2016年7月

7/31・日
 朝から知事選挙に参る。老家人も行くというので、見送りに行き、また出迎えに行った。併し時速一キロぐらいでしか歩けず。投票に行くのも這う這うの体である。其れに朝から既に結構暑い。殊に真夏の選挙などづくづく迷惑であると思った。ところで世の中には、「はじめてのおつかい」という人気番組があるらしいが、其れに準えるなら差し詰め「さいごのせんきょ」ということになるだろうな。要支援レベル一で此の有様である。投票率が伸び悩むのは、投票所まで辿り着けないほどの高齢者が激増していることもあるに違いない。郵便か出前投票も、もっと考えた方が佳い。
 昼は国道脇の中華食堂でラーメンとミニ中華丼のセット、七百円。近くにスーパー大関があるので、鰹と牛肉を買って帰る。例の事故以来、国産牛には番号が振られている。1350757093。其れによると、茨城出身の雌の交雑種で、誕生日は二年前の四月二十七日。常総市内を一回転居し、命日は今月の十一日。斎場は筑西市の加工場。こういうことまで分かるだけに、有り難く頂かなくてはならないと思った。午後は晴れたり雨が降ったりと、目まぐるしいお天気。


7/30・土
 自転車で転倒した与党のT幹事長は其のまま辞任の方向らしい。なかなか復帰しないのは、Aの面倒を見るのに嫌気が差したからだと勘ぐっていたが、案外本当に重傷とのこと。自転車の運転にはくれぐれも注意したい。
朝からからりと晴れた。流石に昼は暑かった。隅田川の花火大会。テレビ桟敷で少し鑑賞す。幸いゲリラ豪雨もテロ攻撃も無く平穏開催となる。家人が体調を崩したので、夜はスーパーの鉄火丼等。


7/29・金
 朝方は御飯半膳に炒り玉子、味噌汁。梅雨明けしたので乾いた晴れ。それでも日中三十度そこそこだから、許容範囲である。御昼に出社。以後ずっと授業。下らないおじさんたちに絡まれたくないし、また三週連続で大将の密会にお邪魔する訳にも行かない。其れにそもそも胃腸の状態が宜しくない。退社後は、其のまま帰宅す。飲んで無くなる筈の御金が少し浮いた。碑文谷の本屋でМ先生の新著「国富論」を入手。冷凍餃子に麦酒一缶のみ。小食寡飲に努めた。併し食後によくよく読むと、『国貧論』であった。現状認識としては此方の方が正しいと言えるだろう。


7/28・木
 概ね晴れ。朝方はくしゃみと鼻水酷し。関東まで梅雨明け。両家人と共に伯母の様子を見に行く。前夜から発熱したというが、伯母は静かに寝ていた。一時間程で戻る。往復タクシー利用。今までは近くの通りまで拾いに行っていたのだが、今日はスマホのアプリで呼んで見ることにした。迎車料金310円が余計に掛かるが、比較的ちゃんとしたタクシーが来たから佳い。午後も晴れたが、気温は三十度程度。大して暑く無くて助かった。但しお腹の調子が良くなく、何度も上厠す。


7/27・水
 事件から一夜明け、容疑者の身辺については洪水のような報道がなされる。一方、被害者の情報は大まかな年代と性別が出されたのみ。施設が施設なだけに、プライバシーに配慮して報道は自粛と言う方向なのであろう。併し亡くなったり、傷つけられたのは、名前を持った個人である。名付けた親も居ただろうし、彼若しくは彼女を取り巻く人人もいた。語られるべき何かしらの人生もあった筈である。名前と年齢、簡単なプロフィール程度は、許される限りに於いて報道されるべきであると思った。そもそも、人を十把一絡げの名無しの集合体として捉える発想が、此の種のテロ事件を生み出す。容疑者の狂った主張に対抗するという意味でも、公表することには断固とした意義がある。
 一日曇り。今日も涼しい。御昼に出社。残念ながら今日も中学理科である。例によって得意の地学分野のみ指導す。以後八時半までずっと授業。言語機能が消耗したので、其のまま帰宅。夜も地震


7/26・火
 相模湖の施設で大事件。人数的にも戦後最悪となる。所謂、個人的テロと言うやつである。併し容疑者は元職員だという。つくづく職業適性がない人を雇ってはいけないと思った。併し人を襲うぐらいなら、話題のゲームにでも現を抜かしていて欲しいとも思った。午前中は曇り。午後から次第に雨。依然として涼しい。昏昏と午睡す。


7/25・月
 万代伯母の使った医療費の一部、一万四千円ぐらいが払い戻されるという通知が来ていた。医療費が高額になった場合、幾らかは還付される仕組みである。頼みもしないのに御金が戻ってくるあたり、有り難い制度であると思った。一部には、シルバー民主主義などと言って、高齢者の投票率が高いから、必然的に優遇されるのだなどと批判する向きもあるが、大体社会保障制度と言うのは人生の後半にかけてお世話になるものである。
 人生の前半から貧困や格差に直面するようになったのは此の二十年の話しである。元元日本では教育や住宅といった分野は公的支援が薄く、お父さん(男性正社員の世帯主)の稼ぎに多くを依存していた。だからお父さんが急に居なくなったり、給料が下がったりすると、途端に学校にも通えないようになる。無論お父さんの稼ぎが悪くなったのは、グローバル化に伴うお父さんの会社の収益力の低下、非正規雇用化に伴う賃金のだだ下がりと云う事になるのだろう。
 併し経済環境の変化に対応できないのは、個人も社会保障制度も同じである。経済失速と言う一種想定外の危機が訪れたようなものである。昔は恵まれ過ぎた式の世代間不公平を煽り立てるのも正直どうかと思う。人は誰でも年を取るし、年を取ったら必ず社会保障制度の御厄介になるのだし。
 大体曇り。御昼に出社。相変わらず、中学理科はよく分からない。其の上、理数系担当の平政君が、通っている学校に爆破予告メールが来て休講になった講義の振り替え運転があるとかで、大幅に遅れることに。結局、小五と中三の同時運転となる。つくづく迷惑なメールである。よって、週の最初からぐだぐだ状態。げんなりして来たので、退社後は立ち飲みBと其の向かいのラーメン屋に寄って直ぐに帰る。2350円。
 また帰り掛けに通った公園には、見たことも無いような大勢の人人がスマートフォンに夢中になっていた。人が集まる所にはモンスターも集まるようである。併しこういう国民的関心事と云う事は、最近なかった。「何とかゴー」とはエポックメーキングである。でもブームはあっという間に去る。概ね一週間後には半分になっているであろう。


7/24・日
 少し晴れたが、矢張り涼しい。一日無為。丸で伊那か軽井沢のような気候である。準備不足が祟り、T氏は伸び悩んでいるそう。まあ、K氏でもМ氏でも、Iほどの保守強硬路線にはならないだろうと、少し楽観している。


7/23・土
 世人が熱狂しているという「何とかゴー」というゲームを吾人もやってみる。モンスターという名のキャラクターを集めるゲームなのだが、なるべく表に出てやるというのが今までにない趣向となっている。スマホを捨てないで町へ出よという訳である。
 少しやってみて思い出したのだが、確かに、収集というものは面白い。空白だったモンスター図鑑が少しずつ埋まって行くというのは、中毒性を伴う楽しさがある。そういえば吾人も、大昔はミニカーや沿線私鉄のスタンプ、記念切手、最近では一升瓶や四合瓶の蓋やオレンジカードパスネットカードなどと言ったものを頻りに集めたものである。
 恐らく、人間には収集欲というものが備わっているのだろう。併し此処で気になるのは性差である。収集家というものは圧倒的に男性に多い気がする。生徒などを見ていても、カードの類を集めているのは男子だけ。そんな男子に大抵の女子は呆れたような顔をしている。男というものはいつまでたっても幼児性が抜けない。
 ただ収集欲が高まると、もっと珍しい動物や宝物を欲しがるようになる。西欧におけるある種の蒐集熱が探検隊を生み、植民地獲得競争を招き、経済のグローバル化を促進したとは、鳳生大学に移ったМ先生の指摘する通りである。となると、「そんなものを集めてどうするの?」という女子の視点が今こそ、必要なのかもしれないと思った。そういえば吾人の下らないコレクションの幾つかは、家人に悉く捨てられて仕舞ったのであった。
 朝は不二蕎麦で天麩羅蕎麦と稲荷ずし。依然として涼しいので、午後は猫餌を買いがてら、スマホを片手に表に出た。幾つかの新種の収集に成功す。ちなみにゲームでは、モンスター集めだけでなく、街の名所旧跡なども紹介されていて、散歩を楽しめるようになっている。近所のお地蔵さんなども出ていた。而もそういうところに参詣すると、ゲーム上の特典を得られるようになっている。篤く三宝を敬えである。
 ただ、吾人のスマホの機能が不十分で、得意の拡張現実というものに対応できず。実写世界にモンスターが溶け込んではくれなかった。つくづく残念である。いやしかし、ゲームを外でやりなさいとは、今までにない発想である。こういうものをよく思い付くものだと感心す。ゲームの概念を根幹から変える。此れをイノベーションと言って差し支えないのだろう。


7/22・金
 共和党大会ではTを大統領候補に選出。会場では怒号が飛び交ったという。併し此のTという人物、まさか自分が予備選挙で勝利するとは思わなかった節がある。相変わらず演説の中身は空っぽである。恐らく主流派にひと泡吹かせようとしただけだったのだろう。その点でイギリスのEU離脱派に似ていると思った。
 またロシアの陸上選手はオリンピックに出場できず。国を挙げての組織的なドーピングが暴露されていた。それにしてもメダルの数で国威発揚を図るとは、随分大昔の発想であると思った。それに、暗殺や陰謀が未だにまかり通るあたり、此の国の本質は冷戦時代と少しも変わりがないという事実に行き当たる。ソ連崩壊の際に、もっと徹底的に壊しておくべきだったのかもしれない。
 日中二十度そこそこ。午前中は小雨。やませの力は凄まじい。東日本全館強力冷房中である。予想に反し、今年は冷夏かもしれない。電気代と水道代が減って助かると思った。大体、猛暑だと景気には佳いなどとエコノミスト連中は言っているらしいが、本当だろうか。麦酒やタクシーなどへの支出は増えるだろうが、そもそも使えるお金の総額には限りがあるのだから、その分、何か他の支出が減るだけである。それとも、たまたま儲かった麦酒会社やタクシー会社が、雇用や設備投資を増やし、其の御蔭で経済が好循環して行くとでも考えているのだろうか。あの連中は本当に無責任なことばかり言っていると思った。
 御昼前に出社。夜の八時半までずっと授業。滅多に教えない歴史なので、元寇の寇の字を思い出せなかったり、勘合貿易朱印船貿易を取り違えて仕舞った。吾人の脳内も劣化が著しいと思った。退社後は中華立ち飲みに行くも、井満さんしかいない。週の終わりが壊れたテープレコーダーと一緒では敵わない。先週に引き続き、大将の密会に混ぜて貰う。中量のアルコールを詰め込む。酔っていても大将は当意即妙の返答があるから、割と楽しくて助かった。酒の御供はやはり大将が面白いと思った。


7/21・木
 春に受けた血液検査の結果は、実のところ思いの外、佳かった。以後すっかり油断して、牛飲馬食を続けていたら、体重が三キロ近くも増加して仕舞った。明らかに過食である。併し仕事は詰まらない上に辛い。其の上、将来に何の見通しも立たない。そもそもこうして生きていても大して面白いことが無いとなると、結局は飲食消費に頼ることとなる。
 仕事終わりに手っ取り早く満足させるには、立って飲むか、ラーメンだの、餃子だの、カレーだの、牛丼など、かつ丼だの、回る寿司だの、回鍋肉定食など、安い物を大量に胃に詰め込むしかない。「今の日本社会には食べること以外に楽しみがなくなった」と何処かの偉い経営者は述べたらしいが、中中言い得て妙であると思った。大体、夕方の民放ニュースなどを見ていても、丸で食べ物の紹介ばかり。一億総B級グルメ探訪家である。御金の使い方にも色色あるだろうが、使える御金がそもそも少ない上に、色色と頭を使う余裕もないとなると、結局こういうことになるのだと思った。エンゲル係数も増加傾向であるという。まあ見世物を要求しないだけ、まだマシなのだろうけど。
 一日雨。東風が入り大変涼しい。今日から講習だが、時間割の操作に成功したので木曜不出社。午後家人と伯母の所へ参る。施設の中も涼しいせいか、伯母はずっと寝ていた。ぐうぐうと安らかに寝ている以上、取り立ててすることも無い。何だか見ているだけで此方までも眠たくなった。成すべきことも無いまま帰宅。暑くないし、急いでも無いから帰りもバスにした。
 乗って見ると此れが珍しい車両で、最後尾の座席が二つ撤去されていて、代わりに白い箱が乗っている。路線バスなのでトイレの筈もない。どうやら畜電池で、エンジンがハイブリッド化されているようである。確かに走り出しが静かで、ちょっとだけトロリーバスに似ていると思った。ところで、世の中にはバスマニアと言うのも居るらしい。バス車両は鉄道車両より遥かに細分化されて多種多様なだけに、マニア心を擽るのだろう。生憎吾人の掌中はそこまで広くはないが、そういう人が見たら喜びそうな車両であった。
 世田谷通りに出ると、当該車両は何時の間にか団子運転の先頭になって仕舞った様で、迎える停留所は全て黒山の人だかりとなる。押し合い圧し合いの大量乗車で、車内は大混雑に至る。降りるのも一苦労となった。併し渋谷行きのバスなど後ろから幾らでも来るのに、どうして人というものは一号車に乗りたがるのだろう。車両は新型になっても、バスの運行は頗る難しい。バス会社やバスマニアがもっと啓蒙すべきであると思った。
 往復のタクシー代が浮いたので、夜は鋤焼きにした。カセットガスをごうごうと燃やして食べたが、部屋は涼しいまま。東風の威力は凄いと思った。併し老家人は、あっちが悪いこっちが良くない、従って食べたくないと、文句たらたらである。年寄りの面倒などつくづく見ていられない。大体、老家人は朝も昼もひとの一倍は食べている。午後は何もしていないのだから、そりゃあ腹も減らないだろう。今更成長することもないのだから、高齢者には三食も要らない。吾人など二食でも此の有様である。


7/20・水
 朝方にまた地震。此の処、異様に多い。一日曇り勝ち。其れでも結構暑い。午後出社。授業は無いが、講習準備と片づけ作業。二時間ほどで御仕舞。明るい内から立ち飲みBに参り、中から冷やす。帰路、焼き鳥と鰆の切り身を購入。晩食とした。
 ところでグレが居ないので探しに行くと、裏の公園に隣接した民家のベランダで勝手に休んでいた。呼んで見ても、返事はすれど、降りては来ず。此の猫は色色と別宅を用意しているのだと思った。夜半から涼雨。


7/19・火
 今日も晴れて蒸し暑い。かといってすることも無し。一日蟄居す。


7/18・月
 海の日。其れに合わせたかは知らないが、与那国島から西表島まで草の舟で移動できるか、実証実験が行われた。海が荒れて完全成功はしなかったそうだが、南にしろ北にしろ島伝いに渡って来たことは間違いないだろう。日本人、海洋民族説である。併し世田谷などと言う内陸に住んでいる金槌人間から見ると海は遠いな。足の立たないところで泳ぐことなど考えられず。一方、信州辺りから見れば、日本人は山の民である。という訳で今年から山の日も出来たが、八月十一日だからあんまり有り難くない。
 以上まで書き進めたところ施設から緊急連絡があり、伯母の血圧と脈拍が急低下しているという。大慌てて車を仕立て両家人と参る。着いた頃には伯母は案外落ち着いていた。何かの都合で心臓がエンストし掛けたのだろう。一時間半ほど様子を見る。
もう少し様子を見たいという家人を残し、老家人と帰宅。夕方家人も帰宅。此れは一種の予行演習であると思った。道中、家人など涙ぐんでいて、運転手を驚かせていた。東海まで梅雨明け。関東も大変暑かった。夜はオリジン弁当と冷凍食品を寄せ集めた。


7/17・日
 徐徐に蒸し暑くなる。ぼんやりしていると月波君から麦酒セットが届いた。中元と云う事なのだろうが、実質的には前回のお詫びの品であろう。御昼過ぎに直下型地震。震度四近くは揺れた。一日無為。
またYさんによると、クロ助は飼い主共共、長野の実家に帰ったとのこと。くれぐれも達者で暮らして欲しい。


7/16・土
 結局宿酔に。今回はかなりの規模である。御昼になっても酷い胸焼けが残る。思い切って素麺を食べたら、案外直ぐに治った。併しこういう時の素麺は頗る旨い。一本一本食べるごとに、生命力が漲る感じである。さてさて正気に戻ったところで、本日から六連休に近いのだが、伯母の関係で何処にも行けず。此処数年は伊那に行っていたが、今夏は家人から禁足指令が出ている。
 今日も涼しい。植木屋さんに御金を支払う。12万円余り。処理費が安かったのは、吾人が沢山手伝ったからであろう。夜は丸越で特売の一枚千円の肉を焼いて食べた。国産牛だったが嘗ての輸入物の草鞋ステーキを髣髴させる硬さで閉口す。脂の乗りと肉の硬軟は無関係であると初めて分かる。本日無酒。
 社民党は得票率が最低基準を上回ったので、辛うじて政党要件を満たしたとのこと。結構なことである。トルコのクーデターは失敗。市民が戦車を取り囲む映像が流れた。併し近代戦に当たって、戦車や装甲車の出番などあるのだろうか。折角の装備も精精反乱の道具になるだけである(場合によっては民衆弾圧の)。自衛隊でも特車という戦車を持ってはいるが、今更怪獣やソ連軍が上陸してくる筈もなく、象徴的な役割しかないだろうな。まさか幾らなんでもISの掃討作戦に派兵しますという訳ではないだろうに。


7/15・金
 朝から涼しい。今度はニースで花火大会にトラックが突っ込む。またしてもテロである。被害者は秋葉原事件の十倍以上。銃の規制ならともかく、自動車の規制など出来る筈もない。人が集まるとテロに対象になるから、テロの究極の目標は都市生活の否定であると思った。
 午後出社。此れで暫らく本務校の授業も無い。かといって、行くところも無いし、会うべき人も居ない。取り敢えず、中華立ち飲みに行くも、よれよれのお年寄りたちがわあわあ騒いでいて、つくづく閉口す。余りに詰まらないので、立ち飲みBを経由してバーIへ。大将とX女史との密会に混ぜて貰う。帰宅は一時。


7/14・木
 都知事選は、U氏が降りて、T氏を野党統一候補として推すことになる。U氏としては前回に引き続き次から次へと有名人にしゃしゃり出られて迷惑だろうが、此処はよく決断してくれたと思う。是非、副知事となってT氏を支えて頂ければ、次の次こそ本当の都知事である。
 また今上天皇も退位されたいとの意向が伝わる。Aの顔を見ることに余程うんざりされているのだろうと思った。それに、現行憲法が壊されていくことも、見られたくないのであろう。
 朝から異様に蒸し暑い。午後は広範囲で雷雨となる。夕方千寿に出校。途中散髪す。此れで千寿勤務は暫らくお休み。退社後は破魔寿司へ。自動化寿司を食べる。案外旨い。帰り掛けは、TBSラジオ「セッション22」を聴く。皇室担当のS記者と放送大学に移ったH教授が出ていた。それにしてもなぜ此のタイミングでNHKが最初に報道したのか、出演者も首を傾げていた。やはり選挙の結果が影響しているのだろうと思った。


7/13・水
 選挙が終わったので、経済対策の名目の元、早速十兆円もばら撒くことにするのだという。幾らかはリニア新新幹線の建設費にも回すとのこと。K会長の勤王ぶりが評価されたのであろう。
 都知事選には、そんなAに腹を立てて、ジャーナリストのT氏が出てくることに。国政への怒りを地方行政に持ち込むべきではないとの意見もあるようだが、やはり東京だけは別格である。T氏は信念もある。華もある。併し実務能力が伴うかは未知数である。大体、ジャーナリストと言うのは一人親方のような物で、数万人の公務員を束ねていく能力とは、同じ頭でも使うところが全く違う。併し、信念、実務、華の三つを同一人物に要求するのは酷かな。「華」と言うのも都知事特有の基準であるし。
 職場のエアコンのリモコンが壊れたので、アマゾンで取り寄せた。四半世紀前のエアコンだが、こうして付属のリモコンが数度のクリック操作で買えるのだから、ネットというものは便利だと思った。しかも、アマゾンと言っても本体ではなくマーケットプレイスの利用である。大小さまざまな事業者が出品しているから、何処かの誰かが巨大な倉庫を往ったり来たりして、出荷してきたものではない。そう思うと、幾らか気が楽である。
 マーケットプレイスの場合、出品者の所在地はウェブ上では公表されていない。幾らマウスで世界が平板化されようとも、実際に運んでくるのは人とトラックである。そういう苦労を不可視化させる為なのだろうと思った。届いたものを見てみると、発送元は熊本県益城町。代金1500円だけど、少しはお役に立てたのかと思った。
 晴れはしなかったが、一日異様に蒸し暑い。午後出社。金伍萬円受け取る。退社後は中華立ち飲みに参って直ぐ帰る。此の処、客層が極端に宜しくない。更に碑文谷で冷たい天麩羅そば。


7/12・火
 朝から郵便局に参り、先日のリネン代と小平霊園の管理費を振り込む。都営の施設だから年額三千円余。余りに安い。5/9の日誌に、公営霊園に入れた人、入れない人という記述を追加せねばならないと思った。其の後、МS銀行に行き、口座を開設。移行準備を進める。最近は審査が厳しいらしく、さり気なく勤務先を空欄にして出したら、さり気なく此方もご記入くださいと、用紙を戻された。まあ確かに四十代で無職だと少し危ない感じだな。併し勤務先は大貧学院と書かねばならず、何だか恥ずかしかった。殆ど無職、無収入のようなものである。
 午後は家人と伯母のところへ。点滴の針が抜けて仕舞い、処置の真っ最中。徐徐に血管が細くなっているよう。看護師では対応できず、施設医の登場となった。此方の問いかけには何かしらの反応あり。高カロリーゼリーは一つ程度は食べたとのこと。一時間程度話しかけたり、あちこち撫ぜたりして過ごす。
 さて買い物でもしてバスに乗って帰ろうと思ったら、今度は家人が頭がくらくらするという。暑気あたりである。止むを得ず復路もタクシー利用となった。往復五千円弱。無論吾人が出す訳ではないが、もう少し楽しいことで御金やタクシーを使いたいと思った。当然炊事も出来ず。三丁目の肉屋でとんかつを揚げて貰う。くしゃみ酷し。結局一錠五十円の抗ヒスタミン


7/11・月
 新聞等を見てみると、青森、宮城、福島、新潟、山梨、長野、三重、大分といった一人区で野党系が僅差で勝利す。此れも共産の協力があってこそである。併し見事なほどに東高西低になっている。稲作専業農家が相当怒っているのだろうか。また自公の勝利と言っても、公明の台頭が著しい。定員増となった選挙区は、公明のまるで草刈り場である。此れも低投票率がなせる業である。
幸い吾人の二票はどちらも死票にならず。民進党は都内で二名入った。社民党は比例で一人。併し国会議員が四人しかいなくなったから、政党要件も満たせなくなるという。
 一日かんかん照り。退社後は碑文谷でラーメンのみ食す。ほぼ無酒。猫の毛か、方方のエアコンからカビが出ているのかは分からないが、アレルギー酷し。此の処、鼻水止まらず。ティシュペーパーでは何枚足しても収まらない。キッチンペーパーで抑える。紙の腰が強いので、乾かせば何回かはまだ噛める。


7/10・日
 朝は涼しい。植木屋さんに折角綺麗にして貰ったので、六時から防草シートを庭のあちこちに敷いて歩く。七時になると件の中学校に行き、参議院議員通常選挙
其の後、『脳内ポイズンベリー』見了。頭の中に恋愛積極派と中間派と慎重派が居て、ああだこうだと会議しながら事を運んで行くというラブコメディー。恋愛面はさておき、大体吾人の頭の中も此れに近い。まず指令長が居て、参謀長が居て、更に情報係と通信係と輸送係が居る。平時ならば脳内に大体四人ぐらいいるから、新聞を読みながら、ラジオを聴きながら、家人がああだこうだと言って来ても適当な対応が出来るし、其れが職務中ならば、複数の生徒の質問に同時並行的に対応することが出来る。其の脳内人数は、ある種の悟性の現れと言ってもいい。複数いるから、自己内対話も出来るというものである。
 尤も吾人も激昂したり、激情に駆られるということも、時にはある。酔っぱらっていた時や、そもそも何かで腹が立っている時がそうである。本編でも作戦会議がにっちもさっちも行かなくなると、決断主義の女神のような人物が降りて来て、本能の赴くまま滅多矢鱈な指令を出す。恋愛には時に激情に流されることも必要だが、社会的にはなるべくそういうことの無いようにして頂きたいと思った。
 ただ付け加えるなら、四十路を迎えた頃から、こうした「脳内オペレーター」も一人か二人は減って仕舞った感じがある。実に同時並行が出来なくなった。家人や生徒がわあわあ言って来ても、「ちょっと待って」(「只今オペレーターに順番に御つなぎいたします」)と言わざるを得ず。四十代で此の有様だから、此のままのペースで認知能力が落ちていくと、一人また一人と姿を消し、最後はよれよれの老船長ただひとりと云う事になるのだと思った。大抵の年寄りが、道理でどうにも仕様がなくなる訳である。
 夜になると、自公は予測通り大勝す。但し投票率は過去最低水準。詰まり大半の日本人というものは悉く思考停止に陥り、政治的および社会的な関心をほぼ失いつつあるのだと思った。こうまで投票率が低いと、結局は組織選挙となる。無論、旧革新陣営にも組織はあるにはあるが、大規模な製造業の正社員というものは、グローバル化の影響を最も真に受けており、組織自体が真っ先に侵食されて仕舞ったのだろう。こうして五十五年体制ならありえないような、極端な結末となるのだと思った。
 併し与党、就中Aなどと言う最低最悪な総理大臣と其の一派に白紙委任状を与え続けることが、如何に危険な事か、想像力の一片でもあれば分かる筈である。でも一片も無いから、分からないのだろうな。つくづく絶望す。腹が立って腹が立って仕様がないから、テレビニュースも八時十分で御仕舞。以後大量飲酒に切り替え。


7/9・土
 結局未明から胃痛に。朝までには緊急排出。折角食べた博多ラーメンのキクラゲと、Iの麻婆豆腐が無残な色と姿を曝していた。弁天池の事件も容疑者が逮捕される。それにしても八十八の御婆さんを殺めた上で、解体するとは。天寿をもう少しのところで全う出来ず。合掌。併し漸く此れで報道機関による空撮が無くなってくれる。此の処、矢鱈五月蝿かった。池やマンションを空から撮ったところでさして意味のあることは無い。こういうものこそ、件の無人ヘリを使うべきであると思った。
 朝から大雨。涼しいので昏昏と午睡。夕方には止んだ。須見伯母が伊那の野菜を持って来るというので駅まで向かうも、電車が止まっていて、行き合えず。そういえば駅周辺には人が溢れ返っていた。「東京急行」というものは、其の名に恥じず、雪でも嵐でも平常運転を貫いていたが、最近は滅多矢鱈と故障と遅延している。近年、「東急電鉄」などと言う間延びした名前を使うからであろう。昼は少食。夜も少飲に努めた。


7/8・金
 朝から曇る。九州は再びの豪雨。どうも関東に降る分が全部あちらに行って仕舞ったよう。午後出社。退社後は三週連続して大将のお相手をす。バーIにも久久に参った。併し数日来の暴飲暴食の為、胃腸が不調。大将も早目に帰ったので合わせて帰宅す。今頃になって万代伯母宛てに請求書が来る。入院時のリネン代二万数千円。此方も十割負担である。


7/7・木
 異様に晴れて日中三十五度に達す。日が傾いた頃、千寿に向けてふらふらと出校。途中、地元の店でよしずを漸く見付け、早速注文す。九尺ものは約5000円。こういう古い店だと寸法が尺表示なので、パッと見てもしっくり来ない。昭和後期生まれには変換公式が必要であると思った。
 退社後は大橋の牛丼Yへ。最近は御酒も大大的に売り出している。確かに、あのコの字型のカウンターは、古くからある居酒屋スタイルに近い。大抵の酒飲みは御金にだらしなくなるし、牛丼店と居酒屋では支出額は一ケタ違う。昼夜の二毛作で稼ごうという訳である。
早速入って見る。店員は中年のおじさんたち。テレビも増設されたようで、丸で古くから銘居酒屋である。併し酒を飲んでいるお客は吾人一人。それでも公共放送を見ながら大人しく飲んでいると、次から次へと御客が入って来ては、右も左もむしゃむしゃと牛丼や豚丼を召し上がっている。中中落ち着いて飲めるものではないと思った。麦酒一、冷酒二、サラダに冷奴に煮玉子、ミニ牛丼にけんちん汁を付けて1900円。まあ安いことは安い。本業の牛丼だけの売り上げでは足りないから、夜の飲食需要を取り込みたいという計画なのだろうが、やはり昼と夜、食堂需要と居酒屋需要は、もう少し厳密に分けるべきであると思った。
 夜になると東風が入り、すっかり涼しくなって助かる。如何に暑くとも、時にこういうボーナスがあるから、箱根以東に住んでいてつくづくよかった。つまり東日本という訳である。尤も、同じ東と言っても、JRの方は、年中遅れて壊れて如何ともし難いが。


7/6・水
 朝起きて見ると、庭が眩しい。覆い尽くしていた草蔦枝葉が悉く消え、庭の隅隅まで見渡すことが出来る。数年来なかったことだと思った。午前は静養と日誌の整理。午後出社。もう誰にも絡まれたくないので今日は其のまま帰宅。
 

7/5・火
 都知事選挙には、派手好きなK議員と、官僚上がりの元岩手県知事のМ氏が、与党から出て来ることになりそう。つまり分裂選挙である。М氏は比較的真面な方だとは思う。併し東京の繁盛ぶりが度が過ぎると常常言っていたから、知事となったら「人返し条例」でも出してくれるのだろうか。少なくても、あのタワーマンションだけは何とかして欲しいと思う次第である。
併しKと言う人物も、大物政治家のなり損ねであると思った。何しろ余りに政党や派閥を渡り過ぎた。勝負師ではあっても、渡り鳥や風見鶏では人望は集められない。一方調整役の都組織の代表であるIという議員も、小物感が溢れ過ぎて、見ていて痛痛しい。此方はお父さんと叔父さんが大き過ぎたのだろう。つくづく真面な政治家というものは不世出である。
 朝から植木屋さんが来たる。何時もの父子に加え、若い職人さんが一人。天の助けか東風が入り今日は涼しい。吾人も総力を挙げてお手伝いす。例によって切った枝葉をトラックに積み込む係りを仰せつかる。今回は草刈り機も投入。成程、凄い機械で、ガソリンエンジンで動き、バリバリと草があっという間に粉状になる。此れに比べたら、通販などにある素人向けの草刈り機など、まるで赤ん坊のおもちゃであると思った(買っては見たものの、ただの一度も役に立たなかった)。
 午後は吾人も鈍ら鎌を手に取り、機械が入らない家作の前庭の草取りの先頭に立った。併し切っても切っても、運んで運んでも終わらず。今年の植物の伸び方は異常である。春以降、既に軽トラック一台分くらいは取って来たのだが、今回は二トン車がいっぱい一杯となった。
そんなこんなで、地下足袋の専門職三人とほぼサンダル履きの補助員一人が、夕方の五時近くまで掛かって作業は終了。丸で他人の庭のようにさっぱりとす。外猫も隠れる茂みが無くなったと吃驚したようで、あちこちの臭いを嗅ぎ回っていた。
 赤ワインを一本空けて九時就寝。併し山登りでもしたかのような疲れ方である。中学高校の部活動に「剪定部」というものも加えてもいいと思った。無暗矢鱈に校庭や体育館で走り回っているより、校舎回りが綺麗になるし、他人様のお役に立っているという実感もある。


7/4・月
 昨日ほどではないが、相当の暑さとなる。朝から漫然とす。午後出社。夕方雷雨あり。そういえば本格的な夕立というものは、今年初めてではないかと思った。やはり天候不順である。
 退社後は立ち飲みBへ。明日は植木屋さんが来るので、一二杯軽く飲んで帰るつもりだったが、先週に引き続き従業員のH君が来て、散散噛みつかれて、そして絡まれる。異動先の店が余りに詰まらないらしく、不満噴出である。一介の御客に過ぎない吾人に言われても仕方がないが、酔っているからどうにも仕様がない。而も彼は海軍が好きらしく、スマートフォンで海戦ドラマの画像を延延と見せられた。併し面白い所は何もなし。大体吾人の海戦史はレイテ辺りで停止している。適当な従業員に押っ付けて帰る。もっと内部で指導すべきである。
 それにしてもこうして二日連続で絡まれた。わざわざ余計な御金を支払っていても、不幸の連続であると思った。確か葛飾の方には、「縛られ地蔵」というお地蔵様がいらっしゃるらしいが、酔っ払いを「縛る地蔵」若しくは酔っ払いに「絡まれない地蔵」と言うものがあるのなら、吾人も熱心にお参りに行きたいとつくづく思った。


7/3・日
 南風が吹き荒れ、日中三十五度にもなる。こうなるとエアコンも効きが悪い。早速、室外機に水を掛けた。夕方、中目黒に参り、月波君と会う。まず立ち飲みBの支店に。次はその隣の焼き鳥屋へ。どういう訳だか三軒目は寿司屋に参る。併しその内に月波君が全く同じ話ししかしなくなる。職場絡みで相当不満が溜まっているよう。つくづく閉口して来たので、折角の握り寿司も遺棄し、緊急退出す。推定価格1200円。勿体無い限りである。まだまだ話し足りないようだったが、振り切るようにしてバスに乗って逃げ帰った。孫子三十六計逃げるに如かず。酔ってしつこい人はつくづく駄目である。併し夜も余りの暑さである。遠目のバス停で降りたから、少し歩いただけで、這う這うの体となる。十時就寝。


7/2・土
 更に暑くなる。何だか一日呆然とす。冷房機も初稼働。月波君と会う予定があったが、体調不良により明日へ順延して貰う。外猫もぐったり気味。急いで冬毛を梳いてやる。日が傾いた頃、よしずを買いに行ったが、何処にも売っておらず。夜も行き成りの熱帯夜となる。
 ダッカの外国人向けレストランで立て籠り事件。とうとう日本人も狙い撃ちである。参議院選挙まであと一週間だが、全く盛り上がらず。特にテレビでは殆ど取り上げない。選挙の後に、注目選挙区はああだったこうだったと伝えられても、全く以て後の祭りである。つくづく公正中立とは毒にも薬にもならず。いや、政権与党にとっては良薬だな。


7/1・金
 朝から蒸し暑い。午後出社。すると仲田大将が再び現れる。X女史との仲に何か異変があった模様。二週続けてのトリックスターの出現により、酒飲みのスケジュールも大幅に狂う。というのも冬に知り合ったOLさんとも再会。大将らと其のまま飲みに行くという話しに当然、なる。結局三時まで飲み続けた。例によって大将が皆払ってくれる。其のまま大将はタクシーで帰宅。相変わらず内需拡大の御手本のような人である。三時半帰着。