2019年2月

2/28・木

 朝方にシロは大喧嘩。相手ははぐれオスのこげ茶だな。目尻にかすり傷。猫パンチを喰らったよう。早速抗生剤を塗り込む。昨日からずっと小雨。午後は本降り。103はエアコン工事。旧三洋機も交代さす。

 事前の楽観論が吹き飛ぶ感じで米朝会談は物別れに終わる。制裁の全面解除を求める北に対し、核の全面放棄で応えた模様。ハードルが一気に高くなると妥協は難しい。謂わば北の答案にT先生がゼロ点を付けた格好だな。となると足取り重い北帰行である。北にはもう穀物がないらしい。つまり時間がない。人民が飢え死にする前に早く再提出すべきである。

T先生の会見を全部見てから遅目の出社。併しなかなか生徒の尊厳を落としめないいい所見だった。三度目があることを切に願う。併しこうやって改めて見るとT先生も只の大馬鹿物ではないな。さてさて中一の数学。期末試験も終わり、一番やる気が抜ける頃である。其処で数学検定でもやらせようと思った。ホームページから出すとA4が何枚も。紙が勿体ないので此れをB5に縮小し、B4両面に吹き付けようとしたが、何だか巧く行かず。死屍累累。吾人のコピー術も落ちたものだと思った。「私、(コピーでは)失敗しないので」が吾人のモットーだったのだけど。認知症だな。夜まで小雨が残る。往復ぎりぎり自転車運転可能圏。立ち飲みBとドライブで休憩。帰宅は十一時半。こうして二月も終了す。

 

2/27・水

ところで最近街で目に付くのは何とかイーツの配達員。そもそも出前をやってくれる店が殆ど無いのだから、巧い所に目を付けた商売だと思う。配車サービスがタクシー運転手の食い扶持を荒らすのに対し、此方は新たな価値を創造したと言えよう(しょぼい物を自炊されることが一番GDPを下げる)。スマホが生んだ数少ない新事業かもしれない。此れも外資なんだよねえ。

午後出社。授業は控え目にして事務作業。例によって膨大な学校パンフ類の分別廃棄。退社後は取り敢えずBへ。天屋先生とも会う。先日の非礼を詫びようとIへ回航。併しひょんなことから政治の話になり、駄目だと分かっていても熱を帯びる。中朝韓と断交も辞さずという先生とはなかなか話が噛み合わない。ネトウヨ話法である。株高の恩恵も受けているようだし、Aへの支持は揺るぎがないよう。可笑しいな、他は極めて常識人なんだけどね。夜から小雨。濡れながら帰った。

 

2/26・火 

 やる気が起こらなくて三日間放置していたが、税理士からの質問状の答えを探る。色色と思い出したり、コピーを作ったり、領収書や請求書や契約書類を掻き集める。項目別に纏めたら家中のクリアファイルが無くなった。昼には発送。日中曇る。昨日よりひんやりするも花粉酷し。家人が渋谷で買って来たとんかつ、冷えて固まり食えたものでは無し。

 北の委員長は鉄路ベトナム入り。在来線の線路は何処までも続いているから其れも可能である。流石に機関車は付け替えたのだろうが。長征の思い出作りだな。彼我の沿線風景の余りの違いに気が付いてくれるといいが。

 

2/25・月

 グレの捻挫はだいぶ良くなる。朝は曇り。昼から晴れて暖かいというより暑くなる。ぼんやりしつつ午後千寿に出校。吾人の今年度の出勤は本日で終了の見込み。割と気さくな高校一年の女の子とも、何も余計なことを喋らない中三女子ともお別れである。なおS子先生は三月末での廃業を検討しているとのこと。中二の生徒はそれなりに居るようだが、どの道ジリ貧だろう。とうとうそうなるか。となると今生のお別れかもしれない。

でも家賃などの固定費は安いのだからやり方次第では十分生き残れると思う。そのやり方を間違い続けているからなぁ。まずあの教え方を反省すべきである。一旦ゴミを片付けてもう一度やる気になって下さいなどと言って退出した。吾人も月に二回くらいなら行ってもいい。大橋の自動化寿司で暫し黙考す。でも周りの行いが悪くて集中できず。大体帰り方が宜しくない。皿は色別に分け、飲み物の容器を纏め、山葵の袋などのゴミは集めてから会計係を呼ぶべきである。安い寿司だと碌なお客が居ないな。中の人も癇癪を起こして悪戯に走る訳である。

 

2/24・日

 朝から富士そば、昼はココイチに行き、昨日の飢餓状態を解消す。午後も漫然とし、夜は厚揚げ麻婆。朝晩は其れなりに冷えるがすっかり春の装い。庭梅も満開。県民投票は反対多数。投票率も五割超え。此の民意をどうするのだろう。第一、新基地の建設には膨大な費用が掛かるのである。

 

2/23・土

 一日晴れ。まず市ヶ谷まで地下鉄に乗る。鳳生大学の古い校舎が愈愈最後だというので見に出掛けた。月波君と合流し、復刻メニューで賑わう学生食堂にならぶ。以後思い出探し。校舎は55年館と58年館と言う。市ヶ谷永遠再開発により四月以降解体されることとなっている。吾人が入学した当初はクーラーがなく、矢鱈と遅いエレベーターに閉口したもの。いざなくなるとなると寂しいものだな。新歓のビラもよく貼った。授業中に自治会がアジ演説をしたことも。あの頃一緒にいた語学クラスやサークルの仲間たちは元気だろうか。

続いてシンポジウムに参集。和服の総長の後に芥田先生も登壇されたが、喋る時間が十分程度ではまるでエンジンが掛からなかった御様子。なお此れが旧校舎で行われる最後の講義と言う触れ込みである。833教室も満席という盛況ぶりであった。鳳生大学も立派に上智青学化した。まあ世の中全体がそんな感じだなぁ。もうサークル文化もスクールカラーもなくなったか。

 いやしかし、一時間半もじっとしていると疲れた(一斉授業など聞いていられない)。後半はキャンセルす。月波君と別れて本務校に回航。定期試験前の補習授業である。といっても講義方式ではなく、各各銘銘、森羅万象とまではいかないが有象無象の質問に答える。此方は江戸時代の寺子屋だな。併し一旦出勤すると次次に生徒が押し寄せ容易に退出できず。結局九時半までの勤務となる。

掃けた後に急いで中華立ち飲みに行く。常連客の一人が北海道に帰るというので送別会が催されている。大幅に遅れて行ったので二杯飲んだら即解散。其れでも3500円も請求される。おまけに会いたくない人には合うし、他言は出来ないが色色と散散な状況に。場を天屋先生に預ける。自転車もバスも無いのでタクシーで離脱。運賃(1770円)は大貧学院支給のスイカで支払わせて貰った。帰宅後中量飲酒。

 

2/22・金

 何とか平和賞に推薦したり、即位した新天皇に早速会せるように差配したりと、T氏への迎合ぶりが目に余る。こういうのを俗に○○のポチと言うのだろうが、せめてタマぐらいには成れないものかな。我儘を言って少しぐらい困らせてやりたい。でも既にアメリカ自体が大きなトラだからなぁ。ニャンニャンニャンで、今日は猫の日である。それにしてもAの在任日数は歴代二位だという。小選挙区制の定着(党内の統制)、対抗野党の壊滅、国民の批判精神の消滅、色色な複合要素がある種の真空状態を生じさせ、Aを異様に膨張させているなぁ。

 まあまあ晴れた。既に春の陽気。昼から「ポコポコ」の新ステージ。スマホをやるのも此の時ぐらいと暫し熱中す。またグレは矢張り見当たらず。空き家の二階の押入れに潜伏しているところを漸く見つけ出した。まだ治っていない感じ。抱いて下ろして餌を食べさせた。再び税理士から質問状が届く。多額の現金を何に使ったのかと。色色と調べ直したが、例によってよく分からない。お札に色は付いてないものな(「北の国から」に出て来る泥付きの壱万円札を除く)。先週のゴマダレが残っていたので今週も牛豚のしゃぶしゃぶ。

 

2/21・木

 今度の改定で一段と車内販売がなくなる。「北斗」「踊り子」「やまびこ」は廃止。「あずさ」も弁当は売らなくなる。地方の駅弁屋は益益困るだろう(特に長万部のかにめし)。NREなどに任せるのではなく、いっそ駅弁屋自ら乗り込んで売ってくれないかな。飯時限定、区間限定、個数限定でいいから。上りと下りで行ったり来たりすれば一人で何本も回れる。効率的なダイヤをマニアさんに作って貰えればいい。

朝方は芙蓉の植え替えと大楓の剪定。続いてグレを獣医へ搬送。掛かりつけの女医は休診日なので、四丁目の診療所に連れて行く。院長先生以下三人掛かりで触診してくれたが、取り立てて問題はなさそうとのこと。痛み止めを一本打って三千円。初診料込みだから案外安かった。午後出社。退社後はBと中華へ。久久に天屋先生と話し込む。

 

2/20・水

 朝から晴れて暖かい。捻挫したグレを獣医に見せようと思ったが容易に姿を見せず。昼飯を食おうと思ったら植木屋さんが来て立ち話し。午睡しようと思ったら税理士から長電話。其のまま出社。金参万円受け取る。中三の受験指導は本日が最終日。此の学年は真面目な子が多く、今一つ印象が薄い。Bから帰ろうと思ったら二度目の通り雨。帰ったら家人が入浴する所。何もかも少しずつずれた一日であった。

 

2/19・火

 朝から曇り。さてさて本年二度目の税務署に参る。予想に反して空いていた。待ち時間殆ど無し。ガラガラの部類に入るだろう。申告は二日目に限ると思った。また今年から口座振替にしたので身を引き千切られるような痛みも無し。炒飯を食べて其のまま帰宅。昼から小雨がパラつく。此の天候のせいもあるのだろう。正に天佑。午後は漫然とす。夜はスーパーの総菜など。

 こうして折角毎日日記を付けているのだから、過去の確定申告を顧みてみようと思う。自分で自分の日記を検索す。すると昨年は吾人が初日申告で中行列。一昨年は期日間際で大行列。三年前は亡父とタクシーを仕立てて赴き色色と誤りを指摘されている。四年前は両家人に任せていた。五年前には記述すらない。六年前はリニューアルに伴う費用を減価償却費に入れるかどうかで悩んでいる旨があるが申告そのものは亡父がやったのだろう。実に正しく隔世の感である。

 

2/18・月

 未明に覗くとグレは何時の間にか帰って来ていて餌を食べていた。此の猫は一晩に何度も起こしに来ることがあれば、今日のように丸一日姿を見せないこともある。つくづく自由猫である。

 朝から晴れた。まず住宅メーカーから送られて来た解体と建築に向けての合意書を優子さんに転送。叔母叔母従妹三名分の署名と捺印が必要。さてさて愈愈確定申告である。吾人の申告書を仕上げる。亡父が受け取る筈だった不動産所得二ヶ月分の二分の一が増加する一方、昨年の給料収入は44万円と言う恐るべき数字が出て来る(此方の所得はゼロ判定)。まあ何しろ昨年は週二回半(週当たり十時間程度)ぐらいしか出ていない。最低賃金程度は貰ったことになるのかなあ。もう腹も立たず。納税額は三万円余り。少ないのかなあ。まあ固定資産税とか都市計画税とか相続税とか修繕に纏わる消費税とか、個人としては酒税と社会保険料国民年金基金まで)も沢山支払っているから所得税はこんなものにして頂きたい。

一方グレは昼過ぎまで小屋でぐっすりと。余程疲れていたらしい。一体何処で何をしていたのだろう。迷っていたのだろうか。よくよく見ると動きが悪い。左前足捻挫の模様。猫は弱ったところを見せたくないというから何処かで隠れていたのだな。兎に角経過観察することとする。103は壁紙。

午後出社。神保町に途中下車。「みすず」読書アンケート号と『何が私をこうさせたか』。こう書くと金子みすずの自伝と勘違いされそうだが、金子は金子でも文子の方である(二人とも明治36年生まれ)。序でに岩波の『朱子学陽明学』。千寿校は相変わらずのゴミの山とパワハラ指導。みんな纏めて「トントン」に持って行って貰いたいと願った。退社後は徳俵に滑り込む。今回ばかりは三顧の礼が通じた。先生崩れが割烹くずしで飲む。いいではないか、よいではないか。でも結構高かった。日本酒を奮発したので四千円余り。帰り掛けは文子の書。いや併し壮絶な児童虐待の記だな。着く頃には酔いもすっかり醒めた。目も鼻も何だか少し変。また花粉の季節である。

 

2/17・日

 御昼前にはまあまあ晴れた。徒歩や自転車であちこち買い物したくらい。食欲がなく、昼は「日清チキンラーメン」のみ。開発話が公共放送で取り上げられて最近ブームである。久久に食べてみると昭和三十年代の素朴な味。此れが当時三十五円したという。今はスーパーで八十円程度。

駅前商店街の猫餌やアルコール類を買っていた店も月末で閉店するとのこと。寂しくなるなぁ。少し話ししたが、中中黒字にならなかったらしい。皆さんどうするのだろう。此れで一般小売店は全てチェーン店となる。家賃が高すぎるから街が詰まらない。夕方になりグレを朝から見ていないことに気が付く。呼んだり探したりしたが成果は無し。家人共共心配す。

 

2/16・土

 朝方は録って置いた「ヤマト2202」の第二十話。白い彗星が新たな解釈で以て攻めに来ている(但し深夜帯の放送なのでひっそりと)。愈愈ズォーダ大帝の真の狙いが明らかになるのだが、其の分理屈が複雑になっていて、朝の頭を以てしても一度見ただけでは理解できず。SFアニメも難しくなるな。評論家による解説が必要だと思った。此れも平成三十年間の厚みである。続いて「日本ボロ宿紀行」第四話。昔のファンが出て来て一行を激励す。少し自信が出て来たのか歌謡ショーにも漸く人が集まり始めた。ホロリとさせる佳い内容だった。あのホーロー看板の宿にも泊まってみたい。こうして気が付くとテレビ東京ばかり見ているな。

 よく晴れて暖気も入って久久に暖かい。昼は「誠屋」。大盛りでも余裕で食べ終えた。矢張りラーメンは格闘の心配のないものがいい。其のまま大関へ。腰の曲がったエライ婆さんたちが籠いっぱいに買い込んでいる。年金が出たからかな。午後は漫然とす。夜は「ブラタモリ・パリ編」。オスマンによる都市改造に吃驚していたが、あれは共和派がぶっ潰された結果なんだよね(革命家には細細としたアジトが必要)。手放しに称賛できない(此の国の再開発にも)。またTさんはせめてバリアかフェンスにしましょうよという議会の妥協案を拒絶。あくまでもウォールを作れと言う非常事態宣言を出す。比類なき暗王、いや暗帝? まあね、東アジアの一住民としては米朝交渉だけでも成功させて欲しい。此方には「滅びの方舟」を出さないことを期待してます。よっ、大統領!

 

2/15・金

 給料の統計には官邸から明確な横槍があったらしい。突っぱねるほどの官僚はいないだろうな。粉飾統計。矢張り故意犯だった模様。飯田のかぶちゃん村も副村長が亡くなる。恐らく先代がやって居た頃は正業だったのだろうが、息子さんがインチキ投資会社にして仕舞った。多少は責任を感じていたのだろう。儲からない、成長しないということを受け入れなくてはならない。大体此のデフレ経済の下、現状維持できれば十分である。また何とか家具もいよいよ危ない。此方は娘さんが潰したな。重く曇って非常に冷える。103は漸く電気工事。明らかに工事のペースが遅い。あらゆる工事屋さんの手がいっぱいの模様。晩は牛豚のしゃぶしゃぶ鍋。十時半就寝。

 

2/14・木

 まあまあ回復す。漸くセメントの塗り込み作業。エライ年配の人が一人でやって来る。何次下請けになるのだろう。人手が足りないのだな。半日で終了。乾くのには数日掛かるらしい。また仮板を渡す。薄曇りで結局寒い。午後出社。中一には図形の要点を纏めた渾身の手書きプリントを配布したが反応薄し。金五万円受け取る。退社後はBとIで一二杯ずつ。

 

2/13・水

 大量に睡眠を取ったが体調は今ふたつ。併し長時間寝ていると羽毛布団がどんどん寄って仕舞って本当に困る。180度回頭させるより手がない。結局今日も曇る。太陽が出ないと頗る寒い。生憎家人は熱海へ。午後は少し晴れたが体調も良くないと何もする気が起こらず。本日欠勤。何となく鬱状態。ラジオもテレビも病気の事ばかり。

そこでユーチューブでゴミ屋敷を片付けるなんて動画を視聴す。「片づけトントン」という会社の作品が面白い。みんなよく動いてよく分別している(特に作業中の軽口がいい)。こういうのを見ていると少しやる気が出て来るかもしれない。隣の家ももうふた片づけしなくてはならないなぁ(其れにしても何年掛かっているのだろう)。拙宅の敷地以外には一歩も出ず。夜は冷蔵庫の中身を消化器官で片付ける。

 

2/12・火

 久久に朝から良く晴れた。午前中に若頭が来て103号室の検分。此の部屋は次世代型リニューアルを施した第一号なのだが、竣工から六年も経つと壁紙がもう駄目である。壁スイッチの増設と共に張り替えを依頼す。直す傍からどんどんと老朽化す。不動産賃貸業とは例によって不動産修繕業である。

偶にはこってり味が食べたくなって、梅が丘まで遠征。初めての店である。直ぐに入れたのは良かった。学生さんは春休みだからね。働くおじさんたちと共に麺をすする。でもあの小加水のワシワシ麺はよう食べられない。二郎系とも愈愈卒業である。麺やモヤシと苦闘している内にすっかり曇る。結局寒い。買い物は一便。何だか心身ともに冷え切った感じがする。夜はスーパーの鰹刺し(300円)。千葉ではもう鰹が揚がっているらしい。初鰹である。こうなると海外産の白ワインより日本酒だな。紙パック入りの吟醸酒を合わせた。水泳選手は重大病を告白。東京湾の倉庫では火災が発生。死者複数。人生とは常に理不尽だな。

 

2/11・月

 幸いにして宿酔は無し。朝から富士そばのラーメン(420円)。ちなみに明日まで入れると五連休なのである。排水管の修理も終わったから何処かに行こうかと思った。併し寒いから何処にも行けず。特急か急行に乗って山の出で湯にでも行きたいのだけど何しろ一人ではねぇ。

昼は西太子堂の古い店で炒飯。こういう職住一体型の街中華の店も少なくなった。幸い店主は代替わりしたようであと数十年は大丈夫だろう。680円は少し高いけど応援金込みの価格だな。一日寒く、取り立てて無為。夜は冷凍食品他。

うちで家作を建てれば三十年間の家賃は保証しますという会社が問題となる。大体家賃が三十年も維持されるというのもあり得ない話しだが、建てた段階で既に手抜き工事だった。数千人を引っ越させての改修工事が必要。こりゃ大変だな。つくづく楽して儲かる仕事などはない。

 

2/10・日 

 御隣りで飼われていた三毛猫も亡くなったとのこと。其の猫は何回か見たことがある。大人になって捨てられたらしく拙宅の餌を食べに来ていた。愈愈体調が悪くなったところで御隣りの若奥さんに保護されていた。此の数年で色色と医療費が掛かっただろうが幸せな最期だったろう。そう言えば最近は他猫を見ることは殆ど無い。野良猫が減ったことは基本的には喜ばしいが、こうして猫を切っ掛けに親しくなった近所の人も結構いる。今風に言えばコミュニケーションツールだな。此れも完全家猫では駄目だな。表に出なくては。

鷺乃間君におうちにお呼ばれしたので出掛ける。まず東横線で日吉へ。降りて見ると制服姿の男子生徒で溢れている。そうか今日は私立高校の入試日であった。天下の京王ともなるとまだまだ一般入試が主流だろうね。大勢来ている。でも未だに二月の十日と言うのはしっくりこない。吾人の頃は十八日であった(確か高田馬場の方を受けた)。都立高校の試験が前に倒れて私立も早まったと記憶している。

 駅前の学生向けの食堂でチキンカツカレー休憩。800円もしたが大したものでは無し。京王価格だな。さてさて此処から地下鉄には乗らずに徒歩で移動す(一日平均八千歩は歩かなくてはならない)。日吉の郊外を歩くのは初めてである。ピカピカの港北区と言っても此の辺りは古い街だから、もの凄く狭い所を大型の東急バスが通っていて驚く。道は簡単には直せないよな。丘陵地帯だから自転車も余り役に立たない。少し歩くと畑なども出て来る。一時間ほどで高田付近に到着。近くのスーパーでつまみ類も調達。駅で坪上君と月波君と合流。四時頃から飲み始めた。以後延延と大量飲酒。妻子の居ぬ間に何とやらである。一応子どもさんにはぬいぐるみ等を差し入れた。

鷺乃間君にしろ坪上君にしろ社会の中堅クラスになりつつある。部下には鳳生大学の後輩もいるらしい。若い人とはつくづく話が合わないとのこと。特にビラとか立て看板とか批判精神とか、鳳生大学の上智青学化を防ぐことの重要性について、若い人は殆ど理解が及ばないと口口に言っていた。つくづく時代が変わったかな。帰り掛けに客の居ない焼肉屋のような所で総仕上げの中量飲酒。ふらふらで地下鉄と東横線へ。同じ世田谷の坪上君と碑文谷からタクシーに乗って帰る。二千円先払い。ちなみに坪上君の家より拙宅は大部手前(800円付近)。まあ本日は自らの足で既に数百円の価値を創造しているから実質負担増は800円くらい。酔っていても金勘定は出来るのである。

 

2/9・土

 何とかタウンという衣料品通販会社の社長はツイッターを止めて本業に専念するのだという。確かに一億円を配ったり、月へ行くだの行かないなどと業務以外のところで目立っていた。恐らく本業も傾いているのだろう(最近段ボールが出ていない)。それにしても、何とか衛門にしろ、此の人にしろ、凡そ経営者としての哲学も何もない感じ。日本からはこんな経済人しか出て来ないのだから何だか情けないなぁ。

 朝から小雪。北海道は大寒波だという。電気は足りるのかな。九州で余った電気を中国送り、中国の電気を関西に送り、関西の電気を中部に送っても、中部の電気を東電には大して送れない。つくづく明治期の失敗だな。取り立てて無為。

 

2/8・金

 再びの冬型。午前中は不動産屋さんへ出向き、空き家の解体に向けての協議。持ち主の一人である温子叔母さんは成年後見を付けているから、手続きが面倒かもしれない(裁判所の許可がいるらしい)。また分割協議もどうなるか分からないが、兎に角やれることはやれるうちに進めておこうと思う。午後は次第に曇りどんどん冷える。夜は水炊きにした。

 全国的に火災が多い。町内会の掲示板にも電気ストーブに注意と貼り付けてあった。未だに使っている人も多いのだろう。裸火と同じものは本当に危ない。早く法律で禁止した方がいい。エネルギー効率も良くないし。

 

2/7・木

 昨夜から晴れた。朝霧あり。引き続き汚水管の取り換え工事。掘り出された旧管を見ると其れほど劣化しているようには見えず。但し下部がざらざらとなっている。此処に引っかかるのかな。また斜度も今一つ足りていないのかもしれない。排水は電気や上水やガスとは違い圧力ゼロの自然落下の世界だから、敷設には細心の注意を要す。二時過ぎには新管を埋めて上に砕石を敷き詰めるまでの作業が完了。以後片づけと確認。少量の水でもさらさらとよく流れた。再び板を敷いてコンクリート打ちは後日と言うことになる。三時過ぎには終了。

午後は南風が吹いて暖かい。其のまま通常出社。中一数学は立体の表面積や体積へ。例によって球の公式に疑問は集中す。そりゃまあ、錐の体積が柱の三分の一になるというのは、実際にやって見たらそうなったという経験論的説明が、扇形の面積が弧の半分に半径を掛けるというのは、物凄く奇特な人が居て、壮絶な執念を以て扇形をスライスし互い違いに並べたら驚くべきことにほぼ長方形になっていたという絵的な説明が可能だが、球の場合はどうにも説明の仕様がない。どうにも説明できないものは高校の積分にお引き取り願いたいと思った。丸暗記は理不尽である。退社後は立ち飲みBへ。外国人材が揃って居ない。となると国内人材を総動員してもてんてこ舞いである。成程、みんな旧正月で国に帰ったのね。こういうところで春を感じるとは思わなかった。更に碑文谷でドライブ休憩。

 

2/6・水

 朝から午後まで雨。最後の朝のお勤めの後、愈愈工事開始。専門業者さんが来てコンクリートの三和土をエンジンカッターで切っていく。続いて削岩機で叩き壊す。土木工事である。二時間半程度で一段落。見てみると汚水管より浅い所に何か走っている。ガス管か水道管か。以後手掘りとなる。その下を通すので何だか大変そう。ハラハラするから素人は見に行かないことにした。

半分くらいまで作り替えて本日の作業は終了。仮の板を渡すところまで見届ける。暗くなる頃に出社。何だかガス管のようなものが気に掛かり授業に集中できず。何しろ家も人も古いから次次に亡くなるか壊れるかしている。此の所ノイローゼ気味である。もっとインフラの力を信じなくてはならないな。其のまま退社。再度工事現場を見回った。

 

2/5・火

 千葉の野田でまた児童虐待死事件。父親は態態会社を休んでまで暴行し続けたというから恐ろしい。暴力には依存性があるのだな。こういう暴力のプロに対して学校の先生や教育委員会児童相談所などの堅気の衆は敵わない。専門家に頼むしかない。都下ならば桜田門の生活安全課だな。捜査一課の出番になる前に何とかしなくては。一転して曇天。結局寒い。昼は三丁目のとんかつ弁当(770円)。久久に旨いかつを食べた。他は時時『方丈記私記』。

 

2/4・月

 未明は南の大風と小雨。引き続きあと僅かになった朝のお勤めとゴミ拾い。序でに近所の広場も見て回る。例によってゴミが落ちている。すると其のゴミに張り紙がしてあって、ゴミを捨てた人を激しく罵る言葉が書き連ねられていた。誰が書いて態態貼り付けるのだろう(新手のヘイトスピーチか?)。そんな面倒なことをするより拾って捨てればいいのである。ものの二分で終わる。他人を攻撃するより黙って善行を積んだ方がよっぽどいい(善行から極楽寺行きの記念切符を作れば沢山売れるぞ。小田急江ノ電。片道460円)。

続いて落ちていた子ども用パスモを交番へ搬送。此方は七分掛った。其の後庭猫の巡回。珍しくシロがくしゃみをしている。猫インフルエンザか? 元気はありそう。詰まり花粉症だな。大体単独性の動物は感冒には罹らないだろう。更に空き家の点検。すると二階にまでグレが入り込んでいて寛いでいた。床下の割れ目から入ったよう。もうすぐ此処は壊すからねと言い聞かせながら抱いて下ろす。

 朝はレトルト御粥、昼はスーパーのかつ丼カップ麺。処置が早かったから胃も既に全開である。午後千寿校に。S子先生は鬼の霍乱でお休み。鬼の居ぬ間に少し片付けしようと思った。幾つかの箱を畳み、賞味期限を大幅に超過したペットボトルの御茶三本と、野菜ジュースを二缶処分したところで時間切れ。大体捨てる場所がないのだから捗る筈もない。少しずつ持って帰るしか手がないな。

ところで此方の高校数学は、箱髭図とか標準偏差とかの統計の基礎に突入。中中難しい(高校で習った覚えがない)。統計は国家の要諦(とのこと)。大学の教養課程にはあったのかな。文系は統計学が分からない。退社後は「大江戸」で軽く摘まんで帰った。夜は既に寒い。

 

2/3・日

 偶には昼酒でもしませんかと言う訳で、横浜の中華街まで出向く。参加者は月波君と客乃間君。客引きに言われるまま食べ飲み放題の店へ。安いから大したものが出て来ない。結局の大量飲酒となる。二時間で店を出され、山下公園で暫時休憩。海を見てみると双胴型の珍しい船が居る。確か夏ちゃんとか言ったな。青函航路に鳴り物入りでデビューしたが、燃料費が高くてあっという間に廃止になった船である。今は防衛省絡みの会社が保有していると聞いている(軍備に採算性は問われない)。画期的な新型高速船であったが商業ラインには届かなかった。新技術が定着するとは限らない御手本のような話である。其のまま桜木町の地下街まで徒歩連絡。此処(ぴおシティ)もミニ新橋みたいになっている。更にもう一軒。七時過ぎにふらふらになって帰宅。一眠りしたら大変な胃痛に。今回は早めに戻した。

 

2/2・土

終日晴れ。家人は鎌倉へ。取り立てて無為。家人が買って来たスーパーの弁当の御飯が不味くて全量廃棄。炊き損なっているな。こういうものを売られてはフードロスゼロと言う訳には行かない。

 

2/1・金

 ネットで知り合った男性に会いに行った女子大学生が遺体で見つかる。余りこういうことは言いたくはないが、男と言うものは大変な危険な代物である。どんなに時代が変わっても、頭の片隅以上に置いておくべきことである。勿論出合いの可能性を否定はしないが、一個師団とは言わない、一個連隊を引き連れて行くぐらいの覚悟で臨まなくてはならない。また有名写真ジャーナリストもセクハラにパワハラで全身火だるまに。権力は腐敗する。其れが体制側であろうと非体制側であろうと。

 朝から晴れた。北風強く。先述の火災保険料を支払いに行く。送られて来た振込用紙はコンビニ専用。併し何枚も大枚を預ける所ではないんだけどね。つくづく現金は危ない。午後信託銀行の人が来る。来たのは切れ者風の課長代理と傍系の不動産会社の方。要は全部若しくは半分くらい売却しませんかという提案であった。色色と書類も作ってくれたようだが(出て来る数字はもの凄い、富士そば数十万杯分)、此の土地は売りませんぞ。此処だけの話だが、拙宅付近の地名は頼朝に関係がある。安堵された大正以来の土地を一所懸命に守り抜く所存。只管に草取りと朝のお勤めを果たすのみであります。晩食は適当鍋で適量飲酒。十時就寝。