.2万歩。

注・・先月から東急と相鉄が繋がったが、あんまり乗っていなかった。それに直通列車の運転間隔がいびつだった。新横浜で乗り換える必要があるらしい。

注・・昨秋の値上げ以来、初めてのタクシー利用だった。1780円が2100円になった。

 

 

4/28・金

 連休明けの五類引き下げを受け、アクリル板等の撤去が進む。此の板囲いなど意味があったのだろうか。きちんと検証して欲しい。今更なかったとは言えないから、検証はしませんと言いたいだろうが。今朝の新聞には神宮外苑の再開発では木の本数は却って増えますと全面広告。そんな馬鹿な。大木と低木どっちが貴重なのでしょうか。それにしても、此の再開発にも緩和マネーが流れ込んでいるのだろう。金利を上げたら多分採算割れ。新しい日銀総裁に頼んでみたらどうだろうか。もう一枚広告があった。とある教育文化財団が奨学生を募集していますと言うもの。此処の母体は、某個別指導塾。吾人もアルバイトしたことがあるが、本当に悪辣な所であった。資本主義も末期症状だね。

昨夜は昼寝と飲酒後のうたた寝で四時まで寝られず。シロが二回入って来たことも良くなかった。よって、朝からぼんやりす。昨日以上の晴れとなる。草取りは十五分で終了。気を取り直して木瓜と椿の剪定。木瓜という割には棘があるから注意が必要。バラ科だそうです。以上一時間。午後出社。九時退社。今後暫く出社の予定なし。無社長の顔を見ずに済むと思えば清清するね。早速Bへ。静岡出身という妙齢女性と知り合う。君の名を教えて。2500円くらい。帰宅は十一時半。すると吾人の目の前をシロが横切って行った。あんた、何処へ行くの。以後シャワー入浴と納豆と汁かけ御飯。一時間ほど経って、シロが来る。あんた、何処へ行っていたの。外猫は良く動いていると思った。

 

 

4/27・木

 コロナ中の特別融資が終わったからかしら、割と大きな企業倒産が相次ぐ。コロナ明け不況到来か。新函館市長は、北海道新幹線スイッチバックさせて函館駅に呼び込みたいみたい。札幌まで伸びて一時間に二本くらい走れば、半分は函館止まりになるのだろうが、うーん、ちょっと無理かなあ。そもそもあの新幹線は、(以下自主規制)。五十年後の人口は8700万人になるそう。年平均で70万人の減少。実際はもっと減るのでは。まあね、人が減るのは致し方ないですよ。人人の選択の結果なのだし。其れが消極的な選択だとしても。国を維持するために人が居る訳ではないのですから。

 久久に朝から晴れた。レンチンうどんの後、早速草取り。どんどん毟り取って並べておく。今まで勘違いしていたのだが、双子葉類と単子葉類、後者の方が後なのだね。イネ科の雑草、どうりでよく伸びる訳である。平行葉脈の細長い葉は日光を浴びやすいのだそう。一方、スギナも生えている。農地では大敵らしいが、駐車場では芝生がわりの丁度いいレベル。此れはシダ類。嘗て地上を覆い尽くし、大量の石炭をもたらしたのだが、新生代では脇役程度。植物も栄枯盛衰が激しいと思った。そう考えると、将来はイネ科の大木=竹だらけの世界になるのだろう。みんな、タケノコとメンマを食べましょう。竹炭、竹箸、竹細工、竹皮、用途も色色。

続いて銀行へ。月末らしく混んでいた。少なくなったATМは高齢者が占領中。ネットバンクとか無理だよね。後は方方の清掃。此処まででたっぷり三時間。最近体の節節に違和感が。なんかスムースに動かない感じ。老化かしら。寝過ぎだろうか。猫背、運動不足。其れともまた何かの前触れだろうか。昼はピザトーストを自作。以後午睡。何時でも眠い。どうにも睡眠の質が悪すぎる。シロのせいだと思った。夕方近所のスーパーへ。300円の伊佐木の刺身で飲み始めた。

 

 

4/26・水

 米坂線の見積もりが出て来る。86億だと。もう少しお安くならないのかしら。上下分離で地元が引き取るにしても、此の金額だと厳しいよね。河川や道路も一緒に直すことにして、別の予算からも出して貰おう。なお数年前のお盆に乗った時は満席以上に乗っていました。二両で120人くらいは。日本海側から内陸に入る重要路線です。国産民間探査機は月面に衝突して仕舞ったそう。現在の技術を以てしても難しいのだね。そう考えるとアポロ計画というのは大変なものだった。吾人の生まれるちょっと前のことになります。

 朝から雨。昼は自作のカレー。寝たり起きたりしながら止むまで待って夕方前出社。生徒が来ないので八時には退社。須々木さんを隣り町の居酒屋に訪ねる。「大滝」という。ずっと前に通っていたのだそう。コの字の中の女将さんは鉢巻き姿。悪くないけど安くはないね。少し飲んで、何時ものBに転進。すると会社をクビになると叫んでいる若者が入ってくる。独り言が多くて上司に呼び出されたそう。仕方がないのでお相手したが、コミュニケーション能力に難があるなあ。酒場でも一方的に喋り続けて、礼も言わずに帰って行った。やれやれである。帰宅は十一時半。二軒で四千円くらい。以後、中カレーとシャワー入浴。

注・・なお須々木さんのお兄様は依然意識不明のまま。来月療養型病院へ転院になるのだそう。辛いね。

 

 

4/25・火

 福知山線の事故から十八年。一罰百戒的な企業体質は改まったのだろうか。それにしても本島会社三社のうち、西日本=超特大事故、東海=総帥からして可笑しな人物、ということはやっぱり一番真面なのは東日本ということになりますか。何れにしても、みんな国鉄時代の遺産で食っているのだから、もっとちゃんとした会社になって欲しかったです。

 昼は富久美に買いに行くも、先週旨かったビビンバ丼は無し。なかなか二匹目のドジョウはいないものです。本も弁当も。午後は段段と曇る。午睡の後、眼科に参る。眼圧測定、右18、左21とまあまあ。先生と少し犬と猫の話しをして帰った。続いて薬局へ。掛かりつけが廃業したので、お薬手帳から作り直し。此の薬局も嘗ては自家調合風邪薬まで出していたけど、経営が変わって現在はチェーン店のような造りになっている。それにしても、医薬分業や処方薬か売薬かというのは古くて新しい問題で、明治期からずっと問題になっていたと日曜日に買った本の冒頭部分に書いてあった。人人の営みは大して変わらないね。医1180円、薬3070円。

続いて「風間公親」第三話。瀕死の被害者が峠を越え、管轄違いの他県へ倒れ込もうとした点などは割と見応えがあった。それにしても犯人は予め分かっているから、古畑任三郎のシリアス版と言った感じ。動機なき殺人事件や被害者無き強盗事件とか、もっと難しい課題にチャレンジして欲しい。晩はスーパーの半額牛を焼いた。

注・・診療所に行った際は、久久にマスクを付けた。多分今月初めて。よくこんなものを付けていたと感心した。苦しくて仕様がない。

 

 

4/24・月

 昨日の補選、与党が大勝。千葉は乱立野党で共倒れ、大分の一騎撃ちでも勝てなかった。愈愈戦争を起こすだろうな。なお世田谷区長は現職が再選。此の人もあんまりぱっとしない。元教育ジャーナリストらしい施策をして欲しい。誰でも通える小中学校とかを作って欲しい。

 やっぱり曇る。引き続き涼しい。少し草取り。続いて銀行へ。あと三回。兎に角、上着がある内に輸送しなくては。『教科書で出会った名詩一〇〇』が届く。併し只管本文があるだけで、『名作小説一〇〇』のような解説は無し。あらまあ。本も見て買わないと駄目だねえ。午後のラジオからは「ⅠLOVE YOU」が流れた。今週は尾崎忌である。但し歌は息子さんの方。もう三十歳だそう。なかなかいい声をしていると思った。併し、歌と声は相続出来るが、カリスマ性というものは相続出来ない。(世襲政治家とは違い)なかなか大変だろうと思った。以後出社。また一時間ほど歩いた。九時の退社後はBに参る。皆さんいらっしゃったが、高瀬さんもいるので、終始盛り上がりに欠く。二杯で終了。1500円。実に小鯛の煮つけしか食べていない。腹を空かしたまま帰宅。レンチンうどん。レンチンのかき揚げ付き。残り汁に御飯も投入。旨かった。夜は寒いほど。

 

 

4/23・日

 ネピドーでは巨大な大仏が建立中だそう。国軍の手で。仏像に心があるのなら、恥ずかしくて自ら崩れ落ちるだろうな。東北電力管内では出力制限。風力発電のグラフも不自然な形をしていた。勿体ないです。知床の事故から一年。社長の立件はまだのよう。

関東南部はやっぱり曇る。八時過ぎに中学校へ。区議と区長選挙。何処か遠くに行きたかったが、近間の東急沿線に出掛けた。溝の口へ。電車賃が勿体ないので二子新地で下車。此処までだと180円。取り敢えず、「文教堂」へ。漫然と棚を観ていると、『医療と戦時下の暮らし』という本が目に留まる。多くの日記の引用しながらあの時代の医療と社会を振り返ったもの。買わずにはいられなかった。

さてさて溝の口ならば「元祖寿司」。回転前から待っていると店の前では中古車の展示会。屈託ない営業員から声を掛けられる。体裁のいいSUV車、数百万円。こんな車で新緑の峠道を走ったら爽快だろうと思った。うーむ、確か自動車学校を優秀な成績で卒業したのは十九の頃。あのままモータリゼーションしていれば今とは違った人生になっていたのでしょうか。併し今更、他の道には戻れないな。鉄と酒の道を極めるのみであります。そんなことを考えながら、ビール一、日本酒二。続いて西口に移動。「南甫園」という町中華屋へ。日本酒と具だくさんなタンメン660円。たっぷり飲んで食べて帰った。飲食費四千円。本代五千円余。午後は晴れたが、大量午睡。晩は残り物と家人が買って来た肉まん。くしゃみと鼻詰まり。久久に抗ヒスタミン

 

 

4/22・土

 暖気は抜けて、ぴりっとする。五月から三月に戻った感じ。曇り。朝からそばを茹でた。「東都挽きたてのざるそば」。生協で購入。売りは国産小麦粉を使っている点。詰まりそばは輸入。而もそば割合は三割だと。ほぼ逆二八そば。もっと蕎麦を植えて欲しいと思った。

二度寝、買い物の後、小屋で寝ていたミケを急襲。まず毛を梳いてやる。ミケに触ったのはふた月振りくらい。午後一番で漸く予防接種。開院前から待っていると何処かで見た御婦人が。眼科の先生であった。座敷犬さんの予防注射だそう。此方は法定接種。お互いに地域医療を支えていますなあ。以後草取り。それにしても狂犬病という言い方も、ちょっと昭和チック。改名してくれと愛犬家から苦情が出そう。昼トビにしたので、東急の弁当とイシモチを焼いて、明るい内から早夕飯。

訂正・・よくよく見ると蕎麦粉も国産でした(5/13記す)

 

 

4/21・金

 またまた高温な日。クリーニング店に羽毛のジャケットを搬送。2200円。案外高い。昼は家人の親子丼。此れだと二人前で鶏肉300円、玉ねぎと卵で合計五百円程度。午後出社。体調不良の生徒多し。既に五月病かしら。退社後はBへ。皆さん勢ぞろい。併し何だか酒の巡りが悪い。今夜は二杯で終了。1240円。吾人は万年五月病。今夜は特効薬=酒も効かなかった。帰宅後お茶漬け。

 改正地域交通再生活性化法が成立。再構築協議会を作るらしいが、国が気前よく金を出すとも思えず。嫌な予感しかしない。早く旅に出なくては。

 

 

4/20・木

 第九波は、第八波以上になると専門家有志が警告。何故なら未だ集団免疫状態には達していないと。ホンマですか。九波が来るなら、とっくに来ている筈です。もう終わったのです。コロナは。

朝から資料づくり。幾つかの書面をコピーして、分厚い申告書は丸ごと送ることにした。たっぷりと付箋を付ける。送料980円。それにしても此の申告書にほぼ初めて目を通したね。大変な労作である。一方家人は微熱。カロナール投与。昼飯を買いに祐天寺。先ずは駅前書店で『谷崎潤一郎疎開日記』と『教科書で出会った名作小説一〇〇』。後者の逐次解説がいい。吾人は富久美のビビンバ丼。家人には笑口房の塩焼きそば。

午後は暑くて作業不能。という訳で数日遅れてNスぺ「証言ドキュメント・日銀異次元緩和の10年」。色色と努力されていたことは分かったが、金融政策だけではデフレ脱却には至らず。同時に最低賃金の上昇や、派遣労働者正規雇用への転換等の労働政策があればもう少し変わったかな。デフレ=賃金を削って安い物を作ることですから。それにしてもあれだけの緩和マネーは一体何処へ行ったのでしょう。入りもしないタワーマンションや要りもしない商業ビルになったとか。せめて風車や水車や太陽光パネルにもっと投資していれば、今頃の電気代は下がって来ていて、みんなが喜んだ筈なのですが。何もかもが間違っていたとは言わないけれど、精精50点くらいです。ああ。晩は千代田寿司他。本日の昼夜で四千円近くも購入した。拙宅の緩和マネーはみな近所の総菜類へ。

 

 

4/19・水

 ぴりっとかんかん照り。亡父の誕生日。生きていれば98。やっぱり無理だね。百まで生きるというのは大したものだと思った。続いて家作の清掃。すると205にはウーバーが。元気そうです。他はガス器具の点検。さりげなく給湯器の交換を勧められる。13年ものだけどまだまだ頑張れます。

昼はスーパーのチキンカツ他。午後出社。一時間ほど歩いた。取り立てて何も言うべきことのない日。五月蝿い小学生にはまた怒鳴って仕舞った。不思議なもので、怒りというのは反復性がある。怒鳴れば怒鳴るほど、怒鳴りたくなる。出来ることなら一度も怒鳴りたくはないのです。八時の退社後はBへ。岡田さんと妹さん他。三杯程度。1600円。早めの帰宅。というのも優子さんから淳子叔母さんの相続に際し、色色と資料が必要だと言われた。何でも測量図が欲しいと。コピーして送って欲しいと。うーむ、早速仏壇横の万代伯母の際の申告資料を開ける。此れがそっくり使えるかと。考えて見れば、全く同じものを優子さんも持っているよね。よくよく考えることが必要。相続は誰でも初舞台であるなあ。シャワー入浴後、緑のたぬき

 

 

4/18・火

 区議選が始まり、かしましいこと限りなし。選挙期間は一週間、ああやってがなり立てる以外に手がないよね。議員さんたちは平素からも活動している筈なのだけど、過去の人生、区政を巡って区議さんと話したことなど一回あるかないか。大きな区だからかな、区民九十万に対して議員は50人だそう。なお和歌山の事件の容疑者は被選挙権がないと怒っていたらしい。二十五歳まで待てなかったのかね。大抵の人は、選挙なぞ、出ろと言われても出ないけど。

 概ね晴れ。保証会社の方から、205の人と全く連絡が取れない。緊急に安否確認に入りたいと言われた。朝から待機していたところ、本日の訪問はキャンセルとなる。鍵の提供などは最終手段である。延期になって良かった。見たところ、少なくとも電気は点いている。元気に暮らしていることは判明しています。さてさて大きな予定がなくなった。時時草取り。歯医者で疲れた家人には食堂の弁当。吾人の昼は上馬の油淋鶏定食。750円。午後、再び大沢さんが来る。此のままでは205は立ち退き訴訟になると。またまた何だか分からない書類に署名と捺印。困りました。兎に角、保証会社と連絡を取るようにと吾人も手紙を入れた。午睡の後、夕方前に床屋。100円上がり1200円になる。此れで適正価格だよね。やれやれ、何だか草臥れた。ちょっと寒いけどシャワー入浴。髪も短いと楽である。一昨日の鰤で早めの晩酌開始。

注・・よくよく読むと、家主が損害を被っているという事実を作る為に、家賃の建て替えを中止しますという書類だった。

注・・あの千円均一の何とかハウスが現れたことで美理容業界は大変な苦難を味わった(と思う)。現在は1350円だとか。吾人の幼少期は、総合調髪三千円はしていた。小学生だけど肩まで揉まれた。

 

 

4/17・月

 米中対立の深刻さには一種の感情論があると。特にコロナで沢山の方がお亡くなりになった米国。誰もが身内や知人を亡くしているからね。此れは日薬で収まるといいけど。土佐くろしお鉄道は巨額の赤字。特に中村方面が酷いそう。大井川鉄道はお客が少なすぎて代行バスすら満足に走らせられないと。一日六便に減便した上、自治体に移管したいと。困りました。

 寒気が入ったが、やっぱり晴れると暑いほど。風も強い。つくづく風車が欲しいと思った。午前中は時折草取り。二月の電気使用量334キロ、昨年比三割減。1.1万円余。後半から急に暖かくなったから助かった。午睡の後の出社。少しチラシ配り。自転車を乗ったり押したりして一時間ちょっと。殆ど散歩である。退社後はBに参る。皆さん勢ぞろい。1800円くらい。帰宅は十一時過ぎ。なお出社途中、元生徒のKさんと会う。お母さまが亡くなったそう。まだ五十四だと。早すぎるね。

ひと休みして「風間公親」第二話。今回もあっという間に解決。併し保護者が嫌な担任教諭を殺害するなどとちょっとあり得ないような事件。而も此の科学捜査の時代に自白偏重の捜査方針。やや現実離れしていると思った。あのドラマは警察学校という特殊環境下だったからこそ面白かったのかもしれない。訓練生の些細な嘘を暴くとか、問題行動の原因を探るとか。

 

 

4/16・日

昨年の人口減は75万人。鳥取島根クラスの上、山梨福井くらいの県が丸ごと消滅するほどとなった。長崎線では電化設備の撤去が進む。一方来月から室蘭線には新型電車が入る。架線はあるのに電車が足りず、気動車が走っていた。客車を改造したキハ143という珍車も引退。一回くらい乗ったかなあ。千葉の鼠の国も開業四十年だそう。出来た直後、亡父と行ったっけ。浦安からバスに乗って。雨降りでも混んでいて、トムソーヤの冒険とかいう舟くらいしか空いていなかった。割と早めに帰った気がする。バスが混んでいて浦安まで歩いた記憶が。当時父は五十八ということになるか。頑張ってたな。仏壇に手を。

未明に漸く止んだ。グレはちぐらで寝ていた。早速向かいのびっくり箱の片づけ。ゴミ拾いは二周。以後晴れて来る。運動がてら自転車で出掛けた。世田谷の中心方面へ。経堂周辺も変わったね。しばしば通った古本屋もないだろうな。更に奥の方へ。前から気になっていた「ラーショ・マルミヤ」に入る。松原駅前。ラーメンショップインスパイヤー店。チェーン展開もしているみたい。基本のラーメン780円。もやしをプラスした。880円。背油多め。割と食べ出があった。但し塩分注意。

後は世田谷線沿いに戻る。「美の輪寿司」が閉じていた。税務署帰りに何回か買って帰った。閉店のお知らせにはびっしりと寄せ書きが。愛されていたのだね。家人にはピーコックの中華弁当。日差しが強いので、本日は此処で撤収。二時間半。続いて西友でズボンの引き取り。久久の新調である。いい感じ。すると軽い雷雨。早めの入浴。晩は富山の鰤を焼いて気分良く飲もうとした。すると火災警報器が鳴る。台所は煙もうもう。鰤を取り出した後、箸を燃やして仕舞ったよう。あれで気が付かないというのだから、家人の嗅覚はゼロになっている模様。色色と残念です。他は八つ手の剪定。もう蚊がいる。何処から出たの。

 

 

4/15・土

 ジャパンレールパスも大幅値上げ。七日間用で五万円に。もっと値上げしてもいいよね。序でにのぞみも乗れるようにするのだと。ジパング倶楽部でもそうして貰いたいです。ドイツの原発は全停止。お隣りのフランスも前ほど動かさなくなったという。世界的には此の傾向。

朝からびっちり冷たい雨。此の処、固定電話には大変な量の着信が。区議会選挙絡みだな。迷惑電話です。昼は地元の大型店。ビール一、日本酒二。ついつい食べ過ぎて四千円。鰯が旨かったけど、うっかり高い皿も取って仕舞った(鮪三貫で800円)。よく分からないんだよね、あの絵皿。見本の写真と現物の色合いがかなり違うので。階級章のように星と線で表して欲しいと思った。家人には東急の弁当。午睡の後、晩は簡単すき焼き。夜半に掛けて何度も上厠。食べ過ぎた。グレは小屋に入らず。昨年買ったちぐらを出して置く。餌も小屋も飽きるのだね。

応援演説中のKに爆発物が投げ込まれる。幸い威力は市販の花火程度。本格的なものだったら危なかった。和歌山の衆議院補選だそう。海外から見たらザル警備なのだろう。日本は安全な国だから。容疑者は二十四歳。所謂コピーキャットかな。人生巧く行っていない人が多いから。

 

 

4/14・金

 陸自ヘリは漸く見つかる。水深百メートル付近。ちなみに機体は99年製だと。古いよね。新幹線でも廃車になる年齢。熊本地震から七年だそう。丁度あの頃、子猫を保護したっけ。クロちゃんは元気かな。南阿蘇線も復旧すると。高千穂鉄道も直して欲しいです。全国的にドライバーが不足しており、路線バスに続き、高速バスも減便だそう。待遇が悪いから集まらないのか、そもそもドライバーがいないのか。もう少しJRがまとめて運ぶべきだと思った。「さざなみ」も何とか復活して欲しい。バスは値上げ、特急は値下げすれば、随分変わるだろう。観光快速か急行料金程度にして欲しい。詰まり840円くらい。

朝から足りない食料品の補充。牛乳、塩鮭、うどんなど。続いて銀行へ。午睡の後、出社。例によって大した生徒がいる訳でもない。ぼんやりと指導す。最後は中二の数学。イチ君は未だに正負の計算が出来ない。そう言えば、年の離れたお姉さんも全く数学が出来なかった。ここら辺は血筋だな。九時過ぎの退社。まずBへ。続いてIへ。最後はラーメン亭まで。全部で五千円くらい。帰宅は十二時頃。するとシロは屋根で待機中。腹が減っていたみたい。

 

 

4/13・木

 朝方はミサイル騒動。北海道が危ないと。結局直ぐに解除。既にオオカミアラート。なお北の国は本邦を狙うとは一言も言っていません。大阪湾にカジノリゾートを作るのだそう。わざわざ日本に来て、賭け事とかしないよね。古都観光プラスおたのしみのカジノとか。趣味が違う。ラスベガスは砂漠の一軒家で、何もないからあれを作ったのだし。まあ府民と市民が望んだことらしいですから、都民は知りませんけど。ミャンマー国軍は再び住民を虐殺。民主派の式典を空爆した。Kは大阪に出向き、万博起工式だそう。パビリオンの入札不調の件はどうなったのだろう。

 関東は穏やかな気候に戻る。まず収集車がまき散らしたゴミの回収。どうにも若い作業員さんは親の仇のように収集車に放り込む。あんなに沢山入れてはローラーが上手く巻き取れないよね。今朝は特に酷かった。一方、北側の通りは業者が違うらしく、ベテランさんがゆったりと無駄のない動きをしている。巻き取りも綺麗。他は草取り少少。続いて銀行から郵便局へ現金輸送。渋谷の支店まで行けば解約出来るとは思うが、家人にはもうちょっと無理。そもそも此の口座、亡父の相続の時に作らされたもの。八十歳以上の人に新たな口座を作ってはいけません。

昼は駒沢方面へ買いに出た。久久の「キッチンたきたて」。ついつい「パオン昭月」にも。昭和のパン屋さん。こういう店は貴重ですなあ。午睡の後、夕方にも草取り。取った草を敷き詰めて踏みつける。名付けてグリーンアスファルト作戦。巧く行くかどうか。夕方、近所の酒屋で安ワインを仕入れる。なお道具屋さんのお爺さんは亡くなったそう。ずっと閉じていた。一昨年、物干し竿を買ったのが最後だった。合掌。晩はある物で軽く済ませようと思った。すると家人は自分の食べるものがないと不満たらたら。買うか作るかしないと食べ物はありませんと怒鳴ってやった。黄砂が怖くて家から出られないのだと。此の東京の何処に砂が飛んでいるのだろう。下らないワイドショーの観すぎである。また口論。九時就寝。

 

 

4/12・水

 昨夜から南の大風。桜は青森まで開花。二週間以上早いそう。今年の梅は一週遅かったが、桜は一週早かった。桜前線は更に加速して北上した模様。となると、夏が長いのかしらん。台風が心配である。大手芸能事務所創業者(=もう故人だけど)による、性被害を訴える声が相次ぐ。併し国内の主だったマスコミは取り上げず。まだ桎梏があるみたい。業を煮やした元アイドルさんが記者会見。但し外国人クラブにて。

朝方は再び草取り。取ったイネ科の雑草は其のまま寝かせておく。いずれ枯れるハコベとともに天然の防草シートになる筈である。須美伯母が来たけど、昼は自作のカレー。伯母は玄関周りの草を取って帰って行った。午後出社。九時前の退社後はBへ。すると入り口付近でママ友三人組が大声で談笑中。内容は子どもと旦那と学歴のことばかり。凡そ社会と言うものがないと思った。気勢を削がれ二千円で退出。帰宅は十一時前。シャワー入浴後、中カレー。白ワインと夕刊。「大波小波」は沖雅也論。曰く、彼は坂本教授の分身であったと。詳しいことまでは分からないが、当時小学生の吾人から見ても、ちょっとニヒルでかっこいい若おじさんでしたね。日暮里舎人ライナーは三日連続で満足に運転出来ず。

 

 

4/11・火

 朝はたけのこ御飯の残り。一晩寝かせるとまた旨い。御飯が進むね。いや併し、此の混ぜ御飯というのは戦前の節米料理として広まったと聞いたことがある。当時の日本は朝鮮や台湾からコメを持って来ていた。其の分の船舶輸送力が勿体ない。だから成るべくコメを食べるなということ。枝豆、卯の花、大根、ジャガイモ等を混ぜたという。主食すら満足に作れない貧乏な国は、其の後、太平洋の向こうの国に喧嘩を売りに行くこととなる。

続いて乾坤一本、ズボンを買いに行く。地元に二つあったジーンズ専門店は何時の間にか姿を消し、結局の西友に参る(みんな何処で服を買っているの?)。此処も売り場が小さくなった上に、一本五千円くらいのものしかない(もっと安いのないの?)。なお裾上げには四日も掛かるという(そんな馬鹿な!)。身の回りがどんどん不便になっているなあ。以後草取りと低木刈り。昼は蕎麦を茹でた。

午後は夏日となる。作業不能。ということで、一日遅れてドラマ「風間公親」。単発から連続ドラマに昇格した。キムタク教官が教場を飛び出して、現場で捜査指導する。忽ち二つの事件を解決。あれでは捜査一課長をやって貰った方がいいよね。なお今度の決めセリフは「交番勤務に戻って貰う」。ちょっと此の表現は拙いな。地域課から苦情が来るでしょう。夕方前、巨大化したフキを刈る。昔は(勝手に)取っていた人がいたのだが。今ではすっかり可燃ごみ。晩は家人の青椒牛肉絲。

それにしてもN党は何とか党に名前を替えたとか。新しい女性党首は直ぐに除名になったとか。やっていることが滅茶苦茶だなあ。まあね、公共放送が高いだとか、無駄だと思う人はどちらかというと社会のアンダークラス。そういう人は見ないもの。だから要らないと思うのでしょう。困りました。よくよく選ぶと、なかなかいいのをやっていますよ。民放では出来ないような。

注・・『戦下のレシピ』という本に詳しい。

注・・ドラマは教場ゼロという設定。まだ教官になる前のこと。以後、ポンコツな警察官を減らすために警察学校に赴くことになるらしい。

 

 

4/10・月

 引き続きの晴れ。朝は寒いが一気に気温が上がる。昼は早速のたけのこ御飯。柔らかくて新鮮だそう。えぐみ(=シュウ酸)もないから安全。養老駅前で売っていた。朝採れ品だそう。穂先が黄色いのは出たての証拠だとおじさんが言っていました。700円。大沢さんが来て、205の督促状に再び署名と捺印。ああ。午後出社。暇なので久久にチラシ配りなど。退社後はBと中華。Iの店主夫婦さんも御一緒。先週は沖縄に行っていたのだそう。3500円。帰宅は十二時過ぎ。

 

 

4/9・日

 早速出掛けた。まず始発のバスで目黒。続いて品川へ。君津行が来るというので、折角なのでグリーン券を買って待機。やって来たのは217系。取り立てて古さはないが、此方は引退間近である。行き交う電車も既に半分は新車になっている感じ。JRになって車両更新の頻度が上がっている。でも鉄道に詳しくない人は乗ったところで気が付かないのではなかろうか。実に其の程度の変化でしかない。二階席に腰掛ける。

それにしても千葉方面に来るのも久久である。ゴルファー多し。一時間ほどで五井到着。小湊鉄道へ乗り換え。実は初乗である。何時でも乗れるという安心感からか乗って来なかった。待たせたね。跨線橋の上のおばちゃんから乗車券を購入。房総横断乗車券、二千円。やって来たのはキハ200というオリジナル車両。古い気動車である。オールロングシートだけど車内中ほど、煙突部分を背もたれ代わりにして座るのが通。二両は満員近くに。ざっと150人は乗っているね。行楽客多数。後続のトロッコ列車も満席だそう。繁盛していてよかった。

九時過ぎの発車。揺れる車内、唸るエンジン、木造駅舎、車窓には里山。既に田んぼは代掻き中、花もある。切符は車掌さんが手売り。大きながま口から出してパチンパチンと穴をあける。昭和の鉄道其のままだね。堪能しました。一時間と少しで養老渓谷着。吾人も下車する。カジカ(?)の鳴く駅の周辺をひと回りして、駅前食堂が開くのを待つ。何しろ小湊鉄道にもいすみ鉄道にもトイレがないから、此処までノンアル旅である。お昼前に漸く開いた。早速、ビール→みそおでん→日本酒→山菜そばの算段で注文していく筈だったが、日本酒は無し。そばも時間が掛かりそう。後ろの二品は断念す。ビールを飲んで後続の列車に急いだ。可笑しいな、此処では二時間もあったのに。名物の山菜そば、食べたかったです。何しろ、今回は何も決めないし、何も調べて来ない。手ぶら旅である。

ひと駅で終点上総中野。トイレ休憩。直ぐにいすみ鉄道へ乗り換え。此処から先は第三セクター。線路と車両がよくなる。其の分、ワンマン運転。なおいすみ鉄道は元国鉄木原線。木は木更津、原は大原。当初は久留里線と結ばれる筈だったそう。そう言えば小湊鉄道も小湊には行かない。千葉も地形が厳しいから、未成線の宝庫である。新型のキハには大勢乗っているが、小湊線に比べて鉄分多めの人が多い感じ。此方の沿線にはあんまり観光地がないからね。皆さん既にお疲れモード。乗り鉄撮り鉄も入門者さんといったところかしら。東京から近いけどやっぱり朝は早いからね。終点大原下車。兎に角、腹が減った。駅前食堂に駆け込み、アジフライとタンタンメン、日本酒とハイボールを胃に放り込んだ。さてさて次の列車は特急わかしお。二両の自由席は混みそうだが、幸い最後の窓際に坐れた。茂原までにはぎっしり満席に。指定席は空いているようだけどやっぱり自由席がいいね。なお後から乗って来た隣りの人はスマホの決済に失敗したみたい。現金で支払わされていた。

京葉線経由なので矢鱈と遠い方の東京駅へ着いた。延延と歩いて山手線へ。目黒から再びバスで帰る。帰宅は五時過ぎ。大きなタケノコしか買って来られなかった。入浴、休憩の後、晩食は唐揚げを買い行った。中瓶のみ。ノーマスクだけど、花粉被害も無し。楽しい春の旅でした。九時就寝。飲食其の他四千円、交通費概算七千円。其の内、グリーン料金が800円、特急料金950円。結局、根元の部分のJRが一番儲かった筈。旅とはそういうものです(だからローカル線を切らないで欲しい)。

注・・通常の「わかしお」は五両編成。あと二両くらい欲しい時もある。あずさとかいじで使っていたE257系の付属編成、何で捨てて仕舞ったのでしよう。「草津・四万」でも使えたのに。

 

 

4/8・土

 久久に朝からすき家の牛丼とサラダセット。590円。何だか機嫌が悪い家人には小淵沢「丸政」のたけのこ弁当。1250円。近所のスーパーの駅弁フェア。併し御飯が辛くて食べられないと。あらまあ。寒気が流入し、午後は一雨。三月の売電量288キロ、6912円。中日は最下位に。可笑しいな、WBC代表チームに唯一勝ったのが中日ドラゴンズなのですが。晩は鰆を焼いた。時折『芹沢光治良戦中戦後日記』。

 

 

4/7・金

 宮古島周辺で陸自のヘリコプターが遭難。視察中の師団長も乗っていたという。動物王国の方もお亡くなりに。あの番組は受けていたな。八十年代のことである。今なら放送できないようなことが多多あったかと。テレビに最も勢いがあった時代。東海は27年のリニア開業は無理だと正式に表明。静岡の問題だけではない。都心部も殆ど掘られていない。あれだけ掘り進めていた北海道新幹線だって30年の札幌延伸は延期になっている。そもそもが無理な計画です。

 昨日からずっと大風。時折雨も交じる。東電管内にもっと風車があればね。久久の血圧測定、136の95。但し四回目。昼は家人の親子丼。午後出社。愚にも付かないことを教えて九時の退社。夕方からの雨は夜半までには止むとの予報。とことん飲む所存である。まず新しく出来た日本酒バーのようなところへ参る。立ち飲みプラス越後湯沢ぽんしゅ館のようなコイン式。四枚で千円だから一杯250円。銘酒が揃っているが、残念ながら少ししか出て来ない(50ミリだそう)。あっという間に二千円分は飲んだ。続いてBへ。佑子さん、須々木さんと合流してせい家。Iが閉まっていたので、中華立ち飲みまで回る。帰宅は一時半。数千円。家人は鬼の形相で待っていた。

 

 

4/6・木

 曇りのような晴れのような。終日南風強し。朝から久久の富士そばプラス通帳記帳。天ぷらそばは540円に値上がりす。驚いた。此れでは気軽に食べられない。店内は閑散としていた。みんなコンビニでパンかなんか買って食べちゃうよね。300円で済む。もう少し考えて欲しいです。お客が来なくなったら元も子もないのです。それに最近のかき揚げは固くなって前ほど旨くない。

続いて別の銀行へ。家人の口座の整理整頓。定番口座に送金しようと思ったが、お取り扱いは出来ないとのこと。結局紙で下ろしてATMに搬送す。一回五十枚まで。手数料も掛かる。ああ面倒臭い。他に家作の掃き掃除。逸れた洗濯物を目立つところに移動させ、置いて行かれた不燃ごみの片づけ。不断の努力である。吾人の昼は抜き。家人にはスーパーの弁当。午後は漫然とし、晩は300円の鮪の鎌焼きと自作の余り白菜の炒め物と炒り豆腐。味が足らず後者は家人が作り直した。途中明日の資源ゴミのコンテナの展開。夜まで暑い。半袖就寝。

 名古屋の入管事件の映像が公開される。スリランカの方が放置され衰弱死された事件。どうして病院に連れて行かなかったのだろう。119番一本で済む筈。医療関係の予算が限界になっていたのだろうか。あるいは職員たちは此処まで体調を悪化させた責任を問われるとでも思ったのだろうか。入管職員の質が物凄く低いとか。あれは法務省現業職員になるのかしらん。

 

 

4/5・水

 A新聞はまたの値上げで月4900円に。土曜の夕刊を無くしてでも現状を維持して欲しかった。つくばエクスプレスは土浦に延伸の模様。無難なラインである。元元は筑波鉄道があったところ。それにしてもつくばから水戸方面へ、どの程度の需要があるのだろうか。現在高速バスが一日数本程度。単線で安く仕上げるという訳にも行かないか。

お昼に出社。講習最終日。通常授業の準備等を済ませ、七時過ぎの退社。須々木さんを誘って、T太郎という新店に。と言っても五十年はやっているという老舗コの字酒場。女将さんは和服に割烹着。大瓶700円と少しお高いが、お晩菜が充実。全て時価というのが気になったが、ビール二、酒二、サワー類三、鮪と鰺の刺身、肉団子、煮しめ、から揚げ、竹の子初煮で約一万円。偶の贅沢だね。久久の外飲みだもの。案外若いお客も入っていた。いい店だとは思ったが、後継者はいない感じ。あと数年かしらん。また行きますよ。Bに転進してから帰る。帰宅は十一時。

 

 

4/4・火

 北海道の自己都合退職者が年間200人超も。困りました。赤字赤字では士気も上がらないよね。せめて鉄道に冷淡なあの知事が代わってくれるといいけど。政府は少子化対策で大盤振る舞いをするとか。子育て世帯は多少楽になるとは思うが、赤ちゃんが増えるとも思えず。そもそも財源がないよね。また増税されます。

 今日も晴れ。ほぼ清明。午前中の民放ラジオは、終活指導に、空き家・自宅の処分に、相続の話しばかり。其れだけスポンサーがいるということ。聞いていて苦しくなるね。ラジオを消してぶらぶらと中目黒へ散歩に出た。花見の時期も過ぎ、落ち着いた雰囲気。ブックセンターで『ブラットランド・下』。文庫になっていた。余りに悲惨な内容なので上巻で止まっていた。1760円。それにしても文庫本も高い。一回りして「ホープ軒」でラーメン。850円。家人には「東急プレッセ」で売っていた亀戸升本の小折詰。千円。09系統で帰る。一万歩。成るべくバスに乗ろうとはしています。晩は近所のスーパーで買い足した。

注・・大差で再選された。

 

 

4/3・月

 久久の日中外相会談。そんなこんなで内閣支持率は回復中だそう。皆さん、権力者に甘いよね。全国各地で入社式。まだやっているのだね。部門ごとの懇親会で十分かと。なお今月から再生可能エネルギー賦課金が下がり、電気代はやや下がるという。制度開始から十年経って買取価格が下がったことが主因だが、火力発電の原価が上がり、自然エネルギーは相対的にも安くなっている。

概ね晴れる。お昼に出社。久久の出社だが取り立ててどうということのない日。五時には退社。碑文谷の「鳥忠」の焼き鳥を買って帰る。一本140円。花粉も収まり、本日から完全ノーマスク。

 

 

4/2・日

 未明に少し降った。曇り。ややひんやり。花見は此れくらい=ちょっと寒いくらいが丁度いいと思う。家人は鎌倉へ。もうすっかり大丈夫なよう。朝は自作の肉南蛮そば。夕方前、家人帰宅。其のまま仮眠。疲れたよう。晩は「つるや」のうな重の残り半分と崎陽軒のチャーハン弁当など。少量飲酒。

 

 

4/1・土

延期されていた花見会に向かう。場所は例年と同じ、多摩川台公園。四年ぶりの開催だが、参加者は奥野さん、須々木さん、岡田さん他。現地はガラガラ。併し桜の木はばっさり剪定されており、凡そ木の下と言うものがなくなっていた。快晴、無風。凄い日差し。五月の陽気。異様に暑くなる。吾人はカセットコンロを持参したが全く不要だった。佑子さんの茹で野菜、村田さんのチキンカレーをつまみに飲み進める。それにしても、此の花見会、元元は鶴木さんが言い始め、吾人と同じ職場だった仲田大将が広めた。最大で十数名は来たかと。ピークは震災前の頃になるかなあ。

併し九時過ぎから始めたところ、午後二時には飲食限界点に。其のまま帰宅。四時過ぎ。以後睡眠。皆さん色色と持ち寄ってくれたせいか、吾人の持ち出しは紙皿やコップ類のみ。此れもいつかの花見の残り物である。支出は交通費だけだった。バスと東横線。ちょうど800円。なお岡田さんは三十八年勤めた会社を昨日退職。今後は週三回出社の派遣社員としてまた通うそう。

 

 

2023-3

3/31・金

フクイチの破けた原子炉の下、溶けた燃料デブリの写真が公開される。漸く隙間から撮れたらしい。まだ一グラムも取り出せていない。フィンランドNATOに入る。プーの被害妄想が更なる暴走を招く結果にならないといいが。一方イギリスはTPPに加盟。脱欧入亜。イギリスはEUを出た頃から可笑しくなった。トラ氏は起訴される。女性に支払ったお金が不正支出に当たるそう。エドガー・フーバーも吃驚の醜聞だらけ。世界的にも年度末だと思った。

曇りのち薄い晴れ。講習出社の日だが、やる気がなくなり欠勤。そもそも吾人が教えるような生徒など殆どいない。時時剪定。夕方前、買い物へ。ミヨシの粉せっけんと一丁目の肉屋のとんかつ。早めの入浴後、瓶ビールを開ける。でもとんかつには御飯だよね。すると六時には食べ終わる。此れでは高齢者の生活である。

 

今月の備忘録

一、渋谷24系統は小田急が撤退し、東急に統一されるのだそう。七月から。大再編である。東急編入後、大幅に減便されるだろうというのが大方の見方。一方小田急の26系統はどうなるのでしょう。渋谷から調布までのロングラン。どんどん減らされて今では朝晩のみの運行となっている。それにしても、値上げか減便か。悩ましい所である。吾人が高校生の時分は確か170円だったかと。三十年余でプラス50円。其の内の十円以上は消費税分。シルバーパスの人も一回50円くらい支払って貰いたいところ。二、近所の国立学校。木を切ったところは民間に貸し出すのだそう。国も不動産賃貸業である。三、バンブー邸は見事にリノベーションした。四、銀座線のダイヤも少し戻す。最近は運び切れなくなっていたそう。四、来月から自転車のヘルメット着用が努力義務に。そりゃまあ、しないよりした方がいいとは思うけど。つい三十年前まではシートベルトもまだだったことを思えば、隔世の感。五、色色と考えて見ると、原子力発電は核融合発電へのつなぎ役と捉えられていた形跡がある。危険な上に核のゴミが出るのは良くないけれど、暫く此れで我慢しましょう的な。残念ながら、後ろは無理。其の分、自然エネルギーと蓄電技術が立ち上がってきた。やっぱり早く引退させた方がいい。

 

 

3/30・木

 中日の投手が亡命。来日出来ず。多分キューバからアメリカへ。うーん、そもそも日本に亡命してくれればいいけど、審査が通らないよなあ。落石により芸備線の先の区間は当分運休。残念です。営業カルテルを結んだとかで大手電力会社に課徴金。つい此の間までは越境営業していたよね。確か大貧学院も中部電力系です。最近は電気が足りなくなって元元の殿様商売に戻った。今から思えば全く不要な営業努力だった。電力自由化=不自由化。巨大な装置産業だもの。

 曇りのち晴れ。朝は残りのうどん。昼は富久美の弁当。時時剪定。漫然とす。引き続き気分優れず。家人より吾人の方が病人である。晩は残り物のあり合わせ。

 

 

3/29・水

 114兆円にもなる来年度予算が成立。何に使うのかね。何度も言うけど、コロナとウクライナ侵攻以来、ちょっと金銭感覚がおかしくなっている。新選組だけは牛歩したとか。

また曇っている。朝は巨大化したノゲシ?だけを集中的に取った。今季の草取りの開幕である。十二月まで続きます。家人は眼科へ。少し歩かさなくては。昼前には漸く晴れた。桜を見に、駒沢公園へ。花よりラーメン。「一風堂」で白丸元味と半炒飯。1140円。混んでいたけど直ぐに出て来る。博多ラーメンは回転がいい。環七のスーパーで買い物。調達が追いつかず、色色と足りないものがあった。味噌や猫餌など。2300円。なお特売は「雪印6Pチーズ」。裏を見ると主たる産地は外国とあった。そんな馬鹿な。日本で一番売れているチーズなのに。

午後はラジオを聞きながら、『台湾、ローカル線、そして荷風』。行った先、見聞きしたことが、吾人と被る。旅と酒と猫。今までの旅の答え合わせをしているかのよう。大変な先達がいらしたのである。夕方はやはり曇る。晩は鯛の塩焼き他。そして雨。夜桜組は全滅だろう。家人と口論。耳鳴り酷し。

 

 

3/28・火

 また冷たい雨。菜種梅雨。家人は掛かりつけ医へ。するとやっぱり病院へ行った方がいいということになったと。再紹介状を持って早速タクシーを探しに行くが、此の天候だと中中つかまらず。実車と迎車と回送ばかり。結局大通りまで家人と歩いて行った。幸い回送車が止まってくれた。此の辺には詳しくないので道案内をしてくれと。練馬の車らしい。成程、回送とは自分の縄張りに帰ることなのね。運賃500円。

幸い直ぐの診察となる。去年掛かった循環器専門医がいらした。現在の頻脈状態(=多くて100ちょっと)は命に関わるような水準ではない。カテーテル手術で神経を焼き切るという選択もあるが、リスクもあるし、態態入院するのも大ごととなる。「ワソラン」という薬は一日六錠まで飲めるので何かあったらどんどん飲んで下さいと。つまりは経過観察である。頻脈の原因は神経性かもしれないとも。家人はオーバーだからな。二か月後の精密検査を予約した。医療費140円。タクシーは来そうにないので小雨の中を歩いて帰宅。行って帰って一時間半。

今日も講習。遅れて出社。次第に晴れたが、態度の悪い小学生に激昂す。途中退場。最近感情の制御が出来ない。碑文谷の北浜と味の郷で刺身と総菜。五時くらいから飲み始めた。締めはうどんを茹でた。優子さんから電話連絡。秋子伯母さんも具合が悪いそう。意識混濁の寝た切り状態。九十四になったのだそう。

 

 

3/27・月

 バフムートは何とか持ちこたえたよう。ウ軍も被害甚大らしいけど。最近は報道も減ってきている。名古屋のマンションから双子の男の子が落ちて可哀そうなことに。大体高い所は人が住むところではない。吾人の生活は一階と二階。職場も中二階。偶に商業施設に行ったりホテルに泊まったりして高い所に行くが、恐ろしくて仕様がない。当然火事が起きたら地震が来たらと思うこともあるが、高い所には魔物が住んでいるから、時時手招きされて、大人でも窓の外に吸い出されて仕舞う。其れが一番恐ろしい。多少不便な所でも地べたに接した所に住んだ方がいい。増して子連れならば。

思ったより晴れず。お昼に出社。今日から春の講習。小学理科、小学国語、中学国語と完走した。すると家人からまた心臓がおかしいと連絡が。飲まず食わずで急いで帰宅。八時過ぎ。薬が効いて落ち着いたよう。家にある物を食べた。こうも度度だと困りました。十時就寝。203入居。ちなみに保証人は勤め先の社長さん。久久の満室御礼。

今日の夕刊には経費節減の為に、四国の駅がバス停みたいなものに建て替えられているという記事。眼を疑うね。幾らか自治体が出すべきであろう。街の玄関だもの。公民館とは言わないから、せめて集会所並みにして欲しい。人が集う所でしょう。800万で出来る筈。

 

 

3/26・日

 日曜朝は、日曜朝。どうという番組ではないけど、Aと其の周辺は此の番組を目の敵にしていたのだそう。うーん、可笑しいな。大体、正しいことをやっているという認識があれば、わざわざ攻撃しないよね。千万人と雖も我行かん的になる筈。詰まり彼らには何処かしら間違ったことを進めているという認識があったのだと思う。だから万事に対して自信がなく、何処か被害妄想的になり、僅かな批判にも過剰に反応するようになる。A政権というのは、戦後体制に対するアンチ、詰まりヤンキー政権だったからね。なお今回の事件、公開された総務省の文書によると、Aの補佐官がやや突出して動いていた模様。元官僚の当時参議院議員。遅れて政界入りしたから、早く出世しようと躍起になっていたみたい。権力はそう言う人を取り込んで行くからね。

 引き続き雨。乗り鉄を始めて凡そ三十年。調べたところ、横手に二回、宇和島に二回、三次と宮古に三回泊まっている。何れも交通の要衝。鉄道の結節点。鉄路がなければ、恐らく行かない街でもある。増毛や留萌、夕張、様似、江差陸別蛸島三段峡、高千穂、行きたかったな。大雨だけど、昼は表に出た。地元の回転寿司でビール一、酒二。三千円。以後大量午睡。夕方に漸く止んだ。早速ゴミ拾い。遅めの晩は昨日買ったスーパーの酢豚プラス買い置き食品。大量購入した(北海道産)カマンベールチーズなど。家人にも赤ワインを飲ませた。締めは蕎麦を茹でた。正月用に用意した一升瓶三本を漸く飲み切った。

 

 

3/25・土

 昨日からずっと冷たい雨。花見会は敢え無く中止に。天候×それぞれのスケジュール×花、全て合う日はなかなかないのです。朝はラーメンライス。という訳で再び日誌の整理。日帰りの遠足などもピックアップ。あの旅行とあの合宿、あの人とあそこに行っていたのだと様様な記憶が蘇って繋がる。暫しの時間旅行。すると優子さんから電話がある。相続手続きに入りたいので、固定資産税の明細書を送って欲しいと。2023年に引き戻された。直ちに作成。

昼はスーパーのカツサンド。とまあこうして数日来、やや膨大な記録と向き合った。2011年以前のものは紙のみ(大学ノートに手書き、一部は感熱紙)。以後はPC上。検索は後者の方が楽だけど、全体を俯瞰して探すのには紙面上の方が捗る。電子書籍が普及しない訳である。ざっと目を通すことが出来ないからね。夕前には漸く止んだ。本日はずっとオフィス労働者のよう。

雨天振り替え企画として蒲田で飲みましょうということになる。碑文谷まで歩いて東横線。依然として車掌さんは乗務しているようだけど、見ているだけで何もしていない感じ(ドア扱い無し)。なんだかちょっと可哀想。みなさんどうなるのでしょうか。多摩川駅で乗り換え、蒲田の東急口へ。六時着。参加者は須々木さんと佑子さん。奥野さんの案内で、まず「ジェントルマン」という立ち飲み屋へ参る。赤星大瓶430円の店。格安である。ニュー立ち飲み店と言ったところ。繁盛している。皆さんと隅っこの円卓で飲む。なお此処はキャッシュオンデリバリー。今時珍しい。幾ら飲んだか分からなくなるね(嘗てのBもそうだったけど、税務署から指導されて伝票方式になったと聞いた)。するとふいにあゆみさんの「ともだち」が流れた。有線経由。世間的にはマイナーヒット曲だけど、吾人は良く聴きました。忽ち1989年(=高校一年)に引き戻される。あの夏、あの学校(神奈川の橙隠学園)、あの日日・・・・、色色なものが急に思い出される。まだ酒も鉄も知らなかった・・・。こういう場合は不思議な感覚になる。集団の中でただ一人だけの時間旅行。而も前触れ無し。痺れたね。五分後、フルコーラス終了。再び2023年に戻された。

続いて二軒目探し。満員の「鳥万」には断られる。「豚番長」で再びの立ち飲み。続いて三軒目探し。並びの「横綱」は既に看板。近くの「金春」で締めた。全部で四千円。案外安い。ということで、幾らか先輩方が出してくれたようです。十時半解散。多摩川線から東横線に乗り換え。すると着信がある。またまた脈がおかしいと。そろそろ救急車を呼ぼうかと。そんな馬鹿な。急いで帰ったら、ケロリンと歯磨きしていた。無事なよう。シャワー入浴して就寝。なお多摩川の「梅もと」が閉店していた。残念です。

 

 

3/24・金

 Kはウクライナ大統領に「必勝しゃもじ」を手渡したそう。甲子園か何かと間違えているなあ。せめて平和と書くよな。本当に馬鹿だ。なお地上波はずっと野球をやっている。世界試合はとっくに終わっていますけど。何時まで騒ぐの。だからみんなテレビを見なくなる。

雨は止んだ。資源ゴミの整理と潰れた蛙の片づけ。うちの庭から這い出たものだろう。側溝に水葬。お亡くなりになったもの専用火ばさみで執り行う。引き続き、旅行記録の整理。途中シロの予防注射。なお先生の所には新たなワンちゃんが。悪質ブリーダーから引き取ったとのこと。ずっとゲージに閉じ込められていてトイレの仕方も分からなかったらしい。酷い話である。余生は快適にね。

昼は食堂の弁当。本日休講日で不出社。午後もラジオを聞きながら、日記巡りと明日の花見会の準備。併し数年来もやっていないとなると、何を持って行くべきか忘れているよね。寒気が入り夕前から雨。二晩続けてのあり合わせとなる。鮭の缶詰、冷凍餃子等。それにしても大学生の時分は遊んでいるね。大学二年の夏(=1993年)など、泊りの旅行だけで五回。実に十五泊もしている。車中一泊、船中一泊、野宿一泊を含む。二十代までは青春18きっぷ周遊券大垣夜行、「ムーンライトながら」もたびたび登場している。意味もなく、大垣まで行って帰ったり、新宮夜行に乗ったり、両夜行(ながら)で高野山に行ったりしている。元気だったな。

 

 

3/23・木

 朝は曇る。以後弱い雨。日記を漁り、吾人の旅行記録を作る。学生時分は、毎月のようにゼミかサークルの合宿。合間合間に乗り鉄の一人旅。よく出掛けているね。なお痛い記述が続続と。何しろ、サークル二つ、ゼミも二つ。色色とありましたよ。いいことも悪いことも。卒業以来一度も会っていない人も多数。みんな元気かな。なおワープロ時代に感熱紙を貼りつけた部分はかすれて読めず。やっぱり手書きかデジタル化しないとね。

また昼はレトルトカレー。午後も日誌の探索。すると家人が心臓の具合が悪いと宣う。また頻脈らしい。生憎掛かりつけ医は休診日。別の内科診療所を探して参るも、何だか混雑していてラチが明かない感じ(而も此方は消化器内科)。矢張り大病院の方がいいということになる。昨年掛かった病院に緊急電話。直ぐに来て下さいとのこと。タクシーを仕立てて、救急外来に転進。早速処置室に入る。其処は亡父が入った隣りの部屋であった。心電図等を付けて待つこと暫し。吾人は蚊帳の外。また此のやや暗い待ち合いである。嫌な思い出が蘇るね。すると特に異状はないとのこと。前回も処方された「ワソラン」という薬を持って帰る。薬代を含めて医療費は1380円(一割にしても安い)。タクシー代往復1200円。行って帰って丁度二時間。

いや併し、疲れたね。家人も齢だけど、入院訓練のようなことは止めて頂きたいです。そもそも花粉が嫌で閉じ籠っているから気が滞る。此処は東洋医学で。晩は冷凍食品など。暖気が入り、夜は南の雨。湯船入浴。家人は安心して長電話していた。傍受すると、どうにも何かの情報誌を目にしてより不安に感じていたらしい。急性心筋梗塞とか、滅多にならないよね。

 

 

3/22・水

 晴れ。引き続き世界野球決勝戦。日米戦。息詰まる投手戦になる。最後はオータニ君が投げて勝った。こういう展開があるのだね。野球というのは不思議なスポーツである。俗に野球の神様のなせる業かしらん。

午後出社。近所の桜も満開に。春の講習の準備など。生徒少なし。八時前の退社。Bに参る。地上波では午前の試合を再放送。皆さん三三五五に集まり、改めて観戦会。凡そ二千円。帰宅後お茶漬けなど。

 

 

3/21・火

 検察側は特別抗告を断念。袴田さん事件は再審開始。無罪へ。一日でも早くして欲しい。午前中は野球観戦。日墨戦。アットフロリダ。東京で(中国、チェコ、イタリーに)勝ったのは当たり前。此処からが本番である。激闘の末に見事な逆転サヨナラ勝ち。やっぱり野球は面白い。併しまた大騒ぎかと思うとうんざりするのだが、御蔭でKのウクライナ訪問がどうでもいいニュースに格下げされた点ではよかった。ところで何しに行ったのだ。今更行ったところでね。恐らく有名人のサインを集めているのでしょう。其れとも駅のスタンプかしら。一方、国家主席はモスコーを訪問。和平を促したとか。うーん、黒い国でも赤い国でも何とかして欲しい。

 概ね曇る。旗日である。昼はスーパーのとんかつ弁当。650円。胡瓜をプラス。庭の桃は満開。ソメイヨシノはまだのよう。他に不動産屋の大沢さんの訪問。205の人はまた滞納していると。困りました。午後は文化放送を掛けながら日記の整理。芥田先生と行った合宿旅行記録を纏める。1997年から2015年まで実に15回も出掛けていました。晩は残り物と鰤を焼いた。隣りの建物は外灯も消える。御蔭で暗いくらい。

 東京の朝刊には、アベノミクスの指南役=国際的な経済学者のインタビュー記事。曰く「賃金が上がらなかったのは予想外」だったそう。企業の収益は改善したが「ツケが川下(の中小企業や労働者)に回った」とも。「普通の経済学の教科書には、需要が高まっていけば実質賃金も上がっていくはずだと書いてある。ツケを川下の方に回すようなシステムで調整されるなんてことは書いていない」と。いや併し、資本主義というものはそういうものです。常に周辺を巻き込んで発展して行く。ずっと昔は新大陸、少し前までは途上国・・・。最近は収奪する外部世界が無くなったので、内的なものから搾取を強めることとなった。即ち、国内の労働者の非正規化であり、ギグワーカー化である。だから賃金は上がらず消費も増えず=戦前みたいな社会に逆戻り。簡単な理屈だけどね。いいですか、資本主義と言うものは怪物なのです。此れに対抗するには労働法制の強化しかありません。

 

 

3/20・月

 朝食時には大瓶を一本。続いてチェックアウト。非組合員は二食付きで9000円でした。天気も良い。さて大涌谷に向かう前に思い出の地を探す。此処仙石原には99年夏に芥田先生と訪れている。確か、夜中に花火をやって宿の人に怒られた思い出が。我我も結構悪いことをしているね。当時の宿(=芹沢荘)は探し当てたけど、現在休業中とのこと。あらまあ。早く復活して下さい。

谷間の平日だが箱根は大勢来ていた。大涌谷駐車場は二十分待ち。外国人観光客多し。黒たまごのオブジェには写真待ちの行列が出来ていた。それにしても関東人の旅行は箱根に始まり箱根に終わると言われているが、廃業休館多し。経費節減の為に保養所なんぞは真っ先に閉鎖されているよう。そもそも正規社員がいないよね。

 再び御殿場に降りる。まだお昼前なので暫し246を流す。松田の「ガキ大将」という店でラーメン休憩。昔流行ったチェーン店のよう。味噌ネギチャーシュー麺。1000円。まあまあ旨い。続いて近くの公園を散策。東名に少し乗り、港北インター下車。後部座席の吾人はうつらうつら。妻子さんが待っている鷺の間君とは此処でお別れ。吾人は中原街道を上って職場付近で降ろして貰う。其のまま出社。本日は穴の開いたジーパンである。目ざとい生徒からは何時もと違うと指摘される。ファッションショーに行って来たのだと言い返した。

 九時過ぎの定時退社。Bで三杯1560円。久久に11系統に乗る。環七からも09系統に乗り換えて急いで帰った。幸い家人はケロリンとしていた。朝の定時連絡では心の臓の調子が悪いとか言ってなかったっけ。蚊の鳴くような声で。仮病を使われた。一種の嫉妬心だね。なお今回の旅行は吾人が計画したものではありません。花粉は辛うじてセーフ。それにしてもゴルフでも出来ればもう一泊したのだろうけど。何しろ誰も出来ない。特に若い人は。今更練習とかしないよね。合宿ゴルフ訓練とかあれば何かの間違いで行くかもしれないと思った。未経験でも四泊五日でフェアーウェイに出られますとかやって欲しい。

注・・「あなたたちは大学生でしょう」と女将さんに怒られた。そんなに騒いだ積りはなかったのだけど。

 

 

3/19・日

 昼前に月波君が来て直ぐに出発。いざ箱根へ。まず鷺の間君を拾いに行くのだが、同一方向なので川崎の伯母叔父の所へ梅酒を序で搬送。二升半。続いて日吉郊外へ移動。時間調整がてら「おしどり寿司」で軽い昼食。鷺の間君と合流して東名高速へ乗る。日曜だが下りも混んでいて、海老名付近はかなりの渋滞。右ルートが使えないとかでもう一度渋滞。御殿場下車。駅前でお酒と御殿場ハムを購入。今回は鷺の間君の健康保険組合の施設を利用させて貰うことになった。山を登り仙石原到着。四時過ぎ。鷺の間君は公益財団法人勤務の筈だが、健保は出版系の組合になるのだそう。一応、勉強しましょうということで月波君が用意した資料を素にミニゼミナール。缶ビールを注ぎながら、丸山大先生の『政治の世界』を一小節。なお鷺の間君は社会人大学院の一過程を終了。月波君も放送大学を二度目の卒業だそう。勉強熱心だね。だから一種の卒業旅行ということになります。

 続いて夕飯となる。他客もまあまあ。出版関係の施設だから皆さんお行儀もよさそう。そもそも若い人もいない。出版社正社員=中高年ばかりだもの。なお此処は酒が安い。スーパードライ大瓶400円、日本酒小瓶450円。原価プラス手数料での提供。酒販組合の宿のよう。どんどんと追加注文す。其の後再入浴。広い湯船は循環方式だった。それにしても不思議だな、保養所とか研修所と言うものに久久に泊ったが、旅館やホテルとは何かが違う。部屋も眺めもいいし、布団も敷いてくれる。やっぱり何かが。フロントの位置かな。内装かな。何か勉強しなくてはならないような雰囲気がある。それにしても保険組合というのは日本に幾つあるのでしょう。吾人はずっと国保ですが、それぞれが保養所を持っていたとしたら膨大に数になるよね。月波君が持って来た特捜最前線のDVDを見ながら就寝。

 

 

3/18・土

 今日から東急線は大幅値上げ。なお東横線はワンマン=コンダクターレス運転だと。余った車掌さんはどうなるの。日韓首脳会談は終わったみたい。此れ自体はいいことなのだろうけど。日中まで行って貰わないとなあ。ロシア大統領に逮捕状。子ども連れ去りの件で。目の前にいたら、吾人も私人逮捕したいです。毎日新聞によるとコロナワクチンの廃棄は8000万回分で二千億余だそう。案外安かった。

 昨夜から冷たい雨。朝は中カレー。二度寝の後、止み間があったので「せい家」で付け麵(650円)。漸く食べ足りた感じ。家人にはてんやの上天丼弁当。500円にセール中。絶賛安い外食生活。夕方には本当に止んだ。月波君が乗用車を持って来たので、旅の打ち合わせ。「まり花」という大衆酒場へ。所謂ネオ系というやつかな。意外にも店内は若い女性でいっぱい。合コンらしきものも執り行われていた。続いて「華星」へ転進。八時には散会。

 

 

3/17・金

 愛知県は児童生徒に年に三日の公休日を設けると。学校も休んでいいんです。皆勤賞など異様なことです。キハ183、651系電車の最後の定期運転の日。後任は283系と257系。どちらも編成車両数は減少。大丈夫かしら。特に高崎線系統。混んだ特急より空いた普通列車というのが旅の鉄則。それにしても吾人最後の渡道は2010年。はやて⇒白鳥⇒北斗⇒おおぞら⇒根室往復⇒釧網線⇒オホーツク⇔小樽往復。あの頃は車内販売があり、カニ飯なんかを座席まで運んで来てくれました。帰りは北斗星。楽しかったなあ。

朝から曇天。ひんやりするも此れで平年並みだそう。カレーを自作。テレビは狂ったように野球ばかり。一切見ませんけど。午後出社。退社後はBへ。昼のカレーが足りなかった。家人が見張っていたので御飯少な目だった。鰺の刺身、鶏の唐揚げ、ポテトフライ。ビール、ホッピー、中も追加。二千円。傘差し帰宅。更にカレー小、菓子パンの残り、カップうどん、白ワイン。欠食おじさんの恨みは凄いのであった。

 

 

3/16・木

 春闘は満額回答だそう。どの会社も横並びなのが日本的かな。やれば出来た。もっと早くやって欲しかった。石垣島にはミサイル基地が作られる。当初は小さな監視所だった筈。あっという間に基地の島に。観光客も来なくなります。こうなることは目に見えていた。誘致した人は反省して欲しいです。

六時まで直通睡眠。今日も晴れ。昼は富久美のチキン南蛮弁当(650円)。一月の電気使用量432キロ、前年比八割。寒い割に頑張った。其れでも1.5万円余。二月のガスは24立米。此れも前年比八割。五千円。なお今月から政府補助が入っている。ガスは一立米30円、電気は一キロ7円だそう。となると3774円安くなっていることになります。長く空いた203も漸く決まる。外国の方。初めてだね。正社員だというから大丈夫だろう。サービス業は外国の方がなくては成り立たないしね。Bの新店長も確かバングラデシュの方。仕事も出来ますよ。午睡、シャワー入浴の後、近くのスーパーへ。天然の真鯛があったので塩焼きにした。旨かった。稀にこういう出物がある。他は貰い物の国産鰻丼。中瓶一、日本酒二。

 

 

3/15・水

 全く国会に出て来ない参議院議員がクビになる。除名処分は戦後三人目だそう。そもそも登院しないという人を当選させては拙かった。もう少し真面な人は幾らでも居るでしょう。ちゃんとした人を選ばないと。それにしてもね、不登院というひょっとしたら独裁とか全体政治に対する一つの抵抗手段になりえたかもしれない方法を、こういう極めて下らない案件で潰して仕舞ったことは、此の国の将来に禍根を残すかもしれません。とまあ、こんなことを言ったところで、本人には全く分からないだろうけど。残念です。シリコンバレー銀行が破綻。名前から言ってもちょっと危なそう。アメリカの景気が失速すれば再び円高に振れる。物価は下がる(というか元に戻る)。此れで給料が上がれば、待望の消費回復、景気上昇、デフレ脱却。

 朝から晴れ。昼前に久久に獣医の所へ。まずグレの予防注射から。6600円。ちゃんと来たのはシロの点滴以来。昨年の五月以来かしら。何時の間にか隣りはコーヒーショップになり、先生の所の白い大型犬は年末に亡くなったそう。そうでしたか。なおグレはちょっと痩せたそう。3.5キロ。気が付かなかった。元気だけどね。ちなみに(柴)犬の緑内障検診を勧めるポスターが張られていた。よくそんなことを考えついたね。仮にそうだと診断されても、目薬なんて差せないよね。

 午後出社。くしゃみ酷し。堪らず抗ヒスタミン。たちどころに収まった。よく効く。一日六錠の所を一錠だけだから腎臓も大丈夫だろう。八時前の退社。須々木さんが開発した新店へ。刺身三点盛り1200円。ビール一、日本酒二。続いてBへ。村田さんも加えて花見会の打ち合わせ。併し高瀬さんが来たので緊急解散。飲み足りない吾人はバーI。此処も久久に来た。先週は新婚旅行に行っていたのだそう。併し御客が少なくて大変だと。たこ焼きをつまみに、二杯ずつ飲んで飲ませた。全部で八千円。帰宅は十二時過ぎ。軽めのシャワー入浴。

 

 

3/14・火

 今度の改定から東日本は時差定期券を売り出す。平日朝の一時間半だけ使えないが、一割ほど値引くのだと。電車特定区間内限定。アイデアは結構昔からあったが、コロナ禍が其の実現を早めたという感じになる。私鉄各社も見習って欲しい。

朝はややひんやり。曇り。牛乳が余っているというのでなるべく飲もうとは思うのだが幾らも飲めず。精精一週間で一リットル。チーズもバターもヨーグルトも食べることは食べるけど高が知れている。そう言えば牛肉もあんまり食べない。ステーキ、焼き肉はそもそも縁遠い。牛丼(但し外国産牛)も前ほど食べなくなった。偶のすき焼きぐらい。とんかつや焼き鳥、から揚げはしばしば食べるけど。他肉に比べて消化に力がいるのだと思う。畜産も曲がり角だね。国内は年寄りばかりだもの。そもそも何で乳牛さんを増やしたのでしょう。数年前のバター不足が端緒だったそうですが。とんでもなく需要予測を間違えた。

 次第に晴れる。吾人の昼は自作のラーメンと小ライス(百円相当)。家人には食堂の弁当(700円)。なお最近トイレが詰まったという。前もあった。築三年なのに。新型=節水タイプのトイレは駄目である。もっと水を流して下さいと言うより他がなかった。続いて家人が下した現金をゆうちょ銀行へ搬送。銀行口座も処分する年齢である。下ろせる金額に限度があるから面倒臭いこと限りなし。機械から機械へ送金して貰えれば楽なのだが。家の中にいても目が痒い。晩は冷凍鶏肉を使い今季最後の鍋物。此の処は耳鳴りも酷い。

 

 

3/13・月

 取り立ててマスクをしろと言われたことはないのだが、マスクを取っても構わないと言われた日。併し花粉が酷いから当分取れません。そもそもマスクに法的根拠があるのでしょうか。

 連日の高温により桃も開花する。前線接近の為、次第に雨。花粉よ落ちよ。昼前後はかなりの雨。以後出社。新年度の教材の発注など。さてさて当学院もマスクをしましようという掲示物や入口のアルコールも撤去。手指の消毒など凡そ意味はなかった(コロナは呼吸器の疾病です)。九時過ぎの退社後はBで二杯のみ。1300円。北風強し。其のまま帰るも花粉に巻かれ目と鼻が中破。酷いね。洗眼後納豆ライス。併しやっぱり足りない。更に冷凍パスタとシャワー入浴と日本酒半合。それでもあちこち痒くて抗ヒスタミン。本日の酒税150円くらい。

 

 

3/12・日

 それにしても放送法をネタに色色と政権に食い込まれた案件であるが、テレビがもう少し元気な時ならば、民放各社一丸となって抵抗しただろうと思う。落ち目な時ほど、介入されるし、また過剰に忖度して仕舞うのである。いっそもっと落ち切って仕舞えば絡まれることもない。ラジオなんて、自由そのものである。一方何市大臣は摩訶不思議な理屈を言い立てて地位に留まるそう。見苦しいだけである。

 先週の飲み鉄の集計。行きの電車でビール一、大月の食堂で日本酒一、更にワンカップ一。甲府の立ち飲みでかち割りワイン。宿で大瓶一、日本酒二。二日目は熱海でビール一、日本酒二。ロマンスカーハイボールのロング缶一。酒税は450円くらい。

 未明の「深夜便」からは「卒業」が流れた。学校=支配からの卒業。今から思っても八十年代の学校教育は酷かった。いじめ、校内暴力、体罰も含めた超管理、何でもありだった。何しろ子どもの数が多かったからなあ。大人と子どもが必要以上に対立して仕舞ったという点では不幸な時代だったと思う。なお折角卒業しても大学前は大渋滞。大学はそもそもの定員が足りなかった。あれから四十年、児童生徒の数は半分になったけど、なかなか量から質への転換が図られたようにも思えず。何しろ予算が少ないからね。こういう所が日本の競争力を落としているように思える。困りました。それにしても此の人はA学院大学の付属高校を中途退学。大学まで上がればまた印象も違ったと思う(サザンの人など自由そのもの)。日本の学校は小中高(=管理)と大学(=自由)との差があり過ぎるから。尤も其れではあの鋭さは生まれなかっただろうが。

朝から薄曇り。既に五月の陽気だそう。少し出歩こうと思った。バスで自由が丘へ。併し此の渋谷11系統も一時間に四本になっている。エライ減便。高収益路線な筈なのだけど。ドライバーが足りないのかな。案の定、日曜の朝から満員に。実質的な値上げであると思った。さてさて駅前の本屋で『満蒙開拓団』。続いてやっぱり「元祖寿司」。ネタは何だか乏しいが、舎利と握りは熱海の店よりうまい。ビール一、日本酒一。鰯三皿、白身の叩き軍艦二皿他。2480円。帰りは歩いた。辛うじて花粉は許容範囲。帰宅後直ぐに眼を洗う。一万歩。夕方前湯船入浴。やっぱりくしゃみ止まらず。晩はドミノピザ。四割引きで2500円だった。中瓶一、ワイン一合。本日の酒税240円。

なお11系統は渋谷まで行かない便が現れる。特に平日昼前。四本のうち三本が三宿の交差点で折り返し。そんな馬鹿な。上越新幹線が高崎始発になるようなもの。12系統に続いて大鉈が振るわれたよう。乗り換えのなさがバスの利点だったのに。電車は値上げ、バスは減便。酷いね東急グループも。と言っても減るばかりでもない。品川方面は今月から新系統が就航。大井町に行ったりする。但し一日数本程度。凡そ使えるようには思えず。どういう方針なのでしょう。

 

 

3/11・土

 アメリカの国家予算は七兆ドルに迫るという。日本円で900兆以上。幾らGDPが四倍だとしても大した金額だと思った(一ドル100円でも700兆円)。それでも多くの国民は満足に医者にも掛かれないし大学にも入れない。国防費に120兆円も使っているからであろう。

穏やかに晴れて暖かい。東電管内の太陽光発電は昼前に1400万キロワット。賄い率は五割にも及んだ。朝はレトルトカレー。プラス胡瓜一本。昼は肉南蛮そばを自作。時折『ひとり居の記』。著者は吾人より三十歳上。吾人もあと三十年は旅したいなあ。晩はスーパーの総菜など。花粉が酷くて遠くへ行けない。

 

 

3/10・金

 朝方に一瞬降ったけど、予報された春雷は何も来ず。久留里線に乗ろうと思ってダイヤを検討する。一応八往復は走っているが昼の列車は一本しかない。詰まり終点に行っても直ぐ折り返すしかないよう。此れではねえ。非常に暖かく、花粉酷し。

 午後出社。九時過ぎの退社後はBに参る。皆さん、奥の方で野球観戦中。日韓のプロ試合。併し七時に始まった試合が十一時近くになっても終わらず。どうしてそんなに長いのよ。閉店にあわせて退散す。二千円。帰宅後シャワー入浴。今年初。其れでもくしゃみ止まらず。以後カップ麺。添付の汁はほんのひと回しのみ。減塩である。

 

 

3/9・木

 第四の携帯電話会社で巨大詐欺横領事件。幹部社員がごっそり中抜きしていた。基地局建設を急ぐあまり出鱈目な請求書が通っていたそう。電話は巨大な装置産業である。一から作ることにそもそもの無理があるよね。久留里線の末端区間に早くもバス転換計画が示される。盲腸線は厳しいなあ。国内線を6600円で売り出したところ、日航の予約サイトがダウン。大安売りするのはローカル線だけにしたらどうでしょう。

 今日も晴れ。但し霞が掛かる。花粉かしら。梅は散り、沈丁花は満開、枝垂れ桃が膨らんでいる。先月の売電量258キロ、6192円。朝は冷凍のきしめん。昼はパスタを茹でた。余りの暑さに全身が弛緩。昏昏と午睡、いや春眠。買い物はせず家にある物を食べた。サッカーが終わったと思ったら、今度は野球が喧しい。テレビを消してラジオを点けた。午前午後は民放だが大抵の夜は「深夜便」。久久に野良が来る。年末までに来ていた猫と似ているがちょっと違う。耳カットされていたから何処かで飼われているのかもしれない。

 

 

3/8・水

 まあまあ晴れる。気温も高く、春本番といったところ。午後出社。高校の卒業式を終えたエミリさんが現れる。志望大学に入れるかは微妙だそう。高校三年の頃の進路選択などどうだったのだろう。必死になって世の中が見えている積りでもあっても、まだまだ目隠しされて歩いていたようなものであるなあ。

九時の退社後はBでニ三杯。1600円。夜の街は依然として静かな感じ。バーIも閉まっていた。花粉かな、其れとも物価高か。みんな出歩かない。入浴後、お茶漬け。

 

 

3/7・火

 徴用工問題で韓国が解決案。日本政府と日本企業も幾らかは出資しなくてはならないだろう。総務省の文書が流出。放送法の解釈を巡って政治家の横車が判明する。怒った官僚さんが野党議員に持ち込んだみたい。Aの後継者気取りだった何某市という政治家も愈愈御仕舞いだな。文書が本物なら辞任するとか述べていたから。新型ロケットの打ち上げは失敗。新型衛星ごと爆破指示。先月の中止事案から言ってもちょっと無理そうだった。

 朝から晴れた。昼前に祐天寺へ。王様書房で『JR時刻表』の三月号。大きな改定はないが、臨時列車が戻って来ていて紙上も賑やか。良かったです。『戦後日記』(三島由紀夫)を序で買い。続いて富久美で昼の弁当。何故かくじ引きで目黒区商品券千円分が当たった。運がいい。ちなみに三島は亡父と同じ年の生まれ。年齢=昭和なので分かりやすいです。晩はスーパーの鯛の刺身と半額の牛肉、和菓子屋の赤飯を買って来て自分で自分を祝って御仕舞。

 

 

3/6・月

 朝までまあまあ降った。以後曇る。花粉が大丈夫そうということで家人は買い物へ。すると掛かりつけの調剤薬局が今月末で閉じるのだと。あらまあ。あんまり繁盛していなかった。午後は薄晴れ。以後出社。何だか早く終わって仕舞う。久久に幾寅に一人で参る。Y君が働いていた。戻って来たみたい。まだまだたどたどしい。職務に集中出来るよう、あんまり話しかけないようにす。職業訓練のお礼代わりに速いペースで胃に詰め込んだ。続いてBへ。須々木さん以下、三三五五勢揃い。吾人の誕生日を祝ってくれるかのようであった。こうして四十代最後の一年が始まりました。二店で四千円弱。帰宅は十一時。足に軽い筋肉痛。一昨日は13キロも歩いたから。丸一日経ってから来たね。

 

 

3/5・日

 八王子の精神科病院が摘発される。患者が暴行死。看護師は逮捕。院長は不正の常習犯だそう。中国が和平仲介に動く向きがあるという。白い国でも、黒い国でも、兎に角何とかして欲しいと思うところもある。なお今週末から格安の「東日本パスファイナル」が発売。秋ほどは売れてないみたい。

概ね晴れ。早速旅費の精算。交通費概算七千円余。其の内ロマンスカー特急料金は750円。何時の間にかちょっと値上がりしていた。飲食費六千円強。宿泊費九千円。全部で二万円と少し。税金による補助は凡そ四千円。それにしても最近は良く乗っている。ローカル線を正規の運賃で。此の一二年だけでも、飯田線高山線福塩線芸備線木次線飯山線大糸線、そして身延線富山地鉄しなの鉄道やえちご鉄道にも乗った。此れも一種の恩返しだね。(キセルこそしてないが)若い頃は安い切符の一辺倒だったので。続いて旅の反省。やはり昼食は沼津の方が良かったかと。熱海の混雑は尋常ではなかった。「桃中軒」の駅蕎麦もあるし。また入力する経由地にはもっとマイナーな駅を入れればいいのではないかと思った。今回では猿橋善光寺函南とか。どちらにしても意地になって速くて高いコースを薦めて来るのには参った。

次第に曇る。旅の疲れが出たのか昏昏と午睡。夕飯前に買い物。昼は貰い物の鰻丼。晩は家人のお好み焼き。夜はひんやりす。飲み過ぎが祟り、かなりの胃痛。雨。

 

 

3/4・土

 未明に再入浴。散歩と簡単な朝食の後、チェックアウト。昨夜のアルコール代はクーポンでちょうど足りました。土産のお菓子650円を現金購入。なお番頭さん(?)は吾人より若い感じ。一人で泊まれる宿は少ないので頑張って下さいと激励す。朝日を浴びながら再び駅まで歩く。南アルプスかな、高い山は雪化粧。いい感じ。駅横には「下部ホテル」。高級宿である。本当は此れくらいのところに泊まりたかった。8時43分発の富士行きに乗車。二両のワンマン運転富士川に沿ってゆっくり進む。交換待ち多し。車内は閑散。富士山がぱっと見えると富士宮が近い。山あいからループ線のように降りて行く。此の景色は篠ノ井線から見渡す善光寺平に似ているね。漸く西富士宮から中量乗車。富士宮からは複線となる。富士到着10時24分。詳述は避けるけど、学会と復縁してくれた方が鉄道ファンとしては面白いのだけどねえ。折角複線にしたのだから。出来れば身延山まで行って欲しい。

東海道線で一駅進み、吉原へ。折角なので岳南電車に乗ろうと思った。ホーム後ろの専用の跨線橋を一人で渡る。車両は元井の頭線の昭和47年製。吾人より年上の車両を見ることも実に少なくなりました。二両の列車には地元のお客さんと鉄道系の人が半半くらい。当初逆向きの名古屋方面に走り、吉原本町の先でぐるっと方向転換する。地元の人も乗ったり降りたり。終点岳南江尾下車。運賃370円。此の線も貨物輸送がなくなり、一時は大変だったと聞いている。最近は夜景電車なども走らせているそう。何ともあれ頑張って欲しい。ちなみにただの江尾は伯備線にあり、此方はえびと読む。間違えないよな。

来た道を戻るのも何なので、東海道線まで徒歩連絡。巨大な富士を背に、田んぼの中の一本道を進む。時折振り返る。逆コースの方が良かったね。漱石は富士山には否定的だったようだけど、やっぱり富士はいい。其れに富士しか自慢するものがない帝国日本を批判したのだしね。ニキロも歩くと松林が近づいてくる。其処が東田子の浦駅であった。併し東という割りには本田子の浦があるという訳ではない。駅も戦後直ぐの開業だそう。此の辺りで乗り降りするのは初めてだね。再び湘南電車に。三両の沼津行きは大混雑。大荷物の人人は青春18きっぷであろうか。みんな節約旅行していると思った。終点で熱海行きに連絡。全員で跨線橋を上って下りる。毎回思うことだが此のぶつ切り運転、何とか成らないものかしら。沼津発三島行きなんて列車もあった。全部繋げて熱海まで行って欲しいです。なお熱海行きには転換クロスシート車が入っていた。名古屋近郊のライナーで使われていた車両。ロングシートばかりの東海区間ではちょっとした当たり。下車時にはニ列ほどシートの向きを変えておいた。次に乗って来る関東の人には転換出来ないだろうから。一日一善である。

さてさて熱海の駅前は空前人の出。真っ直ぐ歩けないほど。どの店も大行列である。若い人のグループが多い。卒業旅行かも知れないな。コロナ禍の三年間、みんな大変だったね。一人の吾人は「磯丸」に何とか潜り込んで、ビールとにぎり鮨。日本酒二。混雑していたが割と何でも直ぐに出て来る。併し力が入っているのかな、握りが強過ぎる。3500円で退散。駅に戻り、一番線でそばを食べた。「爽亭」というらしい。麺は冷凍だったけど、出汁は旨い。まさかNRE系かしら。小田原まで進んで、此の切符は任務終了となる。苦労して買った乗車券なので無効印を押して貰おうと思ったが、有人改札は大混雑。するっと通り抜けて持ち帰りました。続いて小田急ロマンスカーで町田へ。横浜線長津田。東急で早めの帰宅。五時前。幸い花粉はマスクで何とかなった。両日とも風が弱かったからであろう。1.8万歩。早速湯船入浴。やっぱり家の風呂がいいと思う瞬間である。晩はオリジン弁当。早速シロが入って来る。あんたの下僕は下部に行ってました、なんてな。

注・・「三四郎」の冒頭部分。

 

 

3/3・金

 さてさて天気も良くて風もない。旅行日和である。早速出発す。まずは高尾まで世田谷線京王線で移動す。旅立ちはもっと楽しい筈なのだが、何だかあんまり気分が優れない。月曜のショックが続いているよう。此処から先はJRである。乗車券を買わなくてはならない。目的地は山梨だが一筆コースを取って、下車駅は小田原とす。経由は中央線、身延線東海道線。さして難しい訳ではない。併し高尾駅みどりの窓口はない。例によって高性能な機械(=「指定席券売機」)に挑むが、色色とやっても此れがかすりもしないのである。困りました。中の人に出て来て貰って教えを乞う。するとトップ画面の乗換案内から入るのだそう。成程なるほど。経由地を甲府、富士、熱海と入力。併しながら、三島から新幹線に乗れだとか、八王子に一旦戻ってあずさを御利用下さいだとか、幾らやってもとんでもない経路を案内されるばかり。此れではまるでトラベルミステリーだよね。人を殺しに行く訳ではないのです。中の人も呆れていた。経由地にあずさの止まらない大月を加え、出発時刻を夜遅くにすると何とか出て来た。運賃4510円。有人窓口ならば一発で出してくれるのだけどね。そんなこんなのやり取りで少しはテンションが上がって来た。缶ビールを買って列車を待つ。

 十一時の甲府行きに乗ろうと思ったが、折り返しの列車が急病人看護をした関係で少し遅れた。ボックスシートに腰掛け、早速開栓。もう桜も咲き始めている。春は早いね。此の区間はつい四週間前に通ったのだが、其の時はあずさで走り抜けて仕舞った。今回は各駅に止まりながら通る。大月で途中下車。駅前食堂でうどんと日本酒休憩。駅に戻り後の列車に乗ろうと思っていると、「かいじ」がやって来る。大量降車。半分近くが外国人観光客のよう。大勢富士急行線に乗り換えて行った。インバウンドは戻っているね。後続の甲府行きに乗車。ロングシートだが構わずワンカップを開ける。盆地に降りると結構集客して甲府到着。改札外を一回り。ワイン立ち飲みコーナーがあったので一服す。こういう店もホーム上に欲しいね。行き交う列車を見ながらのお酒は一段と旨いですから。

此処から先は身延線なのだが本数が少ないので、特急を使うことにした。「ふじかわ10号」静岡行きを下部温泉まで。料金660円。やっぱり特急は普通列車よりいいね。自由席は二両。案外乗っている。短距離の客に加え、出張客も多いよう。前のお客はスマホを手繰って新幹線の予約をしていた。早速車内改札。車掌は二人体制の模様。残念ながら切符は見るだけ。検札印を押して欲しかったです。地方線区なので線路状況は良くないが、出せるところは出すと言った感じで進んでいく。加速の度にインバーターが轟く。東海ワイドビューシリーズのなかでは此の373系が一番若いかな。其れでももう三十歳に近い。ベテラン選手である。嘗ては東京駅にも来ていたよね。15時18分、下部温泉到着。丁度上下ふじかわのすれ違い。まあまあの下車客が居たのだが、駅は無人化されていた。

実は下部温泉には98年にゼミの合宿で来ている。其れ以来の再訪。だからちょっとしたセンチメンタルジャーニーでもある。今回の旅程に合わせて過去の記録も見直したのだが、旅館の名前も参加者の名前も分からず。当時の日記は内容が杜撰であった。確か此の年からゼミの単位が八単位になり、凡そ歴史や思想に何の関心もない学生が大勢入って来て、芥田先生も呆れられていた。レジュメがB5一枚なんてことがあった年である。合宿では鎌倉仏教に関しての本を読んだっけ。泥酔した学生が女中さんの部屋で寝て仕舞ったとかでエラく注意されました。旅館街を見て歩くも、何処の宿だったか判然とせず。休館廃館多し。果たしてあの宿は生き残っているのでしょうか。あの学生さんたちも元気かな。

予約した宿に入る。此処も全国旅行割引が適応されて二割引きの九千円。お土産クーポンも館内で消費出来るそう。併し予約サイトに書いてもあったけど、建物が古いなあ(一人で泊まれるのは此処しかなかった)。床はミシミシ、壁はハゲちょろけ、電灯は薄暗く、コンセントはたこ足配線。大丈夫かいな。美人若女将も見当たらず。気を取り直して、早速入浴。なお下部温泉は元元冷泉である。夏はいいけど、此の時期はちょっと無理。加温した湯船にだけ入りました。すると風呂の形には見覚えがある。ひょっとしたら此処だったのかもしれません。当時の番頭さんが居れば謝りたいですねえ。

六時から夕飯。一応出来立ての提供となる。各種先付け、鮭のお造り、てんぷらに、椀物、ほうとう鍋。イワナの一夜干しは旨かった。ビール一、日本酒二。そう言えば、あの学生さんたちは、(旅館食よりも)ハンバーグが食いたいとか言っていた。つくづく思想とか酒とかに合わない人たちであった。其れでも三日目は身延山まで出掛けたっけ。全てが懐かしい。なお他客は高齢夫婦のみ。素泊まりの人もいたようだけど、此の巨大な旅館でお客が数名ではね。従業員さんの方が多いほど。吾人が支配人だったらどうするかなあ。大工さんに半年ほど弟子入りして技術を身に付け、あちこち直すな。壁紙とか床とか・・・。出来る範囲をこつこつと。そんなことを思い出したり、考えたりしている内に、夫婦組はさっと部屋に戻り、食堂は吾人ひとりに。衆人環視。俗に、「まだ食べてるんですか?」状態になる。急いで浚って、少し残した。

以後漫然と公共放送を見る。七時半からは山梨ローカル枠。甲府の老舗百貨店の縮小再オープンを伝えていた。それにしても山梨県の人口は世田谷区より少ない筈。どれだけ受信料が集まっているかは知らないけど、県内番組では多分赤字だろう。公共放送は其れでもいいけど、民間放送はどうなるのだろう。早晩百貨店と同じ運命に・・・。やっぱり考えが何処かネガティブになっていると思った。九時には就寝。

注・・「まだ食ってる途中でしょうが!」の従業員モードです。 

 

 

3/2・木

 ギリシャ鉄道事故。複線区間だが正面衝突して仕舞った。コオロギを食材に使う計画があるそう。何でも繁殖が容易で安価なタンパク源になり得ると。昆虫食というものもあるところにはあるけれど(=長野県とか)、一般化は難しいだろう。食は歴史と文化に結びついているから。慣習を変えるのは容易ではないし苦痛を伴う。肉類が絶滅したら吾人も大豆食品を食べます。

今日も晴れ。朝二番の血圧141の88。昼は残カレーを少し。少し痩せなくてはならないと思った。暖かいので換気扇の掃除など。家人には食堂の弁当。午後は曇って北の強風。三丁目の肉屋に牛肉を買いに行く。ちょっと出ただけで目と鼻が中破。晩は落とし肉で簡単すき焼き。

 

 

3/1・水

 福岡の老舗旅館でレジオネラ菌被害。源泉かけ流しと言いながら循環風呂だったそう。そんな馬鹿な。かけ流しって何なのでしょう。捨てるほど出て来るものが温泉のイメージだけど、実際はそうでもないらしい。一説には温泉宿が増えすぎて枯渇しているのだとも。卵は足りなくなるが、牛乳は余るという事態に。何とかならないものかね。牛乳オムレツ?

朝方は曇る。さてさて弥生三月、吾人の誕生月である。明るく生きましょう。隣りの物件には見学者。買い手が付くのだろうか。解体建て替えだけはやめて欲しい。昼は残りカレー。午後出社。オンマスクでも花粉酷し。今季初の抗ヒスタミン。都立高校の発表日。吾人が担当した子は合格しました。親子で挨拶される。真面目な子で熱心に勉強していたけど入塾が遅かったよね。半年程度では大して伸ばせない大して儲からないし。八時の退社。久久に本店へ。続いて駅前店へ。二店で2500円。前者では高瀬さん、後者では岡田さんと会った。帰宅は十一時。直ぐに入浴。夜も暖かい。夜に春一番だそう。

 

 

2023-2

2/28・火

 露軍の反撃でバフムートは包囲されたそう。トマホーク400発を含んだ予算案は衆議院をあっさり通過。そんな馬鹿な。また原発も六十年も使うのだそう。詰まりあと四十年以上も。其の頃には最も割高な発電方法になっているでしょう。多分あと十年もしない内に。ユアナンバーカードの特典付き交付は本日まで。役所は大混雑だったそう。何度も言いますけど、最後の一人になっても持ちませんので。なお磐越西線日南線は間もなく直る。併し根室線富良野新得間はバス転換だそう。あそこは一回だけ乗ったかなあ。

今日も晴れ。大変暖かい。体調は変わりないが、気分優れず。気分を変えようと山梨の温泉宿を予約する。人生(一人で)楽しまなくては。昼はカレーを作った。ジャガイモがないので里芋を入れた。風強く花粉多し。大体そもそもの数値に異状はないのだし、取り立てて病人ではないのだが、半病人のようにして過ごす。夕方前スーパーに買い物。春は揚げ物。ししゃものフライと串カツを購入。眼と鼻をやられる。中瓶一本と少し程度。剥がれかかった窓のプチプチも順次撤去。こうして二月が終わった。

 

 

今月の備忘録

一、通勤路には今時珍しい平屋があって、綺麗にリフォームした途端に取り壊しに。補強材にしたのかな、真新しい白木も次次と廃材トラックに載せられていた。此の一家に何があったのでしょう。二、リスキリングという新語。職業人の学び直しといったところかしらん。炭鉱夫さんが札幌ラーメン店に転業する訳ではあるまいし、何か技術を身に付けても其れを生かす組織がないとね。オフィス労働者が能力を発揮出来るかは職場環境に依存している面が多い。三、桜木町の「川村屋」も閉店すると。そんな馬鹿な。四、財務省の肩を持つ訳ではないけれど、消費税を下げれば景気がよくなるというのも可笑しな話。酒税を下げれば酒飲みが増えるという訳ではないですから。また逆に此れ以上の増税がきついのも確かなこと。概ね10パーセントが限界値です。五、風俗店及び性風俗店というのも変な言い方。風俗とは民間で広く流行っているものを指す。風俗営業法から来たのだろう。本来は性産業店とでも言うべきである。人の性とはいえ、褒められたものではありませんので。六、近所の国立学校は木をばっさりと切って仕舞った。小さな公園二つ分くらい。樹齢数十年の巨木も容赦なく。あれでは周囲の気候が変わるだろうな。夏は暑くなる。七、トイレットペーパー騒動始まりの店も閉店だそう。大丸ピーコック千里中央店。近所のピーコックもイオン傘下になって仕舞っています。品ぞろえは特徴なく・・・。八、某キリスト教系宗教団体はアクセントが難しい。証人だとしっくりこないので商人になって仕舞う。吾人も幼少期、何かを売っているのかと勘違いしていた。九、何時まで経っても出来ないもの。核融合発電、フリーゲージトレイン、空飛ぶクルマ。案外早く出来たもの。テレビ電話。予想以上に衰退したもの。新聞購読。ローカル線。居酒屋。みどりの窓口

 

 

2/27・月

 快晴。という訳で中央病院へ参る。採血採尿、腹部レントゲンを二枚。やや長い待ち合いを経て診察室へ。執刀医と会うのは五月以来。クレアチニンに変化なし。左腎機能に回復の兆しはないと。石も動いていないので、当院としては此れ以上治療することはありませんと。右の方を大事にして下さいと。(くれぐれも透析等にならないよう)肥満と糖尿と高血圧と高脂血症に気を付けてと。なお膀胱の違和感は石に細菌が付いているのでどうにもならないと言われた。結局、一年経って何も問題は解決しなかったということになりました。ああ。会計は3050円。次回予約も無し。左様なら、中央病院。とぼとぼと歩いて帰る。あと三十年くらい大丈夫かな。AIМとかいう猫の腎臓治療薬が成功すれば、人間にもいい薬が出来る筈。新薬待ちです。

 ぼんやりしながら昼の買い物。昼飯の後、がっかり午睡。がっくり出社。退社後はBで村田さんと佑子さん。久久に中華立ち飲みに転進。塩焼きそばを薄味で。二軒で2500円。帰宅は十二時。家人を待たせての遅い入浴。就寝は一時半。

 

 

2/26・日

 四月に補欠選挙があるのだが、例によって乱立野党では戦えないなあ。維新(の半分)は自民に入って消えて下さい。国民民主は立憲と結ばなくてはね。何度も言うけど、小選挙区制なのですよ。

朝は冷えた。快晴。引き続き北風。花粉には風が大きなファクターである。気温よりも大きいと思う。須美伯母がカニを持ってきたので軽い昼餐。スーパーの手毬寿司を追加。何だか食べ足りないので地元の博多ラーメン屋に。新しく出来た店。750円。「宣ノ土」というらしい。どういう意味なのでしょう。晩は自作の麻婆豆腐で少量飲酒。愈愈明日は中央病院。

 

 

2/25・土

 冬型に晴れる。風強し。まずは向かいのびっくり箱の片づけ。例によって溢れ返っている。此処は出した袋を置くスペースがないのだよね。容器入れを裏に移しスペースを作り、成るべく目立たないようにする。一人で何個も入れて行く人が居るからね。さて彼岸には早いが、墓参りに出掛ける。東急線から山手線に。渋谷駅は新ホームになっているけどまだまだ普請中。万事忙しない。高田馬場西武線へ。小平下車。花を買う。1900円に値上がりす。すると急に便意を催し、霊園正門脇の公衆便座に緊急着陸。ちょっと朝が足りなかった。(栓が抜けた様な状態で外出するのが一番良くないのです。)

気を取り直して墓所に参る。先ずは掃除。降り積もった落ち葉を片付ける。淳子叔母さんのことを報告す。さてさて心身ともにさっぱりした。駅南口へ足を延ばす。「来来亭」も捨てがたいが、向かいの「増田屋」に入った。ビールとから揚げ。追加は日本酒。とり南蛮蕎麦で締めた。2800円。知らない街の初めての店は店を出た瞬間がいいね。此処は何処だっけというしがらみのなさ。旅の感覚です。

午後は曇って寒い。適当な西武バスで武蔵小金井に出る。続いて吉祥寺へ。何か晩の総菜を買おうと思った。駅ビルには色色と入っているが、決められないね。こういう場合は結局の崎陽軒なのだが、見に行くと大半の弁当が入荷前。逡巡しながら別の店の中華総菜と「ふたご」の焼肉弁当を見繕う。他に「メルヘン」の小倉サンド。混んだ井の頭線で下北沢。最後は小田急バス。1.3万歩。それにしても何処の街の駅という駅、店という店が大混雑。個人消費は堅調だと思った。ひと休みの後、散髪へ。花粉に巻かれたので夕方前に入浴。其れでもくしゃみ止まらず。今季初のフィーバーとなった。今日の酒税220円(推定)。

 

 

2/24・金

 所得に占める税金と社会保険料を合わせたものを国民負担率というらしいが、此れが愈愈五割に迫る勢いなのだそう。吾人も確定申告書を手掛かりに試算してみる。各種社会保険料が28パーセント、所得税と住民税が合わせて一割ちょっと、此れに拙宅分の固定資産税と支払った消費税(推定)と酒税(推定)を加えると、確かに五割弱になりました。生命保険と火災保険、自転車保険等の民間保険料を加えると五割を突破。あらまあ。まあね、地方税と保険料は誰かの生活を支えている訳だし、一番勿体ないのは国税のなかでも防衛費ですなあ。一人当たり数万円。

 大体曇る。其れでも暖かい。床屋に参るも既に満席。八百屋に寄って帰る。午後出社。金伍万円受け取る。すると今度はコピー機が不具合。扉が閉まっていないとのサインが消えません。センサーの不具合かな。意識過剰である。他は取り立てて無意味な一日。退社後はBで三杯程度。一雨あったからかな、須々木さん以外いらっしゃらなかった。帰宅は十一時ちょっと過ぎ。1650円。以後一玉50円の生ラーメンを茹でる。ワインを二杯。

それにしても吾人は一体どれだけの酒税を納めているのだろうかと思った。ビールは毎日500ミリ。此れだけで100円×360日。3.6万円。他にワインを一合、日本酒を一合、焼酎は半合ぐらいだろうか。となると16円×360日、20×360、22×360。此れで2万円。合計で年間六万円くらいかしら。やっぱりビールの税金は高い。仮にアルコールを申告税にしたら誰も支払わないよね。間接税は偉大な発明品だと思った。

ちなみに現在の酒税収入は1.1兆円。此の三十年で半減したそうです。日露戦争の頃は国税収入第一だったのにね。随分と減りました。飲まなくなったのだね。下戸と超高齢者と子どもを除くと日常的な飲酒者は7000万人くらいでしょうか。となると平均納税額は1.5万円程度。吾人は四倍納税しています。酒造組合か税務署から毎晩ありがとうございますの葉書くらい頂きたいものある。

 

 

2/23・木

 昨日はつくばエクスプレスが長時間運休。レール破断だそう。此の会社は新しい割にトラブルが多い印象。労働組合がないのだそう。東海道新幹線の新CМは会いに行こう。でも出張がテーマだから、(上司に)会いに行かされるか、(取引先に)会いに来させられるが、正解ではないでしょうか。タモリ倶楽部も終了だそう。金曜夜にリアルタイムで視聴する場合、やれやれ一週間が終わったという安堵感と伴に、もう少し飲み歩かなくては出合えるものも出合えないという後悔が入り混じった感覚になる。どちらにしても残念です。それにしても今月以降コロナは急減。此れは新型ワクチンの成果なのかしらん。だとしたらワクチンが切れるとまた流行る。

 朝から曇る。数年前から旗日である。そう言えば昨日のママさん、今日が休みであると気が付いてなかった。だから仕込みが少なかったそう。昼前に池尻の「吉そば」で遅い朝食。ばら天そば490円。続いて「さぼてん」でヒレカツ弁当。670円を二つ。サービスとしてみそ汁が付いた。慎重に輸送する。結局直ぐに食べて仕舞った。午後は晴れた。暖かい。まあ何というか、冬に化石燃料を沢山使うのは致し方ないね。近代以前の社会であったとしても、春夏に育った木木を秋に切って揃えて薪にしたのだから。間もなく春。少し歩いただけで花粉を感じる。昼間の電気は全部太陽光発電で賄いたいです。昨年の日記を見直す。此の時期は結石手術プラスウクライナ侵攻プラスオミクロン株で息も詰まる日日であった。地震もあったのだね。晩は残り物プラス買い置き食品。冷凍魚を焼いた他、ベーコンチーズピーマン焼きを自作。ひと月前の長芋があったのでとろろ蕎麦にした。蕎麦は伊那市高遠「木曽屋」の乾麺。開けたてのにんべんの汁と合わせたら大変旨かった。

 

 

2/22・水

 ロシアのGDPは2パーセント減だそう。実際はもう少し落ち込んでいるかと。経済制裁も抜け道が多いのだそうです。マクドナルドなどの外国店は地元の資本が引き継いで何とかやっているらしい。残念です。なおプーはロシアは決して負けないと演説したとか。そりゃあそうでしょう。誰もモスコーまで攻めるとは一言も言っていないし。ウクライナ侵攻を止めて欲しいだけです。つくづく被害妄想に憑りつかれた国である。所得税をN分のN課税にする案が出ている。詳細は省くけどやっぱりちょっと無理だよね。子育て家庭支援のように見えるけど、実際は高額所得者の減税になりますので。

風は止んだが寒いまま。午後出社。高校入試も終わり漫然としていると、二次募集は如何ですかと私立高校の先生が現れる。御苦労なことをしていると思ったが、名刺を見たら広告会社の人であった。こういうものも外注しているのだね。序でに別の私立中学の宣伝もされた。それにしても私立の学校も過剰である。中学高校の内、恐らく三分の一は採算ラインを大きく下回っているかと。詰まり廃業ラインである。其の一方で特長的なカリキュラムの学校は足りないと思う。嘗てのトモエ学園のような。時間割=なし、ホームルーム=なし、担任=あなたが選んで、教科書=学びたい教科だけ持って来て・・・、なんて小中学校があれば受けると思うし、不登校も減る。天才のままに育つかもしれません。

八時前の退社。須々木さんを探して古い居酒屋に参る。ママさん一人の店。「とり丸丸」と名乗っているから昔は焼き鳥店だったのだろう。今は家庭料理の店。矢鱈お客が来たそうで何も残っていなかったが、芋きんとんが旨かった。続いてBに転進。久久にゆっくり飲めた。一軒目は須々木さんが出してくれましたので千円ちょっと。帰宅後「映像の世紀朝鮮戦争編(の再放送)。北の国もアメリカにとことん空襲された過去がある。此れがやっぱりトラウマになっているなあ。いいですか、アメリカもNATOも自発的に攻め込むことはありませんから。イラクアフガニスタンでの大失敗は繰り返しませんから。其処は安心して下さい。

 

 

2/21・火

 北の国は連日のミサイル祭り。またお得意の被害妄想=アメリカに攻められるかね。相手国はウクライナのことで頭がいっぱいな筈なのだけど。最近は四代目も披露されたとか。小さな女の子だった。ひょっとすると三代目は余命が長くないことを悟っているのかもしれない。かなり重度の糖質代謝異常症だそうですから。どちらにしてもこういう国家が何を考えているのか推測することは難しい。大日本帝国がそうであったように。一方の米国大統領はキーウを訪問。一応ロシアには事前通告したそう。其れでも空路は危ないのでポーランドから鉄路の旅だったそうです。やっぱり在来線は必要です。

 冬型の晴れ。床屋に行ったら三連休だった。気を取り直して、昼はスーパーの弁当。カクヤスで赤星の中瓶をオーダー。瓶を全て返すと一ケース20本6336円の計算。こういうものも値上がりしたのだろう。嘗ての大瓶の値段で中瓶までかと。北風強く、眼が痒い。晩は養殖ブリを焼いたもの。他にレトルトおでん。吾人は余り白菜とベーコンをコンソメで煮たものを作った。

 

 

2/20・月

 やや冬型に戻り、ぴりっとした晴れ。梅も満開。来週には通院予定がある。二度目の経過観察である。嫌な思い出が蘇るね。再び冷や汗。須美伯母が来る。二人には食堂の弁当。吾人は昨夜の残り物。それにしても伯母も少し顔が小さくなったような気がする。何しろ卒寿だからね。急激に年を取ります。すると零士さんもお亡くなりに。光の海へ。

 午後出社。パソコンは復旧していた。メーカーのサービス員が来て直したとのこと。作業報告書にはメインボードを交換したとあった。パソコンって、直るのだね。故障=寿命=買い替えの世界だと思っていた。早速引き落としデータの送信。どちらにしてもそろそろシステムを更新する必要があります。なお三台目のパソコンはワイハイ端子が破損。此れは吾人の中古品を差し込んで回復させた。確か先先代のデスクトップ型に合わせて2008年に買ったもの。まだ使えたね。他に漢検答案の発送、春期講習の検討。他学年は期末試験対策。例によって此の時期の中二の質問は理科の電気関係に集中。生憎電気は分かりませんです。モーターの仕組みすらも。電車って、走りたいから走るのでしょう。吾人が好きなフレーズ=信号が変わり次第発車します。退社後はBで少し。高瀬さんがいるので隅っこの方で飲んで御仕舞。1400円。帰宅後納豆ライス。北風強し。眼がやや痒い。

 

 

2/19・日

 曇っても暖かい。今朝の新聞には、そもそもKは宏池会の伝統もリベラル思想も引き継いでいなかったというコラム記事があった(「日曜に想う」)。五年前のインタビューで分かったそう。リベラルかと問われれば意固地になって否定していたらしい。今から思えばあれは先行自白であったと。聞く力も凡そ擬態なのだそうで、そんなKに「警鐘を鳴らし切れなかった不明を恥じる」と結ばれていた。A新聞の編集委員さんに見通せなかったことが、一般国民に分かる筈がないよね。吾人もすっかり騙されて仕舞いました。兎に角、一日も早く退陣させなくてはなりません。

 昼は久久に祐天寺に。「まくり家」でチャーハンセット。1100円。ちょっと値上がりしていた。家人には「笑口房」の塩焼きそば。此れは500円のまま。穴の開き始めたシーツを交換したいのだが、なかなか良いものが売ってなかった。みんな寝具の類は何処で買っているのでしょう。ノーマスクで出歩いていたら、鼻が少し変。花粉症だな。でももうマスクは着けたくないですよ。早めの湯船入浴。晩は昼に買った油淋鶏他。夜まで暖かい。昨日から猫カイロは無配。

 

 

2/18・土

 今日も晴れる。日差しも日に日に強い。東電管内の太陽光発電は1300万キロ台に到達。買取価格はどんどん下がっているのだから、電気代も下がる筈なのだが。朝は残りの蕎麦。

 昼は地元の回転寿司に行こうと思った。併し満員御礼の小行列。という訳で久久に大型店の「三崎港」に参る。白身魚をつまみながら、ビール一、日本酒二。此処も常時満席。陽光に誘われて大勢の人が出て来ていた。目の前にいる職人さんに対してタッチパネルは面倒なので口頭注文す。それにしても此の三年間は何だったのでしょうか。20年の三月には異例の休校要請。そして春先の緊急事態宣言。マスクとトイレットペーパーが無くなった。以後打撃を受けた法人と個人には給付金が支払われることになる。巷間は給付金祭りと化す。正直なところ、国がこんなにお金をばら撒くとは思わなかった。こういう発想は欧米から入ったのだろう。大貧学院も持続化給付金を貰いました。

危機は一年では終わらなかったが、ずっと危機的状況が続いていた訳でもない。幾つか戦間期とも言えるような緩和の時期を挟んだ。何とかトラベルなどをやっていたっけ。一般的な被害は二年目の春夏のアルファ株とデルタ株の方が酷かったように思える。此の時期は本物の緊急事態にも拘わらず、多くの医療機関は門を閉じたままだった。病院には多額の補助金を支払った筈なのだが。無策を批判され、二人目の首相も代わった。其れも秋にはワクチンで収まったかに見えた。三年目にはオミクロン株が現れる。七月には吾人もしっかりと罹りました。オミクロン株の毒性は低かったが多くの人人が罹患した分、お亡くなりになった人も遥かに多かった。恐らく淳子叔母さんも。

此の間、無観客の東京五輪は何の印象も記憶も齎さずに終了し、ロシアはウクライナに侵攻、米中対立は益益酷くなり、元首相が殺害された。旅客の急減に伴い、東西二社はローカル線の営業係数を公開するようになる。そして異様な防衛費の増額である。実に滅茶苦茶な三年間であった。そんなことを思い出しながら回転レーンを見ていると、頭がくらくらとして来た。急いで帰る。3500円。まさか四周目はないよね。以後午睡。晩は冷凍牛で準すき焼き。

 

 

2/17・金

 侵攻から間もなく一年。経済制裁も思ったような成果が上がっていないよう。何しろ資源国だからね。小麦と石油がなくなることはないからなあ。其れに元元が貧乏な国だから耐乏生活には慣れている筈。一方の日本など、あっという間に干上がった。そして逆切れを起こした。しばしばクリミア併合=満州事変、ウクライナ侵攻=日中戦争に喩えられるが、ここら辺が違う点である。なお此の所の露軍は攻勢強化で一日に千人の兵を失っているそう。例によって無茶苦茶な突撃作戦だと。畑から取れた兵隊=元農奴の死などお構いなしである。国民国家ですら無し。

大体晴れ。昼は暖かい。午後出社。退社後はBの奥で1500円。須々木さんと佑子さん。三人で割り算すると案外安い。なおお年玉のような食事券は従業員さんたちに進呈した。期限が迫っていた。其のまま帰宅。

 

 

2/16・木

 わざわざ戦闘機まで繰り出して撃ち落とした気球には特に怪しい所はなかったそう。幽霊の正体見たり枯れ尾花だな。少し冷静にならないと。本当に火が点くよ。米中は。国会では同性婚は勿論、選択的夫婦別姓すら進まず。一方防衛費の肥大化だけは超特急で進む。どうなっているのでしょう。

 風は止んだが、冬型の晴れ。隣りの自販機も撤去された。なんか張り合いがなくなるね。トラック一台分は袋に詰めました。朝はカレーうどん。早速世田谷税務署に向かう。初日申告。待ち時間なし。拍子抜けするほど空いていた。紙を持って来る人が少なくなったのだね。行列中、他人の申告書をチラ見するのも面白かったのだけど。なお吾人の申告書は二部構成でA4で10枚にも及ぶ。此れをペーパーレスにするにはあと十年掛かります。出た序に家人にはピーコックの中華弁当。此の店も魚を捌く場がなくなっていた(全てセンター納品化)。残念です。吾人の昼は蕎麦を茹でた。すると麺つゆからはへんな臭いが。古かったよう。何から何まで使い切れないです。午後は漫然とす。晩はスーパーの総菜プラス余り野菜と鶏の鍋。本当に鍋にも飽きた。

 

 

2/15・水

 都内の陽性者は二千人にまで減少。愈愈本当の御仕舞みたい。思えば長い三年間であった。お亡くなりになった人は公式には七万人。其の内の七割はオミクロン株である。それにしても三年か、人人の生活を其れ以前に戻すことは難しい(在宅勤務の普及等いい面もあったかと)。

 寒いまま。家人は大病院へ意味なし通院。昼はカレーを自作。和風だしを効かせ、昨日のしゃぶしゃぶ肉は最後に投入した。午後は晴れる。以後出社。何もない水曜日の筈だったが、真ん中のパソコンが動かなくなる。まだ五年物。あれには授業料関係のデータが入っている。クラウド化されていないので、直らないとエライことになります。中三の女の子は受験前最後の指導。社会の解き方(=二択にしぼった後は慎重にデータを検証せよ)を伝授した。今年の高校受験生は実質的には此の子一人だった。なお商店街にお店があったお肉屋さん(大和さんという)もお亡くなりになったそう。民生委員から連絡があった。親子絶縁状態となり、川崎の所謂低額福祉施設に入っていた。其処から割と最近埼玉の老人施設に移った筈。九十一。合掌。退社後はBで三杯。高瀬さんがいないのでみんな清清としていた。二千円。帰宅後、湯船入浴と残カレー。夜は冷えた。五時過ぎから急激に忙しくなった一日だった。

 

 

2/14・火

 世田谷区も給食費を無料にするとか。でも給食費と言われる部分は食材費ですからね(調理は税金)。完全無料にするとみんな大事にしなくなるような気がする。一食百円くらいは取るべきかと。あるいは貧困対策として簡単な朝食を出してもいいかもしれない。パンと牛乳とバナナとか。

 曇り勝ちで寒いまま。朝から梯子を掛けて縦樋の掃除。続いて区の小型電化製品回収箱に壊れた電卓や携帯ラジオ、電子辞書等を搬送。半分は職場から出たもの。家人には西友のあんかけ焼きそば。吾人の昼はレトルトカレー。十二月の電気使用量364キロ、前年比85パーセント。其れでも1.5万円。燃料調整費が4700円も付加されている。一月のガスは31立米で6350円。多少賃上げした所でみんな食われて仕舞います。午後は少し晴れたが北風強まる。すっかり冷えた。晩は三丁目の肉屋の薄切り肉で豚のしゃぶしゃぶ。水菜と葱添え。久久におじいさんの酒屋にも行った。

 

 

2/13・月

 トルコの地震では犠牲者は数万人に及ぶ見込み。割と大きな建物でもほぼ手抜き工事。ああいうところではプレハブ工法の二階家までしか建てられないと思った。一転して曇って寒い。午前から小雨。午後傘差し出社。ちなみに小学生の男の子は何度もトイレに入って出て来ない。お腹が悪いのか神経症か。まだ若いのになあ。退社後はBで二杯だけ。1200円。高瀬さんがいるので盛り上がらず。帰りは止んだ。なお元の店長さんは無事に出産したそうです。帰宅後入浴とエースコックのわかめラーメンのみ。ほぼほぼ休肝日。

 

 

2/12・日

 晴れて春の陽気。三日ぶりに外出す。電車に乗って溝の口へ。まずは文教堂書店を訪問。此処はまあまあ大きいけど、歴史や思想関連は手薄。よって該当品なし。もう少し頑張って下さい。続いてイトーヨーカ堂で乾そばを購入。其の後はやっぱり「元祖寿司」。ビール一、日本酒一。しつこく待っていたら白身魚叩き軍艦が回って来た。やっぱり旨い。待てば回路の日和あり。ちなみに此れはメニューには載っていないのです。2200円。続いて丸井で家人用の弁当を購入。仕出し屋麻布というところのステーキ弁当。1280円。年寄りには贅沢して貰います。しぶそばの「あんこう天そば」(600円)で締めて帰った。

暗くなった頃に、東急百周年記念東急バスコレクションセットが届く。模型を集める趣味はないけど、どういう訳だかついつい半年前に予約購入して仕舞ったもの。プラスチック製。思ったよりちゃちだった。全12種類。一台千円の見当。晩はドミノピザにした。Lサイズを配達して貰う。何故か五割引きになって二千円。利益が出るのかしらん。デマンドプルインフレには程遠いです。なお携帯電話使用代金は本体の償却が終了したので今月から二千円安くなった。実に四年も掛かった。それでも(一ギガで)六千円も取られています。なんだか損をしていると思う。

 

 

2/11・土

 次の日銀総裁も決まったそう。初の経済学者だって。従前日銀の人事が此れだけ話題になることもなかった。割と大穴だったみたい。金融緩和派だそうです。来月半ばからマスクをとってもいいと政府見解。個人の判断に委ねると。そもそもマスクをしろと言われたことはなかったのだけどね。ロシア国内で反戦の機運が高まらないのは、ソ連時代より格差が広がっているからだそう。戦争に行って死ぬのは地方に住んでいる下層民か犯罪者。モスクワ公国周辺の人人には関係ありませんとな。悪い見本のような国家になって仕舞いました。いっそ分離独立する動きが出て来るといいのだが。東の方はシベリア共和国になります。此れならば北方領土も還ってくるかもしれません。

土曜日だけど旗日。今年はこういうパターンが多い。数年に一度の残念な年である。朝から快晴。家人は鎌倉に行くと。荷物が多いのでバスまで見送りに。此のバス=06系統も今月から一段と減った。一時間に三四本。前は五本くらい走っていた筈なのだが。続いて隣りの自販機=びっくり箱の整理と、ポストから溢れたチラシ類の片付け。此の無人の物件、誰も管理に来ない。ほったらかしである。ポストには養生テープを張り付けた。数日来の残り物で昼飯。日中は暖かい。梅も開花。エアコンと序でに台所の掃除。夕方家人帰宅。何も買って来られなかったそうです。となると散歩がてらにスーパーで600円の刺身三点盛り。何も食べるものがないという家人には自作の炒飯を食べさせた。

 夜の九時から先生を交えてのオンラインゼミナール。今回は特にテーマを定めず、フリートークとなる。例によって吾人のワイハイ遅し。先生は未だに経過観察中だそう。おまけに腰痛症状が出て、思うように移動出来なくなったとも。あれだけ元気だったのになあ。御大ももう八十代。年を取るのは大変である。なお四十代から五十代に掛けては一番脂がのる時期だから、皆さん頑張って下さいとも言われた。皆は兎も角、吾人は既に半病人のような状態である。つくづく残念な教え子になって仕舞ったと思った。十一時半まで続いた。直ぐに就寝。

 

 

2/10・金

 トルコの地震マグニチュード7.8だった。内陸地震としては最大級。ひとたまりもないね。死者は二万人を突破したそう。シリア北部などそもそも内戦で破壊が進んでいた。一方北の国では軍事パレード。国軍創立七十五周年だそう。ずっとやっている感じ。四代目まで披露されたと。国民が飢え死にしているというのになあ。愚かな指導者は枚挙の暇もないほど。合掌。そう言えば、党首公選制を唱えた日本共産党の人が除名処分に。此れもちょっとねぇ。

朝から小雪が舞う。昼は食堂の弁当。一瞬積もった。なお東電の太陽光発電は正午に150万キロ。雪でも発電するのだね。やる気がなくなり、二週続けて金曜欠勤。午後は冷たい大雨。気温は低く、エアコンは度度停止。ガスファンヒーターを併用す。此のまま降ったらエライことになっていた。晩は豚を使った肉豆腐。併し牛ほど旨くない。群馬辺りでは豚ですき焼きをすると聞いたのだが。自室に上がると室温は一桁。本も読めず。行火を入れた布団に入るより手がない。九時就寝。自小屋を吐瀉物で汚したシロは清掃しても入らず。グレの小屋を横取り。あぶれたグレはミケと寝ていた。妙な所が細かいな。

 

 

2/9・木

 冬型の晴れ。風強し。材料が全て出尽くしたので確定申告書を作る。キャノンの新プリンターはいい調子。各種証明書の貼り付けは三枚に及んだ。なお殆ど予定納税した分で足りました。須美伯母が来たので昼はてんやの天丼。午後一番で運転免許証の更新へ参る。一ミリの運転もしていないけど、免許は免許。手数料三千円。両眼の視力検査が一瞬緊張した。三十分弱のビデオ講習の後、無事交付される。今回から西暦表示になっていた(元号は括弧内へ)。写真を見比べると確かに五年分は年を取っているなあ。行政手続きが二発で草臥れた。昏昏と午睡。晩は家人の煮ものと麻婆茄子他。

 乗り鉄三日間で飲んだお酒を集計する。一日目。行きの「あずさ」でビールロング缶一(新宿駅売店で購入)。ハイボール一、ビール一、奢られのビール一(以上車内販売を利用)。大糸線で日本酒一(「大雪渓」松本駅売店で購入)。直江津の一軒目の店で生ビール一、日本酒二。二軒目で二杯(失念しました)。ホテル内の自販機で何か飲んだ気がする。二日目。「海里」で缶ビール一、生ビール一(以上車内売店利用)。701系のロングシートでワンカップ(松本で買ったもの)。「食道楽」で日本酒二(「刈穂」「まんさくの花」)。宿でハイボールロング缶半分(コンビニ購入)。三日目。「急行食堂」で中瓶一(サッポロ赤星があった)、日本酒一。「つばさ」でペットボルトに移し替えたハイボールの残り。車販のビール一。うーん、一日目で飲み過ぎているな(はしゃぎ過ぎた)。でもね思い出すだけでも賑やか。飲み鉄も楽しいです。

 

 

2/8・水

 ウクライナ政府内でも腐敗が問題となっている。どんな組織でも腐敗はあるが、あの辺は元元多い地域だそう。政治文化を変えるのは容易なことではない。なおトルコの地震はシリアとの国境付近。シリア側にも相当な被害が。政治的には極めて微妙な地域だそうです。

 明け方にはグレまで上ってくる。久久であった。今日もまあまあ暖かい。先月の売電量221キロ、5304円。昼は家人の親子丼。午後出社。ずっと中三数学。初見の問題(私立高校の過去問)を解答書なしで説明せねばならず草臥れた。こういう場合は真剣勝負です。退社後はBと日高屋。二千円強。一雨あって再び冬型になる。

 

 

2/7・火

 トルコ南部で大地震。三菱の飛行機製造計画は正式に断念。損失は一兆円。ずっと前から止まっていたものだが、何故此の時期に表明したのだろう。防衛費の大幅増が決まっているから、取り返せる算段が付いたというのが真相らしい。民需の損は軍需でという訳。原資は国民が納めた税金である。

比較的暖かい曇りの日。終日日誌の整理。早速1995年の時刻表を見渡す。奥羽線の新庄大曲間は現在の方が本数が多い感じ。つばさへの連絡が強化されたよう。皆さん乗って下さいということなのだろう。特急・幹線とローカル輸送がトータルして収支が合えばねえ。吾人も特急料金を課金しましたよ。

 昨年掛かった医療費のお知らせが来る。十月までで総額57万円(二日の入院で30万円となっていた)。随分掛かったね。自己負担は三割で17万円。詰まり国民健康保険からは40万円の支出。ちなみに昨年支払った保険料は68万円だから、此れでも営業係数は60から70くらいかしらん(介護保険もあるので正確な数値は分かりません)。吾人の健康は依然誰かの不健康を支えている形になっています。なお十万円を超えた自己負担分は所得控除の対象となる。納税額は更に縮小する見込み。

続いて従妹の優子さんに御霊前を送る。金壱拾萬円。久久に現金書留を使った。送料709円。なお家人は一筆添えるのに四苦八苦していた。漢字をみんな忘れている。もう一度小学校へ入れたいです。あらゆる食品が枯渇しているのでスーパーへ買い出し。晩はまた鍋にした。なおよくよく調べて見ると、吾人の生命保険から支払われた金額があるので、医療費控除額はゼロ円ということに。残念。吾人の税知識も中学生レベルでした。旅の疲れが出て、九時就寝。夜も暖かい。

 

 

2/6・月

 気球一つで米中外相会談が流れたそう。ちょっと大げさだよね。まさか風船爆弾のトラウマがあるとか。差別発言でKの秘書官が更迭されたそう。でもK自身が同性婚等を認めると「社会が変わって仕舞う」とか述べていましたよ。

 六時までほぼぐっすり寝られた。朝から気分がいい。やっぱり乗り鉄は楽しい。早速冷たい部屋で旅費の精算。JRと三セク鉄道に支払ったお金が27380円。飲食費が1.5万円。二割引きされた宿泊費が二泊で一万円ちょっと。お土産電子クーポン三千円も使い切った。それにしても、ローカル線も残ってくれないと、旅にも出られなくなる。(吾人の旅寿命の)あと三十年はくらいは走って欲しい。支線がなくなれば本線にも乗らなくなります。それにしても今回も色色と心配(家人が噂の強盗団に襲われるとか、吾人がスリの銀次に遭うとか、列車が雪崩に巻き込まれるとか)したが、何一つ起こらなかった。列車も完璧にオンタイム。有り難いことです。

 関東は既に春のような様子。午後出社。無社長は膝が悪いよう。引きずって歩いている。原因は不明だそう。まあ色色と恨みを買っているだろうからね。それにしても此の人も66か7。大学教員でも退官の頃である。立ち仕事=塾の先生はそろそろ無理だよな。退社後はBで須々木さんと村田さん。早速いぶりがっこを手渡した。軽く飲んで1700円くらい。帰宅後お茶漬けなど。

注・・スリの銀次はゲーム「桃太郎電鉄」の有名なキャラクター。

 

 

2/5・日

 大体朝までぐっすり。それにしてもこういう建物は暖かいと思った。個別の空調は昨夜の内に切ったのだが、夏場のような格好で寝られた。吾人の部屋などは都内にありながら朝方は一桁まで下がることもある。まるで冷蔵庫の中に布団を敷いているようなものだと思った。さてさて秋田を出る前に電子クーポンを使わなくてはならない。下の売店いぶりがっこを買いたいのだが、やり方がよく分からず。新潟の物とは方式が違うね。フロントの人に聞いたところ、パスコードのハイフンは入力不要とのこと。余計な物を書かないで欲しいと思った。三個購入。1200円。200円は現金で払った。 

 出発の時。横手は今朝も雪が舞う。駅まで再びとぼとぼとと歩く。日曜の朝だが、既に町内会の人が大勢出ていて除雪作業。特に溜まった雪を融雪溝に放り込んでいた。排雪というのだそう。御苦労様です。ホテルの人によれば、此れでも平年並みなのだそう。直ぐにでもかまくらが作れます。

9時22分発の列車で新庄まで素直に戻る。幾らか集客しているようだが吾人の乗る二両目は三人ぽっきりのまま。無人駅では一両目の後ろの扉以外は開かないからね。此の乗客数ならば一両でもいいのだが、交流電車と言うものは最低二両は必要なのだそう。だから一部の第三セクター鉄道では電化設備を使わず、単行の気動車にしている。何だかなあという結論。小さく纏められないものなのかね。

さてさて再びの新庄駅である。「つばさ」は一本後にして、駅前の「急行食堂」へ。開店と同時に入店。何度か来ているけど、此処は酒はあるけどつまみ類が乏しい。かつ丼を御飯半分にして頭をつまんだ。ビール一、日本酒一で二千円。なお新庄発のつばさはニ時間おき。奥羽線のダイヤも其れに合わせているのでどうやっても一時間余った。周辺を一回りして、駅に戻る。此処にも鉄道ギャラリーのようなものがあった。暫し見学。特急こまくさ、陸羽東線経由のあけぼの号、急行津軽気動車急行、400系のつばさ。みんな過去帳入りである。それにしても可笑しいな、みんな鉄道が大好きな筈なのに、ローカル線の営業係数は鰻上り。陸羽東西線も危険水域らしいです。

 「つばさ144号」東京行きに搭乗。此れも全車指定である。色は変えたけどE3系の後期型。二代目の車両である。初めて乗るね。特急券は昨日の内に新庄の窓口で買っておいたのだが、15号車の2番D。進行方向右側を希望したのだがこんな車端部しかなかったみたい。となるとかなり混みそう。なお最近の新幹線は小窓の個窓なので柱は関係なし。13時18分定時出発。小駅でも結構な客を集め、山形と米沢では大量乗車。八割方席が埋まった。山形新幹線は良く乗っているという印象。ハイシーズンは自由席から人が溢れたそう。全車指定化は致し方がないかな。なお比較的若い人が多い。金曜まで仕事をして、土曜日に出て来たのだろう。日曜日の午後はお疲れモード。みなさんぐったりと睡眠へ。土日で山形往復はきついかもしれないね。となると売り上げも上がらないから車販員さんも可哀想。飲みたくないけど缶ビールを購入。300円。やっぱり休みも三日必要だと思った。それにしても東の車販で売っているものと言えば、飲み物と乾き物くらい。スナックだよね。歌の付かない。「峠の力餅」を売ってくれれば、二十個や三十個は直ぐに捌けるだろうに。商売は仕入れが肝心。売れる商品仕入れなくちゃ。週末パスも金曜か月曜のオプションを付けて欲しい。

 米沢を過ぎるとかっくりと速度が落ち、愈愈峠越えへ。雪も再び深くなる。人跡未踏の山山を縫って走る。ポイントにはスノーシェルター。それにしても大変な難所の板谷峠だが車窓に注視しているのは吾人だけ。皆さんは行きしなに見たのかしらん。福島駅に着くと雪もすっかり消えた。あれだけのものが僅かな距離で。雪の降り方というのもキロ単位で違うものだと思った。此処でやまびこ号と連結。嘗ては福島ダッシュが見られたそう。なお上りの列車だが下りホームに入る。現在新アプローチ線が建設中。平面交差は数年先には解消されるそう。此のミニ新幹線方式も成功したようだね。鰻を頼んだつもりが穴子が来たとか文句を言われたものだけど、建設費が安いし、在来線も残る。フリーゲージトレインが出来ればもっと便利になるのだが。

 太平洋側はすっかり晴れている。久久の太陽が眩しい。連結相手のやまびこに配慮して郡山にも停車。磐越東線水郡線は御乗換えですと。うーん、もう少し若ければ、いわきか水戸に出て「ひたち」で帰ったなあ。もうちょっと無理な身体になっています。特急料金が勿体ないので上野下車。16時42分。凡そ三時間半の乗車時間。前半二時間は在来線の旅だから楽しかった。

上野の新幹線駅、久久に来たね。それなりに人もいて賑やかだった。地上まで長いエスカレーターで上がる。改札の内外も人で溢れている。何処の居酒屋も大入り満員のお祭り状態。コロナは終わったのですなあ。そんな吾人は「福しん」でチャーハンのみの早夕飯。御徒町から山手線。此処から再びマスクオン。目黒からバスで帰った。帰宅は六時過ぎ。暫くするとシロが入ってくる。雨が降ってないから毛が汚いね。撫ぜると手がギシギシする。あんたも雪国なら真っ白なのになあ。九時就寝。

注・・席にあぶれたつばさの乗客がやまびこの自由席に走り移ること。

 

 

2/4・土

 さて此処から先は吾人も乗り放題系の乗車券を使うことになる。「週末パス」という。関東甲信越南東北JR東日本線と一部の私鉄三セク鉄道が乗り降り自由。土曜日曜の有効で8880円。但し特急券等は別購入。だからそんなに安いという訳でもない。再び窓口で新潟までの自由席特急券を購入。1860円。なんかちょっと高いね。A特急料金が適応されている。「しらゆき」と言えば東西に広い新潟の県内完結特急。もっと安くして欲しい。県民の足な筈。それにしても今となっては無駄に広い直江津駅。相当前に北越急行で来て、北陸線に乗り換えたっけな。駅の端から端まで走らされた思い出がある。

「しらゆき1号」は四両編成。北陸新幹線開業以降唯一の優等列車である。7時42分に定時出発したのはよいが、なんとタンクが壊れていてトイレの水が出ないそう。(大きい方は)汲み置きの水で流して下さいとのこと。そんな馬鹿な。先週の寒波で壊れたのでしょうか。大丈夫かいな、新潟管理局は。なお此の車両は元フレッシュひたち(の付属編成の方)。もう古いのだな。其れに太平洋側の車両だしね。

 柏崎までちょっと寂しい海沿いを走り、以後内陸へ。長岡付近は割と雪深い。色色と丁寧に止まって新潟定刻到着。9時28分。此の駅も新しくなっている。愈愈「海里」という観光列車に乗り換えである。海里と書いて、かいりと読ませる。「きらきらうえつ」に代わって新造されたハイブリッドディーゼル車。四両編成。クルージングトレインというコンセプトなのだろう。でも船ではないからね。訓読みの「うみさと」の方がいいような気がする。なお海と里の恵みが食べられる食堂車は旅行商品だそうで、みどりの窓口で売ってくれるのは座席車とコンパートメント車のみ。

昨夜の段階では後者に若干の残席ありとのこと。吾人もコンパートメントの1番C席に腰掛ける。当然知らない人と乗り合わせることを想定したが、発車間際になっても、発車してからもAさんもBさんも乗ってこない。何処へ行ったのかしらん。所在なさげに駅弁=鮭蟹の押し寿司を食べる。どうしたものかと通り掛かった車掌に聞いてみると、既に下車されていますとのお応え(村上と坂町で)。そんな馬鹿な。券を買ってはいるけど乗って来ないお客さんも多いとのこと。指定料は観光列車価格の840円。勿体ないな。其れにこんなことをされては本当に乗りたくても乗れない人が出て来る。マナー違反である。

 さてさて結果としてコンパートを独占した。当たりと言えば大当たりである。大手を振って飲みたいところだが、昨夜の酒が胃に残り、幾らも飲めず。また実在のお客もどんどんと下車。「いなほ」代わりに乗っているお客も多いと見えた。それでも笹川流れ辺りでは売店兼展望車で生ビールを立って飲みました。兎に角、少しはお金を落とさないといかんですから。なお冬ダイヤということで観光停車等は無し。あっという間の余目到着である。10時11分発で12時34分の到着だから特急並みの速さ。結局車内は早早とガラガラに。もう少し先まで乗って欲しい所です。先ほどの車掌さんとは手を振ってお別れした。

此処で陸羽西線に乗り換えなのだが、時間があるので駅前食堂でラーメン休憩。本来ならば燗酒を飲むところだが、胃がザラザラでもう飲めませんの。650円。なお陸羽西線は国道トンネル工事の影響で再来年までバス代行だそう。冗談みたいな理由である。国鉄時代には考えられないね。という訳で駅前からバスに乗車。至って普通の民営貸し切りバス。十数名のお客を乗せて出発す。列車代行だというのにJR職員の見送りも無し。なお此れは快速便ということで、途中二駅のみに停車。国道から割って入って駅前に乗り入れる感じ。途中駅でも若干の乗り降りがあった。新庄が近づくにつれ積雪は増加。民家でも小型の機械で除雪している。一方国道は時折交互通行にして積み上げられた雪を壊して運ぶ作業。雪国はつくづく大変だと思った。

一時間ほどで着いた新庄駅も雪の中。此れでも列車よりかは遅い筈。やっぱり鉄路だよね。暫時休憩す。新庄も交通の要衝である。古い車庫もある。ホームの端には雪の山。見たところ、オレンジ色の光に照らされたところだけ線路の雪が解けている。ATCの地上端子部分だね。遠赤外線か何かだろう。大変な電気代が掛かる。雪国は大変だね。

 15時39分発秋田行きの普通列車はもうもうと雪煙を巻き上げながら、ものすごい勢いで走り始めた。100キロ近くは出している。電車は速い。元元は奥羽本線である。嘗て特急や貨物も駆けた筈。立派な線路だが、今は701系二両編成が時折走るのみ。分け入っても分け入っても各駅停車。勿体ないね。及位、院内辺りは人家もまばらな豪雪地帯。一メートルは積もっていた。ついついワンカップを。湯沢前後からはそれなりに乗ってくる。なお此のきっぷの有効エリアは湯沢までなのだが、同市ではホテルが見つからなかった。よって横手まで乗車継続。駅に着くなり扉ががらがらと開く。溶けかかった雪が凍り付いている模様。701系の顔も真っ白白。御苦労さんです。眼が点のような大人しい顔をしているあんたももう三十歳か。デビューした時の評判は散散だったけど、なんだかんだ言って東北の顔である。

17時01分横手定刻到着。乗り越し運賃330円。窓口で現金で精算す。横手では他にも大量下車。途中から三三五五乗って来たおじさん小集団も降りたよう。土曜の夜である。飲みに行くのかな。終電は何時なのかしらん。暗くなった雪道をそろりそろりと予約した「セントラルホテル」に向けて移動する。何しろ靴が貧相だからね。底がペラペラの紙靴のようなもの。時折ずるっと来る。此処も旅行割が適応されて凡そ五千円。高校生が合宿しているらしく何だか賑やか。満室に近いのかな。横手は十数年前に来たことがある。あの時は真夏。カウンターだけの店で汗をふきふき焼きそばを食べたっけ。店の名前もホテルの名前も忘れました。

ひと休みの後、フロントの人に聞いた「食道楽」という居酒屋に参る。明るく感じのいい店。カウンターに陣取り、早速日本酒と焼き鳥。地酒も安い。するとどんどん混んで来て、店内は満卓状態に。注文は完全にオーバーロード。幸い吾人は先に頼んだ小きりたんぽ鍋が来ていたのでひもじい思いはしないで済んだ。其れにずっと雪見酒の飲み過ぎで調子が悪い。日本酒二で終了。三千円と少し。もう一軒行きたいところだが、本日は断念。宿まで戻る。例によって歩いている人など殆どいない。それなのに先の店だけは満員御礼。此れも地方都市にしばしば見られる現象だと思った。

注・・横手に泊まったのは2001年の夏だった。横手グランドホテル泊。焼きそば店は不明。此の旅では常磐線を北上して、吉野作造記念館を訪問。仙台に泊まっている。朝の「南三陸」に乗り、気仙沼へ。大船渡線北上線で横手に来ている。あとは奥羽線で帰った。青春18きっぷ利用。お盆頃ということで「南三陸」は五両もあったと書いてある。701系も満席だったとも。

 

 

2/3・金

 資源ゴミの整理の後、再び渋谷駅に参る。窓口に行き、糸魚川までの乗車券を購入。6050円。なお大糸線は運行状況を確認する必要があるという。手元の端末で見てくれたところ、特に問題はないと。こういうやりとりが楽しいね。新宿へ転進し、あずさ17号に乗車。窓側は全て埋まっている感じ。座席は5号車6番D。なお誠に残念なことに柱の位置が悪い。下りの場合は奇数席がいいよう。以後気を付けなくてはならないと思った。定時出発。早速駅弁屋で買った、チキン弁当のライス抜きと鰺の押し寿司三貫を開けて飲み始めた。関東を抜けるとやや薄晴れ。例によって甲府で大量降車。吾人も前の席に移ったり戻ったり。

長野県に入ると少し遅れる。何本か前の特急が人を撥ねたそう。すると通路の向かいのインド人紳士から話し掛けられる。聞けば松本で旅行会社をやっているそう。今日は東京での会議の帰り。要約すると(日本の方は)もっと人生を楽しんで下さいと。確かに最近の日本人はネガティブ過ぎるよね。暫し話が盛り上がる。車販員から缶ビールを買って貰った。乾杯。旅行プランもちゃっかり営業された。いや併し、外国の人は屈託ないね。此の場を借りてお礼申し上げます。そんな社長さんとは松本駅でお別れ。なお茅野の辺りから話し始めた関係で岡谷での飯田線へ乗りかえ状況や松本の車庫等が見られず。ちょっと残念でした。

一番線でそばを食べ、大糸線ホームに移動。あずさとしなのと地元のお客さんを集め、二両の列車は満員御礼。山手線より混んでいるね。信濃大町までに地元のお客さんは下車。以後は外国人観光客さんが目立つようになる。積雪が増えるにしたがって、皆さんのテンションも上がり始める。スノースノーと連呼。吾人もワンカップを開ける。白馬で大量下車。以後は空気輸送に近い感じ。南小谷定刻到着。16時10分。此処から管轄が変わり西日本のディーゼルカーとなる。直ぐの接続。例によってキハ120の単行。お客は三人。あらま。此の区間は取り分け少ないらしい。もっと旅行者に乗って貰わないとなあ。実を言うと、鉄道ファンの類はあんまり役に立たないのである。写真ばかり撮って迷惑を掛ける者は論外だが、乗っている人も貢献度は高くない。大体鉄道に詳しい人と言うものは、ダイヤに詳しい。ダイヤのような精緻なもの詳しいということは運賃制度にも詳しいから、ついつい安い切符で乗って仕舞う。乗り放題系の切符がどのようにカウントされているのかまでは知らないけど、大した金額にはならないであろう。ローカル線の営業係数が下がらない訳である。困りました。

一時間弱で糸魚川着。17時20分。すっかり日が暮れた。残りの二人は新幹線口に行ったみたい。糸魚川には割と最近来たばかり。其の時は気が付かなかったけど、ちょっとした鉄道パークのようなものがあり、キハ52などが展示されている。鉄道写真も。確か2000年頃までは京阪神地区からシュプール号とかが乗り入れていた筈なのだが。関西の人、もっと糸魚川から白馬や大町方面に入って下さい。

 切符を買い足し、此処からは旧北陸線第三セクターのえちご鉄道線である。一両のディーゼルカーへ。既に真っ暗。お客は大糸線の十倍くらいはいる。多少の増減はしたが、大半のお客が直江津まで乗り通す模様。皆さん結構遠距離の通勤通学ですな。当然筒石駅は昼でも夜でも真っ暗。トンネル内にホームがある日本有数の変な駅である。一回降りて見たいです。

 直江津到着。18時33分。新宿から最短の接続で七時間半掛かった。まず窓口で明日の観光列車と「週末パス」を手配。ちなみに此処は有人で引っ切り無しに人が並ぶ。やっぱり人が居なくてはね。なお管理はえちご鉄道に委託されているよう。発券手数料が入った筈。良かったです。続いて駅前のホテルに投宿。全国旅行割が適用されて二割引きだった。お土産クーポン二千円も貰う。今回からは電子式になったよう。スマホの登録でちょっと迷った。さてさて早速の居酒屋巡りだが、入った店は他客が皆無。頼みの綱のテレビではペット養老院のお話。ちょっと寂しいので刺身とあら汁で切り上げ、駅前の餃子酒場に入る。此処は大勢入っていた。焼き鳥他と酒二杯。

すると並びのお客は釣りが趣味のよう。何かの拍子に佐渡という単語が出て来たので急に思い出した。そう言えば、芥田先生とゼミ旅行に行き、佐渡から帰って来て此の直江津に立ち寄ったのである。そうだった、そうでした。港からタクシーを仕立て、確か親鸞ゆかりのお寺=国分寺を訪問。上野直通のあさまで帰りましたよ。長野新幹線が出来る前だから1997年の夏のこと。ゼミ長の福岡君が車から降りた際に、飲み残しの一升瓶を落した。割れた瓶は駅の横の自販機の脇に置いて行くより手がなかった。其の節は失礼しました。あの頃とは駅舎が違うね。まだ地上駅だった筈。みどりの窓口が混んでいて、やきもきしたっけな。当時先生は五十代。吾人も二十歳そこそこ。若かったな。そんなことを思い出しながら、十時には就寝した。二店で五千円。

 

 

2/2・木

 さてさて結局朝から渋谷駅に参り、明日のあずさの特急券を購入。そんなに朝早くは出られないということにして、11時新宿発の17号にした。松本まで2550円。現金を高性能な券売機に突っ込んだ。随分面倒なことをしていると思ったが、まあ例によって行っても行かなくでもどっちでもいいような一人旅である。当日購入だと、結局面倒臭くなって布団から出られないかもしれない。此れは行くぞという決意表明のようなものである。なお乗車券は未購入。大糸線の状況が良くないよう。本日は南小谷以北代行輸送になっていた。幸い此の寒気は今日中に抜けるという予報である。なお明日の目的地は直江津。場合によっては信越線経由になるかもしれない。続いて「博多天神」で朝からラーメン(600円)。「啓文堂」で新潮文庫を二冊(『テロルの原点』『左京・遼太郎・安二郎見果てぬ日本』)。「フードショー」で弁当を二個購入。帰りはバスにした。「作丸」という揚げ物の店だったが安くて旨かった。

 大して晴れず、寒いまま。午後は漫然とす。午睡付き。何しろシロに二時半(入室)、四時(退出)、六時(再入室)の順に起こされた。寝たり起こされたりでお腹の調子も良くない。こうした負のサイクルを精算する為にも何処か旅に出たいのである。早めの入浴。残り物で軽い晩酌。

 

 

2/1・水

 児童手当の所得制限も無くすのだそう。手当と言っても月一万円かそこら。当初予定された子ども手当の半分くらいだそう。給食費や制服代、修学旅行の積み立てで消えて仕舞う金額だよね。都立大の事件も容疑者死亡で書類送検。動機等が分かりません。

月が代わっても寒いまま。冬型の晴れ。また物価が上がるそう。何というか、今まではコロナ禍で使い残した余剰資金があったが、そろそろそれも無くなる感じ。また消費が落ちるな。昼前から南西の風が吹いて少し暖かい。午後出社。退社後はBで1800円程度。最近何処の店も空いている感じ。