3月18日・金曜

朝方から家人が騒いでいるのでまた何かあったかと思ったが、庭でヒヨドリが死んでいるという。鳥のインフルエンザを疑っているようだが、うちはいつから養鶏一家になったのであろうか。危機意識と言うものの運用を間違えているとしか言いようがない。
 午後出社。夕方から定例の飲み会となったが、御通夜のような席とはならずに、普段通りのかしましい席となる。恐らく、皆一週間は酒をおおっぴらに飲むのを我慢していたのだろうと思う。会話にはすでに地震後・地震前いう修辞句が付くようになった。地震前・後という区分が成立しつつある。被災地では震災中なのであろうが…。他にも酔客は多かった。多くの外国人が退去しているという。原発のさらなるメルトダウンを心配しているとのことだと言うが、私たち日本人には他に行くところはなし。政府の発表を信じるのみである。
 自転車急行にて帰宅。街灯その他は全く以前のままで、まるで我が自転車の為に照らしているようかである。別にお召し自転車が走るわけではないのでもっと暗くて構わないと思う。