2017年6月

6/30・金
 今日は資源回収の日である。例によって瓶と缶を一緒の袋に出している人が大勢居る。例によってゴミ拾いトングを使って分別す。併しこういう人たちは、みんな纏めて持って行ってくれるとでも思っているのだろうか。そんなに沢山行政サービスをしたら、財政破綻まっしぐらである。併しコンピューターとロボットが幾ら進化しても、こういう仕事はなくならないだろうな。
 東電幹部が強制起訴された件で漸く裁判が始まった。津波を予測できたかが焦点。同業他社はそれなりに対策をしてきただけに、やはり責任は大きいと言えよう。何も平安時代の大地震を思い起こす必要はない。つい先日のスマトラ島沖の大地震を見れば震え上がった筈である。でも正直な話し、此の国の裁判所への期待値は・・・。それにしても非常電源の防水対策は二十億で出来たという。被害は少なくとも二十兆円に達する。
 午前中は雨模様。午後は曇り。夕方出社。退社後は鶴木さんを追いかけて、晴雷亭から中華立ち飲みへ。こうして六月も終了す。今月は一万八千字も書いた。何にもない月だったから、よく書けたと自画自賛す。


6/29・木
 朝方ミケが異様に飛び跳ねていると思って見に行ったら、案の定、小鳥を取っていた。庭で猫を飼うようになって七年。三匹で十羽は取ったかな。本能に基づく行動とはいえ、鳥類にはつくづく申し訳ないと思う次第である。雀は庭に埋めてやった。一方の蝶や飛蝗はすっかり食べて仕舞うから統計にもならず。
 失言続きの防衛大臣に、激昂代議士。Aには女難の相が出ているな。愈愈日曜は都議会選挙である。後者の音声は繰り返しテレビ等で流された。併し他人の激昂というものは聞くに堪えないものである。午睡の吾人も何度か起こされた。目覚まし時計で使えると思った。また吾人も時折声を荒げることがあるから、気を付けなければならないとも少し思った。そういえば、テレビに出て来る「夜回り先生」は決して怒らないというから大したものである。一方の現文科副大臣殿は、先生時代に体罰を振るったとかで少し問題になったことがあると記憶している。
 色色と考えたのだが、天麩羅に塩を付けるようになったのは、旨い塩が出回るようになってからではないかという結論に至る。つまり専売公社の民営化(1985年)が佳かったのかなあ。だとしたら数少ない規制緩和の成果である。
 昼はレトルト食品と冷凍食品を掛け合わせてカレーうどん。午後、割と近所の大型スーパーに買いに行くも、野菜類以外は目ぼしい物がない。大体此の店はイオン系ではないものの、売っているものが何時も同じ(特に魚)。何でも沢山並んでいるが、食べたいものが何もない。みんな何を食べているのだろう。献立が考え付かないのは、此方の頭が悪いからではなく、売っているものがパターン化されているからだと思った。牛ゴボウ、鮭の西京焼きに、冷凍食品を摘まんで食べた。時時草取り。


6/28・水
 午前中は小雨。午後出社。駅前をぼんやりと歩いていると、何処かで聞いた声がする。其れはN前首相の声であった。都議会議員候補の応援演説にやって来たのだろう。近づいて見ると聴衆は僅か十数人。客間君の言い草ではないが、既にオワコンと言うやつである。
併しN氏には吾人とて色色と言いたいこともある。まず、そもそも何であの時期に解散をしたのだとか、首相在任中一度でも民主らしいことをしたのでしょうかとか、せめてO元代表との分裂選挙だけはやめて欲しかったとか、A政権の生みの親とまでとは言わないが、結果として産婆さんぐらいにはなって仕舞ったのではないですか等等。いっそマイクロホンを此方に投げて欲しいと思った。そうすれば即興の討論会、タウンミーティングが出来た筈である。
 退社後は久久に立ち飲みBへ。どうにも質の悪い中年客が、猥談を強要して来て閉口す。いやあ、こういう人は自分の話しが一番面白いと思っているから、本当に度し難い。勿論吾人も此の手の話題は嫌いではないが、幾ら酔っていても話し慣れた人以外には決してしない。またU店長は他店に異動とのこと。彼は言葉が悪いから少し心配である。立ち飲み屋であっても、矢張り言葉だけは丁寧な方がいい。何しろ言葉はロハだから。


6/27・火
 家人の発症から二週間が経過。発疹は収まりつつあるが、身体の中からの鈍痛が酷いという。後遺症的な神経痛の模様。所定量の鎮痛剤では効かないようで、ほぼ寝た切り状態。
一方の吾人も診療所に。家人に飲まされた血圧が下がる御茶が効いてきたのか、何も文句は言われなかった。また今回から高脂血症薬は四十五日分纏めて処方して貰うこととす。診察の機会が三分の二になると思えば機嫌も良い。それに医療費削減にも貢献出来る。
 午前中は「リミットレス」という映画を見た。人間は脳味噌のごく一部分しか使っていないと言われているが、此の映画では百パーセント動かせるドラッグが登場する(勿論違法)。早速主人公は、論文指導をしたり、小説を書いたり、株価操作を行うなど文理に渡る天才ぶりを発揮するのだが、結局は依存症プラス麻薬抗争のような事態に。つくづくドーピングは宜しくないと思った。ところで昨夜、中学生の棋士が新記録を樹立。ああいう人は常人の数倍は脳を使っている筈である。物の見方も違うのだろうか。但し、盤上の世界だけなのかな。池尻でとんこつ醤油ラーメン。以後、買い物、草取り、午睡と続いた。
 夜はアニメ「美味しんぼ」。今回はチンピラに占拠されたうどん店を救うというもの。三十年前の東京ではうどん専門店は珍しく、一方のヤクザ屋さんも珍しくなかったのだろう(「うどんの腰」参照)。其の次の「鮎のふるさと」という話では、天下の食通さんたちが天麩羅をどっぷりとつゆに潜らせて食べていた。其処は塩だろうと突っ込みを入れたくなった。折角の小鮎の天麩羅が、実に勿体ない話しである。でも天麩羅に塩を付けて食べるようになったのは、一体何時からなのだろう。今時、立ち飲み屋でも普通に塩が出て来るが。併し再放送というものは勉強になる。最近の地上波は生放送ばかりで再放送が極めて少ない。だから若い人は歴史の勉強が出来なくなる恐れがあると思った。
 更に深夜になってNスぺの「人工知能2017」の再放送。将棋の名人が出て来て、強い怖い大変だとおっしゃっていた。コンピューターの進化に最も脅威を感じているのは、まずは棋士さんたちなのかもしれない。一方の学習塾は・・・。最近はネットで色色と教えてくれるみたい。確かに変な先生の下手くそな講義を聞くよりよっぽどいいだろう。知識を伝えるのは機械に任せるとして、浮いた時間で先生たちはもっと生徒と向き合わなくてはならない、などと高をくくっているけどね。


6/26・月
 一日曇り。午後千寿に出校。中学理科は物の燃焼。炭素プラス酸素で二酸化炭素などと言う愚にも付かないことが教科書には書いてある。世の中、そうそう教科書通りに問屋は下ろしてくれない。一酸化炭素も大量に発生す。二酸化炭素地球温暖化物質ではあるが、通常生活に於いて恐ろしいものは、此の一酸化炭素である。別に火事など起こさなくとも、やられるときはあっという間にやられる。物を燃やす時に大切なのは、兎にも角にも空気の入れ替えである。其処でくれぐれも換気扇を大事にするようにと力説した。大体扇風機が動かなくても命に関わることはないが、換気扇のそれは大事故につながる。ところで換気扇の日というものはあるのだろうか。換気扇の日日の地味な働きに感謝して、点検と清掃を行う日とすべきである(調べて見たらあることにはあった。いい空気で11月9日と云う事である。)
 退社後は生麦酒250円に釣られて構内の回転寿司店へ。奥の座席に案内される。場所的に板場が一望出来る。ついつい中の方を観察す。すると回り過ぎたものが次次とポリバケツに放り込まれている。あらゆる産業に在庫廃棄は付き物とは言え(学習サービス業や運輸業は空席を廃棄している)、見ていて余り気持ちのいいものではない。特に480円の鮪が容赦なく二皿纏めて捨てられた時は、「あっ」と素っ頓狂な声が出そうになって仕舞った。高い皿はオーダー制にするか、時間の経ったものは格下の皿に乗せ換えるべきだと思った。という訳で食欲にも非常ブレーキが掛かり、麦酒も二杯で終了。其のまま帰った。今夜はとんかつにすべきだったと後悔す。注文式の揚げ物産業には廃棄は少ないだろう。


6/25・日
 未明から雨。昼前には上がる。草取りをしていると、月波君から近くに来たので飲みませんかと誘われる。夕方前、祐天寺の立ち飲みBへ。客間君と蒲田の「山田うどん」に行って来たのだという。幾ら都内では珍しいとはいえ、態態電車に乗って食べに行ったのだから、物好きな二人だと思った。
早速都議選を巡って情勢分析。民進党は愈愈消えてなくなりそう。野党第一党が首都から無くなる異常事態である。民進党は既に終わったコンテンツなのだろう。民進党が再生するには、もっと左に舵を切るべきだとは思う。併し其の上で支持を集めるには、経済危機とか緊縮財政で中間層が更に崩壊しなくてはならず、つくづく其れも明るくない未来であるという話しになった。一億総中流の遺産がある限り、結局は風頼みなのである。其の上、過去一度や二度の突風程度では自民党は大して壊れなかった。つくづく権力というものは、狡知で頑強である。またA政権への支持率は若い人ほど高い傾向があるという。若い人は物を知らないから、権力というものが、如何に恐ろしいものであるかについての認識がつくづく足りのだと思った。(別に戦前の例を出す必要はない。例えば、水俣、三井三池、最近では国鉄解体で何が行われたのか、少し調べるだけで十分である。)
 二時間ほどで御開きにした。ところで最近のBは酎ハイ類が極端に薄い。途中からワンカップに切り替えた。高架下の「東急ストアー」で鰹の刺身を購入して戻り、猫と老家人に食べさせる。結構高評価。何しミケもシロも食い付き方が違う(洋猫風情のグレは魚はまず食べない)。イオン系と違い東急は自店で包丁を振り回しているからだろう。でも電車も東急、バスも東急、ケーブルテレビも東急、買い物も東急となるのは少少悔しい。何だか酔いが回り、少し横になって、起きたら十二時近く。日本酒の破壊力は誠に凄まじい。


6/24・土
 朝からF蕎麦に。今日は何だか矢鱈と汁が濃い。何時も以上に真っ黒である。粉粉になった天麩羅を丹念に箸で救い上げ、汁は成るべく残す。塩を取る習慣のないアフリカの何とかと言う部族には、高血圧の人は全くいないと聞いたことがある。塩辛いものを此れだけ浪費出来るようになったのも近代化の御蔭には違いないが、余り噛み締めてはいけない。一日晴れて終日暑い。取り立てて無為。


6/23・金
 一昨日の事故は、大雨で遅れた列車が集中し、過電流が流れて切れて仕舞ったらしい。田舎の新幹線と違って、うかうかとウヤにすると、乗り切れないほどの凄い数の御客がいるからな。だからリニアが必要なのですと言い出さないといいが。ただ誰が言い始めたのかは知らないが、仮眠用の車両を「列車ホテル」と言うのはどうかと思う。寝台車と違って横になれる訳ではない。
都議選が告示。何とかファーストの会も維新以上に十二分に胡散臭いが、政権与党を大敗に追い込めれば面白いことになる。併しAも許せないことは許せないが、それ以上に許せないのは、Aに唯唯諾諾となったかと思えば、今度は都知事にすり寄っていくあの政党である。併し票田だけは確実に捉えて来る。正しく蝗である。自称福祉等に明るい蝗。逆にして読めば・・・。
 朝から診療所に。どういう訳だか、年寄りで大混雑。待っているだけで血圧が上がるので今日は止めにして帰った。併し此の診療所に来ると何だか無性に腹が立つ。何故腹が立つのかというと、此処の御医者さんからは健康診断の結果について只管文句を言われるだけで、苦しい時に這うようにして掛かった経験が一度も無いからだと気が付いた。窮地を救って頂いたということが一度はないと医師との信頼は築けない。血圧やコレステロールがああだこうだと言われても、説得力がゼロなのである。
 午後になると歌舞伎役者が記者会見。細君の死を告げる。ネット上に闘病記のような物を出していたらしいから、秘密にしておくことも出来ない。併しブログを励みにして来たような同病の人は衝撃が大きいだろう。本人としてはまさかこういうことになるとは思っていなかっただろうし、そんな事まで責任は取りようがないのだけれど、矢張り書いたものを公開すると云う事には大きな責任が伴う。其の最低限の自覚は必要であると思った。
 夕方になり、バスと徒歩で一旦本務校に出社。事務仕事を片付ける。以後千寿校に回航。ところで最近私鉄のダイヤを見ていなかった。行きしなに『東京時刻表』を購入。読みながら参る。最近の私鉄各線には有料列車が走っているから結構華やか。併し小田急線は急行と快速急行だけで一時間に十二本も走らせている(ちなみに十五年前は急行と準急で八本)。こんなに沢山走るのだから、ちょっとやそっとの複複線でも足りないと思った。新百合ヶ丘ぐらいまでは欲しいかな。しかし将来は過剰投資になるのかも。何しろ中央線も三鷹から先は諦めたというから。未来とは減少社会である。千寿の金曜代講は本日で終了。飯田橋に回り、月波君と飲んで帰った。立ち飲みBと屋台ラーメン。結構暑くて草臥れた。


6/22・木
 昨夜新大阪の手前で架線が寸断。大体電線が切れると数時間コースである。何万人も家に帰り着けず。東海としては珍しい部類の事故になるのだろう。また日本郵政の社長は株主総会で平謝り。何でもかんでも民営化して株式会社にすると、結局こういうことになるから考え物である。
 朝から晴れ。御向かいの足場が愈愈外れる。よくよく見てみると、田舎の小学校ぐらいある巨大な建物である(但し校庭は廃止)。実に何世帯入るのだろう。敷地人口は恐らく十倍近く増える筈である。
晩食は焼き鳥中心。今まで書いて来なかったが、割と近所に古い鶏肉専門店があり、生肉を売る序に店先でも茫茫と焼いている。一本九十円。小振りな胸肉と皮がサンドになっており、同時に噛み込むと口の中で丁度いい塩梅となる。こういう合わせ技は昔からの知恵なのだろう。辛口のタレと良く合い、何しろ噛みごたえがあるのが佳い。以前は行列も出来ていたが、最近は御客が随分と減っていると感じる。コンビニのふにゃふにゃもも肉に奪われたな。それに鶏を焼いている人は此の道何十年というベテランの人だけど、後継者はいないと思う(多分)。あと何年噛み締められることか。月波君から明日の予定について尋ねられたので、「あしたの事はあさってにならないと分からない」と返信しておく。後から気づいたが、案外此れは至言である。


6/21・水
 一週間経ったので、再び大病院に参る。まず何よりも先立つものはタクシーである。立って探したが、二十分は来なかった。雨なので実車が多いのは分かるが、何台も回送車が通った。併し空のままで一体何処へ行くのだろう。みんな都内の車だった筈だが。
 結局多少遅刻して受付す。此処で小一時間。肝心の診察はと言うと、経過も良好とのことで、処方箋すら出なかった。そもそも薬さえ飲んでいれば、そろそろ治った頃なのだろう。診療報酬220円。大病院は案外安いと思った。再びタクシーで帰る。往復で2500円。併し満足な車寄せも無い古病院だから、行って帰るだけで疲れて仕舞う。建て替え工事完了が待ち遠しい。
 御昼過ぎからは結構な強雨。昼食休憩の後、バス出社。久久の本務校である。行けば事務仕事が目白押し。まずは何よりも大切な授業料引き落としデータの作成と送信。併しパソコンが巧く作動しないという。どうも生徒が悪戯をした模様。調べてみると、大事な所がごっそりとゴミ箱に入っていた。削除された日時から推測すると容疑者は小四の男の子である。恐らく悪意はなくデスクトップを勝手に掃除した気になっているのだろう。万事子どもは気楽でいい。何とか復旧させ、郵便局に送信す。つくづくこういう仕事は不得手である。汗びっしょりになる。其の後は講習案内の作成。更に平政君の代講で高校数学。まあまあの高校だから、数Ⅰでも案外難しい。こちらも汗びっしょり。
 雨は夕方にはすっかり止む。退社後は中華立ち飲みに行き、常連のおじさんたち相手に多少毒気をつかせて頂いた。珍しいく十一系統のバスに乗って、降りて、環七から歩く。すると大通り中通りとも空車が洪水のように走っている。其の何割かを今朝に回せないものかとつくづく思った。雨の日だけ車庫から出て来る車とかはないのかな。


6/20・火
 一日晴れ。取り立てて無為。都知事が会見し、豊洲移転を正式に表明。但し築地も観光市場的に残す積りのよう。所謂両論併記。少しはいいアイデアを思い付いたのだろう。当然現実的ではないという批判も直ぐに出て来る。併し拗れに拗れたな。K知事に歴代知事の失策を一身に背負わせる訳にも行かないし。
 また盛りの方の理事長は検察の捜索を受ける。口封じを狙った国策捜査だと憤慨していたが、補助金を不正に受給した事実だけは動かしようがない。税金など取られるだけの立場から見れば、色色と書類を作って騙し取れる立場が実に羨ましい。来世は公務員か、補助金で暮らせる人になりたいと思った。


6/19・月
 放っておくと炎上するからという理由で、国会も閉幕。盛り、掛けと来たなら、次はどーんと鍋焼きうどんあたりが出て来て、内閣ごと吹き飛んで欲しいと思った。尚、支持率も少しは下がったよう。
 日本郵政は不動産会社の買収を断念。新聞の見出しには、「日本郵政の成長戦略不発」とあった。併し何も郵便局が成長しなくたって、みんなが困ることは無い筈である。余り郵便料金を値上げされても困るが、日本全国津津浦浦に手紙と小包が配れれば十分である。社員さんたちにまあまあの給料が支払えれば尚結構。無理に成長しようとすると何処かに無理が掛かる。実際海外企業の買収ではかなりの損をしたらしい。どうしても不動産業がやりたければ、JRを見習えばよかろう。
 朝からかんかん照り。昨夜のアルコールと気疲れが充満して日中漫然とす。記念会で即売されていた『語る藤田省三』を読みながら千寿に出校。尾崎翠が出ていたので、千寿の大型書店で『第七官界彷徨』も購入。併しこういう文学作品は中中読めないな。字が大きくて助かった。退社後は「宗庵」で付け麵。魚系ととんこつ系が分けられていて佳かった。どうもあの合わせ味と言うのは少し苦手である。帰りの車中も只管ページを捲った。ほぼ休肝


6/18・日
 朝から曇り。御昼にメトロに乗って久久に鳳生大学に参る。芥田先生の新著出版記念会である。学生食堂を丸ごと貸し切ってパーティーを行うことになっている。参加者凡そ数十人。大学関係、出版関係、研究会関係多数。学部学生出身は吾人らのグループのみ(月波君、坪上君、客間君)。年上の大学院生は既に五十に近くなり、社会人入学の方方は元元の年齢が既に高い。詰まり何が言いたいかと言うと、吾人らが最年少ということである。
 立食形式なので給仕の必要はないが、御酒は注がなくてはならない。焼酎を割ったり、ワインの栓を抜いたりと、酒当番を仰せ付かる。若い衆は働かなくてはね。学者マニアの月波君は喜んでいたようだが、やっていることは高齢者の面倒を見ることであって、普段の生活と大して変わりがないと思った。
 ところで数年と空けずに来た筈のキャンパスも次から次へと校舎を建て増しして、最早何処が何処だかさっぱりわからない。トイレに出た序でに一回りしたら、迷って仕舞う次第である。渋谷駅と同じだな、市ヶ谷永遠再開発である。併し何処にそんなに沢山学生がいるのだろうか。出席率が向上したのかな。吾人が学生の時分は、登録者百名、出席者数名なんて講義がざらにあったものだが。また旧校舎はあるにはあるが、此方も建て替えが決定しているとのこと。511という大教室は既に無くなっていた。人というものも猫と同じで、縄張りとしていた古い建物が無くなると、段段寄り付けなくなると思った。
 一次会は夕方前には終了す。雨の中を移動して居酒屋での二次会へ。参加者は凡そ半分になって三十名。其れでも誰が誰だか殆ど分からない。其の上、大声で怒鳴るように会話してもなかなか話は通じない。八時頃終了。幸い一次会の御金が余ったとかでロハで済んだ。色色多めに出してくれた人が居たのだろう。さてさて若手グループはラーメン「かわかみ」に寄って帰った。若い人は疲れるな。
 

6/17・土
 一日晴れ。伊豆大島の近くで、日本郵船が雇った大型コンテナ船とアメリカのミサイル駆逐艦が衝突。後者に人的被害が出た模様。やはりテロより事故の方が怖い。戦争>事故>テロである。またロンドンの火事も相当な死者が出る見込みだという。やはり安全管理学部を作るべきである。
 朝からМ家で「焼鮭定食」(450円)。塩分抑制のために多めの味噌汁は半分残した。以後適当に過ごす。晩食の買い物に出かけた以外は概ね無為。


6/16・金
 森にしろ加計にしろ、賄賂が飛び駆った訳ではないから、大した問題でないと言う人が居る。まあ確かに、刑事事件で立件するのは中中難しいだろう。いやだからこそ、より質が悪いのである。言う事を聞かない相手でも、賂の力で説き伏せるというのが贈賄であり、捻じ伏せられるのが収賄である。詰まり金さえあれば誰にでもチャンスがある。併し今回の件ではオトモダチに阿吽の呼吸で便宜を図っている。政府と其の周辺が、御内人のような連中で固められて仕舞う方が、権力としての腐敗度はよっぽど高いと言えよう。
 また文部科学省の再調査により、所謂加計文書の存在は正式に認められるようになった。当初其れを怪文書と名指しした官房長官も旗色が悪いな。ところでこういう記者会見を見ていると、何だかパチパチと音がする。会見場でとんかつでも揚げているのかと思ったが、それは記者がキーボードを打つ音らしい。うーん、言葉の遣り取りを文字にするのは最近流行りの音声入力に任せるとして、記者は質問に集中して欲しいと思った。そもそも記者と速記者は表記は似ているが役割が違う筈である。
 一日晴れ。日中は何だか漫然とす。夕方遅くになり千寿に代講出社。東武線直通南栗橋行きに乗った筈だが、どういう訳だか突如として押上止まりに変更となる。ダイヤの上には何にも起きていない筈なのに理不尽な話しである。錦糸町で後続列車に乗り換え。直通は十分に一本しかないから、都合二十分分の御客が溜まり、車内は総立ちとなった。どうにも此の区間はつくづく弱い。もっとも吾人は北千住で降りるから、東武鉄道には一円も入らない計算である(北千住の改札はメトロと東武の共用なのでメトロの運賃だけで着いて仕舞う)。メトロが幾らか東武に支払う約束になっていると聞いたことがあるが、どちらにしても儲かる話しではないから、そもそものやる気がないのだろうと思った。
 何の面白いことも無く退社。東口で付け麵を食べ、再び半蔵門線直通に乗って帰る。すると車内には、小田急線複複線化のコマーシャルが流れていた。何しろ線路が倍になるのだから、出演している双子さんもすらりと分身す(鉄道会社らしく落ち着いていて、なかなか好い出来)。五十年来の悲願が愈愈来年春に叶うそうである。完成の暁には田園都市線の御客も取りに行く積もりなのだろう。ごっそりと奪って行って欲しいものである。併し十数キロを造るのに計画段階から五十年、実工事に三十年(住民に色色と訴えられたりもした)。費用は軽く三千億円。一方のあの会社は名古屋まで十年以内、五兆五千億で作ると言っているらしい。正しく痴人の会社、いや痴人の夢の会社である。勿論痴人とはあの人物のことである。


6/15・木
 ロンドンの高層アパートで火災。大分古い建物のようだが、やはり高い建物は危ないと思った。日本は大丈夫だとは思いたいが、例えば階下の住民がど派手に焼身自殺でもしたらどうするのだろう。特に横に逃げられないような、塔のように尖った建物は怖い(殊にワンフロア―に一二部屋しかないような物件)。併しああいう所に住んでいられる人は、何かしらの想像力が欠落しているのだと思う。吾人なら毎日火伏神社にお参りするだろう。
 共謀罪が朝方成立。併しこういう法律の成立をなぜ急ぐのだろう。此の件に関しては官僚主導のようにも見える。恐らく警察官の失業対策だな。何しろ国民がどんどんと少なくなるのだから、犯罪も少なくなる。ならば警察官も不要になるというのが筋である。そこで国際テロ対策を行うと云う事にして予算と人員を確保したいのだろう。危機を煽り立てるのは、昔の軍部も今の警察も同じである。軍縮と言うのも難しいが、警縮と言うのもつくづく難しい。少少暇になった方方を、行方不明になったお年寄りを探しに行く係とか、酷い目に遭わされている女子供を救う係とかに転属させたらどうだろう。此れらは所轄署の生活安全課の仕事かな。公安警察出身者は嫌がるだろうけど。また法律そのものより、法による委縮効果の方が大きいとも考える。例えば「個人情報保護法」でどうなったか。みんな勝手に忖度して、社員や学級名簿の類も綺麗さっぱり無くなったのである。
 家人の様子はまあまあ落ち着く。朝から銀行に行き、税金を支払う。此の時期は都市計画税と固定資産税である。一年に十二ヶ月あるとして、大体二ヶ月分の賃貸料収入が此れに消える。あと日日の修繕費や不動産屋手数料等等にまた二三ヶ月、相続税の支払いに恐らく二三ヶ月(其れが三十年)。他に所得税や住民税もある。償却済の建物であっても大して儲かる訳ではない。ちなみに吾人の特別区民税は五千円であった。所謂均等割の部分である。来年はもう少し払えるかな。
 昼は弁当。晩は冷凍うどんにスーパーの天麩羅を添えた。またチェーン古本屋で『漂白される社会』『絶望の国の幸福な若者たち』『呑めば、都』。夜は映画「パークランド」を見る。陰謀論という立場は取らずに、ダラスでの出来事をリアルに描いた作品。特に大統領の棺を機内に入れようと、警護官らが必死になって座席を取り外したり、壁を壊したりするシーンが胸に迫った。併し此の事件、結局どうなったんだっけ。未だに万人が納得できるような説明は無し。事件関係の報告書は確か2039年に機密指定が全面解除になる筈だが、実にまだ二十年もある。それにしても、あれから数十年。大統領の立場も頭の中身も随分と軽くなったものである。
 ちなみに、オ狙撃犯も彼の母親も相当ぶっとんだ人だったらしい。そんな人の弾に偶偶当たって仕舞ったものだから、あれだけ陰謀説が出て来るというのが吾人の見立てである。人はどうしても無意義な死というものを信じたくないから。


6/14・水
 起きてぼんやりしていると、出掛けた家人が戻って来ていて、今から大病院に行くと宣う。疱疹が愈愈収まらないので、朝から診療所に行き、既に紹介状も書いて貰ったのだという。慌てて車を呼び立て、近所の大学病院まで参る。例によって大病院は大混雑である。其れに紹介状はあるが予約票は無い。おまけに予約の患者も相当遅延している模様。以後延延と待つこととなる。一時間を過ぎた辺りで時間意識が蕩けて来る。此の感覚は何かに似ていると思った。そう、田舎の駅で滅多に来ない列車を待っている時の感覚に近い。ただ田舎とは雰囲気が違う。結局暗い待合室で二時間近くは待ったよう。
 肝心の診察はと言うと、まだ薬を飲み始めて時間が経っていないので、暫らく経過を見ましようとのこと。家人は入院する覚悟で来たらしいが(実際にお泊り道具を持参)、大体帯状疱疹如きで一一入院されたら、病院が破裂するであろう。結局其のまま引き返すこととなる。家に帰ったら午後の一時前。
 食事と休憩の後、本務校に出校。併し何だか頭がぼんやりす。本務校に来たのは今月二回目。併し六月も半分も過ぎている。夏期講習の準備も進めなくてはならない。此の所、吾人の時間が大泥棒に遭って、ごっそりと盗まれたような感じがして仕様がない。退社後も碑文谷まで戻って、「王将」に入る。少し麦酒でも飲んでぼんやりして、時間意識を正常に戻そうと努力した。併し麦酒の味がまだ戻らない。何だかピリピリする。スードラはどうも苦手である。


6/13・火
 家人は抗ウイルス剤と市販の鎮痛剤を服用す。痛い痛いとほぼ寝た切り状態。一方の吾人も咳が出続け、先日の「プレコール」を追加購入。五日分で1300円。
 東風が入り終日涼しい。午前中は草取り。すると雨が降り始める。少し食べ物から力を貰おうと思い、昼は「野郎ラーメン」(780円)。やはりこってりは旨い。糖質脂質たっぷりだが、野菜もたっぷりだからバランスは取れているだろう。序にスーパーで両家人用の弁当を購入。結局買い物は吾人がするしかなくなった。


6/12・月
 家人は今度は帯状疱疹を発症。股擦れかと思ったら、水疱があるとのこと。吾人の風邪ウイルスはうつらなかったが、自分のウイルスで自家中毒を起こしている。しかし腰痛に続き、つくづく災難である。
 一日晴れ。午後千寿に出校。喋っている内に痰が絡んで来て咳が出る。慌ててマスクを掛ける。喋るから風邪が治らない。一種の職業病である。また千寿校に習いに来ていた真面目な女の子が今月で辞めて仕舞うことになった。週に一回とはいえ、中三の頃から二年以上見てきた子である。もっとも真面目と言っても、ただ只管真面目なだけと言う感じの子で、勉学意欲もそんなに高い訳でもないし、余計なことは何も喋らない。吾人の無駄話にも反応は薄かった。
 此の仕事をしている以上は避けられないこととは言え、まあどんな子であっても、途中退会というのは残念なことである。第一に、もう二度と教えることが出来ないし、それに途中で辞めて仕舞うと、何となく気が引けて教室に遊びに来るようなことも出来なくなる(但し千寿校はそういう雰囲気にはないが)。恐らく今生の別れに近い結果となるだろう。退社後は大橋の自動化寿司で一人残念会。京成線で上野まで出て見て、銀座線経由で帰宅す。
 寝る前に「マッドマックス・怒りのデス・ロード」を見る。二十数年ぶりの新作と云う事であるが、またオーストラリアで撮ったのかな。文明崩壊後の世界は相変わらずの砂漠地帯である(本来なら「アバター」のような濃密な緑の世界になると思う)。ただ砂と車と汚い男連中ばかり見せられる中で、美女集団が出て来たのが少少目新しい。世紀末の後は女性活躍の時代である。


6/11・日
 朝から自販機周辺の片づけ。溢れた物を下げるだけでは根本的解決にはならない。思い切って箱を開け、中身を袋ごと取り出す。すると箱の底には予備の袋があった。中中準備がいい。袋を張り替える。片づけるのは構わないが、一枚数円とはいえゴミ袋を持ち出すのは何だか気に食わないものである。併し東京ゴミ戦争だな。さながら市街戦である。
 晴れてはいるが比較的涼しい。昼は上馬でへぎ蕎麦。蕎麦は旨いが、そば汁が一味足らない。まだ鼻の底が詰まっている感じ。其の後、昏昏と午睡す。


6/10・土
 朝からかんかんに晴れる。池尻にラーメンを食べに行くも、やはり一味足らない。鼻の奥がまだ詰まった感じが取れない。咳も少少。
 警察官が妻および子を殺害した事件が起こる。妻による一家心中を偽装したらしいが、直ぐに見破られた。部下の不祥事に県警幹部はショックを受けているらしい。まあしかし警察官としての立場を悪用して、第三者を殺めたわけではあるまい。恐らく、現職警察官としては偽装工作が低レベル(多分に素人以下)で、司法警察員としての能力の低さに衝撃を受けているのだろう。それにしても、殺された子はつくづくつくづく可哀想である。妻は夫を選べるが(見込み違いは多多あるが)、子どもは親を全く選べない。今後数十年に渡る筈の未来を奪われた子の方をもっともっと悼むべきである。
 夕方は「訊きたい放題」というMXの番組を見る。古谷という文筆家が、改憲派をドリーマーと称していたのは痛快だった。従来改憲派というものは、憲法改正というビッグな夢を語ってさえいればよかったそうで、具体的な改憲案などは特に何にも考えて来なかった。併しA政権が出来、いざ実際に改正発議をやろうと思えば出来る環境となって、慌てて改憲案を作っているものだから、丸で中身がないのであると。中中言い得て妙であると思った。此の人は吾人とは大いに立場を異にする人であるが、猫が好きという本を出したと聞いた頃から少し関心があった。矢張り猫好きには・・・。
夜はスーパーで一枚千円の牛の肉を買って焼いて食べたが、ちっとも旨くなかった。此れは味覚のせいではあるまい。旨そうに見えたのだけれど。痛恨の極みである。


6/9・金
 朝から概ね晴れ。昼はかつ丼にしたが、やはり一味足らない。嗅覚が戻ってないから、味覚も鈍感となる。併し発症から一週間以上経ってもまだ治らない。幸い両家人に風邪の症状は無し。同じ家屋に生活している人にはうつらないで、通りすがりの赤の他人からはうつされる。ウイルスというものはつくづく不思議である。
 午後千寿に出校。平政君が教育実習に行っている間は、吾人が代講する手はずになっている。ついでに月曜の振り替え授業も行う。平政君に丸投げした高校数学がブーメランのように還って来たわけだが、まあ何とかなった。退社後は大橋の自動化寿司に行っては見たものの、満席で入れず。かといって取り立てて鮨が食べたいという訳でもない。入れないなら入れないで結構である。他にも店を物色したが、何だか食べたいものが丸で浮かばない。結局其のまま帰り、コンビニに寄って御仕舞。今週はコンビニをよく食べた。何だか疲れて仕舞い直ぐに就寝。麦酒一缶のみ。そういえば麦酒の味も戻らないまま。


6/8・木
 午前中は薄曇り。御向かいは内装工事に移行。日日トラックに乗せられ、膨大な建材や建具の類が運び込まれている。作業も終わらないらしく、内装屋さんは連日の残業。膨大な内需なのだろうが、此れが無くなった暁には・・・。
朝方は草取り。御昼は「せい家」でラーメン。此処も今月から値上げした。併し何だか味も薄い感じ。まだ味覚が戻っていない。また三月に閉店した本屋はドラッグストアーになっていた。一体何軒目だろう。実にドラッグストアーだらけである。ドラッグと言うからには、余程儲かるのか。
 午後は更に晴れた。桐の枝を落とした後は、昏昏と午睡す。目が覚めたら夕方であった。三丁目の肉屋でとんかつを揚げて貰う。晩食中、同い年の鮨職人が頑張っているという話しをすると、老家人は「そんな年寄りの握った寿司など食べたくない」などと宣う。実に身も蓋も無い結論であった。
巨人はとうとう十三連敗。併し暴動はおろか、酷い野次や、ゴミの投げ入れとか、グランド乱入とかがないから不思議である。野球のファンは概して大人しくなった(阪神ですら)。暴れるような人はサッカー場に行っているのだろうか。


6/7・水
 関東まで入梅。と言っても比較的涼しい。嗅覚味覚共に回復途上。むしろ何だか昨日より却って調子が悪い感じ。午後出社。金参万円受け取る。雨雲が近いので退社後も其のまま帰ることにした。何処かで何かを食べようと思っていたが、決断できないまま最後の駅前商店街を通り過ぎる。するともうイオン系の「まいばすけっと」しかない。二日続けてコンビニ食となった。
 しかしより正確に記述をするとなれば、此の「まいばすけっと」と言う店は、コンビニとは全く違う。似て非なるものである。夜中は営業しないとか、傘や雑誌を売らない等等外見的な違いもあるにはあるが、もっと根本的な差異がある。そもそも売っているものが違う。自社のプライベートブランドか、ナショナルブランドの超定番商品のみ。其処にフェアーとかキャンペーンとか広告とか目新しさとか、そういう余計なものはない。何時でも同じ売り場、何時でも同じ商品(しかもどの店も全く同じ造り)。
 こういう店を前にすると、吾人は考え込んで仕舞う。資本主義市場経済というものは、僅かな差異を作り出し、そして売り込んで来た筈だと。例えばそれが食べ物ならば、「こんがり」とか、「さっくり」とか、「ぎっしり」とか、「おいしい」とか、そういう形容詞を商品に貼り付けることで、他社を出し抜き、多少なりとて売り込むことに懸命となって来たのである。併し「まいばすけっと」には、そういう差異がまるでない。店とか商品とかブランドとかにまとわりついていた魔術的な部分は全てを削ぎ落とされ、「必要」というものが、剥き出しのまま売り出されている(その分、安いことは安い)。
強いて言えば、ソ連の配給商店に近いかな。実際に見たことは無いけど。それにかの国では最後の方はスッカラカンだったけれど。恐らく、計画経済が最も巧く行った姿、つまり人人の需要に応じ最も適切に生産と輸送が行き届いた状態に近いのかもしれない。でもそれは、何だかとても寂しい姿である。必要だけが、必要な訳ではないからね。ひょっとしたら資本主義の行き着く先はソ連の配給所? いや、安さばかり追求していったら、何時か本当にそうなるかも。そして、商品の僅かな下らない差異を、何だか実に下らないなどと言っていられた頃が花だったのだと回顧するときが来るかもしれない。
帰宅後Nスぺの再放送を見る。「和食ふたりの神様・最後の約束」。二郎さんは九十一歳でも板場に立っておられる。吾人も授業くらいは立ってやらなくてはね、などと寝ながら見て思った。老家人ももう少し頑張らなくては。


6/6・火
 風邪の原因は身体の強張りにあるという。確かに此の所、不眠傾向であったし、お酒の方も味は兎も角、何だか胃が詰まって仕舞い、思ったように沢山飲めなかった。こういうのが前兆現象なのかなあ。
 ロンドンで再びのテロ。今回は自動車プラス刃物。どちらもありふれたものだから、テロを防ぐことはつくづく難しい。またイギリスの首相は、テロ対策の不備を突かれて支持率も低下傾向とのこと。何でも内務大臣時代に警察官を二万人も削減したらしい。其れで警察力が弱体化して、監視捜査等が追いつかないのだという。緊縮財政と言うのは誠に凄まじい物があると思った。日本の政治家にはとてもじゃないができないな。まあ財政支出を余りに急に削減すると、社会の底が抜けたようになると言うから、最近は緊縮策と言うのは評判が悪いことは悪いが。
 何とか回復す。力が漲るという程ではないが、脳内オペレーターも復帰して来た模様。取り敢えず頭はすっきりと動く。朝から活動再開。まず方方の掃除と片づけ。続いて梅仕事。今年は裏年らしく、梅の実も小さい。三瓶で終了。夕方数日ぶりの入浴。もともと肌が弱いので普段は幾らも体を洗わない。たまにタオルで擦ると物凄い量の灰汁が出た。さっぱりした後は旨い物が食べたかったが、色色と疲れて仕舞い、本格的な買い物には行けなかった。結局コンビニのメンチカツと焼き鳥。
最近のコンビニはスーパーのお株を奪う勢いで惣菜類を揃えて来ている。詳しいことはわからないが、揚げる、焼く等の最終工程は店舗でやっているのだろう。となると、スーパーの方は鮨ぐらい自前で握らなくてはならないな。勿論魚ぐらい捌いて貰わなくてはね。また巨人が十一連敗もしてくれた御蔭で中日は四位に浮上。併し団体競技でもこういうことがあるのだね。指揮が悪いのか、士気が低いのか。


6/5・月
何とか熱も下がった感じ。鼻も止まった。痰を出す為の咳が少少。例によって虚脱状態といったところ。そろそろ梅の実も取らないといけないのだが、少し活動しただけで草臥れて仕舞う。とてもじゃないが一時間も電車に乗っては行けない。月曜臨時休講とす。以後昏昏と午睡す。夕方雷雨あり。飲酒も再開。麦酒を二缶から。
 衆参ともに決算委員会。政府は出鱈目な理屈を並べ立てでも文書の存在を認めない方針。また例によってA首相は、印象操作という四字熟語を多用して答弁しておられる。何とかの一つ覚えだな。暇に飽かせてテレビドラマも見た。まず「やすらぎの郷」。高齢者ばかりが出て来るというドラマである。時折、どぎついテレビ批判が出て来て面白い。老脚本家の回顧録のような作品である。日本で初めての年寄りを対象にしたドラマとのことで、評判も上上だそうである。でもお年寄りは買い物しないから、スポンサーが喜ぶかは不明。
ひよっこ」では、オリンピック不況を受け、ラジオ組み立て工場は倒産。再就職が決まっていた石鹸工場からも入社を断られ、主人公は失業の危機に。此れは僅か数年後に再び起きることなのだろうか。公共放送は、人人から忘れ去られている此の不況を敢えて取り上げることで其れなりの警告を発しているのかもしれないと思った。
夜は「警視庁機動捜査隊216Ⅶ」。舞台が拙宅と同じ第三方面(目黒世田谷)なのでついつい見て仕舞った。併し沢口という女優もいい意味で変わったな。初期のか細いイメージから、今では闘う冷静な女である。芸能界で生き残るにはこれくらいでなくちゃね。


6/4・日
 未明に「プレコール持続性せき止めカプセル」という市販薬の残りを探り出して漸く投与す。余り効くとも思えないが、要は心の持ちようである。一日二回。一回一錠150円。乾坤一擲である。また家人は吾人が度度風邪を引くことに例によって立腹しているらしい。こういう時でも薬を探してもくれない。つくづくどうしようもない冷酷な親である。
 薬が多少利いたのかは知らないが、咳はやや収まる。続続と痰が出ることと喉の痛みと鼻は相変わらず。午後は三十七度五分。午前午後と呆然とす。自室でうんうん唸っていると、急ブレーキの音が。慌てて出て見ると、近くの四つ角でお爺さんの運転するタクシーが、更にお爺さんの運転する自転車を引きそうになったとのこと。どちらかが一時不停止なのだろうが、方向から見て悪いのは後者だろう。まあ何とかぎりぎり当たらなくて佳かった。昼は御粥。夜はコンビニの冷やし中華。治ると思ったが、案外治らない。ウイルスが強力なのか、此方が弱っているのか。


6/3・土
 朝方は大量の鼻水と寝汗。例によって夏風邪は発熱しているのか、部屋が暑いのか判別付かず。一日蟄居す。午後になればなるほど、寝れば寝るほど悪くなる。質の悪い咳も出始める。夕方三十七度三分。節節も相当痛い。
愈愈吾人もダウンして仕舞えば、稼動人口はゼロとなる。中華屋も蕎麦屋も寿司屋もとっくの昔に廃業しているから、出前を頼めるものなどピザ以外にはない。病人に食える訳もない。止むを得ず、家人は痛みを堪えて買い物に行く。昼は肉まん、夜はコンビニ食。どちらも二三百メートル先の店である。すっかり油断をしていたが今回の風邪もかなりの規模である。本当によく風邪を引く。


6/2・金
 何だか小咳が出る。寝ても起きてもまだ眠い。午前午後と漫然とす。午後遅目に出社。抗ヒスタミンで頭がぼんやりするも、最後まで担当して退社す。こういう体調の日は頗る難しい。職場の近くで飲んでいると、うっかり人に誘われたり出会ったりして、我儘が通せなくなる恐れがある。かといって其のまま大人しく帰るほど具合が悪いわけではない。ということで、中間地点の祐天寺の立ち飲みBに寄る。従業員は顔見知り程度だから、多少は構って貰えた。
すると若者集団が居て大声で騒いでいる。最近としては珍しい光景である。其の内に、煙草を振り回して灰を撒いたとかで、たまたま隣に座っていた女性陣が激昂するに至る。若い女はメニュー表を投げつけ声を張り上げ、抑える筈の年増の方も同調して声を荒げている。いやしかし此の二人組、よく怒るね。何だかにわかに店内は緊迫し、常連風を吹かしている吾人も帰るに帰れない雰囲気となる。
しかし不思議なもので激昂したらしたで、若者側が素直に折れ、何時の間にか何だか楽しそうに飲んでいる。酒は狂い水と同様、和解水でもある。まあ吾人もどちらかというと普段はあちら側の要員なのだが、今日は一人で飲んでいるから、こちら側でゆっくり観察させて貰えた。予定より三十分は余計に掛って帰宅す。帰宅後直ぐに就寝。


6/1・木
 未明に通り雨。水滴と共に冷気も降りて来て、少し涼しくなる。午後も一雨あった。夜はいい厚揚げを遠くのスーパまで買いに行き、麻婆豆腐。併し朝から晩まで異様に眠い。夜になり喉の痛みを覚える。どうも喉風邪の模様。鼻をやられ、次に喉をやられるという何時ものパターン。抗ヒスタミンを服用し、厚着をして早目に就寝。そういえば数日前、嫌な咳をしている人と出合ったが、咳の音は覚えているが、何処で出合ったのか思い出せず。
 それにしても、そもそもの政治主導というものは、決して悪くはない筈である。しかし同じ政治主導といっても、H首相が進めようとした基地移転に際してはあらゆる省庁のあらゆる官僚が寄って集って頑強に抵抗したのに対し、Aに対しては唯唯諾諾、それどころか言わずもがなの忖度理解で勝手に事を進めている。これぞ究極の政治主導、官邸優位である。つくづく、何かが何処かで引っ繰り返って仕舞った。悪夢のような政治主導である。